114話 オーガとコハク
今日はオーガ討伐の依頼を受けた。リーンさんに受けて欲しいと言われた依頼である。ギルドでは割と困っていたようで、俺たちがこの依頼を受けると言ったときには結構感謝された。
そんなわけで、俺たちはシュレル山の中腹までやってきた。このあたりにオーガがいるはずである。俺と結依、リル、エンは慎重に周囲を警戒しながら歩みを進めている。
「リル。エン。今日は俺の結依の二人だけでオーガと戦ってみる。でも危なかったら助けてくれ」
「わん!」
「ぴ!」
「結依」
「ええ。いつでも魔法の準備は出来てるわ」
そう確認し合いながら、森を進む。シュレル山の中腹も、オーガ討伐も、踏み入ったことのない未知の領域だ。それだけに少し緊張する。
すると。
「わん!」
「ぴ!」
リルとエンが鋭く鳴き声を発し、毛を逆立てた。同時に、目の前の茂みがガサガサ揺れる。
「っ!」
慌てて俺も剣の柄に手を掛け、戦闘態勢に。
いよいよ、オーガか!?
ガサガサ
果たして。そこから現れたのは。
「きゃんきゃん!」
「・・・え?」
白い、小さな、狐だった。白く輝くもふもふの毛並み、つぶらな瞳、大きな耳、ふさふさの尻尾。茂みから走って姿を現した。
かわいい。そう思っていると。
「きゃうん!」
「わっ」
俺めがけて、一目散に駆け寄ってきた。慌てて剣を抜こうとして、
「・・・っ」
やめた。どうも敵意は感じない。それどころか、瞳を輝かせ、尻尾を振って、とてもうれしそうにすら見える。
「きゃぅん!きぃ!」
「わっ。わっ」
狐はなんと、俺の胸元にまっすぐ飛び込んできた。
・・・本当なら、剣を構えて警戒しなきゃいけないんだろうけど。
でも、なぜだかそんな気はまったく起きなかった。それどころか、気付けば狐を抱きかかえ、ぎゅっと丸くなる狐の身体をそっとなでていた。
「くふぅ。きぃ」
俺の腕の中で狐は安心しきったような声を出す。それを見てリルとエンは困ったような、呆れたような声で鳴いた。
「わふぅ・・・。っ!わんっ!」
「ぴぃ!ぴぃ!」
と思ったら、突然、茂みに向かって激しく吠えだした。
ガサガサ
遠くの茂みが揺れる音。ずしん、と響く足音。何かが来る。姿が見えた。大きい。黒い色。あれは・・・オーク?いや。違う。
「ガアアア!」
オークよりも大きい。殺気が鋭い。あれは!
「オ、オーガっ!?」
騒ぎすぎたか!?それとも、この狐を追っていたのか!?
いや、理由は何でもいい。もとよりそのつもりだったんだ!
急いで狐をおろし、剣を構える。そして、
「結依っ!」
「えぇっ!=&#’(!”*/」
俺の身体がぽわっと赤く光った。そして力がみなぎってくる。
身体能力強化だ。
「よしっ!行くぞっ!」
先手必勝。俺はオークに向かって駆け出した。グン、と力強い加速。あっという間に彼我の距離を詰める。
そこで。
「ガアアアア!」
オーガが吠えた。と同時に振り下ろされる拳。
「くっ!」
速いっ!
ブン、とするどく空気を切り裂く音が聞こえる。なんとかその拳を避ける。
しかし、オーガの攻撃は止まらない。
「ガアアアアアッッ!」
今度は両の掌を組み、真上から振り下ろしてきた。
「わっ、と」
ガーーーーン
俺は後ろに下がってなんとかその攻撃を躱す。空振りに終わったオーガの手は地面を打ち付け、けたたましい音を響かせた。
「うへぇ・・・」
オーガの攻撃の余波で土煙が舞う。人間の頭なんて卵みたいにぺちゃんこに潰れそうだ。確かにオークよりも強い。強化魔法を掛けていてよかった。
そう安堵したのもつかの間。
「ガアアアアアアッッッ!」
ビュン、とオーガが突進してきた。
「っっ!」
驚くべき速さ。俺は慌てて横に飛ぶ。
「ガアアアアアッッッ!」
突進してきたオーガを避ける。拳を避ける、投げてきた石を避ける。
「ガアアアアアッッッッッ!」
「くっ!うわっ!」
一進一退の攻防が続いた。いや、一進一退という言い方は正しくないかもしれない。俺はただひたすら避け続けるだけ。オーガの攻撃は速く、鋭く、力強い。当たったらひとたまりも無い。故に回避に全力を注ぐしかない。
「ガアアァァァッッ!」
一方のオーガ。ひたすら俺に攻撃を仕掛け続ける。その顔には愉悦といらだちが混じっているように見える。手も足も出せない俺に対する優越感。弱い獲物をいたぶって大層楽しそうだ。しかし同時に、なかなか仕留め切れないもどかしさ。ちょこまかするな、さっさとくたばれ、といったところだろうか。
「ガアアア!」
避ける。
「ガアアアアアッッッッ!」
攻撃する隙なんて無い。
「ガアアア!」
ただ、俺は。
「ガアアアアアアッッッッ!」
一人で戦ってるんじゃない。
「結依!」
「#!’&&$*」
ザシュッ
「ガアッッッ!?」
オーガの背中から血が噴き出した。オーガは突然の出来事に驚き、動きが硬直。そしてあわてて後ろを振り返る。
しかし、それは致命的な隙!
「今だっっ!」
俺は全力で駆け出す。目指すはオーガの首、ただ一つ。
「ガァッ!?」
オーガはようやく俺に気がついた。
だが、もう遅い。
俺の剣がオーガの首を捉え、
「ガッーーー」
ザシュッッ
弾き飛ばした。
オーガの首は、驚きの表情のまま胴体と分かれ、地面に転がった。
同時に、首を失った胴体も大きな音を立て、地面に崩れ落ちた。
地面に転がる、首のない胴体と、胴体から離れた首。値がドバドバとあふれ出て、地面にたまる。
「ふぅ・・・」
俺はほっと一息を吐きながら剣を収めた。オーガ討伐、完了。手強い敵だったが、なんとか無傷で切り抜けた。ゆくゆくは俺一人で討伐したいところだが、それは今後の課題。
そう一人で反省していると、結依がやってきた。
「お疲れ様、悠」
「おう。結依もな。エアカッター、助かったぜ」
「でしょう?あがめ奉ってもいいのよ」
「調子に乗るな」
そんな軽口を叩きながらオーガの死体を見つめる。あとは魔石採取だ。結依が解体用のナイフを取り出した。
「とにかく、オーガの魔石を取ってくるから。きゃっ」
すると突然、狐が結依の横をすり抜けて。
「きぃ!きぃ!くぅ~ん!」
「わっ!」
俺の胸元に飛び込んできた。慌てて抱きかかえると、狐は俺の首元に顔を埋めてうなじをペロペロとなめてきた。
「ちょ、ちょっと待て。くすぐったいって。わぷっ」
「くぅ~ん」
狐は聞く耳を持たない。それどころかふわふわの尻尾を俺の顔にこすりつけ、さらに首元をぺろぺろ。
「まったく・・・」
てっきりもうどこかに逃げたのかと思っていたが。それになぜこんなに懐いているのだろうか。別に嫌な気はしないけど。
「わふぅ」
「ぴ」
リルとエンも戸惑っている、というか、呆れている、というか。狐にジト目を向けているような感じがする。嫉妬?ならあとで存分に構ってやらないと。
「さっき私にはそんなにじゃれてこなかったのに」
そして結依は若干寂しそうだ。狐が自分に懐いてくれなかったのが不満らしい。
「俺にはこんなんいべったりなのにな。なんでなんだ」
「この子、オーガに追われてたのかしら。それでオーガを倒してくれた悠に懐いてるとか?」
オーガに追われてた、か。初めて会ったとき、この狐はそんなに切羽詰まっている状況には見えなかったが。それに討伐前も俺に結構懐いてたし。でもそういう理由でもないとここまで懐かないよな。
「お前、オーガに追われてたのか?」
「きぃ」
狐は鳴いて、ゆっくりと大きく首を縦に動かした。肯定、でいいんだろうか。
「ねえ、私にも抱っこさせてよ」
「ああ」
俺は狐を引っぺがし、腕に抱える。そして結依に渡そうと腕を伸ばした。
俺の腕の狐を、目を輝かせた結依が受け取ろうと手を伸ばし、触れようとした。
そのとき。
「シャッーー」
「きゃっ」
なんと狐は鳴いて結依を威嚇し、身をよじった。
「お、おい」
落ちそうになる狐を慌てて抱え直す。そのはずみで狐は俺の首にぎゅっと捕まり、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「嫌われたかしら・・・」
伸ばした腕を寂しそうに下ろしながら結依がつぶやいた。
「オーガの血が嫌なんじゃないか?」
結依はオーガの魔石を取り出したせいでかなり血で汚れている。結依が嫌われたのではなく、その血が嫌なだけかもしれない。
「そ、そうね。きっとそうだわ・・・」
といいつつ俺も多少オーガの返り血を浴びているけど。結依の名誉のために、オーガの血が嫌だった、ということにしておこう。
そんな結依は気を取り直して言う。
「とにかく、帰りましょうか」
今日の依頼はオーガ一体の討伐。それを成した以上、ここにいる意味は無い。むしろ血の臭いで他の魔物が来る前に早く帰途についた方がいい。
「ああ。それでこいつは・・・?」
「きぃ!」
「オーガはもういなくなったぞ。家に帰りな」
そう言って俺は狐を地面に降ろす。が、
「きぃ!きぃ!」
「わっ」
ぴょんと。すぐに飛んでまた俺の胸元に戻ってきてしまった。そしてぎゅうぅ、と俺の首元にすがりつく。離れたくない、とでも言うかのように。
なんというか、リルとエンを仲間にしたときと同じ感じがする。仲間になりたい、という意志を感じる。
本当にそうなのか、と思って狐を下ろし、目を見て問うてみる。
「まさかお前、仲間になりたいのか?」
「きぃ!」
すると狐は首を縦に振った。頷き、と考えていいんだろうか。そして、俺の顔をじっと見つめている。
これはもう・・・。
「結依。リル。エン。こいつを飼っていいか?」
「まあしょうがないんじゃない?ここで置いていっても付いてきそうだし」
「わふぅ」
「ぴぃ」
結依もリルもエンも。仕方ないんぁあという返答。エンなんて翼を広げて首をすくめるような、器用な仕草まで見せた。
「そうだな。じゃあ、よろしく」
「きぃ!」
その言葉が分かったかのように、狐は俺の胸元に飛び込んできた。そしてまた首元に顔をうずめ、頬ずり。くすぐったいが、もふもふの感触が心地いい。
「名前をつけなきゃね」
結依が言った。しかし、俺はもうこれしかない、という名前がある。
「コハクだ」
「きゃん!くぅ~ん」
かつて勇者のお供だった従魔たち。フェンリルのリル。フェニックスのエン。白弧のコハク。二叉の猫、タマ。どんな偶然か、俺たちには白い子犬のリルと赤い小鳥のリルがいる。そうなると、この白い狐はもうコハクと名付けるしかないだろう。
そしてコハクという名前はこの狐も気に入ったのか、うれしそうに鳴きながら俺の胸に頬ずりしている。俺はその頭をなでながら言う。
「これからよろしくな、コハク」
「きぃ!」
こうしてオーガ討伐のついでに新たにコハクが仲間になった。