122話 帰路
「ユアンさん。お久しぶりです」
「え、ええ。お久しぶりです・・・」
さて。ビッグマーケット最終日。ユアンさんを護衛してハイネンまで戻る約束だ。そのために俺たちはユアンさんと合流したのだが・・・。なんだか元気が無い。やつれているというか、きょどっているというか・・・。トレードマークの口ひげも手入れされておらずしおれている。
「ユアンさん?元気がないようですが・・・。大丈夫ですか?」
結依もユアンさんの様子が気になったようで、問いかけた。
「え!?そ、そうですかな?い、いや~。お、思ったより商品が売れなくて・・・」
するとユアンさんはおどおどしながら若干早口でそう返した。わたわたと答えるユアンさんの様子はどこか不自然に思えた。商品が売れないというか、生活が危なくなるくらいの借金を背負ったぐらいの悲壮感がある。大丈夫だろうか。俺も心配でユアンさんに声を掛けようとした。そのとき。
「ウルルルル」
「ひっ」
リルがユアンさんに向かって牙を剥き、うなり始めた。
「リル?どうした?すみません。ユアンさん」
「い、いえ・・・」
しゃがみ込み、唸るリルを摩る。
「よしよし。落ち着け、リル」
「うううう」
背中をなでると徐々に落ち着いてきた。どうしたんだろう。ユアンさんは知らない人ではいし・・・。リルが唸るなんて、ほとんどなかったのに。
すると今度は、
「きゃうん」
「わっ。コハク!」
足下にいたコハクがジャンプし、俺の肩に乗ってきた。そのままぎゅっと首に巻き付く。
「痛い痛い。もうちょっと優しくしてくれ」
「きゅうん」
リルは唸るわ、コハクはマフラーになるわ・・・。そしてエンは結依の髪の毛に埋もれてほとんど姿が見えない。寝ているのだろうか。自由な我がペットたちだ。そんな感じにわちゃわちゃする俺たちにユアンさんが声を掛ける。
「そ、それでは出発してもよろしいですか?」
「は、はい。すみません」
謝りつつ、俺たちはユアンさんの馬車に乗り込み、王都を出発した。目指すはハイネン。一泊二日の旅だ。
途中のルフトという街で一泊し、二日目。ハイネンに向けて出発し、現在はお昼頃。朝に出発したから、夕食前にはハイネンに着くだろう。ここまで特にトラブルは無く、順調そのものだった。
今回の旅で初めてヴェラ王都に行った。ビッグマーケットで買い物も出来たし、いい経験だった。同時に、魔王軍の影響も感じることになった。王都にあふれる難民たち、故郷の村を守る冒険者を募集するエルフ。
・・・ハイネンに戻ったら、結依と話し合おう。今後の方針について。このままハイネンで活動を続けるか、拠点を移すか。それともエルフの依頼を受けるか。
ともかく、ハイネンまではあと半日足らず。初めての護衛依頼は無事に終わりそうだ。
そう思った矢先だった。
ガタ、ガタ、と音を響かせて進んでいた馬車がゆっくりと減速し、
「ん?止まったのか?」
「そうみたいね」
道ばたで止まった。
「どうしました?ユアンさん」
荷台からユアンさんに尋ねる。すると、御者台から弱々しい声が帰ってきた。
「す、すみません・・・。どうも馬車の調子がおかしいようで・・・。一緒に確認していただけませんか・・・?」
「分かりました」
「えっと・・・。タカさん。後ろの車輪を見てもらえませんか?イチカさんはこちらで」
「はい」
ここに来て初めてのトラブルだ。何事も無く終わる、と思ってのはフラグだったかぁ。そう反省しつつ、俺と結依、そしてペットたちは馬車を降りる。と、
「うぅ~」
「リル。落ち着け」
リルが唸る。コハクは俺の肩に止まり、エンは・・・。相変わらず結依の髪の毛にくるまって寝ている。この二日間、こいつらはずっとこんな調子だ。
ともかく、俺はリルとコハクを連れて馬車の後輪部へ移動。正直素人の俺が見ても分からないとは思うが、念のため。そう思って馬車をよく観察するが。
うーん。分からん。多分異常は無いと思うが・・・。
と。その時。
「う、うごくな!」
響き渡るユアンさんの大声。
慌てて様子を見に行くと。
衝撃の光景が広がっていた。
「な、なにしてんだっ・・・!」
なんと。
「お、おとなしくしろ!」
「きゃっ!」
ユアンが結依の首元にナイフを突きつけていたのだ。