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107話 報せ

「いたぞ」


 俺たちの視線の先。ゴブリンだ。俺たちに背を向けていため、気付かれてはいない。俺と結依、リルとエンは草むらに隠れてそっとそいつを見つめる。


 今日はシュレル山へゴブリン討伐に来ていた。久しぶりのゴブリン討伐。というか、依頼自体2週間、3週間ぶりくらいか?

 その間、俺は訓練をしていた。筋トレ、ランニング、素振りなど。久しぶりにみっちり体力づくりと基礎固めに費やした。あとはリルとエンと遊んだり。遊ぶといっても半分訓練だ。二人が逃げ、俺が追いかける。スピードが尋常じゃないから全然追いつけなかったけど。


 結依は魔法の勉強だ。コイルさんにもらった魔法の呪文書を使って勉強していた。この呪文書は、コイルさんに課された三つの依頼を達成することでもらったもの。ホワイトウルフの散歩、ほこらの修理、空き家の掃除。手間がかかったり報酬が割に合わなかったりで忌避されたいた依頼ばかり。

 それを達成して呪文書をもらったのが2~3週間前。そこから結依は黙々と魔法の研究をしていた。一人で部屋にこもって。だから俺は仕方なく一人でトレーニングしたりリルたちと遊んだりしていたのだ。


 で、今日。結依がゴブリン討伐に使える魔法のめどが付いたと言うので、ゴブリン討伐に来ているのだ。結依は自分ひとりでゴブリンと討伐できないことを気にしていた。その弱点を克服するために依頼をこなして呪文書をもらって勉強していたのだ。その成果が今日、現れるはず。


「いけるか?」


「ええ」


 俺がそっと問いかけると、結依は緊張した様子で頷いた。無理もない。はじめてゴブリンに手を掛けるのだ。大丈夫、と伝える意味で俺は結依の背中をぽんと軽く叩いた。失敗しても尻拭いはするから、と。

 通じたかは分からないが、結依はふぅ、と息を吐いた。そしてゴブリンと見つめる。掌をゴブリンに向けて、そっと口を開く。と、そのとき、


「ぎっ」


 ゴブリンが振り返る。俺たちに気付いた。目を見開き、威嚇。爪を構える。

 しかしその時には結依はもう、ばっちり態勢を整えている。


「#!’&&$*」


 結依が呪文を唱える。相変わらず何を言っているか分からない。が、結依の掌からシュッ、と音を立て、透明な刃みたいな空気が発射された。

 それはまっすぐゴブリンへと飛んでいきーー


「ギッ」


スパン


 透明な刃がゴブリンの首を捉えた。と思った次の瞬間には、ゴブリンの首が飛んでいった。


「お、おお・・・」


 首はごろっと地面に転がった。首のない胴体からは血が吹き出す。ぐらっと傾き、倒れる。ゴブリンは完全に絶命した。


 一撃だった。いとも簡単にゴブリンの首を跳ね飛ばし、殺した。これは・・・。結依はすごい武器を手に入れたな。心強い。と同時に、絶対に結依を怒らせないようにしよう、思った。俺に向かって乱発されたら避けきれる自信は無い。


「わぅ!」


「ぴぃ!」


 リルとエンがすごい!というように鳴く。2人をわしゃわしゃなでつつ、俺は結依に聞く。


「今のはなんだ?」


「・・・エアカッターよ。それにしても・・・。ふぅ・・・」


 結依は顔をしかめながらため息を吐いた。


「大丈夫か?」


「・・・ええ。あまり気分がいいものではないわね」


 やはり顔をしかめながら結依が答えた。

 その気持ちはよく分かる。いくらギルドで兎を殺す訓練をしていたって、そうそう簡単に慣れるものではない。俺たちは平和な日本から来たのだから。そもそも生き物を殺すことに慣れることが正しいのかも分からない。だからその感情はある意味、正しい。


「でも」


 と、結依が気合いを入れるように、つぶやく。


「悠ばっかりに頼って入れられない。私だって戦える」


「・・・そっか」


 正しいか正しくないか。それはともかく、この世界では殺さなければならない。出来ないこととしないことは違う。必要以上に殺さない。でも、いざというときには躊躇わず相手を殺せるように。必要なのは、たぶんそういうことだ。



 その後は俺やリル、エンがゴブリンを討伐した。期間は空いたが、感覚は鈍っていなくてほっとした。むしろトレーニングに費やした分、剣の振りなんかは少し鋭くなったような気さえした。ちょっとうれしかった。ただ、リルやエンの動きを見るとまだまだだな、と思わされるが。


 ゴブリン討伐が終わり、冒険者ギルドに帰ってきた。ちょうど手持ち無沙汰なリーンさんに処理をしてもらう。ゴブリンの魔石を提出し、報酬をもらって。いつも通りそれで帰ろうとした。

 ところが、リーンさんがこう話しかけてきた。


「そう言えば、アルス王国から発表があって、私も今ギルドから聞いたんですが」


「はい」


「隣のアルス王国で勇者が誕生したみたいですね」


 ・・・


「え!?」


 まるで世間話のような口ぶり。だが俺たちにとっては超重要な話題だ。なんてたって、俺たちのクラスメイトが勇者になっているはずだからだ。


「その勇者の名前は分かりますか!?」


 身を乗り出して聞く。勇者。まさか、前田・・・!?


「え、えっと・・・。勇者はアイリ=ミズノ、聖女はユリコ=オオトモという方だったと思います」


「水野!先生!?」


「え?」


「あ、いえ。なんでもありません」


 思わず2人の名前を叫んでしまった。それに不思議そうな顔をするリーンさんに首を振ってごまかす。結依がなにやってんのよ、と睨んできたので、咳払いしてごめんと謝る。


 しかし水野と大友先生の2人が勇者と聖女になったんだ。二人の仲も気になるところだが・・・。ひとまず、前田が勇者にならなくてよかった。あいつが勇者になったらきっと他の生徒は虐げられそうだから。

 しかし、リーンさんはどこか苦虫をかみつぶしたような顔だ。


「本来ならば勇者様と聖女様は女神スフィア様が任命するものなのに・・・。アルス王国が勝手に任命したようです」


「ぐるるる」


「ぴぴぴ!」


「あっ。こら。リル。エン。落ち着きなさい」


 彼女は勇者誕生を快く思っていないようだ。そして何故かリルとエンも不機嫌そうに唸っている。俺がエンを、結依がリルをなでてなんとかなだめる。

 ・・・しかしよく考えたら、リーンさんが憤るのも当然かもしれない。この世界の勇者と聖女というのは、重い。400年前世界を救った英雄として今でも親しまれている。劇にもなっているし、それこそ先日修理したほこらも、勇者一行を祀るほこらだった。それぐらい尊敬されている存在だ。女神云々は分からないが、少なくとも4カ国が認めるぐらいのことは必要だろう。それを一国が勝手に任命すれば、他国の人間が反感を抱くのは当然か。まるで勇者の名前を利用して自らの権威を高めようとしているとすら感じられるだろう。まあ、カーン公爵なら本当にそうとしか考えていなさそうだけど。


 とはいえ、水野と大友先生に怒りが集まるのは忍びない。ここはそれとなくフォローしておこう。


「で、でも・・・」


「それと、大勇者、という人もいるらしく・・・」


「え?」


 と思ったら。リーンさんが言葉を重ねてきた。もっと深刻な口調で。

 ・・・嫌な予感がする。


「大勇者なんて、私も聞いたことがありません。どうも勇者を超える素質を持った人が現れたそうで、アルス王国のカーン公爵が任命したようです」


 大勇者。勇者を超える存在。

 まさか。


「そいつの名前は、分かりますか?」


 脳裏に浮かんだ人物。間違いであってくれ。そう願いながらリーンさんに聞く。


「名前は・・・。そうそうーー


 



ーーヨウジ=マエダです」

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