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16話 相談

「なあ高島。今日途中で訓練所を出て行ったようだけど、何かあったのか?」


 俺と結依、そして柴田さんが食堂で夕飯を食べていると、後からやってきた村上がいの一番にそう聞いてきた。剣士組の方は終わるのが少し遅かったようだ。


「ちょっと怪我をしてな。それで治療してもらいに行ってんだ」


「ほえ~。そうだったのか」


 村上のリアクションを見るに、やはり転んだところまでは見られていなさそう。よかった。前田なども、見かけたら即座に馬鹿にしてきそうなのに、絡んでこない。ちょうど誰にも見られていないよう。助かった。


「高島くん、怪我したんですか?」


 既に合流していた柴田さんが心配そうに聞いてきた。俺は大丈夫、と右腕を見せた。


「魔法で治してもらったんだ。もうすっかり治ったよ」


「へぇ。よかったです。魔法でそんなこともできるんですね」


「そういえば、柴田さんはゲイル教官から魔法を教わったの?」


「ええ、まあ・・・。教わったと言えば教わったのですが・・・」


 そういう柴田さんは、歯切れが悪い。何か不満でもあるらしい。


「ゲイル教官が呪文を唱えて、それを私たちが耳で覚えて復唱するって感じなんですが・・・。呪文が複雑で、上手く復唱できないんです。まるで初めて聞いた外国語を話せって言われているみたいです」


 少し声を小さくして、そう訴えた。なるほど、と思った。今日ミルさんが使った魔法も、呪文は何を言っているのか分からなかった。それを聞いただけで口で再現するのは難しいと思う。外国語、というのは言い得て妙だろう。


「だから、未だに魔法を発動させることができた人はいません。それがまたゲイル教官は気に入らないらしく」


 まあ、自分の指導が悪いみたいになるもんな。それで怒って雰囲気が悪くなって、と。大変だ。

 あまり楽しくなさそうなので、話題を変えよう。そう思って村上に話を振った。


「村上はどうなんだ?遠目から見たら、たまに木刀を振っているようだが」


「ああ。ライオス教官が型を披露して、それを見よう見まねで再現するって事ばっかだぜ。それで剣の角度とか身体の向きとかタメの時間とか、とにかく細かいんだ。これ、魔王を倒すのに役立つのか、って疑問だぜ」


 ・・・こっちはこっちで不満があるらしい。型の練習ばかりで強くなった気がしない、と。型は型で大事だと思うが、そればかり、というのもたしかに意味はないかもしれない。

 ところで、カーン公爵が俺たちを使い潰そうとしている疑惑。二人の耳には入れておきたい。そう思って、口を開いた。


「そういえば、今日カーン公爵の子供に会ったんだけどさ。その子が言うには、俺たちは、」


「待って、悠」


 ところが、話しかけたところで結依にとめられた。


「どうした?結依?」


「ここでは話さない方がいいわ。誰が聞いているかも分からないし、他の生徒に変に動揺を与えたくないもの」


「・・・そうだな」


 確かに、俺たちがカーン公爵の疑惑をここで話して、それを給仕の人がカーン公爵に告げ口すると、俺たちが変な噂を流したとして糾弾される恐れもある。それに、生徒に広まって動揺が起きるのもそれはそれでよろしくない。これはまだ人づてに聞いた、疑惑でしかない。慎重に扱うべきだろう。


「どうしたんだよ」


「ごめん、なんでもない。いずれ話すよ」


「・・・そうか」


 村上は不満そうだったけど、いったんは納得してくれた。

 そのまま話題は変わり、食事を続けた。


「よし。じゃあ帰るか」


 やがて、全員が食べ終わり、部屋に戻ろう、という段階になって。ふと思った。今日の疑惑のこと、大友先生にはさすがに相談した方がいいよな。

 そう思って食堂を見渡すと、大友先生は一人で夕食を食べていた。ちょうど良い。


「先に帰っててくれ」


「どうした、高島?」


「ちょっと大友先生に相談があるから。3人は部屋に戻っててくれ」


「・・・そう」


「分かりました」


 そう返事をして、3人は食堂を出て行った。それを見届けて、俺は先生に近づいた。


「先生」


「あら、高島くん。どうしました?」


 俺が話しかけると、先生は肴を切り分けていたナイフとフォークを置いて、俺の方を向いてくれた。


「相談があるので、夜部屋にお邪魔して良いですか?」


「相談?ここでは・・・ない方が良いですよね」


「はい」


 周りを見渡すと、ちらほら生徒が食事をしていた。さらに、給仕の人も。結依が言ったとおり、内容が内容だけに、なるべく誰にも聞かれない場所街いい。


「分かりました。待っていますね」


 ちょっと驚いた様子だったが、俺の真剣な表情を察してか、こくりと頷いてくれた。


「ありがとうございます。ではまた後ほど」


 いったん、俺は食堂を出て自室へ向かった。



 夜9時頃。俺は大友先生の部屋を訪れた。


「すみません。夜遅くに」


「いえ。何かあればいつでも相談してくださいと言いましたから。頼ってくれてうれしいですよ」


 そういってにっこりと美しい笑みを浮かべながら、どうぞ、と椅子を勧めてくれた。ありがとうございます、と言って座らせてもらう。一つしかないので、先生はベッドに腰掛けた。


「それで、相談というのは?」


 微笑みながら、先生が促す。こちらが話しやすいような優しい雰囲気だった。


「はい。今日カーン公爵の子供に会ったんです。5歳ぐらいの幼い子供でした」


「あら。そうだったんですね」


「そこで、彼が言っていたんです。公爵は我々を使い潰しても痛くないただの手駒、と考えていると」


「え?」


 笑顔だった大友先生の顔が、強張った。 


「公爵は、我々を危険な場所に行かせて、その結果死んでも構わない。もしかしたらそう思っているのかもしれません。少なくとも、我々が全員無事に日本に帰れるよう願っているのではなさそうです」


「なんとっ。そんなことが・・・」


「ええ。我々は救世主ではなく、手駒としか見られていないようです。もっとも、5歳の息子から聞いた話でしかありませんが・・・」


「そう・・・」


 先生はうつむいて考え込んでしまった。元々公爵のことをどう思っていたかは分からないが、少なからずショックは受けているようだ。


「この話を知っている人は他にいますか?」


「俺と結依。あと俺たちの指導教官のロッシュさんだけです」


「そうですか・・・。真偽がはっきりしない今の段階では、あまり生徒達に言うのは好ましくないでしょうね。まだこの世界に慣れてない子も多い。話してしまうと、パンクしてしまう生徒も出てくるかもしれない」


「だと思います」


 生徒達はエリュシオンという未知の世界に連れてこられた。日本に帰るめども立っていない。そんな中、一応はカーン公爵に衣食住は保証された。それでひとまずの安心感を得ているだろう。ところがそのカーン公爵が自分たちを使い捨てようとしているかもしれないと知ると、精神的にダウンしてしまう生徒も出てくる可能性もある。


「強くなって、失うには惜しい存在だと思わせるか・・・。いっそのこと、この城から出るか・・・。そういった身の振り方も考えなくてもいけませんね」


「はい」


と話していると、


コンコン


「先生~?入るよ~」


 ノックとともに、ガチャリと部屋のドアが開けられ、誰かが入ってくる気配がした。


「あ、ちょっと」


 大友先生が止めるのも聞かず、部屋に入ってきたのは水野だった。


「高島?先生の部屋で何してんの?」


 俺に気づいた水野が真っ先に問うてきた。俺をじとっと若干鋭い目つきで見つめつつ、ぼふっとベッド、大友先生のすぐ横に座った。俺からすれば、なぜお前が先生の部屋に来るんだと聞きたいところだが。


「先生に相談があって来たんだよ」


「それだけ?」


「それだけだよ」


「ふ~ん。ま、高島には一条さんがいるもんね」


「は?何の話しだ?」


「ん~ん。こっちの話。で、話ってなんの?」


 鋭い目つきで問われた。しかし、先ほど先生と確認したとおり、むやみに生徒に話すような話題ではない。・・・ひとまず、今日のところは帰るとしよう。先生には報告できたしな。


「いや、なんでもない。それにもう終わったから、帰るよ」


「そ。じゃーね」


 水野はひらひらと手を振る。バイバイということだろう。


「ああ。先生。ありがとうございました。失礼します」


「え、ええ。話してくれてありがとう」


「あ、待って」


 きびすを返し、ドアへと歩き出した俺へと、逆に水野が声をかけてきた。なんだ、と思って振り返ると、水野が少し照れたような表情をしていた。


「せっかくだから言っとこうと思って。うちは前田とは違うからさ。あんたや一条さんのステータスが低いからって、馬鹿にしたりはしないよ。むしろ、うちは二人のことを眺めるのが好きだからさ」


「水野・・・。ありがとう」


 ツンデレか?しかし、そう言ってくれるのは純粋にうれしかった。悪い子じゃないと思っていたが、思ったよりも優しいようだ。眺めるという言葉の意味は分からなかったが。


「じゃあ、今度こそ、失礼します」


「はい。おやすみなさい」


「じゃあね~」


 先生と水野に見送られ、部屋を出た。


 自室に向いながら、はっと思った。大友先生は俺がアポを取っていたのに、水野とも約束をするなんてダブルブッキングをするような人ではない。ということは水野が約束せず自発的に部屋に来たってことだ。そして、おそらくそれは初めてではない。ベッドに座ることにためらいがなかった。初めて訪れた部屋で、他人のベッドに腰掛けるのは、少しは躊躇するはずなのだ。

 ということは、水野は夜な夜な大友先生の部屋を訪れている、と。そして毎回ベッドに腰掛けて隣に座りながら語り合っている、と。椅子があるにも関わらず。そういえば先日も花畑で二人一緒に歩いているのを見たな。

 大友先生と水野。クールビューティーな大人の女性と、明るい年下ギャル。・・・うむ。ありだな。ずっと眺めていられる。

 なんだが気分がよくなった俺は、鼻歌を歌いながら2階へ降りていった。


「あれ?」


 2階に戻ると、なんと俺の部屋の前に村上がいた。


「よお高島。待ってたぜ」


「村上?どうしたんだ?」


「さっきの話を聞かせててもらおうかと思うってな。美穂も今、一条さんに聞いてるぜ」


「・・・」


「大事な話っぽかったからな。よかったら聞かせてくれ」


 村上の目は真剣だ。決して興味本位で聞いているのではないと分かる。


「・・・分かった。入れ」


 だから、話そうと思った。こいつなら変に動揺することもないだろう。むしろ知っておいた方がいい。

 そう思い、村上を部屋に招き入れた。

 

「実はーーー」


 昼間、カーン公爵の息子に会った。公爵が俺たちを使い潰せる手駒だと評していたと、その息子は言い放った。俺たちが日本に帰れるような手助けは、もしかしたらしてくれないかもしれない。そんなことを話した。


「そんなことが」


「ああ」


 話を聞いた村上は、さすがに動揺していた。ふぅとため息をついて、顔を伏せてしまった。


「まあ、まだ可能性の話だから。他の生徒にも黙っててくれよ」


 村上は頭を抱えて、考え込んでいた。やがて、顔を上げた。


「なあ高島」


 その瞳には、強い光が宿っていた。


「絶対日本に帰ろうな」

 

 その顔に驚きつつ、


「ああ。もちろんだ」


 頼もしく感じた俺も真剣な顔で頷いた。一緒に頑張ってくれる友人の存在が、真剣になってくれる友人の存在が、有難かった。うれしかった。


「チーターズの優勝を見届けないといけないしな」


 照れくさくなって、おどけたことを言ってしまうぐらいには。


「野球かよ」


 村上もふっと笑って呆れたように突っ込んだ。空気が良い感じに緩んだ。


「去年はベアーズが優勝したからな。一緒に見に行った時も0勝5敗だったんだ。その度に結衣に散々煽られたぜ」


 ちなみに、チーターズとは俺が好きな野球チーム、北月チーターズのことだ。結依は新鉄ベアーズのファン。二人で年に何度か野球場に観戦に行くことがあるが、去年は惨敗だった。それが悔しくて悔しくて、リベンジを果たすためにも日本に帰って野球場に一緒に行かなければならないのだ。


「デートじゃねえか」


「はあ?そんなわけないだろ。ただの勝負だ。野球場に贔屓球団同士の対決を見に行くってのは、勝つか負けるかの決闘なんだよ」


 デートて。どこからそんな発想が出てくるんだ。彼女がいるからって、なんでもかんでも恋愛に結びつけるのはこいつの悪い癖だ。


「・・・はいはい。じゃ、俺は戻るよ。とにかく、頑張ろうな」


「はいよ。おやすみ」


 やれやれと肩をすくめながら村上は出て行った。どういうことだろう。

 ただ、まあ、話せてよかった。すっきりした気がする。



☆☆☆


「そんなことが・・・」


 食堂から帰った私は、柴田さんに問い詰められて、白状させられた。今日の昼、何があったのか。

 案の定、カーン公爵の腹黒さを聞いた柴田さんはショックを受けていた。元々全幅の信頼をしていたわけではないそうだが、それでも受ける衝撃は大きいだろう。


「誰にも言わないでね。まだ確定した情報じゃないから、無責任に広めるわけにはいかないわ」


「はい・・・」


 今知っているのは私と悠。それから柴田さんと、悠から聞き出しているだろう村上くん。そして、大友先生も、かしら。夕食のあと、悠が大友先生に相談があると言っていたのは、このことだろう。

 私が止めたから、食堂などでの会話は避け、部屋で相談をしているのだろうけど・・・。え?ということは、若い女性の部屋に、夜、一人で行ってるの?あの男は。だとしたら、がつんと言ってやらねばならない。常識がなさ過ぎる。まったく。これだから悠は。


「一条さん・・・」


 うつむいて考え事をしていた柴田さんが顔を上げた。目にはつよい光。唇をぎゅっと結んで、眉間をよせている。


「絶対、生きて日本に帰りましょうね」


 拳をぎゅっと握って言った。それはまるで自分を鼓舞するようでもあった。


「もちろんよ」


 そう言ってくれるのが、うれしかった。一緒に頑張ろうと思える。ただ、柴田さんは気負いすぎているようにも感じた。今すぐ殺されるわけではないのだから、そんなに悲壮な顔をしなくてもいいのでは、と思った。


「ベアーズの連覇を見届けないといけないしね」


 だから、いったん力が抜けるように、あえておどけてみせた。


「・・・野球ですか?」


 案の定、虚を突かれた柴田さんはぽかんとした顔をしていた。私は新鉄ベアーズのファン、悠は北月チーターズのファンだ。去年はベアーズが優勝したから、ずっと悠に大きい顔ができた。非常に楽しかった。


「ええ。去年は強かったから、悠を散々煽れたわ。野球場に見に行った試合も5勝全勝よ」


「一人で見に行ったんですか?」


「いや?悠と一緒に見に行って、その試合全て勝ったのよ」


「・・・デートしたんですね」


「デートじゃないわ。勝負よ。お互いの名誉を賭けた、ね」


 まったく。どこからデートという発想が出てくるんだろう。解せない。村上くんという彼氏がいるからって、なんでも恋愛と絡めるのはよろしくないと思うわ。


「・・・そうですか」


 そう言うと、柴田さんが釈然としない表情をした。私、なにかおかしなことを言ったかしら?


「と、とにかく、絶対に日本に帰りましょうね」


「もちろんよ」


 それから柴田さんはおやすみなさい、といって出て行った。


「ふぅっ」


 今日は色々あって疲れた。もうシャワーを浴びて寝てしまおう。明日からの訓練も頑張らないとね。

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