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26話 午後 それぞれの訓練

「よし。午前の訓練はこれで終わりじゃ」


「はぁっっ。ひぃぃっっ。あ、ありがとう・・・ごじゃいましゅ・・・」


 息も絶え絶え。地面に倒れ込みながら口を動かす。肺は焼けるようにヒリつき、口からは荒い息しか出ない。ああ。空が青い。


「大分疲れておるの。次からもう少し軽くするか?」


「いえ・・・。だいじょぶ・・・・です・・・」


 きつい。本音を言えばもっと楽ならどれだけうれしいか。でも、それは断る。俺は強くなりたい。

 守れなくなるのは、嫌だから。

 自分でもそれがどういう意味か分からないが、自然と口に出た。多分ロッシュさんにも聞こえていないだろうし、聞こえたとしても分からないだろう。


「・・・そうか。家に戻るぞ。昼食じゃ」


「はい・・・」


 のろのろと身体を起こす。ゆっくりと立ち上がり、よろよろと歩きながら家の中へ入る。

 リビングへ入ると、メイさんと結依がテーブルに着いていた。


「あら、お帰りなさい」


「うむ。ただいま戻った」


「ただいま・・・帰りました・・・」


 げっそりしたまま席に着き、ぐでっと椅子にもたれかかれる。


「お疲れのようですね」


「ヘトヘトじゃない。情けない」


 そう言う結依はいつも通りで、特に疲れている様子もない。俺は厳しい訓練で疲れて果てているのに、ピンピンしているその様子が、少し腹立たしい。


「お昼はサンドイッチです。食べて元気を出して下さいね」


 そう言ってメイさんがキッチンから皿に載った料理を持ってきてくれた。


「ああ、ありがとうございます。いただきます・・・」


 お礼を言って、サンドイッチを口に入れる。


「おいしい・・・」


「あら。ありがとうございます」


 ジューシーな肉とシャキシャキ野菜が相性抜群だ。これならいくらでも食べられそう。


「どうでしたか?朝の訓練は?」


「うむ。筋は悪くない。鍛え甲斐があるぞ」


「へぇ。よかったじゃない、悠。もっと厳しくなりそうね」


「うへぇ」


 午前の訓練でもうヘトヘトだ。あれより厳しくなるって・・・。自分で断ったとは言え、軽くするって言っておけばよかったかな、と考えてしまった。


「午後は素振りの訓練をしてみようか」


「はい・・・」


 素振りかぁ。この世界に来てから初めてだ。ワクワクしないでもないが、でもやっぱりまた一段と厳しくなりそうだ。頑張らないと。


「ユイの方はどうじゃった?」


「まずは魔法の概念の学習からです。まだ本格的には魔法を教えていませんよ。でも地頭がいいので私も教え甲斐があります」


「ありがとうございます」


 結依はメイさんに魔法を教わっている。その特性上仕方がないが、座学の形になるようだ。どうしても、楽そうで良いな、と思う。そして結依も余裕の表情で俺を見下している。


「そんなに楽ではありませんよ」


 そんな俺たちの思いが顔に出ていたのか、メイさんが苦笑しながら言う。


「魔法は難解な言語の読解、暗記、記述、発音を必要としますから、頭がものすごく疲れます。一日中魔法を勉強すれば、めまいがするほどに。それに魔法が使えるようになれば、魔力を使い切るまで魔法を発動し、魔力を使い切ったら回復薬を飲んでまた魔法を発動。使い切って、回復して、発動。これを繰り返します。ユイさん、魔力を使い切ると今のユウさんみたいにヘトヘトになるので、覚悟しておいてくださいね」


「は、はい・・・」


 ニコニコと笑うメイさんだが、言ってることはスパルタそのものだ。結依はその表情に少し引いている。


「メイの指導は近衛隊でも恐れられておったの・・・」


「うふふ。だってこれが一番効率的だもの。魔力を増やすにも、魔法を発動させるにも」


 温厚な人が温厚なまま厳しい指導をするって、ある意味一番怖い。


「それに、午後は魔量の放出訓練を行います。死ぬほど地味で、死ぬほど苦しい訓練だから、頑張ってくださいね」


 メイさんの笑顔が怖い。メイさんが死ぬほど苦しいって言う訓練って、ほんとに苦しいのだろう。結依の表情も完全に引きつっている。


「だってさ、結依。頑張れよ」


「う、うるさいわね。悠もロッシュさんにしごいてもらったらいいのよ」


「そうじゃな。ユウ、もっとビシバシいこうか」


「げぇっ。結依、なんてことしてくれたんだ」


「あら。私は悠のためを思って言ったのよ?強くなりたいんでしょう?」


「ぐぬぬ。メイさん、結依にも厳しく指導して下さいね!」


「ええ。分かりました。頑張りましょうね、ユイさん」


「メイさん!」


 こうして俺たちは時に笑いあり、時に悲鳴ありの昼休憩を過ごした。



 昼食後。俺とロッシュさんは改めて庭に出た。午後の訓練開始だ。


「では先ほど言ったとおり、素振りの訓練をしてみようか」


「はい」


「まず、自分が思ったとおりに剣を構えてみろ」


 言われて、俺は腰のベルトから剣を抜く。昨日買ってもらった、刃渡り60センチほどの真剣だ。本物の武器。一歩間違えば、俺もロッシュさんも怪我をするかもしれない。緊張感を持って訓練に挑まなければならない。

 左手で柄の下、右手で柄の上を持つ。思い出すのは模擬戦。あの時はみんな竹刀を上に構えていた。左手を額、右手を右耳の後ろに持ってくるように、構える。


「足は肩幅。やや左足を後ろにして、かかとと若干浮かせる。・・・ふむ。よろしい。では振ってみろ」


 ブンと剣を斜めに振り下ろす。振り下ろしきったら、手首を伸ばし、剣先を地面に向けてフィニッシュ。


「おっとっと」


 剣の重みで右半身がつんのめる。剣ももう少しで地面に刺さるところだった。


「よし。いいぞ」


 言われて、ふぅぅとリラックスする。真剣を振るなんて初めてだから、緊張した。


「力が入りすぎじゃな。剣を振るときは左手の小指にわずかに力を入れ、腕をしならせるようにして剣を走らせる。右手は添えるだけ。そして、止める瞬間、切る瞬間、獲物に当たる瞬間に右手に力を入れる。見ておれ」


 ロッシュさんは自分の剣を抜いて、構える。


「ふぅっっっっ」


 その瞬間、雰囲気が変わった。ピンと空気が張り詰める。普段の親しみやすいロッシュさんとはまったく違う。まるで、ロッシュさん自身が研ぎ澄まされた刃のようだ。鋭く、近寄りがたく、気高く、恐ろしい。


「はぁぁっっ!」


 ビュン


 目にもとまらぬ速さで剣を振り切った。剣が鋭く風を切る音が聞こえた。そして最後はピタッと剣が止まる。姿勢も全くぶれない。


「うわぁ」


 思わず見とれて、圧倒されてしまった。鋭く美しい一撃。あまりの速さに、風が起こり、草が揺れる。一瞬で振り切り、ピクリとも動かず残心をとる。静と動の芸術的なコントラスト。

 これが近衛隊平民組のトップ。鬼気迫るような、ある種の覚悟が感じられるような、とにかく圧倒的なオーラをたたえる。

 ただ振るだけではない、重みがある素振りだった。ロッシュさんの人生、思い、それら全てをのせたような素振りだった。


「・・・すごいです」


 そして、音も姿勢も、俺とは全く違った。

 ふっ、と息を吐いてロッシュさんは構えを解いた。すると、先ほどまでの研ぎ澄まされた雰囲気が霧散し、元の優しげな老人に戻った。


「うむ。剣は振るのではなく、勝手に振られるのじゃ。では、もう一度振ってみぃ」


「はい」


 力を抜いて、腕をしならせるように。最後の最後だけ力を入れて、剣を止める。そう言えば、剣道の授業でも似たようなことを言われたな。よし。

 剣を構える。脳裏に浮かべるのは先ほどのロッシュさん。ただ振るだけではない。自分の覚悟を剣にのせていたように思った。

 ロッシュさんは、あの剣で何人の民を守ったのだろう。何人の敵を倒しただろう。どれほどの期待と責任と覚悟を背負っていたのだろう。俺は別に誰かに期待されているわけでもない。国を守る責任もない。でも覚悟は負けないつもりだ。魔王を倒す。日本へ帰る。俺が死なないように。大切な人を守れるように。俺は強くなる。


「はぁっ!」


 ビュン、と音を立てながら、剣が走る。最後の瞬間だけ、手首を返しながら右手に力を入れ、ピタっと止める。


「・・・ほお」


 構えを解く。確かに教えられた通りやったら、先ほどより振りも速くなったし、姿勢も安定した。悪くなかったんじゃないだろうか。


「どうですか?」


「・・・うむ。悪くない。では、素振り100回じゃ」


「え?」


 期待を込めてロッシュさんを見ると、無表情で鬼のような指示が出された。

 思わず聞き返すも、答えは変わらなかった。


「反復あるのみじゃ。ほれ、100回!」


「ひょえええ」


 100回素振りして、休憩。100回素振りして、休憩。これの繰り返しだ。



「よーーし、ユウ!休憩終わりじゃ!もう100回素振り!」


「へ・・・へい・・」


 腕がぷるぷるする。でも、諦めるわけにはいかない。

 ちらっと家を見る。結依だって頑張っているはずだ。多分。これでぬくぬくとサボってたらほんとに切れる。でも多分、あいつは真面目だから、必要以上に頑張っているだろう。死ぬほど苦しい訓練を。

 だったら俺も頑張らなきゃ。あいつに負けるなんて、プライドが許さない。


 結局、午後はずっと素振りの訓練になった。疲れすぎて、終わってもしばらく立ち上がれなかった。




☆☆☆

 

 


 昼食後。食事を片付けたリビングで、私は引き続きメイさんに魔法を教わる。


「午前中は、魔法の概念について教えましたね」


「はい」


 魔法。この世界独特の現象。簡単に言えば、神聖語と呼ばれる特殊な言語で、この世界の情報を書き換え、自分の思い通りの事象を引き起こす技術だ。午前中いっぱいかけて、魔法の概念はなんとか理解できた。

 私にとって全くなじみがないもの。でも、私が強くなるためには魔法を習得しなけてばならない。日本へ帰りたいから。だったら死ぬ気で学ぶしかない。


「しかし、魔法を発動させるためには、神聖語だけでは不十分です。神聖語を唱える、あるいは記述する際に、魔力を付与させる必要があります。ということで、午後からは、自分の体内の魔力を外に放出する訓練をしてみましょう。もっとも、これはとても難しいものです。できるようになるまで、早い人で一週間、普通一ヶ月ほどかかります。なので、毎日少しずつ練習していきましょう」


「魔力の放出、ですか?唱えるだけではだめなんですか?」


 以前柴田さんから聞いた話だと、魔法組はゲイル教官の詠唱をなぞるのが主な訓練方法だと言っていた。魔法の放出訓練なんて聞いたことがない。


「そうね。魔法を発動するときに、『自分の魔力を使え』ということも込みで神聖語を唱える手段もあります。例えば、『私の体内の魔力を使って、光をともせ』というふうにね。でも、こうすると魔力を放出するために、余計な文言と魔力を消費しちゃうの。だから、自分で魔量を放出し、唱えるのは『光をともせ』だけにしたほうが効率的なんです」


「そうなんですか」


 ではなぜゲイル教官はその方法をとらなかったんだろう。私の疑問に、メイさんが答えてくれた。


「ただ、魔力の放出訓練って地味で、苦しいの。だから特に貴族の人達ってやりたがらないのよね。逆に自分で魔力を放出してると魔力をケチってるって言われるし・・・ってこれはいいわ。とにかく、やってみましょう」


「お願いします」


 私がそう返事をすると、メイさんは胸に手を当てて話し始めた。


「まず、心臓の鼓動を感じます。そこから・・・。そうね。言葉で表すのは難しいのだけど・・・。もやのようなものを心臓から引き剥がし、指先に集める。これが魔力の放出です。とりあえず、やってみて」


「はい」


 私も同じように胸に手を当てる。目を閉じ、自分の心臓に意識を向ける。ドクドクと拍動を感じる。ここからもやのようなものを引き剥がす。もや・・・?もや・・・?何も感じない。

 落ち着け。深呼吸。息を吸って、吐く。心臓の音は聞こえる。そこからもやを引き剥がす。ドクドク・・・。相変わらず心臓の音だけが聞こえる。


「ユイさん?大丈夫ですか?」


「・・・まったくできません」


 糸口すらつかめない。魔力らしきものは全く感じない。


「そうですか。まあ、落ち込まないでね。難しいことですから。それに、人によって感覚は違うのよね。私はもやを引き剥がすと表現したけど、液体がにじみ出るとか、心臓を内側から破って出てくるとか・・・。いろんな感覚があるから、自分に合うものを探してみて」


「分かりました」


 メイさんにそう返事をして、再び自分の心臓に意識を向ける。

 液体がにじみ出る。内側から破れる。なにか引っかかるものはないか。そう思って集中する。


 集中する。


 集中する。


  ・ 

  ・

  ・


「ユイさん?少し休憩しない?もう2時間も続けているわ」


 メイさんの声ではっと我に返る。もうそんなに経っていたか。そう言えば、疲労感で頭も重いような気がする。


「よーーし、ユウ!休憩終わりじゃ!もう100回素振り!」


 ふと、庭のほうからかすかにロッシュさんの声が聞こえてきた。声が大きくて、家の中まで届いたようだ。


「いえ、まだ続けます」


 悠も頑張っているのに、私が諦めるわけにはいかない。そんなの、私のプライドが許さない。絶対にその感覚を掴んでやる。

 ドクドクと鼓動を感じる。そう、絶対に見つけてやる。何か違和感はないか。魔力。地球にいた頃とは違う感覚はないか。心臓から何か出てこないか。

 そう言えば、昔悠が好きだったバトル漫画で、怒りがきっかけでパワーアップする主人公がいたはずだ。なぜか髪の毛も金色になるキャラクター。怒り。なにか糸口になるかもしれない。ものは試しだ。やってみよう。

 ・・・悠のやつ、どうして毎度毎度私にピーマンを食べさせるのか。テレビで知った豆知識をどや顔で披露してくるのも腹が立つ。私の保護者ヅラもやめろ。それから・・・どうして毎回無茶をするのか。そして、平気な振りをするんだっ!

 ドクッ。怒りで心臓が大きく脈打った気がした。そしてそれと同時に、得体の知れないナニカ、水のようなものが湧き出てくるのを感じた。


「あった!これだ!」


 思わず、叫ぶ。心臓から湧き出た水。

 あとはこれを指先に移動させるだけ・・・。


「うっっっっ」


 途端に、襲い来るものすごい不快感。異物感と吐き気と息苦しさを同時に感じるような気持ち悪さ。思わず中断し、吐き気を堪えるように口に手を当てる。


「落ち着いて!ユイさん」


「はぁっ。はぁっ。メイさん・・・。すごく、気持ち悪いです・・・」


「ごめんなさい。まさかこんなに早く魔力を感じられると思っていなかったから、言いそびれていました。魔力を感じられても、それを体内で移動させることも難しいの。慣れないうちは、すごく気持ち悪いから。だからみんな一ヶ月ほどかかるし、そもそも貴族達はやりたがらないの。ユイさん。こればっかりは、無理せずやっていきましょう?」


「いえ。大丈夫です。まだまだできます」


 メイさんの気遣いはうれしいが、断って訓練を続ける。

 悠だって今ロッシュさんにしごかれているはずだ。だったら私だけぬるま湯につかっているわけにはいかない。悠に負けるわけにはいかない。それに、メイさんの指導だって、これから厳しくなるはずなのに、ここで躓いてたら話にならない。絶対にものにしてみせる。


 ふぅぅと深呼吸

 きっかけは怒り。子供の頃、悠にいたずらされたことを思い出す。蝉の抜け殻を見せられて・・・

 ドクッと心臓が脈打ち、魔力が湧き出てくる。それを移動させる。


「ぐぅうう」


 心臓から出た魔力が体内を這い回る。胃をひっくり返し、食道を逆流し、肺を握り潰すようにうごめく。吐き気と息苦しさで気持ち悪い。その不快感に思わず集中力が切れる。


「はぁっはぁっ」


「ユイさん!」

 

 メイさんが水を持ってきてくれた。お礼を言って、飲む。冷たい水が身体に染み渡り、少し爽快な気分になる。


「少し休憩しましょう?」


「いえ・・・。だいじょぶ・・・・です・・・」

 

 きつい。本音を言えば今すぐにでも倒れ込みたい。でも、そんな甘えた気持ちは無視だ。私は強くなりたい。

 守られてばかりは、嫌だから。

 自分でもそれがどういう意味か分からないが、自然と口に出た。多分メイさんにも聞こえていないだろうし、聞こえたとしても分からないだろう。


「ふぅぅぅっっ」


 息を吐いて、心臓に意識を集中させる。もう一度だ。



 夕食までの間、ずっとこの訓練を行っていた。しかし結局、魔力を指先まで移動させることはできなかった。


「はぁっっ。おえっ。はぁっはぁっ」


「今日のところは、これでおしまいにしましょう」


「でも・・・。まだできていません」


 なおも食い下がると、メイさんは首を振った。 


「ユイさん。一生懸命やるのと、焦るのは、別よ?まだ一日目ですから。出来なくて当たり前なんです。少しずつでいいの」


「はい・・・」


 ゆっくりと、親がこどもをなだめるように、メイさんが励ましてくれる。それを有難く感じつつも、でもできなかったことに気持ちが沈んでしまう。早くて一週間。それは分かるが、やはり悔しい。


「それに、ユウさんも、無茶して苦しそうにしてるユイさんは、見たくないはずだわ」


「なっ!べ、別に悠は関係ないでしょう!」


「あら、そうね。ごめんなさい」


 そう言ってコロコロ笑うメイさんに、私の頬も少し緩んだ。

 そうか、メイさんは私の気持ちを紛らわそうと、こんな冗談を。・・・それにしても、タチが悪い冗談だ。まったく。


「さ、もうすぐ二人も帰ってくるはずだから、夕食の準備をしましょう」


「メイさん。手伝います」


「あら、ありがとうございます。いつでもユウさんのお嫁にいけるわね」


「メイさん!」


「あははっ」


 ・・・ほんとにタチが悪い冗談だ。

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