117話 王都へ
「お疲れ様です。タカさん。イチカさん」
「リーンさん。ゴブリンの魔石です。確認をお願いします」
「畏まりました」
俺はカウンターにゴブリンの魔石を提出する。といっても、これらは俺が討伐したものではない。
「きぃ!」
俺の肩で甘える子狐、コハクが討伐したものだ。今日はコハクを連れてゴブリン討伐に出かけた。コハクの実力を見るためである。
「よーしよし。もうちょっとで終わるからな」
「くぅ~ん」
いたわるように耳裏をなでてやれば、うっとりと目を閉じて俺に身を預ける。かわいい。
今日のゴブリン討伐。収穫は上々だった。コハクの実力はやはりすごかった。俺はその時のことを思い出す。
「コハク。ゴブリンの群れだ。一旦やり過ごすか?」
「きぃ」
ふるふる、と首を横に振った。目の前にはゴブリンが3体。なにやら木の実を食べるのに夢中で、木陰に隠れる俺たちには気付いていない。初めはゴブリン1体を相手にするだけでもよかった。無理する必要は無い。そう思ってコハクに声を掛けたが、コハクはやる気満々。今にも飛びかからんとゴブリンを見つめている。
「分かった。でも無理すんなよ」
「きぃ!」
コハクは元気よく返事をした。と同時に駆け出した。は、速っ・・・。
「ギイイイイ!」
そこでようやくゴブリンもコハクに気付いた。慌てて食べかけの木の実を放り出し、鋭い爪を構える。
しかし。
「きぃ!」
「ギイイイイ!?」
「おいおい・・・」
ゴブリンの口から驚きが、俺の口から呆れ声が漏れた。なんと、コハクが口から炎を吐いたのだ。それはエンのものとは違い、青く揺らめく怪しい炎。ゆらゆらと立ち上り、ゴブリンにまとわりつく。
「ギイイイイ!」
炎をまともに受けたゴブリンは絶叫する。身をよじり逃れようとするが、炎は絡みついて離れない。
「ギイ・・・ギ・・・」
やがてそのゴブリンは震えながら地面に倒れた。その身は真っ黒に焦げている。
「きゅ!」
それには目もくれず、コハクは次の個体へ。
「ギギギギ!」
二体目のゴブリンは爪を振りかざし、コハクを切り裂こうとする。しかしコハクは軽やかな身のこなしで避け、ゴブリンの懐へ。
「きゅう!」
「ギギギギギッッッ!」
がぶっと。コハクがゴブリンの首元にかみついた。悲鳴をあげ、ピクピクと身体を痙攣させるゴブリン。もうまもなく絶命するだろう。
しかし、その背後から。
「ギィィ!」
「コハク!」
ゴブリンにかみつくコハクの背後。最後のゴブリンが襲いかかってきた。しかし、コハクはゴブリンの首元にかみつき、すぐには動けない。最後のゴブリンが爪を振りかぶりーー
「危ないっ!」
俺は足に力を込め。今にも飛び出そうとした。そのとき。
「きゅう!」
べしっっっ
「ギッッッッッッ!」
「は?」
コハクが尻尾を振るった。その尻尾に払われたゴブリンは、なんと10メートルほども吹っ飛んだ。そのままバキィィッと鈍い音を立てて木に衝突し、ピクリとも動かなくなった。
俺は飛び出しかけた身体をとめ、たたらを踏みつつ、立ちどまる。そして唖然とする。なんてパワーだ・・・。
「きぃ!」
コハクはそんな俺の姿を見て一鳴き。ゴブリンの元から離れ、俺たちの元へ。いや、俺の元へ一直線。
「きぃ!」
ポーンと跳ねて俺の胸元へダイブ。俺は慌ててコハクを抱き留める。コハクはそのままスリスリと顔を押しつける。褒めて褒めて、と甘えているかのようだ。俺の胸元にはべっとりと血が付くが・・・。まあ、仕方ない。それよりも、コハクの実力に圧倒された。
「すごいな、コハク」
そう言いつつなでると、きゅぅ~ん、と甘えた声を出し、一層頭とこすりつけてきた。
リルといい、エンといい・・・。本当になんで俺たちの従魔はこんなに強いんだろう。心強いことには違いないが、俺だって負けないように強くならないと。そう思いつつ俺はしばらくコハクをなで続けたのだった。
「そういえばタカさん。イチカさん。ビッグマーケットって御存知ですか?」
「ビッグマーケット?」
「はい。王都で年に一回開かれる自由市です。この3日間はだれでも自由に店が開けるので、珍しいものが集まるんです」
俺が先ほどの出来事を思い出していると、リーンさんと結依がなにやら話をしていた。話題はビッグマーケットというイベントらしい。日本で言うフリーマーケットみたいなものか。
「おもしろそうですね」
俺はそう相づちを打つ。しかし、ただの世間話だと思ったらどうも違うらしい。申し訳なさそうな顔でリーンさんがこう続けた。
「それでですね。ハイネンの商人も王都に行こうとしているんですが、なかなか護衛の冒険者が決まらなくて。もしよろしければお二人に王都まで護衛していただけないかと」
要するに、護衛の依頼を引き受けてくれないか、という相談のようだ。俺としては受けても構わないが・・・。俺は結依と顔を見合わせる。
「どうする?」
「いいんじゃない?ビッグマーケットも気になるし」
「そうだな。リーンさん。詳細を教えてくれませんか?」
結依も同意見のようだ。ということで、リーンさんに尋ねる。
「ありがとうございます。出発は明日、一泊の行程で到着はビッグマーケット開催初日。3日間は自由行動で最終日にハイネンまで同行し、護衛する。という条件です。こちらが詳細です」
リーンさんは軽く説明しつつ、掲示板まで歩く。俺たちもついて行くと、リーンさんは一枚の依頼書を剥がして見せてくれた。そこにはやはり説明通りの内容が書いてあった。
ふむふむ。依頼がてら王都へ行けるわけだし、報酬も悪くない。ビッグマーケットというのも気になる。
「リル。エン。コハク。どうだ?」
「わん!」
「ぴぃ!」
「きぃ!」
ペットたちは元気よく声を上げた。賛成らしい。
「結依もいいか?」
「ええ」
俺たちは全員乗り気のようだ。それならば、と俺は依頼書をリーンさんに渡し、言う。
「よし。じゃあリーンさん。この依頼を受けます」
「ありがとうございます!」
こうして俺たちはヴァーナ王国の王都まで行くことになった。