17話 模擬戦 村上と山本
そんなこんなで異世界に召喚されてから30日ほどがたった。この世界の空気感、文化、食事にもある程度慣れてきた。未だ王城の外へ出してもらえないから、狭い世界の中での話しであるが。ただ、たまに和食や温泉が恋しくなるが、それはそれで日本に帰るため、と訓練を頑張るモチベーションに変えてロッシュさんのしごきに耐えている。初めは地獄のような訓練だったが、成長を感じる部分もあり、やりがいを感じることも(まれに)ある。まれに。
カーン公爵の疑惑については、あれから何も進展がなかった。ビルクリフにも、そもそもカーン公爵にも会うことがなかった。俺たちの待遇に関しても特に変化はない。ああ、そういえばあの晩、大友先生に相談したことを結依に怒られた。夜に未婚女性の部屋を訪れるな、と。たしかに冷静に考えたらそうだ。俺が結依の部屋でしょっちゅうゲームしてるから感覚が麻痺してたのかもしれない。気をつけねば。
ところで、今日のロッシュさんの訓練は中止である。なぜなら、ライオスが召喚者の剣士全員参加の模擬戦をやるとか言い出したからである。その全員にはなんと俺も含まれる。というか、出るようライオスに釘を刺された。そう言ったライオスの後ろで前田がニヤニヤ笑ってたから、奴がそそのかしたに違いない。俺をボコる気満々の笑みだった。
「おぬしは成長したとは言え、甘く見積もって一般兵程度のステータスじゃろう。それではあやつらには勝てん。大怪我だけはせぬよう立ち回れ」
とはロッシュさんの言葉。模擬戦への参加が決まったときの第一声がこれだった。ロッシュさんですら負ける前提である。まあステータス差は依然絶大。そもそもこの世界に来てから剣すら握ったことがない。まずは身体作りから、と言われてひたすらラニングと筋トレの繰り返しだったから。そして、前日の夕方に模擬戦をやると言われても、そこから訓練する時間は、物理的にない。そうして俺は、模擬戦本番で初めて剣を握ることになったのだ。
つまり俺は、勝てるのぞみがほぼゼロながら、それでも模擬戦をしなければならないのだ。とっても嫌だ。
「せいぜい死なないように頑張りなさい」
結依は表面上は偉そうに言っていた。ただ、表情は真剣だった。こういうときの結依は本当に心配しているのだ。まあ革の防具を着けるみたいだし、竹刀で行うみたいだし。怪我はともかく、死にはしないだろう。
「諸君!今日こそ日頃の訓練の成果を発揮するときである!」
で、模擬戦当日。俺を含めた剣士組の生徒は防具と竹刀を装備して第一訓練所の中央にずらっと集合していた。膝と腰回り、胸、肘、手、そして頭を覆う革製の防具と、日本で見るような竹刀である。この世界にも竹刀があったんだ、と半ば現実逃避したくなるほど憂鬱だ。
「はあ」
そして、目の前にはキラキラとした鎧と鞘に収まった剣で武装したライオス。相も変わらず偉そうな顔でしゃべっている。ちっ。お前が模擬戦とか言わなければこんなことにならなかったのに。
「高島、大丈夫か?」
「いや、最悪の気分だよ」
隣の村上とささやき合う。今朝も前田に絡まれた。曰く、遺書は書いてきたか、と。それで良い気分なはずはない。
「今日は魔法組の者も見学に来ておる!くれぐれも無様な姿は見せぬように!」
ライオスが俺の方を見た気がした。お前のことだぞ、と言わんばかりに。前田もそこでちらっと俺を見て、笑った。どうやら俺が無様をさらすのは確定らしい。はぁ。憂鬱だ。
今日は普段第二訓練所で訓練している大友先生や柴田さんなど、魔法に適性があった魔法組も見学に来ている。俺たちをぐるっと囲むように遠巻きに見つめている。模擬戦の様子を見るらしい。こんなの、公開処刑だ。
「今日は一人一試合のみ行う。その組み合わせは事前に決めておいた。そして、勝ち負けは私が判定する。私が戦闘不能だと判定すれば負けである。基準は、何か身体の一部に攻撃を入れられる、竹刀が手か離れる、などである。ただし、首から上は攻撃せぬように。質問は?」
ライオスは一度言葉を切って俺たちを見渡した。誰も手は上げなかった。
「うむ。よろしい。では早速第一試合を始める。カズヒサ=ムラカミとケン=ヤマモト。前へ出よ。他の者は後方へ」
「っはい」
「は、はい」
おっと。いきなり村上が呼ばれた。横で驚いたような返事をした村上に、
「頑張れよ」
「ああ」
ひと言声をかけて送り出す。短く答えて、村上が歩き去って行く。
相手は山本健。すらっとした長身が特徴で、部活は確か美術部だったはずだ。ステータスはそこまで高くなかった記憶がある。そうはいっても、俺よりは断然高いのだが。
呼ばれた二人が前に出て、向かい合う。それ以外の剣士組も魔法組の近くまで下がり、二人が戦うスペースを確保。俺は結依と柴田さんを見つけたので、そちらの方へ歩いて行った。
ライオスだけが二人の間に立ち、審判役を務めるのだ。10メートルほど離れて立つ村上と山本。そのそばに立つライオス。三人を取り囲むように見つめる群衆。誰かがごくっとつばを飲む音が聞こえた。緊張感が高まっていくのが感じられる。
「和久くん。頑張ってくださいっ」
若干心配そうに柴田さんが声援を飛ばす。村上は少し微笑みながら手を振って答えた。村上も少し緊張しているようだ。無理もない。ずっと型の稽古ばかりと言っていたからな。こうやって実際に戦うのは初めてのようだ。竹刀とはいえ、痛みも感じるだろうし、下手をすれば怪我をするかもしれない。緊張しない方がおかしい。
対する山本の方も同様に緊張しているように見える。左手で持った竹刀が震えている。彼は元々穏やか、というか気弱な性格だった気がする。180センチを越える身長だが、スポーツなど競い合うものは苦手らしく、絵を描いている方が好きだと日本にいるときに言っていた。山本との数少ない会話がそれだった。
「構え」
ライオスの合図で、二人とも構える。左手で柄の下部分、右手で柄の上部分を持ち、竹刀を顔の上で構える。左手が額、右手が右耳の辺りに来るような格好で、竹刀が後ろに流れるような形になっている。
二人とも同じ構えだ。どうやらこれがライオスの指導する流派の構えらしい。俺も真似してみよう。だってロッシュさんから何も教わってないから。だから、構え方とか竹刀の振り方も分からん。・・・こんなんでほんとに大丈夫か、俺。
「はじめ!」
ライオスの合図と同時に、村上が山本の向かって走り出した。一歩遅れて、山本も駆け出す。えっ、速っ!
「はあっ」
「え、ええいっ」
村上と山本がそれぞれ雄叫びを上げながら距離を詰める。速い。体育の授業で見たよりも足が速くなっている。
「「豪切一刀流、気合い切り」」
二人が同時に叫んだ、と思ったらブンと竹刀を振り下ろした。ビュンと風を切りながら竹刀が走る。バシッという音とともに竹刀がぶつかり、そのままつばぜり合いの格好になる。
ん?それは良いんだけど。技名?なんで叫んだ?しかも二人とも。そういう決まりなの?それとも二人とも中二病なのか?
「はっ」
と思いながら見ていると、村上が山本を押し返した。押し返された山本がややよろけながら後ろへ下がった。その隙に村上は大きく竹刀を振りかぶる。
「縦一文字」
「わっ」
勇ましいかけ声と共に放たれた竹刀は、しかし、山本がすんでのところで躱し、あえなく空を切った。というかなんで技名を言うの?なんか見てるこっちが恥ずかしくなってきた。
「やるな、山本」
「う、うん」
山本が距離を取った。速い。足も、剣の振りも。体育の授業で見たよりも、身体能力は上がっている。間違いない。
村上は山本との間合いを詰め、技を繰り出す。
「気合い切り」
「わわっ」
「ツバメ返し」
「うっ」
それからも、村上は攻め続ける。ブン、ブン、という竹刀の音を響かせながら、山本を追い詰めていく。そのたびに山本は後ろに下がり、身を翻し、なんとか躱し続けている。攻める方も、攻められる方も、とてもハイレベルだ。全ての動きが速い。まるでオリンピックアスリートを見ているようだ。
試合はここまで村上が攻めている。次々に技を繰り出し、対する山本は防戦一方だ。なんとか村上の攻撃を躱している。
「せ、鮮烈突き」
と思ったら、山本が攻めに転じた。空気をビュッと切り裂く突き。リーチの長さも相まって、まるで如意棒のようだ。今まで回避ばかりだった山本の攻め。一瞬意表を突かれた村上は、しかし、
「あぶねっ」
ひょいと身を翻し、避けた。そして、攻撃後は往々にして隙ができるもの。その伸びきった腕に向かって村上は横に倒した竹刀をシュッと払うように振るった。
「横一文字っ」
カツッ
「わっ」
村上が横に大きく振るった竹刀によって、山本の手から竹刀が吹っ飛ばされた。
「そこまで!勝者、カズヒサ=ムラカミ!」
おおっ、と一同が沸き返った。第一試合は、村上が山本の竹刀を弾き飛ばしたことが決め手となり、村上が勝利した。
「大丈夫か?山本?」
「う、うん。強かったね。村上くんも、怪我はない?」
「ああ」
会話を交わしながら、二人は握手。パチパチパチと群衆が拍手でたたえ、両者は中央にぽっかりとあいた舞台から下がっていった。
「すごいね!村上くんって」
「二人ともすごいよ。私、竹刀が見えなかったもん」
「ねえ。これって魔王も倒せるんじゃない!?」
主に魔法組の女子からきゃあきゃあと歓声が上がる。初めて見る剣士組の実力、あるいはステータスの恩恵に興奮しているようだ。村上はそれに照れつつ、俺たちを見受け、歩いてきた。
「すごかったです!和久くん!怪我はないですか?」
引き上げてきた村上に、柴田さんが真っ先に声をかけた。
「ああ、ありがとう、美穂。大丈夫だよ」
うれしさと心配がない交ぜになったような柴田さん。それに村上は少し微笑みながら答えた。
「お疲れ、村上」
「おう」
「お疲れ様。村上くん」
「ありがとう」
俺と結依のねぎらいにも、少し照れながら答えた。
「すごかったな。足も速いし、振りも鋭いし。あれがステータス恩恵か?」
「多分な。日本にいた頃より、身体は動く気がする。体力だってついてるぜ」
村上のステータスは総合値180ほどだったか。エリート兵士が190ほどってカーン公爵が説明してた記憶があるから、村上はそれに匹敵する身体能力を持っていることになる。そりゃ、普通の男子高校生だったころと比べたら俊敏だし、剣も力強く振れるようになるか。体力だって、あれだけ動き回り、竹刀を振り回したのに、息切れしていないから、向上しているのは明らかだ。それを自覚しているのか、村上は少し得意げだ。
「いやー勝てたぜ。よかったよかった」
「でもなんだ?あの中二病みたいな叫びは?」
「え?」
「なんとか切り、みたいなさ」
「ああ」
俺の問いに、一転村上は恥ずかしそうに目をそらした。
「刀を振るときは技の名前を言えってうるさいんだよ。今日の模擬戦のような戦いでも同じだぞって念押しされたしよ。まあ身に染みこまされたって感じかな。恥ずかしいぜ」
恥ずかしそうに村上は言った。たしかに普段の訓練では叫び声が聞こえてくる。でも戦いのときに技名を言ったら相手に丸わかりになって、不利になる気がする。剣を振るうのだって遅れるはずだ。がしかし、ライオスにはライオスの考えがあるのだろう。たぶん。しらんけど。
「ま、お前も頑張れよ」
ぽんと肩を叩かれた。その顔は少し心配げだった。村上は、俺が剣の練習をしてこなかったことを知っている。そして、俺が前田と戦わされる可能性も頭にある。だからこその心配だ。
「・・・ああ」
どうにかなるあては、正直ない。二人の戦いを見て、俊敏な動き、鋭い剣に圧倒された。あれが俺に向かって振るわれたとき、俺は避けられるだろうか。よしんば避けられたとして、体力が続くだろうか。その上で、反撃するなんて、夢のまた夢だ。そんな速さも、振る力も、体力もない。
「はあ・・・」
ほぼ間違いなく勝てない。せめて痛くないところに竹刀が当たって、早く終わりますように。憂鬱な気分でそう願いながら、第二試合を見守った。