119話 ビッグマーケット
「あれが王都ですか?」
俺は馬車の荷台に乗りながら遠くにうっすら見えてきた灰色の壁を指さした。
「そうです。あの石壁は王都を囲む防壁です」
そんな俺の問に答えるのはユアンさん。俺たちの護衛対象であるハイネンの商人である。年は40代くらい。立派な口ひげがトレードマークのイケオジである。
馬車はごろごろと音を立てながら進む。目の前の壁がどんどん大きくなってきた。王都に近づいている証拠である。そこで俺は気になるものを見つけた。王都の周りに人が群がっているのだ。王都からまっすぐ一列に並んでいる人だかりと、王都の城壁周りで座り込んだり歩き回ったりしている人だかり。前者は王都への入場待ちの列だろうが、後者の人たちは何者だろう。並んでいるという感じでもないし、ひとまとまりになにか行動しているという風でも無い。その数も数百人はいる。
俺は気になってその人だかりについてユアンさんに聞いた。
「あの人達は?」
するとユアンさんは言いづらそうにしながらも答えてくれた。
その答えは、俺の予想を遙かに超えるものだった。
「ああ・・・。あれあ避難民でしょうな。魔王軍に故郷を追われた人達が王都の周りに定住しているのです」
「っ・・・」
「そんな・・・」
俺は言葉を失い、隣の結依も絶句。衝撃だった。魔王軍の驚異をまざまざと見せつけられた。
「「・・・」」
魔王。今まではどこか雲の上の存在だった。その被害についてもよく分からなかった。それが、これだけの人が苦しんでいるなんて・・・。
「とはいえ定期的に炊き出しなども行われているようで。あ、ほら。見て下さい。簡易的な住居も建設中ですよ」
ユアンの指さす先を見ると、石を積み上げている途中のものがいくつか見える。住居の作りかけだろう。それでもボロボロのテントが当たりに散らばっている。大多数の人々は野宿を強いられているのだろう・・・。
「無事に着きましたね。ありがとうございます。では帰りもよろしくお願いします」
いつのまにか王都に入っていたようだ。ユアンさんにお礼を言われて初めて気がついた。
「「・・・はい」」
ユアンさんにそう答えたものの、俺たちの声は低かった。先ほど見た避難民の光景が頭から離れなかった。
そんな俺たちを見かねて、ユアンさんは眉を下げながら優しく言った。
「・・・お二人が落ち込む必要はありません。悪いのは魔王軍であり、彼らを保護する責任があるのは国ですから」
「そう、ですね」
「ええ。しかし、もしなにか力になりたいとお思いなら、ビッグマーケットを楽しんで下さい。ここでは商人以外も出店しています。中には今日の食事代を稼ぎに来た人もいるかもしれません。お二人がそういった人の商品を買うと、彼らは今日を乗り越えることが出来るのです」
「「・・・」」
「せっかくならビッグマーケットを楽しんで下さい。商人にとってはそれが何よりありがたいことですから」
「・・・分かりました」
「・・・ありがとうございます」
「ふふっ。では私はこれで」
そう言ってユアンさんは馬車を走らせ去って行った。次に会うのは三日後。ハイネンに戻るときである。
その後ろ姿を見ながら、しばし沈黙。
「結依」
「・・・なに?」
魔王軍って・・・。この世界の人達のためにも、すぐに倒した方がいいのかな。
そう言いかけて、やめた。そんな危険なことさせられない。それはあまりにも無責任な気がした。
「・・・なんでもない。賑わってるな」
「そうね」
年に一度もビッグママーケットが開かれている。日本で言うところのフリーマーケットである。王都の周りの人だかりには驚いたが、王都内部の人の多さにも驚いた。ヴェラ王都の大きさはアルス王都と変わらないと思うが、今日がビッグマーケットということもあってか、人の多さはヴェラ王都の方が圧倒的に上だ。
「せっかくだから色々回ってみようぜ」
「・・・そうね」
「わん!」
「ぴぃ!」
「きぃ!」
足下で従魔たちが吠えた。その明るい声に思わず頬が緩んだ。少し気が楽になった。
俺たちは通りを歩く。両側に簡易的な屋台やシートを引いただけの即席の店が並んでいる。まさにフリーマーケット。売っているものも、野菜や魚などの食べ物から薬草、武器、服、雑貨など多種多様。人混みでやや歩きづらいが、見ているだけでも楽しい。
すると、どこからか食欲をそそる香ばしい香りが漂ってきた。キョロキョロと当たりを見渡すと、小さな屋台で串焼きを売っているおばちゃんと目が合った。
「いらっしい!串焼きはどうだい!?アルス王国風の辛めの味付けだよ!この機会に食べていきな!」
そのおばちゃんは俺へ手招きしながら串焼きをアピールする。いい具合に焼けた肉。上手そう。というかアルス王都で食べたときは上手かった。
「5つください」
「まいどあり!」
「あ、悠!何買ってるのよ」
気付けば俺はおばちゃんに串焼きを5つ注文していた。結依が人混みをかき分けてやって来たが、その頃にはもう俺の手には5本の串が。
「ほら、お前の分も」
「あ、ありがとう」
そのうちの1本を結依に渡すと、戸惑いながらも受け取った。そして恐る恐るかじりつくと、目を見開き、そこからは無言でバクバク食べ勧めていった。
俺はそんな結依の様子に口を緩めつつ、ペットたちに串を差し出す。
「もちろんリルたちの分もあるぞ」
「わふ!」
「ぴぃ!」
「くぅ~ん」
リルは勢いよくかぶりつき、エンはついばむように。コハクは一口ずつ上品に。思い思いに串焼きを味わっている。そんな皆の様子を得意げに見ながら俺も肉にかぶりついた。少し固めだが、肉汁があふれ、ピリッとしたタレの味も効いている。かつてアルス王都で食べたのとまったく同じ美味しさだった。
次いで俺たちが立ち止まったのはある雑貨屋。地面にわらを引いただけのとても簡易的な店だ。なぜ立ち止まったかと言えば、
「おっ!兄ちゃんたち!立派な従魔じゃねえか!」
そう声を掛けられたからである。俺たちの家族を褒められたら、立ち止まらざるを得ない。
その店の主人、50代くらいの気のいいおっちゃんはリルたちを見て笑う。
「犬、鳥、狐・・・さてはお前さんたち、勇者様のファンだな?」
「え、ええ」
「だが猫がいねえ!惜しいな」
実際はたまたま拾っただけだが・・・。勇者のお供であるフェンリル、フェニックス、白弧、二叉の猫に対応するように、俺たちは白い犬、赤い小鳥、白い狐をペットにしているのである。あと猫を仲間にすれば勇者のお供をそろえられるのだ。
「そこでこんなのがあるんだが、どうだ!?」
店主のおっちゃんは店に並べてある商人から一つ取り出し、俺たちに差し出した。それは掌にのるぐらいの小さな木の人形だった。猫のようにも見えるが・・・。
「なんですか、これ?」
「勇者様のお供、タマ様をモチーフにした木彫り像だよ!どうだ!?これがあれば勇者様お供をコンプリートできるぜ?」
「へ、へぇ・・・」
木を削って猫を象った人形のようだ。前足をそろえて座っている猫。そしてよく見ると尻尾が二本に別れている。これがタマの特徴なんだろう。犬、鳥、狐を連れた俺たちに、この猫の人形があれば勇者のお供がそろう、と。俺はそこまで勇者のお供にこだわっているわけでは無いが・・・。
「わん」
「ぴ」
「きぃ」
「ほら!この子らも仲間が欲しいって言ってるぜ?」
リルたちの鳴き声に便乗して店主がなおも勧めてくる。ぐいぐいと圧が強い。
いややっぱりいりませんーー。そう断ろうとして、思い出すのは先ほどのユアンさんとの会話。俺たちがお金を落とせば、その分救われる人がいるのだ、と。よく見ると、おっちゃんは笑ってはいるが、その目の奥にはどこか必死さも見えるような気がした。
「・・・そうですね。じゃあ一つもらいます」
「まいどあり!」
こうして俺たちは猫の人形を買うことになった。これが店主の晩ご飯になるのかも、と思ったら断れなかった。
木彫りの猫を受け取り、店を後にする。
「悠。ちょっと見せて」
「ああ」
「・・・ふぅ~ん」
何故に渡したら、なぜか結依が気に入ってしまい、そのまま俺の手元に帰ってくることは無かった。金を出したのは俺なのに・・・。まあ安かったからいいんだけど。プレゼントということにしておこう。
さて、その後もヴァーナ王国をぶらぶらと散策する。隣国フラーク王国で流行りのデザインだという淡い色のシャツを買ってみたり、子供が一生懸命編んだと思われる手袋を買ってみたり。今日ばかりは財布の紐を緩めた。
夕方頃になって、ふと結依がこう言った。
「せっかくだし王都のギルドにも行ってみない?」
「お。そうだな。行ってみるか」
どんな依頼があって、どんな冒険者がいるのか。参考程度に覗いてみるのもいいだろう。俺はそう思って同意した。
というわけで、俺たちはギルドをのぞいてみることになった。