18話 模擬戦 悠と前田
第二試合以降も順調に進んでいった。中でも印象に残ったのは、水野と前田の腰巾着、三村の対決。スピードを活かし、死角から死角へ移動しながら攻撃してくる水野に対抗しきれず、三村が敗北した。勝者の水野は大友先生にニコニコ顔で報告し、敗者の三村は前田にどやされていた。
しかし全員が技名を言って斬りかかるという感じだった。それがライオスの教えなのだろう。でも、俺はやりたくない。恥ずかしい。まあやろうと思っても、技を知らないからできないけど。
「最後!ヨウジ=マエダとユウ=タカシマ!」
やはり。俺と前田があたるのか。薄々感づいていたとはいえ、嫌なものは嫌だ。しかも、大トリらしい。最悪だ。いいさらし者だ、ほんとに。
「高島・・・。ドンマイ・・・」
村上が気の毒そうに肩をポンと叩いてきた。
「ま、死にはしないでしょ」
「あはは・・・」
結依のつっけんどんな態度に柴田さんも苦笑いだ。でも、こうやってそっぽを向いてるときの結依は、意外と本気で心配しているんだ。
「じゃ、いってきます」
重い足を引きずって、所定の位置まで歩く。すでに前田はスタンバイ済。今や遅しと竹刀を振って待ちきれない様子だ。
周囲の目がじっと俺たちに注がれる。水野や大友先生は心配そう、あとの生徒は好奇心、無関心、さげすみ、様々だ。
頑張って逃げ回るか。ロッシュさんもそうしろ、って言ってたしな。というか、ロッシュさんの姿が見えない。なんとなく、心細い。
「ねえ、高島ってめっちゃ能力低くなかった?」
「そうね。そんなんで前田くんに勝てるのかしら?」
「無理よ。ボコボコにされて終わりよ」
「ぷっ。受けるんですけど」
そんな会話が聞こえてきた。
何とでも言え。どうせ勝てないのは俺が一番分かってるんだ。
「よお高島。ボコられる準備はできたか?ま、せいぜいあがいてみるんだな」
「こらこら。マエダ殿。相手は無能のタカシマ殿なのだから。手加減して差し上げねば」
そうたしなめるライオスも、クックッと笑いを隠せていない。
「お前の無様な姿を見れば、一条だって目が覚めるだろうぜ」
あ?なにが目が覚める、だ。まだそんなこと言ってるのか。結依はお前に惚れるような安い女じゃない。その発言は看過できない。
「では、構え」
にやにや笑ったまま、前田が竹刀を振りかぶって構える。俺も見よう見まねで構えてみる。左手が額の前、右手が右耳の横。意外と重い。
「始め」
「おらああああ」
合図が終わるか終わらないかのうちに、前田が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
「!?」
速いっ!
「どりゃあ。気合い切りっっ」
「わっ」
ブンと振り下ろされた竹刀を、なんとか避ける。ガツンと地面にたたきつけられる音。
「ちっ。避けやがって」
あぶなっ。自分でも驚いた。なんとか躱せた。やっぱ、他の生徒の模擬戦をみて思っていたが、普通の高校生の俊敏さじゃない。というか、人間やめてない?地面がえぐれてる。えげつないパワーだ。
「おらっ。もっといくぜ!横一文字!」
後ろっ。とっさに身体が動いた。ヒュンと目の前を竹刀が横切る。ぶわっと風が髪を揺らす。ひょえええ。当たったらひとたまりもない。
「縦連撃!」
右っ!左っ!身体が動くまま。考えるより先に、身体が動く。本能にまかせ、凶器から逃げる。
ただ、身体を動かせ!止まるな!走れ!目線をそらすな!
ふっと。視界が白黒になった。前田の動きが遅くなった。
右手を思いっきり引いてる。力をためている。これはーー突きっ!
「鮮烈突きっ。縦一文字!ツバメ返し!」
左!右!右!
「気合い切り!鮮烈突きっ!」
右!左!
「気合い切り!」
左!
「おらああああ」
右!左!後ろ!右!
「せああ」
左!左!
避けろ!避けろ!
左!右!右!
足を止めるな!
右!
「横一文字!」
後ろ!
「はぁはぁ」
前田と距離ができた。
と、ぴたっと前田の動きが止まった。ゆっくりと竹刀を担いだ。
「高島ぁ。ちょこまかと逃げ回りやがって」
「え・・?」
その声で、我に返った。視界に色が戻った。
「はぁ。はぁ」
少し離れた前田が、いらついたような表情。
俺の口から、荒い息が漏れている。足が少し強張っている気がする。大分体力を消耗した。これ以上、避けきれるかどうか・・・。
「高島・・・。意外とすげえな・・・」
「高島くん・・・」
「逃げ回るぐらい、あたしにもできるっしょ」
「ねー。あたしも」
「逃げてばっかじゃおもしろくないぞ!」
「反撃しろよ!」
「前田さーん!遊んでないで、高島なんかさっさとやっちゃって下さい!」
「頑張れ高島!」
「高島くん!頑張ってください!」
賞賛と批判と心配と・・・。色々な声が聞こえる。
「悠っ!」
その声が際だって耳に入った。参ったな。なまじ聞き慣れているだけに、耳に届くんだよな。しかも、がっつり心配しているし。こんだけ避けてるんだから、褒めてくれてもいいだろうよ。
「はぁっはぁっ」
「へっ。一条も呆れてるぜ。無様だなって。避けるしかできない無能がってな!」
何を勘違いしたのか、前田が結依をちらっと見ながら、勝ち誇ったように言った。
「何言ってんだ・・・。はぁっ・・・。あれは、俺を・・・。はぁっはぁっ。心配・・・はぁっ・・・してんだよ・・・」
息も絶え絶え。でも精一杯の虚勢を張って。前田をにらみつける。
「はっ。誰がお前みたいな雑魚の心配すんだよっ」
だっ、と前田が駆け出してきた。相変わらずすごい速度だ。
「気合い切りっ」
これは上から振り下ろす攻撃だ。
左!
ブンと目の前で振り下ろされる竹刀。
「あっ」
回避、まではよかった。が、そこで足がもつれた。
よろっと態勢を崩す。
どさっと地面に尻餅をつく。
「やべっ」
慌てて立ち上がろうとする。しかし、
「へっ」
俺を見下ろしながら、前田がにやっと笑うのが見えた。間に合わない。そのまま大きく竹刀を振りかぶりーー
「気合い切りっ!!」
シュッーーと振り下ろされる剣。
思わず手で頭をかばう。
ぎゅっと目をつぶる。
これは避けられないーー
バシッッッッ
「いっっってっっ」
前田の竹刀が、俺の肩に直撃した。ちょうど防具がないところ。激痛が走る。
「~~っつうぅう」
ジンジンと肩の肉が焼けるように痛い。
「はっ。手間かけさせやがって」
見上げると、前田が笑っている。
だが、これで俺の負けだ。やっと終わった。少なくとも、瞬殺されなかった。ロッシュさんの言うとおり、逃げ回るだけだったが、よく頑張った方じゃないだろうか。
「・・・ん?」
だが、いつまで経っても、試合終了の合図がない。変だな、と思ってライオスを見る。
にやっと笑っていた。
まさか・・・1?
「おらっ」
ドンッ
前田の叫び声とともに、俺の腹に衝撃が走った。みぞおち。
「うぐっっっ」
腹を押さえてうずくまる。尋常じゃない痛み。ジンジンと視界がにじむ。
どうやら前田に足蹴りされたようだ。
「せあああ」
「ーーーーーーーはっっっ」
背中に衝撃。息が詰まる。一瞬、呼吸ができなくなった。足か?肘か?分からない。でもうずくまった背中に攻撃された。
「おらあああっ」
「ぐわっっっっっ」
どさっと吹っ飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がる。
「悠っ!」
結依の声が聞こえた。悲鳴にも似た声が。
「ライオス教官!勝負はついたはずです!早く試合終了の合図を!」
大友先生の声。
「いやあ。私にはまだ勝負はついていないように見えますな。試合は続行です」
くそがぁ。これが狙いか。まともに試合させる気なんてなかったんだ。本当に、公開処刑のための場だったんだ。
「無様だぜっ!高島!!」
バシッ、バシッと竹刀が身体を打ち付ける。肩、背中、足。
打たれる度に身体に衝撃が走る。かといって避ける体力もない。歯を食いしばって耐えるだけしかできない。
「おらあ。おらあああ」
「ぐっっっ」
バシッ、バシッ
パキ
「悠!」
「おっと。神聖な模擬戦に乱入することは、認められませんぞ」
「どこがっ!」
「今どんな気分だ!?高島ぁっ!!」
バシッ、バシッ
「やっちゃって下さい!前田さん!」
「前田くん!やめなさい!」
「悠!」
「高島っ!」
「高島くんっ!!」
バシッ、バシッ
声が聞こえる。うっすらと。
痛い。目がジンジンとしてきた。じわっと視界が狭くなっていく。暗くなっていく。
「おらああ」
バシッ。頭に衝撃。
そこから先は覚えていない。
☆☆☆
「ライオス教官!勝負はついたはずです!早く試合終了の合図を!」
大友先生の声が叫ぶ。事前の説明では、身体の一部に攻撃が入れば負けのはずである。なのに、何故ライオス教官は前田を止めないの?
「いやあ。私にはまだ勝負はついていないように見えますな。試合は続行です」
それに対する教官の返答は無慈悲なものだった。その顔に浮かぶ笑みに殺意すら湧く。早く止めないと、悠・・・!
「無様だぜっ!高島!!」
バシッ、バシッと竹刀が身体を打ち付ける音が響く。
悠はただ丸まって耐えるだけ。
悠・・・!
食いしばった歯がギシギシと音を立てる。
「おらあ。おらあああ」
「ぐっっっ」
バシッ、バシッ
パキ
「悠!」
思わず、足が一歩前に出る。
「おっと。神聖な模擬戦に乱入することは、認められませんぞ」
すかさず、ライオスの声が響く。腰に帯びた剣に手をかけ、わずかに刀身をのぞかせている。脅すつもりかっ。
「どこがっ!」
こんなの、どこが神聖な模擬戦だっ!いい加減にしろっ!
「今どんな気分だ!?高島ぁっ!!」
バシッ、バシッ
「やっちゃって下さい!前田さん!」
「前田くん!やめなさい!」
「悠!」
「高島っ!」
「高島くんっ!!」
バシッ、バシッ
「おらああ」
バシッ。竹刀が頭に入った。
「悠っ」
駆け出した。身体が勝手に動いた。我慢できなかった。
「なっ。待てっ!貴様!決着はまだついておらん!」
しるか、そんなもん。
急いで、悠のもとへ駆け寄る。前田からかばうようにして、悠のそばにしゃがみ込む。
地面に倒れ込んだ悠は、ぐったりとしていた。一瞬、さっと血の気が引いたが、肩は上下している。どうやら、気絶しているだけのようだ。
「お?一条?どうだ?お前もやるか?日頃高島につきまとわれて迷惑だろ?」
前田がのんきに、言う。
プツン、と何かが切れた。
「黙れ!!1」
人生でも一番大きな声が出た。
「こんな汚いことして!!悠を傷つけて!お前なんか大っ嫌いよ!!二度と私の視界に入るな!!」
「っっ!!」
前田の顔がかっと赤く染まった。わなわなと唇を震わし、何か言葉を紡ごうとする。
「一条さん!高島くん!」
「高島!」
「高島くん!」
しかし、それを遮るように 大友先生、村上くん、柴田さんも駆けつけて来てくれた。私たちと前田の間に立ち塞がり、壁になってくれた。
そうだ。今は前田に構っている場合じゃない。悠の手当てをしないと!
「村上くん、悠を抱えてくれる!?医務室に運びたいの!」
「ああ、分かった。医務室ってどこだ!?」
「案内するわ!」
近衛隊平民組の医務室。あそこなら手当てしてくれるはずだ。村上くんに悠を抱えてもらい、急いで訓練所を抜け出す。
ライオスか、前田か。誰かが何か叫ぶのが聞こえたが、どうでもよかった。ただ一目散に医務室へ駆けた。