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115話 従魔たち

 朝。早めに起きた私は愛しい主の顔をじっと見つめる。400年ぶりの再会。外見はずいぶん変わってしまったが、その魂の美しさ、温かさは一つも変わらない。


「アリエス様・・・」


 そばに侍るとこの上なく安心する。もっと触れていたい。もっと触れて欲しい。この温かさとこの香りこの感触に包まれた私は、世界で一番幸せだ。そう断言できる。


 そんな私の耳に無粋な声が聞こえてきた。


「コハク。相変わらずだな」


 白い子犬が呆れたような声で言った。かつて一緒に戦った盟友。・・・私が言うのもなんだが、ずいぶん可愛らしい姿になったものだ。まあ本来の姿を見せると大騒ぎになるから仕方ないのだが。


「リル・・・。なによ。邪魔しないで」


 とはいえ、私の至福タイムを邪魔しないで欲しい。私はギロ、とリルを睨んだ。そこに割って入ったのは、これまた可愛らしい姿になったエンだ。


「まあまあ落ち着きなよ、コハク。それと今はユウ様だよ」


「エン。そうだったわね。ユウ様・・・」


 その名を口にすると胸がぽかぽかする。その思いのまま、ぎゅっとユウ様にすがりつく。ああ、幸せだ。


「生まれ変わったはいいけど、ボクたちのことも忘れちゃってるなんてさ。女神様も意地悪だよね」


「そう言うな、エン。再び我が主様たちと会えただけでも有難い」


 リルとエンの言葉にあの日を思い出す。魔王と相討ちになった二人。亡骸の前で悲嘆に暮れる私たちの前に、女神スフィアが現れた。二人は別の世界で転生させる。争いとは無縁の世界で、平和に暮らしてもらう。それがせめてもの報酬だ、と。

 私たちは納得すると同時に、悲しんだ。生まれ変わることはうれしいが、もう二度と会えないことには変わらない。その悲しみとふがいなさを癒やすため、それぞれ世界の片隅に引きこもった。


 それがなんの因果か、こうしてまた巡り会うことが出来た。どうやら記憶を失っているようだが、それは些細な問題。戻るなら戻って欲しいが、私はユウ様のおそばにいられるだけで幸せなのだから。


「それなのにまた魔王討伐に巻き込まれるなんて・・・。これも運命なのかな」


「しかし、主様たちが魔王を討伐して元の世界に戻れるよう、しっかりお仕えせねば」


 リルとエンの話を聞き流しながらユウ様を堪能していると。


「そうね・・・。え?もどる・・・?」


 聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「どうした?コハク」


 私はがばっと顔を上げ、リルを睨んだ。


「リル。ユウ様は元の世界に戻るつもりなの!?」


 嘘であってくれ。聞き間違いであってくれ。そう思いながら答えを待つ。

 しかしーー


「ああ。というか、元の世界に戻るため魔王討伐を目指しているんだ」


「そんな・・・」


 ショックのあまり、頭が真っ白になる。


「コハク?」


 ユウ様が元の世界に戻る!?せっかく会えたのに!?そんなの・・・!そんなの・・・!


「わ、私もついて行く!」


 嫌だ!また離ればなれなんて!

 ユウ様が帰るなら、私もついて行く!


「お、おちつけ、コハク」


「これが落ち着いていられるかって話よ!リルとエンはどうなの!?せっかく再会したのよ!?ずっと一緒にいたいと思わないの!?」


「む・・・。それを言われればそうだが・・・」


 リルは困ったようにうつむいた。


「まあまあ落ち着きなよ。二人の望みがボクたちの望み。それにユウ様たちが記憶を取り戻して僕たちを話せるようになったら、連れて帰るようにお願いすればいいじゃん」


「・・・そうだな。エンの言うとおりだ。だからコハクも落ち着け」


「・・・いずれユウ様に相談しなければ」


 相談、というかお願い。断られても絶対について行く。

 とうわけで女神スフィア。さっさとユウ様の記憶を戻せ。


 私がスフィアにそう念を送っていると、エンがつぶやいた。


「あとはタマなんだけど・・。あいつ、なにしてんだろ」


 もう一人の仲間、タマ。二叉という猫の魔物。まだユウ様の元には合流していないようだ。


「あのババアはもうとっくにくたばってるんじゃない?」


「それはさすがにないだろうが・・・。あれはあれで自由人だからな。どこかでふらっと姿を見せるだろう」


 そんな話をしていると。愛しい主の身体がもぞもぞと動き出した。

 そしてゆっくりと目を開く。


「う~ん。ふわぁ~」


 その吸い込まれるような黒い瞳に、自分の姿を写す。寝起きの主は焦点の定まらない目で私を見つめ。


「・・・コハク?」


 名前を呼んでもらえた!

 私は衝動のまま、ユウ様に抱きつく。あなたにもらった大切な名前。それを呼んでもらっただけで、天にも昇る気持ちだ。


「ユウ様!」


 その首筋に顔を埋め、匂いを嗅ぎ、なめ回す。


「わっ。くすぐったいなぁ。コハク」


 ユウ様は困ったように笑いながらも、優しく私ををなでてくれた。その感触が大好きだった。もっと、もっと、と催促してしまう。


「ユウ様!ユウ様!」


「落ち着け、コハク。お腹がすいたのか?」


 ユウ様にはまだ私の言葉は通じない。それでも私はユウに甘える。私の名前を呼んでくれて、なでてくれる。それだけで、私はもう何もいらない。


 が、それを邪魔する者が。


 コンコン


「悠?起きてる?」


「ああ、結依」


 ユウ様の部屋に入ってきたのは一人の女。その姿を見た愛しい主の目尻が下がった。

 ・・・気に入らない。


「私とユウ様の邪魔をするな!」


「わっ。もう。コハク、どうしたのよ。今日はオーガの血は付いてないわよ」


 私の声に驚いて、ユイが目を丸くした。そして見当違いなことを言って私を懐柔しようとする。

 オーガの血?そんなものどうでもいい。私のユウ様をたぶらかす奴は許さない!


「コハク。君は相変わらずユイ様、というか、ミラ様が嫌いなんだね。今はユウ様とユイ様は恋人じゃないみたいだし、ちょっとは仲良くしたら?」


 エンは呆れたように言って、ユイの肩に止まった。そして羽でポンポンと頬をなでている。ふん。その女の機嫌をとるなんて。エンも物好きね。


「あら、エン。慰めてくれるの?ありがとう」


 私はこの女が嫌いだ。・・・しかし、今は恋人じゃないのか。それはいいことを聞いた。ならばこのまま妨害してやろう。私はそう胸に決めた。


「さて、朝食に行くか」


「そうね」


「分かりました。ユウ様」


「お腹すいたー」


「ユウ様!抱っこして下さい!」


「おっと!おちつけ、コハク」


「いいなぁ。私も抱っこしたいのに・・・」


「ふん!だれがお前なんかに!」


 ユイに見せつけるようにユウ様に抱きつく。・・・しかし言葉が通じていないこともあって、ユイはまるで相手にしない。

 ま、せいぜい今のうちに余裕ぶってなさい。あとで吠え面を掻いても知らないからね。そう思ってユウ様に頬ずりする。ユウ様は私の背中をなでてくれた。


「今日はコハクと一緒にゴブリン討伐でも受けようか。コハクの強さも見たいし」


「お任せ下さい!私の実力をご覧に入れて見せます!」


 気合いを入れてそう宣言する。ユウ様ははそれを聞いてにっこりと微笑み、またなでてくれた。よーし。ユウ様の期待に答えなければ!400年ぶりに本気を出すぞ!

 しかし、リルが待て、と私を止める。


「ほどほどにしろよ、コハク。主様たちが驚いてしまう」


「そうそう。それにボクたちが出しゃばりすぎるとユウ様たちが戦う機会が無くなってしまう。それじゃあ強くなれない」


 それに、エンも加わった。

 ・・・確かに、エンの言うことも一理ある。生まれ変わってかつての力を失ったユウ様は、これから強くなっていかなければならない。私たちに頼りすぎるようになったらそれはそれで問題か。


「・・・分かったわよ」


 ユウ様に褒めてほしい。思いっき戦う姿を見せて、すごいね、って言って欲しい。ただ、他ならぬユウ様のためだ。私はそんな気持ちをぐっと堪え、頷いた。ほどほどの強さで我慢しよう。


「でもね、リル、エン」


「「ん?」」


「私はもう絶対ユウ様()()を死なせはなしい。そのためだったら何だってやる」


 これだけは譲れない。


 ユウ様に危険が迫ったら、自分の力は隠さない。相手が誰であろうと殺す。・・・自分の身を盾にすることだって、厭わない。


「・・・ふっ。ああ、そうだな。この400年、どれだけ後悔したか。もうあんな思いはたくさんだ」


「うん。ボクも全力で守る」


 リルもエンも、真剣な顔で頷いた。


 私は愛しい主の顔を見る。


 目が合い、そっと微笑む主の唇に、私も口を寄せる。


「コハク?」


 ユウ様。もう二度と死なせはしません。絶対に離れません!

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