21話 退院と旅立ち
模擬戦から4日後。目が覚めてから3日後。ミルさんからようやく退院許可をもらえた。地球だともっとかかりそうだが、魔法のおかげか、治りが早かった。この間、ずっとベッドで横になってた。結依や村上、柴田さん、ロッシュさん、山本、大友先生や水野、オットーさんがお見舞いに来てくれたから、あまり退屈はしなかった。
山本が来たのは意外だった。日本ではほとんどしゃべったことがなかったから。どうやら、村上に連れてこられたよう。模擬戦で仲良くなったようだ。純粋に俺を心配してくれたので、いい人だった。
大友先生も、水野と共に心配そうにお見舞いに来てくれた。水野はどっちかといいうと俺より先生についてきた感じだったが、一通りの心配はしてくれた。先生にそのタイミングで城を出てロッシュさん宅にお邪魔することを報告すると、悩みながらも了承してくれた。先生は先生で思うところはあるだろうが、ロッシュさんのところにいる方が安全だと思ったのだろう。うちの生徒をよろしくお願いします、とロッシュさんにお願いしていた。
オットーさんは、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんと謝っていた。別に彼が悪いわけではないし、俺がこの城で快適に過ごせるよう心を砕いてくれたのも知っているから、むしろ感謝しかない。そして、出ていかれるなら、と日本からの唯一の私物である制服を持ってきてくれた。正直この世界にいる間は着ることはないと思うが、記念にもらっておこう。
そんなこんなで、退院の朝を迎えた。そして、この城を出る朝でもある。
「お世話になりました」
「はいよ。もう来るんじゃないよ」
ミルさんにお礼を言って、医務室を出る。詰め所の扉をくぐると、爽やかな朝日が出迎えてくれた。久々の風が気持ちよく感じる。
さて、今はみんなが朝食を食べているであろう時間だ。ロッシュさんとは、朝食後、訓練所前の花畑で待ち合わせの予定なので、時間もある。まだ朝食を食べていないし、ひとまず食堂に向かうことにしよう。
鳥のさえずりを聞きながら食堂へ歩いて行く。この城で過ごして約一ヶ月。この景色も今日で見納めだ。王宮も、訓練所も、応接棟も。様々な思い出が・・・思い出が・・・。うーん。よく考えると、あんまり良い思い出はないな。そもそも無理矢理連れてこられた世界だし。無理矢理魔王と戦うよう仕向けられたと思ったら、無能とか言われるし。挙げ句の果てには前田にボコボコにされるし。うん。未練はない。
むしろ城を出られてほっとする。そんな気持ちになりながら食堂に入る。いつもの席に、三人が座っているのが見えた。
「よお高島。もう退院か?」
「ああ。心配かけたな」
「よかったです。元気になって」
「ありがとう」
村上と柴田さんがうれしそうに言ってくれた。俺も笑顔でお礼を言う。すると、じーっと結依が見つめているのに気がついた。
「何だ?」
「別に」
俺が見つめると、ふいと視線をそらされた。
「別にってことはないだろ。何か言うことがあるんじゃ無いのか?」
「うるさい。さっさと料理取ってきなさい」
「はいはい」
退院おめでとうぐらい言ってもいいじゃないか。冷たいやつめ。ああ、きっと照れてるんだ。そう思っておこう。
朝食の料理を取る、その前に、大友先生にも挨拶に行こう。
「先生」
「高島くん。よかったわ。無事退院できて」
席に座って食事中の先生に声をかける。俺に気づいた先生は、ほっとしたように顔をほころばせた。かわいらしい笑みだった。
そして隣には水野がいたが、ちらっと俺を見ただけで、何も言わなかった。
「はい。おかげさまで」
「ほんとによかった。それで、今日もうロッシュさんのところに?」
「ええ」
善は急げ、というか、結依が早く出たがった。俺も別に文句はなかったから、成り行きに任せていると、俺の退院後すぐ城を出ることになった。あまりの急展開に、俺も驚いているくらいだ。まあカーン公爵を初めとした城側も、無能を引き留める理由はないのだろう。
「そう・・・。元気でね。何かあったら、いつでも相談に乗りますから」
「ありがとうございます」
そう言ってにっこり微笑む先生はやはりきれいだった。そして、生徒思いの良い先生だと思った。
「ま、元気でね、高島」
「ああ」
と、横にいた水野にも軽く激励された。表面上はあまり興味がなさそうな口調だが、俺のお見舞いにも来てくれたし、本音では意外と心配してくれているのいるのかもしれない。
二人に別れを告げ、料理を取りに行く。いつものごとく、ビュッフェ形式。どれにしようかな。サラダとパン、スープでいいや。もちろん、フルーツは無視。
コツコツコツと誰かが近づいてくる足音が聞こえた。三人分だ。それは俺の近くまで来ると、通り過ぎることなくピタッと止まった。
「高島ぁ。死んでなかったんだな。残念だぜ」
足音の主が最悪な言葉で喋りかけてきた。というか、こんなこと言う奴なんて一人しかいない。前田だ。
「お前、城を出るんだってな」
「だっせ。尻尾巻いて逃げんのかよ」
取り巻きの二人も一緒だ。にやにや笑いながら見下してくる。
「模擬戦の時のお前は最高だったぜ。前田さんに手も足も出なかったな」
「亀みたいにうずくまってよ。なんで反撃しなかったんだ?」
「無茶言うなよ三村。しないんじゃなくてできないんだ」
「「ぎゃははははは」」
取り巻き二人が下品に笑う。むっ、と腹が立つ。そもそも三村も水野に負けている。それでよく俺をあおれるな。
しかし、それより前田の様子が気になった。伊東と三村は笑っているが、前田はさっきからずっと険しい顔だ。いつもの下卑た笑みは浮かべず、眉間にしわを寄せている。これは・・・怒っている?
「一条も一緒だってな。なあ高島。お前じゃ一条を守れねえよ。俺にボコボコに負けたお前じゃ、な。いつか絶対俺が一条を取り返す。首を洗って待っとけ」
ドスの聞いた声。声を潜め、俺だけに聞こえるように。俺にだけ殺意を込めたように。より深く突き刺さるように。俺を脅してから、食堂を出て行った。慌てて伊東と三村も背中を追いかける。
「ふう・・・」
恐怖というより、いらだちを感じた。相変わらず、自分勝手な奴だ、と。そもそも、取り返すって、結依がお前になびいたことなんてないだろうに。あいつの頭の中では、結依はお前に惚れていることになってるのか?そんな訳あるか、と大声で反論したい。やぶ蛇になりそうだからぐっと堪えるが。
しかしまあ、これでしばらく前田達と合わずにすむんだ。清々する。
そう思うも、結依を取り返す。その言葉が頭から離れなかった。近いうちにまた一悶着ありそう。そんな確信めいた不安が芽生えてしまった。
朝食後、俺たちは花畑にやってきた。ロッシュさんを待つためである。俺と結依。そして村上と柴田さんと大友先生もいる。他の生徒はすでに訓練所へ行ったが、三人だけは残ってくれた。曰く、きちんとお別れしたい、と。
「いよいよこの城ともお別れね」
結依がつぶやいた。
「寂しいか?」
「全然」
俺の問いに、結依はきっぱりと頷いた。みじんも迷いがない即答だった。
「だって、良い思い出がないもの。誘拐されて、脅迫されて、さげすまれて、悠が暴行されて。最悪だったわ」
それは、退院後俺が抱いた思いと全く同じだった。
「ふふっ」
それがおかしくて、思わず笑みが漏れてしまった。それに気づいた結依に、ジロっとにらまれた。
「何笑ってるのよ」
「いや。同じこと考えてたなって。それと、俺が暴行されたことも怒ってくれてるんだな」
「なっ・・・」
煽ると、結依の顔が真っ赤に染まった。
「べ、別に、悠がどうこういう話じゃないわ!卑怯な手を使った前田が許せないだけよ。あり得ないわ!模擬戦を利用して暴力を振るうなんて!仮に被害者が村上くんだったとしても、私は怒ってるわ!悠が特別ってことではないから!変な勘違いしないでくれる!?」
「はいはい」
「ん~~っっっ!」
よく回る口だ、と適当に受け流す。俺が信じていないと思ったのか、結依が頬を膨らます。相変わらず、からかいがいののある奴だ。悔しかったら、揚げ足を取られないように発言に気をつけるんだな!
「相変わらずだな」
「ですね・・・」
ぼそっと、村上と柴田さんが呆れたようにつぶやいたのが聞こえた。何故呆れているのかは分からないが。
「おおっ。すまんすまん。待たせたの」
そこへ、ロッシュさんがやってきた。いつもと変わらない優しい笑顔を浮かべながら歩いてくる。
「カズヒサとミホと先生もおったか。ちょうどよかった。これを渡しておこう」
そう言ってロッシュさんは村上と柴田さんと大友先生に一枚ずつ、小さな紙切れを手渡した。渡された紙を三人はじっと見つめた。ちらっと見えた感じ、なにやら図形のような模様が書いてあるのが見えた。
「何ですか?、これ」
「わしの家までの地図じゃ。いつでもうちに来てくれ。ユウもユイもさみしがるでな」
「わぁ。ありがとうございます!」
柴田さんがうれしそうな声を上げた。俺たちと親しい人が会いに来られるように、地図を渡してくれたんだ。
俺もうれしかった。また会えると分かって。異世界という未知の環境で友人や頼れる大人と離ればなれになることに対して、不安を覚えていたのは確かだ。だから、この計らいがうれしかった。
「絶対行きます!」
「ええ。私たちも、来てくれたらうれしいわ。ありがとうございます。ロッシュさん」
ユイもうれしそうに笑い、ロッシュさんにお礼を言った。
「ふふっ。構わん」
「ロッシュさん。お気遣いありがとうございます。そして、二人のことをよろしくお願いします」
先生が深く頭を下げた。
「ああ。任された。先生も、困ったことがあったら、うちを訊ねて来てくれ。できる限り手助けするからの」
「・・・ありがとうございます」
その言葉に大友先生は少し驚いたが、やがてうれしそうに薄く笑った。先生だって未知の世界で生徒を守ろうと一人で頑張ってきたんだ。でも先生を助けてくれる人はなかなかいない。だから、今の言葉が心強かったのかもしれない。
「じゃあな、高島。元気でやれよ」
「おう。お前もな」
村上の激励に言葉を返す。村上は照れたように笑ってたから、きっと俺もそうなのだろう。
「一条さん。また会いましょうね」
「ええ。もちろんよ」
「高島くん。一条さん。前田くんを止められなかったこと、本当に申し訳なく思っています」
「いえ。先生が悪いわけではないですから」
「そうです」
「本当にごめんなさい。そして、お元気で」
「「はい」」
別れを惜しむように、笑い合う。決して今生の別れではない。
「さて、じゃあ行こうかの」
「「はい」」
いよいよ。ベイル家へ。この城とおさらばだ。
ロッシュさんに優しく促されて、一歩、二歩と出口へと踏み出した。
「またな!」
歩きながら、村上の声に振り返る。手を振ってくれていた。
また、前を向いて歩き出す。
振り返る。手を振ってくれている。
歩いて、振り返る。何度振り返っても、三人は手を振っている。
「良い友人を持ったな」
「はい」
結局、俺たちが城門を出るまで、三人は残って手を振ってくれていた。
「さて、ここからが王城の外じゃ」
大きな石の城門をくぐり、見張りの兵の横を通り抜け、城を出る。新たな旅立ちだ。




