113話 ロッシュと王都
「これを受けてみませんか?」
「・・・ん?」
わしとメイがヴェラに来てから3週間ほどあろうか。依頼を受けて生活基盤を整えつつ、ユウたちの捜索をしている。しかし、未だなにも手がかりがない。そんなとき、メイが一枚の依頼書を指さした。
「・・・護衛依頼?」
それはとある商人の護衛依頼だった。ヴァーナ王国の王都まで行き、一泊した後、ヴェラまで戻ってくる間の護衛。王都まで一泊する必要があるから、全部で3泊4日の行程だ。なかなかの長旅になりそうである。
「ユウさんとユイさんはヴェラ周辺にいないようです。ならば王都に行って探すのはどうですか?」
「・・・そうじゃな。王都まで行ってみるか」
ユウとユイはヴェラにいない。ヴェラ周辺の村まで行って聞き込みをしたこともあるが、それでもなんの手がかりもなかった。そうである以上、捜索の手を伸ばす必要がある。わしはそう納得し、メイの提案に頷いた。
「わしが商人のアニーだ。よろしく頼むぜ」
依頼主の商人は50代くらいの男だった。恰幅のいい体格で、ニコニコと愛想のいい笑みを浮かべている。わしは差し出された手を握り、自己紹介をする。
「冒険者のローじゃ」
「同じく冒険者のメルです。よろしくお願いします」
「おう。二人にお願いしたいのはヴェラと王都の往復の護衛だ」
アニーはそばに止めている馬車をポンポンと叩きながらそう説明した。2頭の馬車が引く大きめの馬車だ。その荷台にはこんもりと荷物が積まれている。なるほど確かにこれは護衛をつけなければ盗賊に狙われるかもしれない。
「すまねえが荷台はいっぱいなんで、俺と一緒に御者台に座ってくれ」
「わかった」
わしとメイはアニーと共に御者台に乗り込んだ。そしてアニーは手綱を器用に操り、早速馬車を出発させた。
「しかし、ずいぶん積んどるの」
馬車を進ませながら、わしはアニーに聞いた。馬車の荷台は荷物が多く、御者台から振り返っても後ろが見えないほどだ。
「近々ビッグマーケットがあるだろ?それで荷物が増えてんだ」
「ビッグマーケット?」
「なんだ、知らねえのか?年に一回開かれる自由市だよ。この3日間はだれでも自由に店が開けんだよ。だから運ぶ荷物も多くなるんだ。そのおかげで俺も儲けさせてもらってるってわけよ」
実際、アニーの商売は調子がいいらしい。ご機嫌そうに笑っている。この満杯の荷台も商売の好調さを物語るもののようだ。
「へえ。そんな催しがあるんですね」
「ああ。だがすまねえな。俺の依頼は王都に着いた翌日ヴェラに帰るまでの護衛なんだ。だからビッグマーケットには参加できねえ。あれは俺たちが帰る二日後から始まるからよ」
「別に構わん。わしらはビッグマーケットが目当てでではなく、人を探そうと思っとるんじゃ」
「ほう。人探し。どんな人だい?」
アニーは興味深そうに聞き返してきた。そこでわしはユウたちのことを尋ねることにした。アニーのような各地を移動する商人ならもしかして、という期待も込めて。
「若い男女の冒険者じゃ。名前はタカとイチカ」
「黒い髪の若い冒険者です。御存知ありませんか?」
メイも祈るように補足する。なんとか見つかって欲しい。そんな思いがありありと感じられる。
しかし、アニーの答えは。
「タカとイチカ?うーん。聞いたことねえなぁ。若い冒険者なんていっぱいいるしよぉ」
否だった。
「そうですか・・・」
アニーの答えを聞いて、わしとメイはがっくりと肩を落とした。その様子を見て、アニーは慰めるように言う。
「王都に行ったら会えるかもしれねえ。そう気を落としなさんな」
「そうじゃな。ありがとう」
「いいってことよ。じゃ、護衛もしっかり頼むぜ」
「ああ。任せてくれ」
今は護衛依頼だ。気を落とすのではなく、しっかり周りを警戒しなければ。わしはそう思い直し、顔を上げた。
その後、特に大きなトラブルはなく、途中のシースという街に到着した。ここで一泊だ。
そして翌日、シースを朝早く出発する。ここでも盗賊や魔物の襲撃もなく、平和な旅路だった。そして昼頃になって。
「見えた。あれがヴェラ王都だ」
アニーが指さす先。目をこらすと、うっすらと城壁が見えてきた。あれがヴァーナ王国の王都のようだ。一泊二日の馬車旅。特に危険な場面はなかったが、座りっぱなしの馬車旅は老いた身体には堪える。
腰を擦りながら徐々に大きくなってくる城壁を見つめる。
「ん?」
と、わしはあることに気付いた。
「どうした?」
「アニー。城壁の周りに人が群れているように見えるんじゃが?」
「ああ・・・」
ヴェラの周りには人がたむろしている。数百、下手したら千人以上いるかもしれない。どう見ても王都への入場待ちといった感じではない。並んでいるという様子ではなく、城壁の周りに散らばっていて、思い思いにうろうろしているように見えた。あの人達は何者だろう。そう思ってアニーに問うたが、答えは予想外のものだった。
「多分魔王軍に故郷を奪われた人達だろうぜ。ヴァーナ王国の中央部は結構やられているからよ」
「魔王軍・・・!」
その言葉に驚き、声を上げてしまった。魔王軍。ユウたちがこの世界召喚されるきっかけ。そして元の世界に戻るために倒さなければならない存在だ。思わず、手に力が入り、拳をぎゅっと握った。
「ああ。伯爵領1個と男爵領3個がやられてるはずだぜ。そこの生き残りが王都周辺に住みついてんだよ。王都に入ろうにも、王都だって人が一杯だからな。ああやって外で暮らすしかないんだ」
「・・・」
近づいてきて、その姿がはっきり見えた。簡易的なテントを張って暮らす人。木の枝を組んだだけの、今にも崩れそうな小屋に暮らす人。小さな畑を作り、なんとか作物を育てようとしている人。故郷を追われ、ここで生きていくしかない人たちなんだ。しかし、どうも表情が暗い。故郷を追われ、家族を失い、ここでその日暮らしをしている人々だ。希望もなにも失っているのだろう。
わしもメイも言葉を失ってしまった。アルス王国はまだここまでではなかった。どこかの領地が陥落したという話は聞かないし、浮浪者が大量に押し寄せてきたという話も聞かない。だから魔王軍というものをどこか現実離れしたものとしてしか捉えられなかった。
・・・いや。ユウたちの目の前に現れたという魔族。あれはアルス王国担当らしいが、まだ本気を出していなかったらしい。そして、今から本気を出す、とも。だとしたら今頃、アルス王国も危ないかもしれない。
・・・もし。もしユウたちが魔王を討伐すれば。この人たちは・・・。
「王都に着いたぜ」
アニーの声に、はっと顔を上げる。どうやらいつのまにか城壁をくぐり、ヴェラ王都の中に入っていたらしい。馬車は両脇に建物が並ぶ広い道路を進んでいる。
わしは頭を振って気持ちを整理する。今はユウたち見つけたい。
わしらを乗せた馬車は、ヴェラの街の広場に辿り着いた。馬車がいくつも並んでいる。ここは馬車をプールする馬車らしい。そこでアニーはわしらを降ろすと、言った。
「明日の朝、ヴェラに戻るからよ。8時にここに来てくれ。ヴェラまでの帰路も護衛を頼むぜ」
「う、うむ。承知した」
「じゃあ、人探し頑張ってくれ。見つかるように祈ってるからよ」
その声を背に、わしらは広場から歩いて行った。
「よし、メイ。ユウとユイを探そう」
「ええ。まずはギルドに行きましょう」
そういうわけでわしらはヴェラ王都の街を歩き、冒険者ギルドを目指す。街の大きさとしてはアルス王都と同じくらい。ただ、なんというか。雰囲気が。ビッグマーケットとやらが開催される直前なのに、イマイチ暗い気がする。街の人々の笑顔が少ない、呼び込みの声が少ない、歩いている人がうつむいている・・・。一つ一つは顕著ではない。ただ、注意してみれば分かってしまう。そしてそれらが重なり、暗い街、という印象を抱いてしまう。
いや、しかし今はそれどころではない。時間は限られている。とにもかくにも、わしらは王都でユウとユイを探し始めた。
しかしーー
翌日。アニーと合流したわしらは、尋ねられた。
「どうだった?探し人は見つかったかい?」
その問に、わしは首を振って答え、メイは言葉で応じた。
「いえ。残念ながら」
最初にギルドに行き、職員、冒険者に聞き込みをしたが、誰も心当たりがなかった。次に馬車乗り場の御者、武器屋、宿屋、飲食店・・・。いろいろ尋ねたが、全て空振りだった。ユウたちの手がかりは全くなかった。
そんなわしらの様子をみて、アニーは、
「そうか。残念だ」
そう言って、本当に残念そうな顔をしてくれた。それを見てわしは慌てて言う。
「いや、気を遣わせてすまん。護衛はしっかりするから安心してくれ」
「いやいや、別に謝ることはねえ。あんまり暗い顔してるから、大事な人なんだろうよ。早く見つかるといいな」
「・・・ああ。ありがとう」
そんな暗い顔をしとったか。それじゃあ気遣われるのも当然じゃな、とわしは一人苦笑する。しかし、アニーの言うとおり、大事な人じゃ。我が子のような、大事な存在。
ユウ。ユイ。本当にどこにおるんじゃ。そう思いながらわしらはヴェラへと帰っていった。