11話 召喚三日目
「おはようございます。タカシマ様」
「うぅ~ん」
オットーさんの声で目が覚める。まだ肌触りが慣れないベッドから身体を起こし、優しく微笑む男性を視界に入れる。
「おはようございます。オットーさん」
「おはようございます。タカシマ様。本日から朝食を取られた後、訓練が始まります。訓練所まではバートンが一斉に案内いたしますので、朝食後も食堂で待機しておいて下さい」
「分かりました」
「それとタカシマ様・・・」
「はい?」
言いづらそうにオットーさんが口を閉じた。気まずそうな顔だ。
「タカシマ様が・・・その・・・能力が低かったと耳にしたのですが・・・」
「あ・・・まあ。そうです」
改めて突きつけられた現実。昨日は能力測定があった。そこで、まさかの無能判定。しかも結依も。テンプレだと無能なんぞいらん!と追放されるんだけど・・・。まだ大丈夫か。その前に、召喚した現地の人間に見下されるのも定番だ。もしかしたらオットーさんも・・・?
「申し訳ありません!からかうつもりはないのです!ただ、お耳に入れておきたいことがございまして!」
落ち込む俺を見て、慌てて釈明得るオットーさん。よかった。ただのいい人だった。
「皆様のご指導は近衛兵達が担当になると思いますが、彼らは貴族出身の者が多く、プライドが高いのです。彼らからしたら、皆様は異世界から来たどこの馬の骨とも知らない奴らなのです。その上で自分より能力が劣った者がいるとしたら、八つ当たりの標的にされるかもしれません。十分ご注意下さい」
「そうですか・・・。ありがとございます」
なんともやっかいな。まだそうと決まったわけではないが、本当に八つ当たりされるなら困る。苦々しい顔でオットーさんを見ると、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、と頭を下げた。
「近衛隊剣士組と近衛隊魔法組は貴族出身の者たちですが、近衛隊平民組はその名の通り、平民出身の者たちです。彼らは死に物狂いで努力し入隊した真面目な者たちばかりなので、タカシマ様にも悪い印象は抱かないでしょう。何かあれば彼らを頼るのがよろしいかと」
彼らは、という部分をやけに強調しているような口調だった。
「まるで、貴族出身者は努力していないようですね」
「私の口からはなんとも・・・」
そう言って、オットーさんがすっとぼけた表情をすると、俺もにやっと笑みがこぼれた。オットーさんはジョン=ロラン=ミード=オットーと名乗っていた。ミドルネームのミードはアルス王国民全員が名乗る名前、ロランは騎士爵の称号、つまり平民出身者に贈られる名誉称号だと昨日の講義で習った。といことはオットーさんも平民出身。貴族にはいろいろ思うところがあるのだろう。
「ありがとうございます。気をつけますね」
「はい。では、失礼します」
そう言って、オットーさんは部屋を出て行った。
「さて、支度するか」
顔を洗い、着替え、身だしなみを整えた。
よし、と鏡で確認し、部屋を出た。
「よお、無能じゃねえか」
部屋を出た途端、嫌な奴に出会った。前田達だ。俺を見つけるなり、見下した表情で無能と吐き捨てた。
「今日から訓練が始まるんだってな。せいぜい脱落しないようにするんだな」
「無理っすよこいつには。一日持たないんじゃないっすか?」
「いや、俺は半日だと思うぜ」
「お、お前ら賭けるか?じゃあ俺は一時間な」
ぎゃっはっはっ、と言うだけ言って、去って行った。階段の下から、まだ笑い声が響いてくる。その声が頭の中にぐわんぐわん反響するように残る。
「くそっ」
悔しくて、ぎゅっと拳を握る。ぜったい脱落するか。強くなるって決めたんだ。いつかぜったいぎゃふんと言わせてやる。
「ふぅ」
息を吐いて、心を落ち着ける。笑い声はもう聞こえない。よし。俺は食堂へ歩き出した。
食堂には、もう三人がそろっていた。
「おはよう、みんな」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。重役出勤ね」
俺が挨拶すると、村上、柴田さん、結依が挨拶を返してくれた。約一名、おかしなことを言ってる奴がいるが。
今日の朝食もビュッフェ形式らしい。ただ、今日は俺の分も含めて料理が机に並んでいる。
「俺の食事も取ってきてくれたのか?」
「ああ。おなかがすいたからな。先に食べてるぜ」
「いや、それはいいんだけど・・・」
俺は用意された料理を見る。ベーコンのような肉の切り身に、パン。ここまではいい。だが、
「これ、桃だろ・・・?」
白く、みずみずしさを感じさせるようなくし切りにされた物体。うっすらピンク色の皮がついたそれは、もしこれが地球と同じ食べ物なら、絶対に桃だ。
「あなたの健康のために入れたんだけど・・・」
「またかよ・・・」
やれやれ。まーた我慢して食べなきゃいけないのか・・・。と思いながらため息をつくと、なにやら結依がちらっとこちらを見ているのに気がついた。
「ま、今日は勘弁してあげるわ」
なんと、結依が俺の皿の桃をひょいと取り、自分で食べた。珍しいこともあるもんだ。思わず目をぱちくりさせてしまう。
「どうした?結依?熱でもあるのか?」
思わず結依の額に手を伸ばすと、ぺしんとはたかれた。なにするのよ、とばかりにじろりとにらまれた。
「先ほど、前田くんたちが食堂に来たんですけど・・・。その・・・」
「ああ・・・」
柴田さんの言いにくそうな表情で察してしまった。俺をネタに笑ってたんだろうと。それでさすがに気の毒に思った結依が果物は免除してくれたと。
「あれから一条さん、ずっと機嫌が悪くてな。高島、なんとかしてくれ」
「なんとかしてくれって言われてもな・・・」
「別に私、機嫌悪くなんてないわ」
心外とばかりに結依が言った。しかし、眉間にしわが寄って、唇をきゅっと結んだ表情で言われても、説得力がない。
「結依。怒ってくれてありがとな」
「だから怒ってないわ!」
顔を赤くして怒鳴ってるやつは怒ってるって言うんだよ。そう言うとまた怒りそうなので心にとどめ、代わりに、
「ま、大丈夫だよ。一緒に強くなるって約束したもんな」
そう言った。
「ふんっ」
結依はそっぽを向いたが、耳がほんのり赤くなっていた。照れているだけだろう。機嫌は直ったようだ。
「しかし、結依が俺のために怒ってくれるような優しさがあったなんてな」
しみじみ言うと、結依ははじかれたように俺の方を向いてにらんだ。
「はぁ!?それじゃ私が優しくないみたいじゃない!」
「おっと。俺のために怒ってくれたってのは否定しないんだな?」
「~っっ!誰がっ!もうしゃべらないでっ!」
「・・・なあ、お二人さん。仲が良いのは分かったから、もうちょっと静かに食おうぜ」
「「仲良くない」」
村上の呆れ声に、二人そろって反論した。今朝も通常運転だ。