29話 初依頼
居候して10日ほどたったある日、冒険者ギルドの依頼を受けることになった。初依頼である。訓練に熱が入って行くタイミングがなかったのだ。
冒険者の依頼を受ける。異世界といえばいの一番にあがるような、定番のイベントだ。朝起きてからずっとワクワクしっぱなしだった。結依にもロッシュさんにも落ち着きなさい、と注意されるぐらいにはそわそわしてた。
というわけで、昼食を食べてから4人で冒険者ギルドに来た。その建物内の掲示板の前に立っている。
「E級の依頼は右端じゃ」
掲示板の右端を見る。何枚かの紙が貼ってある。
「今回は薬草集めの依頼を受けようかの」
ー薬草集めー
内容:フローラ草採取
適正:E級
場所:王都周辺の草原
人数:1人~
報酬:100ゴル/1本
「これですか?」
「うむ。そうじゃ」
依頼書を掲示板から剥がし、カウンターへ向かう。ちょうどひとつ窓口が開いているので、そこへ持っていく。
「いらっしゃいませ。あら。タカさんとイチカさんでしたよね?本日はどういったご用件ですか?」
そこに座っていたのは、前回俺たちが登録したときに対応してくれた獣人のお姉さんだった。猫耳がピコピコかわいい。しかも俺たちを覚えていてくれた。タカとイチカ、俺たちの冒険者ネームだ。うれしい。いや、結依さん。そんなに睨むなよ。別に変な目では見てないからさ。
「覚えていてくれたんですか?」
「はい。すごくニコニコされていたのが印象的でしたので。あ、私はセナと言います」
「セナさんって言うんですね。タカです。よろしくお願いします」
ニコニコしてたのって俺だよな。獣人に会えてうれしかったから、つい頬が緩んでいた自覚はあるが、相手にも覚えられていたとは。恥ずかしい。
「依頼を受けたいのですが」
結依が俺の手から依頼書をひったくって、どん、とカウンタの上に置いた。少し険のある声だった。機嫌が悪いのか?
「畏まりました。依頼書と冒険者カードをご提示ください。・・・はい。ご提示ありがとうございます。薬草集めですね。王都の大門を出た草原で採取してください。採取した分だけ買い取りいたしますので、ぜひたくさん持って帰ってきてください。フローラ草はこちらです」
セナさんはカウンターの下から一本の草を取りだして、見せてくれた。長さ10~20センチぐらいの緑の細長い草。ぱっと見は何の変哲もない草だ。
「裏が黄色がかっているのが特徴です」
そう言われてフローラ草の裏を見てみると、確かに表の鮮やかな緑とは違って、裏面は色づき初めた紅葉のような黄色だった。これなら見分けやすそうだ。
「何か質問はございますか?」
「いえ。ありません」
「はい。では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
結依の機械的な返事にも臆せず、セナさんにニコニコと見送ってくれた。
ギルドを出て、大通りを大門へと歩く。そう言えば、テンプレの、新人冒険者が素行の悪いベテラン冒険者に絡まれるってイベントがないな。とくに結依みたいな美人で若い女性冒険者がいると余計に絡まれそうなのだが。まあ、平和に終わるに越したことはない。
王都を歩きながら、その結依はむすっとしたままだった。どうしたんだろうと思って、声をかける。
「結依。機嫌が悪いのか?」
「別に」
そうは言うものの、結依は仏頂面だ。絶対に機嫌が悪い。
「そんな態度じゃセナさんに失礼だろ。丁寧に対応してもらったのに」
「ふんっ」
俺が注意に対して、結依は聞く耳持たずだった。
「ユウ・・・。おぬし、考え得る限り最悪なフォローをしおって・・・」
「ユウさん・・・」
ロッシュさんとメイさんに呆れた目で見られた。解せぬ。
なにはともかく、依頼だ。大通りには、ちらほらとこれから冒険に向かう者、いま冒険から帰ってきた者、両方が見受けられる。なかにはロッシュさんの顔見知りもいるのか、軽く挨拶する冒険者もいた。
ギルドは王都の大門近くにある。2~3分歩いただろうか。もう大門だ。左側が王都を出る人の通路、右側が王都に入る人の通路とざっくり別れているらしい。出るときは特に検査もないので混雑はしていないが、入るときは検査があるので、帰ってきた冒険者や馬車連れの商人などがそこそこの行列をなしている。
「ここから先が王都の外じゃ」
大門をくぐって、王都の外へ出る。
「うわぁ。すげぇ」
思わず感嘆の声が出た。
外は広大な草原が広がっており、遠くに大きな森があるのが見える。その圧倒的なスケールに圧倒されたのだ。さぁーと風が吹き抜け、草を揺らす。澄み渡った青空と、青々と輝く草、見渡す限りの自然。目を閉じるて深呼吸すると、土と草の匂いが鼻に広がる。
「いいなぁ」
大きな土の道路も一本整備されていて、馬車や人が行き交っている。道路から少し外れ、草原でしばし風景を堪能する。
「気持ちいいです」
結依もリラックスした表情でそうつぶやいた。ようやく機嫌も直ったみたいだ。
「うむ。いいじゃろう。ピクニックなんかも最高じゃ」
ピクニック。絶対気持ちいいだろうな。そうやってしばらくたたずんだ後、ロッシュさんが手を叩いて雰囲気を切り替えた。
「さて、では薬草探しじゃ。二手に分かれて薬草を探そうかの」
「そうですね。どういう組み合わせにしましょう?」
ロッシュさんが二手に分かれることを提案した。順当にいけば、普段訓練している俺と、ロッシュさん、メイさんと結依という組み合わせになるだろう。しかしメイさんの問いにロッシュさんは意外な提案で答えた。
「そうじゃのぅ。せっかくじゃから、わしとユイ、メイとユウという組み合わせにするか?」
「あら、良いですね。お二人はどうですか?」
「はい」
「それで大丈夫です」
俺とメイさん。結依とロッシュさん。普段訓練しているペアとは逆の組み合わせ。たしかにおもしろいかもしれない。異論は出なかった。
というわけで、メイさんと薬草を集めることになった。俺とメイさんペアは門から出て左側、ロッシュさんと結依は右側を探す。二人の姿は見えない。
「頑張りましょうね、ユウさん」
「はい」
なにげにメイさんと二人で話すのは初めてだ。とはいえ優しい人なのは間違いないので嫌というわけでもない。
「ギルドで教えてもらったとおり、裏が黄色い草がフローラ草です。それっぽいのが見つかったら抜いて私に見せてみてください」
「分かりました」
地面にしゃがみ、草をなでるように翻しながらフローラ草を探す。しかしほとんどは裏も緑の普通の草だ。簡単には見つからない。
「そう言えば、主人の指導はどうですか?厳しくないですか?」
なかなか見つからないなぁと思いながら探していると、おもむろに、メイさんが聞いてきた。
「あーー。厳しいは厳しいです」
少し考えて、そう答えた。
「まあ」
「でも、無理はさせないというか。本当に限界ギリギリを見極めている感じがします。だから身体を壊したことはないですし・・・。俺をよく見てくれてるんだなって思います」
上手く言葉に出来ないが、とにかくロッシュさんの指導に文句はない。俺を一生懸命指導してくれているし、できないことをやれとも言わない。毎日ヘトヘトになるが、それが頑張っている証だと思える。
「それに俺も強くなりたいですから。ビシバシ鍛えてほしいです」
「そうですか・・・」
「あっ!」
話しながら草をかき分けていると、裏が黄色の草を見つけた。地面から抜いて、メイさんに見せに行く。
「これはどうですか?」
「えぇっと・・・。はい。フローラ草ですね」
「おお」
やった。初めての依頼で、無事に目的を達成できた。
メイさんは手元の袋に俺が取ってきたフローラ草を入れると、
「この調子で頑張ってください」
「はい!」
俺は元気よく返事し、薬草探しに戻った。
その後、ポツポツとフローラ草を見つけては袋に入れ、ということをしながら、ふと気になったことを聞いてみた。
「ちなみに、結依の様子はどうですか?」
「あぁ。ユイさんですか・・・」
結依の訓練での様子。俺とメイさんしかいないからこそ、聞ける話だ。
メイさんは少し言葉を切って考えこむような仕草を見せた。俺はそれを見て、あまりよくないのか、と思ったが、しかしメイさんの口から出たのは全く逆の内容だった。
「ユイさんはすごいですよ。本当に。才能があるし、それ以上にすごく努力家です。前に魔力放出が4日で出来るようになったって言ったでしょう?あれは本当にすごいことなんですよ。普通短くても一週間はかかるものだから。あのセンスの良さと、根気よく続ける粘り強さは尊敬に値します」
「ほぇ」
メイさんは、結依のことを絶賛した。口を開けば賞賛の言葉。俺が短い相づちをうつので精一杯なほどだ。しかもまだまだ口を閉じる気配がない。
「他にも、神聖語、つまり魔法を使うときの言語を覚えるのが異常に早いですね。地頭の良さもあるのでしょうが・・・。まるで前から知っていたものを覚え直すような・・・。そんな雰囲気すら感じます。とにかく習得するのが早いんですよ」
「そうなんですか」
「ええ。この調子では近いうちに魔法が使えるようになるでしょうね」
「へえ」
「あの子は才能もそうだけど、集中力も努力する力もある。よっぽどあなたの役に立ちたいのね」
「え、えぇっ!?俺ですか?」
急に変なことを言われて、驚いた。
「あら。違うの?」
「いやぁ。違うと思いますけどね。別に俺と結依は恋人同士でもないし・・・」
日本に帰るために一生懸命頑張っている。そう言われたら納得する。両親のことも恋しいだろうしな。でもなんで俺がそこに出てくるんだ。日本に帰れるように為ったら俺も連れて帰ってはくれるだろう。それぐらいの情はあると思うが、俺のために頑張るというのはよく理解できない。
「うふふ。そう。とにかく、私がこんなに褒めていたことは内緒ね。慢心するといけないから」
「はい」
そうか。結依ってすごかったんだな。俺も頑張らないと。ロッシュさんに才能があるって褒めてもらったけど、あれはどうせ社交辞令だ。慢心せずに訓練しなきゃ。結依に強さで置いていかれるなんて悔しすぎるから。
「あと、ユイさんの前で他の女の子に見とれちゃだめよ?」
「見とれてませんよ。獣人の方が珍しいから興奮しただけです。外見だけで言えば結依のほうがきれいなのに」
「・・・それを本人に言ってあげなさい」
そんなんで機嫌が直るのか?べつに結依の外見がいいのは誰もが認めることだろうに。だからこそ前田をはじめ男どもが寄ってくるわけで。第一、結依も言われ慣れてるだろ。それを今更俺に言われたぐらいで・・・。
メイさんの、妙に生暖かい視線に釈然としない思いを抱きつつ、俺はフローラ草探しに集中した。
☆☆☆
というわけで、ロッシュさんと薬草を集めることになった。私とロッシュさんは門から出て右側を探す。悠とメイさんペアは左側だ。
「さて、ぼちぼちさがすかの、ユイ」
「はい」
「フローラ草と思しきものが見つかったら見せてくれ。裏が黄色の草じゃ。」
「分かりました」
地面にしゃがみ、草をなぐようにして裏を見る。やはりそう簡単には見つからない。ほとんどは裏も緑の普通の草だ。
「そう言えば、メイの指導はどうじゃ?不満はないかの?」
おもむろに、ロッシュさんが聞いてきた。そうか。この組み合わせにしたのはお互いの指導者の不満を言う機会を作る狙いもあったのか。さすがロッシュさん。よく考えている。
「いえ。とても分かりやすいです。私が無理しているときはきちんと止めてくれますし」
とはいえ、私はメイさんに不満はない。優しく、分かりやすく教えてくれるから、とても助かっている。
「そうか・・・。近衛隊のときは、むしろ教わる側がもうやめてくれと言っておったんじゃが・・・」
ロッシュさんが軽く引いている。
しかし私はもうやめてくれと思ったことはない。強くなりたいから一生懸命頑張っている。それなのにどうして弱音を吐くのか。また、日々出来ることが増えていくこともモチベーションになっている。魔法という未知の技術だけど、そう思えるから学ぶのは楽しい。
「そう言えば、悠はどうですか?」
薬草を探しながら、せっかくの機会だから聞いてみようと、話題を振った。
「ふむ・・・。そうじゃのぉ・・・」
「サボってるようなら、私がガツンと言っておきます」
どう答えようか、ロッシュさんは迷っているようだったので、私はそう言った。サボっているなら、幼なじみとして説教しないと。
「いやいや。そんなことはない。むしろよく頑張っておるぞ。わしも驚くくらいじゃ。もっとへばると思ったんじゃが。よく食らいついてきよる」
「そうなんですか」
しかし、ロッシュさんは意外にも悠を褒めた。まあ、それなりに努力しているようだ。
「うむ。そして何より、あいつには才能がある」
「へ?」
思わぬ言葉に、呆けた声が出た。クラスメイトに無能と呼ばれていた悠が?
「あいつの才能はステータスに表れるようなものではない。もっと実践的な、本当の戦いの才能じゃ。おぬし、マエダとの模擬戦を見たんじゃろ?あれを見てどう思った?」
「どうって・・・。確かに前田の攻撃を避け回っててすごいと思いましたけど・・・。でも、全然反撃しないから周りの人達は文句を言ってました」
そう。模擬戦で悠は逃げ回るだけだった。それで無能は反撃も出来ないのか、と笑われてた。
「いやいや。あのステータス差で避け続けることがどれだけすごいか。全ての動きが自分より圧倒的に速いんじゃぞ。相手の攻撃を瞬時に見極め、時には予測し、その上でどう避けるか判断しなければならんからの」
たしかに、言われみればそうだ・・・。前田のすごさは遠目でも分かった。動きの素早さも、剣の振る鋭さも、他の生徒とは一線を画していた。そして悠の動きは、それに比べて俊敏さに欠けていたように思う。その状態で避け続けるのは、簡単なことではない。確かにそうだ。
「それに、剣を振る姿にも驚かされた」
「剣、ですか?」
「一度教えただけで、ほぼ完璧な素振りをしおった。そして素振りをさせ、疲れで余計な力が抜けた素振りは、それはもう見事なものじゃ。これも才能と言うんかのぅ。いやはや。惚れ惚れするわい」
にこにことロッシュさんは楽しそうに語っている。指導するやりがいを感じているようだ。
そこまで悠はすごかったのか。まさかそんな才能があるなんて。分からないものだ。とりあえず、ほっとした。あっさり死ぬような弱っちい悠にはならなさそうだ。そして、ちょっと誇らしかった。今まで無能と言われてきた分、周りの生徒達を見返せるから。あとは私も強くならないと。私も無能には変わりないから。置いていかれないように、頑張ろう。
「一度褒めたが、どうも信じておらんようじゃった。じゃが、そのおかげで頑張らないとと思っておるようじゃ。じゃから、今回も秘密にしてくれ。そのほうが慢心せずに努力できるようじゃ」
「はい」
悠らしいと言えば悠らしい。あいつ、あんまり褒められ慣れてないから、信じられないんだろう。
「まあ、一番の才能はあの向上心じゃろう。何が原動力かは知らんがの」
「・・・」
そこでロッシュさんは私を意味ありげに見つめてた。どういう意味だろう。
「ユイ。ユウは先ほどもセナという受付嬢に見とれておったわけではないと思うぞ。本当に、獣人が珍しいとかそんな理由じゃろう。じゃから、セナに嫉妬してユウに冷たくするのはやめてやれ」
「嫉妬じゃありません!」
ロッシュさんの見当違いの発言を、私は叫ぶようにして否定をした。別に悠が誰に惚れようが私には関係ない。だって私と悠はそういう関係ではないから。だから本当に嫉妬してるわけじゃない。
「ま、女性を見つめるユウもユウじゃがの」
そうだ。セナさんを見つめる悠が悪いんだ。仮にも私の幼なじみであるあいつが、そんな非常識なことをすることが気に入らないんだ。
「機嫌が悪いことに気づいてくれたんじゃ。今回はそれで手打ちにしてやってくれ」
まあ、ロッシュさんがそこまで言うなら許してやらんでもない。
しかしロッシュさんの視線が妙に生暖かい気がした。どことなく居心地が悪くなって、私は薬草探しに戻った。




