110話 大勇者一行(1/2)
「おら。さっさと歩け。お前ら」
前田がクラスメイトにヤジを飛ばす。それに取り巻きの伊東と三村がそうだそうだ、とはやし立てる。
大勇者となった前田。奴はさっそくその権限を行使して、召喚された者全員で魔物討伐に出かけると宣言した。今まで訓練所で訓練しかしてこなかったのに、いきなり外に出て魔物討伐だ。場所は王都の近くにあるアルスの森。さすがに俺たちだけじゃ心許ないので近衛兵平民組の人達が10人ほどついてきてくれてはいる。
が、初めての魔物討伐。やはり不安だ。特に女子生徒を中心に表情が曇っている。自信満々なのは前田とその取り巻きだけ。むしろ自分の実力を見せつける好機だと言わんばかりにふんぞり返っている。
「美穂。大丈夫か?」
「和久くん。うん。ありがとう。大丈夫だよ」
俺は隣にいる美穂に声を掛ける。美穂もこの魔物討伐を怖がっていた。しかし俺が声を掛けると気丈に笑って答えてくれた。なにかあったら俺が守ってやらないと。美穂の笑顔にそう思った。
さて、一行はずんずんと森を進んでいく。前田を先頭にした俺たちを、近衛兵たちが囲ってくれる形だ。
森を歩いて10分ぐらい。体力的にはまだまだいけるはずだが、なんだか疲れを感じ始めた。吐く息が荒くなってきているのが分かる。
すると、
「マエダ様。一度休憩した方がいいっすよ。みんな疲れてるっす」
カイさんだっけ?近衛兵の一人が前田にそう声を掛けてくれた。周りを見ると、俺以外にも疲れている生徒が多い。美穂は肩で息をしているし、近くにいる山本はうっすら汗までかいている。初めての実戦への緊張感と慣れない森という要素が疲れを感じやすくさせているんだろうか。しかしカイさんのおかげで休めそうだ。俺はほっと息を吐いた。しかし、
「ああ?必要ねえよ。俺たちはそんなヤワじゃねえ」
「そうだ!俺たちは選ばれし救世主なんだ!」
「なめんじゃねえ」
前田の嘲るような返事とそれに同調する伊東と三村の声が聞こえた。そして三人は止まらずにずんずんと森の奥へ歩いて行ってしまう。ちょっと、というカイさんの声も無視して。そうなれば俺たちも前田に続かざるを得ない。しぶしぶ脚を動かす。
前田たちとそれ以外の生徒。なんとなく温度差を感じながら森を歩いて行く。
どれくらい歩いただろうか。そんなに時間は経っていないと思うが。突然、先行して偵察していた兵士の叫び声が聞こえた。
「出ました!ゴブリンの群れです!」
同時に、遠くの茂みが揺れた。そこからナニカが現れた。その数5体。
「「「きゃぁっっっっ!」」」
その姿を見て、一部の女子が悲鳴を上げた。緑色の肌をした小人みたいな生き物。ただし、おとぎ話の小人とは全く違う。痩せこけた身体、ギラついた瞳、鋭い爪。可愛さなんて欠片もない。ただただ俺たちを睨み、威圧する敵だ。
「なにあれ・・・」
「こわい・・・」
「きもちわるいよぉ」
恐怖で目をつぶったり、背を向けたり、視線をそらす者たち。俺だって、その気持ちは分かる。あの姿もさることながら、あれほど敵意をまとった存在に出会ったことがない。その威圧感に心が挫けそうになる。
俺はそっと隣の美穂を見る。顔こそ引きつっているが、じっとゴブリンたちを見つめている。なんとか耐えている、という感じだ。そしてそれは他の大半の生徒たちも同じ。俺たちへの殺意に戸惑い、恐れながらも、なんとか踏みとどまっている。
ただ、前田だけは違った。
「出たな!どけっ!俺がやる!」
「あ!待つっす!」
前田が近衛兵たちを押しのけ、剣をひっさげてゴブリンたちに突っ込んでいく。カイさんの制止も聞かずに。伊東と三村さえ置いて。まるで自分の力を誇示するように大声を上げて。
「おらあああああ!」
「ギィィィィ!」
「ギギギ!」
前田がどんどんゴブリンに迫っていく。慌ててカイさんも剣を抜き、
「くそっ!フリード!援護するっすよ!」
「はい!」
カイさんともう一人の兵士が前田を追う。しかし、前田は一人でゴブリンの元へ到達し、
「おらぁぁっっ!」
「ギィィ!?」
スパーン
ブシャッッッ
「「「きゃぁぁぁぁっっっっっ!!」」」
ゴブリンの首が、飛んだ。
血が噴き上がる。
おぞましい光景。
見た生徒から悲鳴が上がった。
が、張本人の前田は得意げ。
「はっはっは!どうだ!これが俺の実力だ!」
笑っている。返り血を浴びながら、自慢げに。
しかし。
「っ!やばいっす!」
その前田の背後に、迫るゴブリンの影。
「ギギギ!」
「次はお前だ!」
しかし、前田は気付いていない。目の前にいるゴブリンに剣を向けて、ふんぞり返っている。背後のことなんて、まるで意識の外。
ゴブリンが、その爪を前田の背中に突き立てようとーー
「はっ!」
ズシャッッッ
「ギッッッッ」
「あ?」
間一髪、カイさんが間に合った。前田の背後に迫るゴブリンの背中を切りつけ、絶命させた。その光景にも悲鳴が上がるが、これはカイさんのファインプレーだ。
しかし、救われた形になった前田は、
「邪魔すんな!こいつらは俺がやる!」
「っ!?・・・いかに大勇者といえど1人では危険っす!」
「なめんじゃねえ!」
完全に逆ギレ。自分が危なかったことにも気付いていないのか?それとも強がりか?俺に分からない。が、前田はまた一人でゴブリンに向かっていく。
「へっ!とんだ邪魔が入ったぜ」
「あ!ちょっと!」
そう叫びながら、目の前のゴブリンに走って行く。そして剣を構え、振り抜く。
「おらぁぁぁぁぁ!」
ズシャッッッ
「ギィッ!?」
ゴブリンの胴体を切りつけた。血が吹き上がり、倒れる。
「おらああ!」
ズシャッッッッ
「ギギギギッッッ」
瞬く間に、二体のゴブリンを倒した。森に四つの死体が転がる。
ただ、前田の横から迫る最後の一体。しかし、前田は体勢的に、すぐに応戦するのは難しそうーー
「一人で突っ走っちゃだめっす!」
シュパッッッ
「ギッ」
ゴブリンに攻撃が前田に到達する前に、カイさんが仕留めた。死体がごろんと転がる。
「ふぅ」
もう立っている敵はいない。
これで五体のゴブリン全てが死んだ。三体を前田が仕留め、残り二体をカイさんが討伐した。数の上では前田の働きが大きいと言える。ただ、カイさんが殺した二体は、いずれも前田の隙を突いた個体だった。
「マエダ様。一人でゴブリンの群れに突っ込むのは危険っす」
だから、カイさんがこう言うのももっともだ。危うく前田は殺されるところだった。さすがに俺もこれはカイさんにお礼を言うだろうと思った。
だが、
「うるせえ!俺の獲物を横取りしやがって!それとも俺はこの程度も倒せない雑魚ってか!?」
前田はそれが分からないのか、カイさんの言葉に耳を傾けようとしない。それどころか、カイさんを邪魔者扱い。
「い、いや。雑魚とは言ってないっす。ただ、数の問題で・・・」
「はっ!大勇者にとって数なんて問題じゃねえ!そんなこともわかんねえのか!」
「前田さんは最強なんだ!」
「ゴブリンごときに後れを取るなんありえねぇ!」
前田に伊東と三村も乗っかり、カイさんを責める。助けてもらったのに、むしろ非難を浴びせる。
そんな三人に、カイさんは
「・・・。そうっすね。申し訳ないっす」
「ふん。やっと分かったか」
顔をうつむかせ、諦めたように言う。それを聞いて、前田はにやっと笑った。
そんな前田に、今度は大友先生が注意する。
「前田くん!助けてくれたのにそんな言い方はないでしょう!」
大友先生も初めての魔物討伐。残酷な光景にショックを受けたのか、冷や汗をかいている。それでも気丈に前田に注意するが、
「ああ?黙れ大友。お飾りの聖女は黙ってろ!」
「前田くん!」
しかし前田は、やはり聞く耳を持たない。むしろ、ショックを受けた先生を嘲るように笑い、背を向けて話を打ち切る。
「はっ。うっせえ。おら。とっとと先行くぞ」
「前田くん!」
「待つっす。マエダ様」
「あ?」
そこで、カイさんが前田を呼び止める。とても真剣な声だ。
「初めての戦闘でみんな動揺してるっす。ここは一旦引くっす」
カイさんの言うとおり、クラスメイトは少なからず衝撃を受けている。
「ぐす・・・」
「はぁっはぁっ」
「おえっ」
「怖い・・・」
初めての戦い。命の奪い合い。残酷な殺害シーンと、無惨な死体と、立ちこめる血の匂い。それにみんなショックを受けている。気の弱い生徒は泣き出し、そうでなくても腰を抜かすか、えづくか、思考停止に陥っているか・・・。水野は大友先生の手をぎゅっと握って平常心を保とうとしているし、その先生も表情は取り繕っているが冷や汗は引いていない。
「和久くん・・・」
美穂がそっと手をさすってきた。そこで初めて気付いた。俺は自分の手をぎゅっと固く握りしめていたことに。どうやら俺もショックを受けていたらしい。
「美穂」
その美穂の手も震えていた。その手をゆっくり、力強く握る。すると震えは徐々に小さくなっていった。その手から伝わる体温がじんわりと身体を温めていく。心が落ち着いていくようだ。
「大丈夫っす。みんな。俺たちが守るっす」
カイさんがそう呼びかけてくれた。
しかし、まだ動揺している生徒が多い。暗い顔でうつむく生徒が大半。なんとも重苦しい雰囲気が覆う。
だが、前田は嘲るように笑う。
「はっ!軟弱者どもめ。俺が大勇者として命令してやる!前進あるのみだ!」
「ちょ、ちょっと!」
「なんだぁ?たかが一兵士の分際で大勇者たる俺に逆らうのか?」
「そうだ!前田さんの言うことを聞いていればいいんだよ!」
「カーン公爵に言いつけるぞ?」
カイさんの言うこと、クラスメイトの様子。それらは前田には関係ないらしい。ただ自分の力を誇示することしか頭にない。カーン公爵の名前まで出して。横暴だ。イラッとする気持ちがわき上がる。が、俺にはどうしようもない。
「・・・分かったっす。でもせめて、休憩だけはさせて欲しいっす」
そしてそれはカイさんも同じようだ。がっくりと肩を落としながら言った。
「ちっ。しゃ-ねーな。10分だけだぞ」
「じ、10分っすか」
「ああ?文句あんのかよ?」
「い、いや。ないっす・・・」
なんとか、それが妥協点のようだ。こうして俺たちは10分の休憩の後、さらに森の奥に進むことになった。
そして、そこではさらなる強敵と遭遇することになるのだった。