24話 冒険者ギルド
メイさんが作ってくれた昼食をおいしくいただいたあと、俺たち4人は冒険者ギルドへ向かうことになった。ベイル邸から歩いて15分くらい、大門付近にあるらしい。
ちなみに、昼食はとてもおいしかった。焼き魚とスープだったが、魚の焼き加減が絶妙で、身がほろほろだった。スープも野菜の甘みがしっかりと出て、とてもおいしかった。野菜嫌いの結依もおいしそうに食べていた。これらの生活が楽しみである。
さて、大通りを、大門へ向かって歩く。先ほどは大通りの富裕層側を歩いてきた。今度は馬車乗り合い所を隔てて庶民側を歩く。
「馬車乗り合い所を越えると、大分趣が違うじゃろう」
「はい。賑やかですね」
富裕層側は、客も店も落ち着いた感じだった。こちらの庶民側は大声での売り込み、値切りの声が飛び交い、人通りも多く、さらに馬車も時折通るので、雑多な印象を受ける。食料品店、飲食店、服飾店、装飾店、雑貨店などが軒を連ねている。
「そこのお兄ちゃん!串焼きはどうだい?腹減ったろう!?」
「別嬪さん!ネックレスはいかが?安くしとくよ!」
歩いているだけで声をかけられる。上手く躱しつつ、しかし時折商品に目を奪われつつ、歩みを進める。歩きながら、ロッシュさんが言った。
「冒険者には冒険者ネームがある。今のうちに決めておこう」
「あら。そうですね」
「冒険者ネームですか?」
何だろうと思って聞くと、ロッシュさんが教えてくれた。
「本名とは別の、冒険者として活動するときの名じゃ。冒険者は方々から恨まれやすい職業でもある。例えば護衛以来の商人と敵対する勢力、過去に倒した盗賊の生き残り、ひどいときには救援に遅れた村の生き残り。彼らからの報復を防ぐために、本名を隠して活動するんじゃ。いざとなれば冒険者ネームを変えて報復から逃れつつ活動できるようにの。また、ミドルネームを使用することがなくなり、身分や国を超えて誰でもイチ冒険者として活動しやすくなるという利点もある」
「へえ」
冒険者ネームか。初めて聞いたな。確かにこの世界ではミドルネームで身分と出身国が分かるからな。例えばロッシュ=ロラン=ミード=ベイルなら、アルス王国の騎士爵、ロッシュ=ベイルと分かる。ロランは騎士爵(平民に与えられる名誉貴族の称号)、ミードはアルス王国民という意味だ。身バレを防ぐためにも、平等性を確保するためにも、冒険者ネームという仕組みは理にかなっている。そして冒険者ネームはいざとなれば改名も、本名よりずっと簡単だ。たとえ誰かに恨まれても、場所と名前を変えてやり直すことができる。
「ロッシュさんとメイさんの冒険者ネームは何ですか?」
「わしか?わしはローじゃ」
「私はメルです」
気になったので聞いてみると、あっさり教えてくれた。ロッシュだからロー。メイだからメル。そんな簡単でいいんだ。
「ギルド内では、ローさん、メルさんと呼ぶんじゃぞ。本名を呼ぶと。冒険者ネームの意味がないからの。それで、おぬしらはどうする?」
「どうしようかな。タカシマだから、タカ、とか?」
「ぷっ。安直すぎない?」
「おい。それはロッシュさんやメイさんにも失礼だぞ」
「いや、その台詞の方が失礼なんじゃが」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
結局、良い案が思いつかずに俺はタカ、結依は一条からとってイチカという名前にすることになった。結依も十分安直だよ。
「ああ、それからおぬしらも、これから名乗るときはユウ=ミード=タカシマ、ユイ=ミード=イチジョウと名乗るがよい。ミドルネームがないのは不自然じゃからな」
「「はい」」
爵位はないからミードだけ。アルス王国の平民。ユウ=ミード=タカシマ。なんか変な感じだ。
そういう話をしながら歩いていると、冒険者ギルドに着いた。
「でか・・・」
場所は大門の近く。大通り沿い。ただ、大きかった。ロッシュさんの家より大きい。体育館ぐらいはある、2階建ての建物だ。『冒険者ギルド』と書かれた看板に、剣と盾を模したエンブレム。
「入るぞ」
ロッシュさんが扉を開けて、中に入る。メイさん、俺、結依の順でロッシュさんに続く。
横長の構造で、正面に職員が座るカウンター、左の壁際に紙がいくつも貼られた掲示板があり、武装した人が何人かたむろしている。依頼書でも貼ってあるのだろうか。そして右側半分は食堂のようになっている。昼過ぎのこの時間でも何人かが食事をしている。
「まずは受付じゃ」
ロッシュさんに連れられ、周囲を見渡すのをやめて正面のカウンターへと進んでいく。5つほどの窓口があるが、そのつち4つは埋まっていた。真ん中の、空いている窓口へ進んでいく。
「こんにちは。本日はどのようなご用件ですか?」
若くてきれいなお姉さんだ。20代くらいで、茶色のショートヘア。ニコニコと愛想のよい笑顔を浮かべている。しかし、俺はその女性の頭を凝視してしまった。なんと、動物の耳が付いているのである。おそらく猫と思われる耳が、そう、この人は獣人なのだ。この世界に来て初めての獣人。感動してしまった。
「この2人の登録をお願いしたい」
すごい。耳がピコピコ動いている。ふさふさしている。触りたいなあ。
「畏まりました。こちらの用紙に必要事項を記入して下さい。代筆は必要ですか?」
尻尾も生えているのだろうか。ここからじゃ見えない。
「いえ。大丈夫です。・・・悠?」
「んっ!あ、はい。大丈夫です」
結依にジト目で見られて、慌てて紙を受け取る。お姉さんに感動して我を忘れてしまっていた。
渡された紙には名前、年齢、性別、冒険者ネームなど簡単な項目を書くだけだ。この世界に召喚されて、なぜか話す、聞く、読む、書くはできる。ミドルネームを忘れずに、さらさらと書いてお姉さんに返す。
「ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」
俺と結依の紙を受け取ったお姉さんは、立ち上がって奥のスペースへ退いていった。必然、後ろ姿が見えるわけで・・・。尻尾だ!ひょろっとした白い尻尾が腰の辺りから生えているのが見えた。
「悠。見過ぎ。変態」
「なっ。べ、別に見てねえし」
「嘘つき。どうせあのお姉さんに見とれてたんでしょ」
「ち、違うわ!初めて獣人を見たから感動してただけだ!」
「ふーん。どうだか」
つーんとそっぽを向く結依。俺のいったことを信じていないようだ。何でだよ。普通獣人を見たら感動するだろ。異世界のお約束だろ。なんで俺が変態扱いされなきゃいけないんだ。
「もう、痴話げんかね・・・」
メイさんの呆れたような声が聞こえたが、意味がよく分からなかった。
「タカ。特にギルドは超国家的な組織じゃから、獣人やエルフも、いることはいる。じゃが、あまりじろじろ見ると失礼じゃからな」
「あ、はい。すみません」
獣人のお姉さんを見つめていたことをロッシュさんに注意された。アルス王国では獣人もエルフも少ないと聞いていたので、しばらく会えないと残念がっていた途端に会えたものだから、興奮してしまった。たしかに、じろじろ見るのは失礼だよな。
それにしても、ギルド内では俺もタカ、と呼ばれるのか。慣れないな。
「お待たせしました。こちらが冒険者カードです」
そんな話をしていると、お姉さんが戻ってきて、俺と結依に小さなカードを手渡してくれる。白色の硬いカードで、E級という文字、『タカ』という冒険者ネームと剣と盾のエンブレムが彫られている。
「そのカードはなくさないで下さいね。再発行には手数料一万ゴルがかかります。また、依頼で街を出るときも携帯して下さい。戻るときに通行税が免除されますので」
「分かりました」
「お二人はE級冒険者からスタートです。あちらの掲示板からE級と書かれた依頼書を受付に持って来ていただくと、依頼を受けることができます」
そう言ってお姉さんは俺たちの左手にある掲示板を指さした。思った通り、あれは依頼が貼ってある掲示板らしい。
「E級とはなんですか?」
「冒険者のランクです。皆さん初めはE級からスタートし、依頼をこなしていくとD級、C級、B級、A級、最後はS級へと上がっていきます。E級の依頼を一定数こなしていただくと、D級の昇格試験が受けられます。その試験に合格されると晴れてD級冒険となります。以後試験はありませんので、どんどん依頼をこなしてください。ただし、昇格の為に必要な依頼の数などは教えられませんので、ご了承下さい」
「なるほど。ランクを上げていけばいいんですね?」
「そうですね。ランクを上げるほど、高報酬の依頼が受けられるようになります。ただその分、難易度は高くなるのでご注意ください。基本的に自分と同じランクの依頼しか受けられませんが、複数人で依頼を受ける場合は、その中で一番上のランクの方に合わせた依頼を受けることができます。例えばE級の冒険者とD級の冒険者が一緒に依頼を受ける場合、D級の依頼を受けることが可能です」
「分かりました」
「ただその場合、ランクが下位の方にとっては難しい依頼となりますので、無理はしないで下さい」
冒険者というものになじみがない結依が一通り質問し、お姉さんはにこやかに、わかりやすく答えてくれた。答える度に耳がピコピコ揺れるのがかわいい。や、愛玩動物的な意味でね。だから結依、そんなに睨まないで。ちゃんと話は聞いてたから。
「早速依頼を受けていかれますか?」
「いや。依頼を受けるのはまた後日にしよう」
答えたのはロッシュさんだ。
「分かりました。ではまた後日、お待ちしています」
残念ながら、冒険者デビューは後日に持ち越しらしい。獣人のお姉さんに見送られ、俺たちは冒険者ギルドを後にした。
「どうして今日依頼を受けないんですか?」
「依頼を受ける前に、おぬしらの装備を揃えねばならん。防具に武器にポーチに、服も必要じゃろう。このまま買いに行くぞ」
ギルドを出た辺りで俺がロッシュさんに聞くと、そう帰ってきた。確かに、俺たちは武器も防具も何も持っていない、これでは依頼を受けられない。
というわけで、大通りの店を巡ることになった。武器屋で俺の剣と結依の小型ナイフ、二人分の革製の防具、雑貨屋で傷薬やそれを入れるポーチを二人分、服屋で冒険者活動をするときの厚手の服3着、普段着5着、他にも靴や寝間着やらなんやらをそれぞれ二人分。
「これだけ買ってもらって・・・。すみません」
「いいんですか?」
「うむ。構わん。必要なものじゃしな」
「そうですよ。遠慮しないでくださいね」
これら全てベイル夫妻のおごりだ。結構な額を出してくれた。この世界の通貨が日本円と比べてどの程度の価値があるか現時点では不明なため、驕ってくれた金額の価値は正確には分からないが、たぶん数十万円単位だ。さすがにありがたいを通り越して申し訳なさを感じる。かといって俺たちは手持ちがないため、自分で払うこともできないのだが。
「その代わり、明日からの訓練、頑張るんじゃぞ」
「「はい!」」
・・・おもちゃを買ってもらって喜ぶ子供と、それを餌に勉強させようとする親みたいな構図だ。
本当にロッシュさん達にはお世話になりっぱなしだ。そもそも訓練だって俺たちのためにしてくれるんだし。頭が上がらない。せめて、訓練には全力で挑もう。そう決意しながら、4人でベイル邸への帰途についた。




