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111話 大勇者一行(2/2)

 重苦しい雰囲気のまま、俺たちはさらに森の奥へ進む。初めての命を賭けた戦闘だった。戦ったのは前田とカイさんだけ。それでもその空気にあてられた。実際に目の前で命が刈り取られるという光景を見るのは、ショックを受けるものだった。さらに無惨な死体、立ちこめる血の匂いもあって、気分を悪くした生徒もいる。

 俺はなんとか耐えた。そばに美穂がいてくれたおかげだ。しかし中には泣き出したりえづいたりする生徒もいた。大友先生を中心にケアしているが、なかなか手が回らない。もういっそ撤退した方がいいと思うが、前田はこれを拒否。俺たち一行はさらに森の奥へ進むことになった。


 そして歩き出してしばらく。斥候役の兵士が慌てて戻ってきた。俺はその人の顔を見てみる。なんだか焦りのような表情が見えた。

 嫌な予感がした。そして、その予感は間違っていなかった。


「カイさん!オークの群れです!」


「数は!?」


 告げられた言葉。新たな敵の出現。俺は自分の身体が強張るのを感じた。


「15体ほどです!」


 その情報を聞いて、他の兵士たちもざわめいた。オークの群れが15体。オークがどれくらい強いか俺には分からないが、少なくとも兵士たちが動揺する程度には、まずい事態なのだ。


「ちっ。マエダ様。さすがに撤退するっす。数が多すぎるっす」


 そもそも護衛の兵士が10人ほどしかいない。対してオークの数は15体。その時点で数的に不利で、万が一があるかもしれない。だからカイさんの進言はもっともだと思った。

 ところが、前田は違った。


「はっ。たかがブタ風情に逃げるなんてありえねぇ!俺が全て殺してやるよ!」


「なっ!だめっす!相手はゴブリンよりよっぽど強いっすよ!」


「関係ねえ!俺は大勇者なんだ!お?あいつらか!」


 遠くに影が見えた。それは徐々に俺たちの方へ近づいてくる。初めは人間かと思った。ただ、その姿がはっきりしてくるにつれて、違うと分かった。

 まず、でかい。身長は2メートル以上はある。その肌は黒みがかった茶色。ブタのような魔物、と聞いたことはあるが、確かに図体がでかい。ただ、それは脂肪で大きくなったというより、筋肉で肥大化したと表現した方が良さそうな、見事な肉体。そして中には太い木の枝や丸太らしきものをもった個体まで。

 そんなやつらが、ぞろぞろと。15体?敵意をまとい、ゆっくりと近づいてくる。ものすごい圧迫感だ。あの腕の一振りで俺の身体なんかバキバキに粉砕されそうな・・・。そんな恐怖で身体が強張る。

 しかし。


「大勇者の俺にかなう奴なんていないはずだ!俺が最強なんだ!」


 前田はそう言って、また一人で飛び出した。そして、先頭のオークに斬りかかる。


「はぁぁぁ!」


 大きく剣を振りかぶって、一閃。ゴブリンを仕留めた前田渾身の一撃だ。


「グモモ!」


 ところが、その前田の一撃をオークは下がって避けた。


「なっ!」


 驚く前田。それでも諦めず、雄叫びを上げてオークを追いかける。


「マエダ様!離れちゃだめっす!」


「おらぁあああああ!」


 カイさんの声も届かない。前田はオークとの先頭に夢中になって俺たちからどんどん離れていってしまう。


 一方、そのほかのオークは。


「グモモモ!」


「グオオオオッッ!」


「「きゃぁぁぁぁっっっっっ!」」


 雄叫びをあげ、散開。その走る速さにまず驚く。

 そして、さらにまずいことに。


「囲まれてるっ!」


「やだっ!」


 俺たちを取り囲むように丸くなったオークたち。その顔は逃がさない、というように、にやっと醜悪にゆがんでいる。


「いやぁ!」


「助けてっ!」


 俺たちを囲むように円になるオーク。一応、俺たちとオークの間に近衛兵たちが囲み、守ってくれている。


「落ち着くっす!俺たちが倒すっす!」

 

 ただ、数が足りない。兵士は10人。オークは前田が相手をしている個体を除いて14体。カイさんはパニックになった生徒たちを落ち着けながら剣を構える。

 そのとき。オークの囲みの外で、一対一でオークと戦っている前田が。


「ぐあっ」


 悲鳴を上げた。そして、


「ブモォォォ!」


 バキッッッ


「ぐふっっっ!」


 ズシャッッッ


「「きゃああああっ!」」


 前田が、俺の目の前の地面にたたきつけられた。


「うぐぅぅ」 


 どうやら前田は、オークに吹っ飛ばされ、宙を舞い、オークの囲みを越え、兵士の間をすり抜け、俺たちの元まで飛んで来たらしい。そんな馬鹿な。結構距離があったはず。なんてパワーだ、オークは。


 前田は倒れ込んだまま、起き上がれない。苦悶の声をあげ、表情はゆがんでいる。


「前田くん!」


 大友先生が心配そうに叫んだ。しかし、それにも反応を示さない。うぐぐ、とうめくだけ。


「いやぁ・・・」


「誰かたすけてぇ・・・」


「ママ・・・」


「死にたくないよぉ」


 前田の姿を見て、クラスメイトたちがさらにパニックになる。クラスで一番強いとされた前田が、ボコボコにされた。それは生徒たちの心を折るのに十分だったらしい。

 身を寄せ合い震える俺たち召喚者。それを取り囲むオークの群れ。俺たちとオークの間には俺たちを守るようにオークに剣を向ける近衛兵。


「やっぱり数が多いっすね・・・」


 近衛兵のリーダー、カイさんがつぶやく。と思ったら顔をあげ、叫んだ。


「フリード!救世主さまたちを連れて撤退するっす!」


「カ、カイさんは!?」


「俺は殿っす!」


「一人で!?大丈夫ですか!?」


「お前も俺の実力は知ってるはずっす!むしろ護衛対象がいない方が戦いやすいっす!」


「・・・そうでしたね。分かりました!」


「よしっ!オークども!こっちっす!」


 一人、カイさんが飛び出した。そのまま手近なオークに向かう。


 ほ、本当に一人で!?だ、大丈夫か!?そう唖然とする俺の前で、カイさんは。


「はっ!」


 ザシュ


「グモッッ!」


 オークに一撃を当て、離脱。そのオークは傷こそ負ったものの、倒れはしなかった。


「はぁっ!」


 カイさんはそれを一顧だにせず、そのまま隣のオークへ向かう。


「グオオ!」


「は!」


 オークの一撃を避ける。剣を構え、切り裂こうとしたところで、


「グオオ!」


 後ろから、先ほどの傷を負ったオークが迫る。屈強な右腕から繰り出されるパンチを。


「よっ」


 いとも簡単に避けた。まるで後ろに目があるかのような、鮮やかな動きだ。すごい。そのままオークの間をひらひらと舞う。


「はっはっ!そんな攻撃じゃ当たらないっす!」


 余裕ぶった声でカイさんはオークを煽る。実際、動きには余裕があった。オークの攻撃をくるくると躱し、まるで当たる気配がない。そのくせオークが隙を見せれば剣で着実に攻撃を入れている。素人でも分かる。カイさんは、冗談抜きでめちゃくちゃ強い。

 一方、それに苛立つのはオークだ。


「グオオオオ!」


「「「「グモモモモッッッ」」」」


 オークが叫んだ。それに呼応するように、半分ほどの個体が一気にカイさんに迫った。


「カイさん!」


「フリード!今のうちっす!早く逃げるっす!」


「っ!はい!よし!目の前のオークを片づけろ!」


「「「「はっ!」」」」


 カイさんの反対側。俺たちの目の前にはまだオークが何体か立ち塞がっている。ただ、もはや数の不利はない。

 兵士たちは目の前のオークに襲いかかる。


「はぁぁぁぁ!」


「ブオオオオオッッッ!」


「おらあああああ!」


「ブオッッ!?」


「せああああ!」


「ブッッッ!」


 あっという間にオークを討伐した。


「すげえ・・」 


 目の前のオークは絶命し、残りはカイさんが引きつけている。そのことによって、俺たちを狙うオークはいなくなった。


「よし!救世主の皆様はこちらへ!落ち着いて移動して下さい!」


 兵士のかけ声と先導で、俺たちはようやく動き出した。俺も焦る気持ちを抑え、恐怖でバクバクうるさい心臓を抑え、走り出す。


「前田くんは!?」


「マエダ様は私が背負います!」


「・・・すみません」


 とある兵士が地面に倒れている前田を背負う。そして俺たちは出口へ向けて走り出した。

 途中。


「美穂」


「和久くん」


 美穂の手を握る。はぐれないように。


 そのまま俺たちは森を駆ける。ガチャガチャと装備の音。はぁはぁと重なり合う荒い息。ぐすぐすとすすり泣く声。それらを響かせながら、ただ走る。


 どれくらい走っただろうか。5分程かもしれないし、1時間かもしれない。時間を忘れるほど必死に走った。

 そして、


「出口だ!」


「やった!」


 頭上から明るい日差しが降り注いだ。ようやく森の出口に着いたのだ。

 目の前には草原。その奥に王都を守る城壁。それを見て、ようやく俺も安心した。


「はぁっ」


「よかった・・・」


「無事だよぉ」


「ママ・・・」


 森から出た途端、クラスメイトたちは地面にへたり込んだ。緊張感から解放され、泣き出す者まで。


「美穂。大丈夫か?」


「うん。和久くんは?」


「俺も大丈夫だよ」


 俺も美穂と無事確認し合い、ほっと一安心。身体から力が抜け、地面に座り込む。どうやら自分でも思ったより緊張していたらしい。そんな俺たちの横で、同じく安堵のため息をつく人が。


「ふぅ。なんとか逃げ切ることができた」


 武装した近衛兵だ。フリードさんと呼ばれていた人。


「えっと。フリードさん、でしたよね?ありがとうございました」


 美穂がそう言うと、フリードさんはにっこりと笑った。


「いえ。なんとか皆さんを無事に逃がすことが出来てよかったです」


「ありがとうございます。・・・それで、あの、カイさんは・・・」


 俺が恐る恐る聞くと、フリードさんはきょとんとした。そしてああ、と笑った。


「あの人は大丈夫ですよ。あの程度の数のオーク、あの人にとっては朝飯前でしょう」


「え?」


「あの人の実力は近衛兵の中でも頭一つ抜けてますから。今頃鼻くそでもほじりながら帰ってきていると思いますよ」


 そう笑って告げるフリードさん。そんなに強いんですか、となかば信じられない気持ちで聞き返そうとした、その時。


「フリード。鼻くそとは何っすか」


 森の奥から、声が聞こえた。

 振り返ると、むすっとした男性が。


「げっ。カイさん!」


 カイさんだった。こんなに早く戻ってくるなんて・・・。しかも、返り血こそ浴びているが、傷らしい傷も見当たらない。顔こそしかめているが、これはフリードさんへの抗議だろう。

 そして、カイさんの姿を見たクラスメイトも驚き、そして叫ぶ。


「わっ!すごい!」


「え!?あの兵士さんもう戻ってきたん?」


「ていうか無傷!?やば!?」


「あはは。どうも。かわいい子から褒められるとうれしいっすね」


 なんて言いながらカイさんはきゃーという歓声を受けている。手を振り返せば、さらに歓声。沈んだクラスにあって、久しぶりに喜ばしい場面だ。

 そしてカイさんはフリードさんの元へ歩いてきた。


「殿を務めた俺にその言い方はないっすよ」


「あはは・・・。でも、実際楽勝でしょう?」


 フリードさんの言葉に、カイさんはあっけらかんと答える。


「ま、護衛対象がいれば手こずったっすけど。一人で気兼ねなく戦えるならあの程度、屁でも無いっすね」


「さすがです」


 カイさん・・・すげえ・・・。てっきり俺は命がけで殿を務めてくれたとばかり。カイさんにとって、むしろ俺たちは邪魔な存在だったんだ。

 この世界に来て、ステータス測定をして。その能力の高さをもてはやされた。でも、なにもできなかった。ステータスばかり高くても意味が無かった。むしろ足を引っ張ってしまった。

 ・・・高島が前田に勝ったのが、よく分かった。本当の強さはステータスじゃないんだ。こんなんじゃ魔王討伐なんて、夢のまた夢。俺も、もっと強くならないと・・・。


 そう自問していると、横からこんな声が聞こえた。


「前田くん?大丈夫ですか?」


「「前田さん!」」


 大友先生と、伊東三村の声だ。同時に、前田を背負っていた兵士が、前田をそっと地面におろす。俺たちはそっと前田に近づいてみる。

 前田は地面に座りつつ、うつろな目で虚空を見つめている。意識はあるようだ。


 しかし、元はと言えばこいつが突っ走るからこんな危険な目にあったんだ。ゴブリン討伐の時点でも、オークを見つけた時点でも、引き返すタイミングはいくらでもあった。それなのに、こいつの勇み足のせいで・・・!ムクムクと湧き上がる怒りをなんとか抑え込み、前田を睨む。

 その思いは他の生徒も同じのよう。前田を睨む者。冷めて目で見るもの。ほとんどの生徒が前田を非難した目で見ている。

 当の前田はぼんやりしたまま、動かない。いや、口元だけがもごもごと動いている。


「・・・い」


「え?」


 なにかつぶやいているようだ。フリードさんが聞き返す。

 すると前田はくわっと目を見開き、フリードさんを睨みながら叫んだ。


「遅い!お前らの援護が遅いせいで怪我しただろうが!どう責任を取ってくれる!?」


「い、いや!それは・・・!」


「はっ!いかに大勇者といえど、周りが雑魚ならどうしようもない!」


「・・・」


「どうした!文句あんのか!」


「・・・いえ」


「ふん!」


 前田は怒りの表情でそっぽをむいた。伊東と三村が落ち着きましょう、と言って前田をなだめる。

 ただ、俺も、他の生徒も、冷えた目で前田を見ている。しかし、前田はそれに気付かない。ブツブツとなにかつぶやいている。


 そして、たまたま前田の近くにいた俺は、その声が聞こえた。


「・・・そうだ。周りが雑魚なんだ。どいつもこいつも俺の足をひっぱりやがって・・・」



「俺は最強なんだ。俺が。俺こそが・・・」



「俺が実績を残せば、あいつだって・・・」


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