108話 トーナメント
高島がこの国を追放されて2~3週間ほどが経っただろうか。いよいよこの時がやってきた。
「今日は勇者選抜トーナメントを行います」
俺たち召喚された生徒と大友先生は全員第一訓練所に集められていた。その中でも剣士組は木刀と防具を装備している。今日は勇者を決めるトーナメントだからだ。そして重要行事だからか、目の前にはカーン公爵がいて、場を仕切っている。その周りをライオスやゲイルなどの近衛兵がずらっと囲んでいる。
さらに驚くべきことに、カーン公爵の横には何故か前田が立っている。ニヤニヤ笑って俺たちを見回している。まるで自分が一段上の立場にいるような、そしてそれを誇示するような立ち振る舞いだ。
「このトーナメントで優勝された方には勇者となっていただきます」
俺は一旦前田から視線を外し、カーン公爵の言葉に耳を傾ける。勇者。魔王打倒の旗印だろう。ただ冷静に考えれば勇者になったとしてなにがメリットなのか分からない。それでも前田を勇者にするわけにはかない。あいつが勇者になればその地位を利用して俺たちにどんな命令を下すか分からないからだ。訓練相手になれ、ならまだいい方だ。下手したらお前たちで魔物を討伐してこい、魔王を討伐してこい・・・。なんて言われるかもしれない。うん。絶対ダメだ。
俺は前田をじっと見つめる。お前にだけは負けるわけにはいかない。勇者云々を抜きにしても、個人的な恨みもあるから。高島と一条さんの件。そろそろこいつには一発仕返しをしてやらないと気が済まない。
「勇者となった方には相棒である聖女もしくは聖者を選んでいただきます」
絶対前田に勝ってやる。そして俺が勇者になったら、聖女は美穂になってもらう。事前に話し合っていたことだ。美穂は快く頷いてくれた。むしろ私以外を指名したら怒るから。そうまで言ってくれた。
「ただし」
と。カーン公爵が言葉を切った。まるで、もったいつけるように。
美穂を見つめていた視線をカーン公爵に戻す。なにか、大変なことが起きそうな気がして。
そして、その予感は当たった。そこで告げられた言葉は、衝撃のモノだった。
「このトーナメント、マエダ様は不参加です」
「は?」
前田が不参加?勇者にならないのか?そんな思いが漏れて、慌てて口を押さえる。幸い公爵にはバレていないようだ。だが、前田がギロリと俺を睨んできた。
プライドが高い前田が勇者を諦めるのか?俺としては好都合だが・・・。
そう思ったが、俺を睨む前田の口元が、にやっと裂けた。嫌な予感がした。
「マエダ様は勇者を超える存在。大勇者となっていただきます」
ざわっと。クラスメイトがざわめいた。
・・・やはり。そんな訳ないか。前田が上に立つ機会を見逃すはずがないんだ。しかも、戦いもせずその地位を手に入れやがった。
しかし、大勇者?あまりいい予感はしないが、具体的にはどんなものなのか。
そんな俺の疑問は次のカーン公爵の言葉で解消した。
「そして勇者、聖女、そしてそのほかの救世主の皆様は、もれなく大勇者マエダ様の指揮下に入っていただきます」
「なっ」
先ほどより大きな声が漏れた。今度は見逃してもらえなかった。
「なんだ村上。文句あんのか?」
前田が俺にかみついてきたのだ。
だが、俺だってこれはさすがに見逃すわけにはいかない。
「なんで戦いもせずお前がトップに立つんだよ!納得できねえ!」
俺はお前が勇者になるのが嫌で、このトーナメント前、必死に訓練していた。お前が勇者になったら何されるか分からないから。それなのに・・・!
「はん。そんなの、俺が一番つええに決まってるからだろ」
お前が一番強い?はっ。笑わせる。
「高島にも負けたのにーーーーっ!?」
「「「きゃぁっっっ!!」」」
突如、前田が斬りかかってきた。
前田の木刀。
ブォン
俺の身体に迫る。
避けられない。
せめて、手で。
ガキッ
「ぐっ1?」
手の防具に当たり、鈍い音を立てる。ものすごい衝撃。
速い。重い。
高島・・・。お前、こんなのと戦ってたのか。
「何か言ったか?雑魚が」
「ぐっ。てめぇ・・・」
至近距離でにらみ合う、前田と俺。前田の瞳は・・・。憎しみ。怒り。黒い感情がぐるぐるしているように感じた。
そこで、
「前田くん!何やってるの!」
大友先生の声が割って入った。その声に反応するように前田は俺から離れた。
「ああ!?うるせえ大友。言ったよな!?いつまでもセンコー面すんなって」
「前田くん!」
今度は大友先生と前田がヒートアップする。教師らしく指導しようとする大友先生と、それを聞こうともしない前田。
それを止めたのは、カーン公爵の猫なで声だった。
「まあまあみなさん。落ち着いて。あの決闘はタカシマの卑劣な手口があったものと聞いています。マエダ様は決して負けたわけではない。それに今の動き。素晴らしいとしかいいようがありません。今の斬りかかりを避けられる方は果たしていらっしゃるでしょうか」
公爵がそう言うと、皆はシーンと静まってしまった。卑劣な手だと!?よく言うぜ。
それに、確かにいきなりだったとはいえ、あの攻撃を避けられると言える人はいない。いないが・・・。
「いらっしゃらないようですね。では、マエダ様に大勇者として救世主の皆様の指揮を執っていただきます]
そう言われると、今更異を唱えられる人はいなかった。
こうして前田は戦いもせず大勇者になることが決まってしまった。
さて、この場は一度解散し、30分後にトーナメントが開催されることになった。
「和久くん。大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかな」
美穂が心配そうな表情で言ってくれた。俺は手を開いて握って感触を確かめる。前田の剣を受け止めたのは右手の手の甲。防具があるとはいえ、かなりの衝撃だった。今もしびれが残ってあまり力が入らない。これじゃあトーナメントに支障が出るかもしれない。
「村上くん。大丈夫ですか?」
「村上くん・・・」
大友先生と山本も心配してくれた。俺は大丈夫です、と笑顔で答える。遠くから前田がニヤニヤと見つめているのが目に入ったが、無視した。
「村上」
「水野」
すると、水野も俺たちの元へやってきた。どうやら壁に張り出されているトーナメント表を見てきたらしい。その上で、水野は言った。
「トーナメントの一回戦。うちと村上の対決だって」
「げっ。まじか」
いきなり水野と戦うのか・・・。
正直、ちょっと厳しいかもしれない。
「マジよ。で、村上は戦えるの?さっき思いっきり前田に叩かれてたけど」
「・・・正直、手が痛い。言い訳するわけじゃないが、全力で振れないかもな」
「・・・ま、いいんじゃない?前田は出ないみたいだし、優勝しなきゃいけない理由もないし」
「それはそうだが」
まあ、このトーナメントの一番のモチベーションは打倒前田だった。しかし前田はトーナメントに出場せず、大勇者になることが決まってしまった。前田の勇者阻止という目的も、個人的な恨みを晴らすという目標も失われてしまった。
「それでね、先生」
そこで、水野は俺から大友先生に視線を移した。その目を見ると、落ち着きなく視線をさまよわせていた。
「何ですか?水野さん」
先生は優しく微笑みながら水野を促す。水野の頬が少し赤く染まった。・・・ベタ惚れじゃねえか。
「あのね」
水野は一度深呼吸。
そして意を決したように顔を上げた。
「うちが勇者になったら、先生が聖女になってくれない?」
「わ、私ですか?」
「うん。お願い」
「う・・・」
水野は大友先生の手をぎゅっと握って、上目遣いで先生を見つめる。あざとい。が、そのうるうるした瞳で見つめられた先生は困ったように後ずさりした。
「先生・・・」
「み、水野さん・・・」
先生だって知っているはずだ。勇者と聖女の関係を。かつての勇者と聖女は理想的なカップルとして今でも恋人の象徴として親しまれている。今回だって、勇者と聖女は固い絆で結ばれた2人、という目で見られるはずだ。だから前田は一条さんを聖女にしようとしたわけだし。先生だって、同性でもなにかしらの特別な関係とみられる可能性は十分にある。だから先生も戸惑っているのだろう。
「・・・」
しかし、水野は逃がさない。じっと先生を見つめる。
「・・・」
やがて、大友先生は根負けしたのか、
「わ、分かりました。もし水野さんが優勝して私を聖女にしたいのなら・・・。私は全力で水野さんをサポートします」
そう言った。途端、
「やったぁ!」
「きゃっ」
水野は満面の笑みで先生に抱きついた。そしてぎゅぅっと抱きしめる。
先生は困ったようにポンポンと水野の背中を叩く。先生もまんざらではない、と言えば語弊があるが、本気で嫌がっている訳ではなさそうだ。
やがて満足したのか、水野は先生から離れ、気合いのみなぎった表情で俺を見つめる。
「よーし。村上。それとついでに山本も。うちは絶対負けないからね」
「お、おお」
「つ、ついでかぁ」
俺は前田が出ないことでトーナメントにこだわる理由はなくなったが、水野は今のやりとりでなにが何でも優勝と思ったはずだ。そんな水野と一回戦で当たるのか・・・。
結局その後のトーナメントでは。俺は前田の一撃でしびれた手が治らず、一回戦で水野に負けた。あいつはクラスでも指折りの実力者だし、最近は訓練も頑張ってたから。なにより気合いが違った。
それで結局そのまま水野が優勝し、聖女に大友先生を指名した。大友先生も前田に匹敵するぐらいステータスが高かったからか、他の貴族連中からも近衛兵からも特に文句も出なかった。
「これからよろしくね、先生」
「え、ええ」
優勝した水野は大友先生の手を握ってにっこり笑った。とてもうれしそうだった。大友先生は驚きつつも、嫌がっている感じはしなかった。水野の気持ちに大友先生が応えたという感じはしないが、それでも以前よりは距離が縮まっているような気がした。
問題は。
「よし。お前ら全員、これからは俺の指示に従え」
大勇者とやらになった、前田だ。これからやつがどう振る舞うのか。そのニヤニヤした顔からは嫌な予感しかしない。