126話 エフリリア村へ
その日の夜。潮風亭の一室で私たちは向かい合っていた。お題は今後のことについて。リルたちはベッドでぐでっと横になっている。気を遣って静かにしてくれているようだ。
「悠。これからのことなんだけど」
「お、おう」
そう切り出すと、悠は緊張したようにぎこちない返事をよこした。
なにを今更緊張することがあるのか・そう思ったが、どうせしょうもない理由だろう、と無視して進めることにした。
「私はエフリリア村に行くのがいいと思うの。経験も積めるし、困った人の助けにもなるから」
以前、王都にギルドで会ったエルフ、ゴットフリードさん。彼はエフリリア村の村長で、ギルドには村の救援の依頼を出しに来ていた。魔物が襲ってくるが、人手が足りないとのことだった。
あれから考えたが、私はこの依頼を受けるべきだと判断した。そう悠に提案すると、
「そうか・・・」
悠はうつむいた。考え込んでいるようだ。
悪い考えだとは思わない。通常より報酬はもらえるし、ゴットフリードさんも非常に困っているようだった。もちろん自分たちの命を危険にさらしてまで戦おうとは思わないが、ハイネンにいるよりレベルアップできそうな気がする。いずれ魔王を倒すなら、積極的に戦わないと。
そう思って悠の答えを待つ。悠だって賛成してくれるはず。
そう思ったのだが。
「俺は反対だ」
その答えは驚くべきものだった。
「なっ。どうして?」
まさか悠が反対するとは思わなかった。驚く私をよそに、悠はやや疲れたような表情で述べる。
「王都からの帰り道で思い知ったよ。やっぱりこの世界は危険だって。そんなに焦って行動するのはよくない。経験だったらハイネンでも積めるじゃないか」
「それはそうだけど・・・」
一理ある。一理あるけど・・・。それ以上になにか含むところがありそうな感じだ。
というか、最近悠がおかしい。王都から帰ってきて、全然依頼を受注していない。今まではゴブリン討伐、オーク討伐に積極的に行っていたのに。私が行こう、と提案してものらりくらりとかわして断るのだ。おかしい。前まであんなに
戦いに前のめりだった悠が。まさか。
「そんなに焦って強敵と戦わなくても、ハイネンでもう少し経験を積んでからーー」
「もしかして、私を心配してくれるの?」
冗談半分で言うと。
「なっ・・・。べ、べつにっ」
ぷいと顔を背けた悠。しかしその耳は真っ赤に染まっていた。
なんと図星のようだ。思わず口元が緩む。
「な、なんだよ」
「なんでもない」
とは言いつつ笑みを浮かべたままの私を、悠はじろりと睨む。しかし、そんなことでは私の笑みは治まらなかった。悠が私の心配をしてくれるのがまんだかおかしかったのだ。
「私だって危険なことはしたくない」
でも、悪い気はしなかった。
「そうだろ?」
それどころか、ちょっとうれしく感じる自分もいた。
でも。
「でも、このままハイネンにとどまるのも危険だと思うの」
それでも、私はエフリリア村へ行くべきだと思う。
「どういうことだ?」
首をかしげる悠に、その理由を説明する。
「魔王軍の勢いは増しているからよ。このままだとエフリリア村どころか、王都、いえ、ヴァーナ王国全域を飲み込むかもしれない。ハイネンはヴァーナ王国の端だから最後まで生き残るかもしれないけど・・・」
「・・・」
「そうなったとき、私たちの味方はいない。対する魔王軍は経験も勢いもある状態。そんな相手に勝てると思う?逃げられると思う?」
「・・・」
悠は黙ってしまった。
「ハイネンに留まっていてもむしろじり貧になるだけ。なら今のうちにエフリリア村に行って経験を積んだ方がいいと思うわ」
「・・・」
「どう?」
じっと考え込む悠に問いかける。
「・・・一理ある、な」
「ならーー」
エフリリア村に行きましょう、そう言いかけた私の言葉を遮るように悠が問いかける。
「なあ。お前はなんでそんなに強気なんだ?殺されかけたんだぞ」
悠はじっと私の目を見ている。真剣な顔だ。そしてその目の奥には鋭くも温かい光が宿っている気がする。
なぜそんなに強気なのか、か。
改めてあのときの光景を思い出してみる。
ユアンが私の首を羽交い締めにし、ナイフを突きつける。ごめんなさい、とつぶやきながら。
そして目の前には・・・。
確かに怖かった。怖かったけど・・・。
その答えは、その目にあるんだけどなぁ。
と言うのは恥ずかしいから、
「・・・ないしょ」
そう言ってはぐらかした。
「なんだよ」
少なくとも今は自分から言う気はない。
根掘り葉掘り聞かれても困るので、私は話題を変えるために、こう聞き返す。
「悠こそ、なんでそんなに弱気なのよ。殺されかけたのは私で、悠は関係なかったのに」
ナイフを突きつけられたのは私。その後の盗賊もリルたちがあっさり片付けてくれた。悠からしたらあっという間の出来事。にも関わらずなにを恐れているんだろう。
すると悠はそっぽを向いて。
「・・・なんでだろな」
それっきり黙ってしまった。
不思議な沈黙が訪れた。リルたちを毛繕いしながら、間を潰す。
なんだか気まずい。もう長い付き合いだ。会話が無いことで気まずさを感じるなんて、今更無いはずなのに・・・。
私は、んん、と咳払いし、言う。
「とにかく、エフリリア村に行きましょう。いいわね?」
「・・・わかったよ」
渋々ながら悠も頷いた。
こうして私たちはエフリリア村へ旅立つことを決めた。