10話 ステータス測定後
「はぁ~。やっと終わった」
そう言って机に突っ伏す村上。謁見の間でステータス測定を終えた俺たちは、応接棟の食堂でこの世界の常識を教わっていた。昼食を挟んで、夕食まで。8時間ほどだろうか。
ちなみに、前田達は爆睡していた。いつものことと言えばいつものことだが、これを聞かずに眠れる神経がすごいと思う。この世界の常識を知らずにどうやって生きていくつもりなんだろう。
「ふと思ったんですけど、どうして私たちは言葉も文字も分かるんでしょう」
柴田さんがそうつぶやいた。ここは異世界だ。しゃべっている言葉も、使っている文字も違うはずだ。なのに、会話は成立するし、先ほどの講義でも文字は読めた。単位だって、メートル、秒、分、時間、グラムなど、日本語と同じだ。今のところの違いと言えば、一週間が6日、5週間で一ヶ月、それと通貨単位が違うだけだ。
「言われてみれば、そうね」
結依も同意した。
「・・・神様の加護、とか?」
俺がそう言うと、結依と柴田さんが?という顔で見つめてきた。いや、言語理解系の加護は異世界召喚の定番だと思うんだけど。
「ま、なんでもいいじゃねえか。晩ご飯まだかなー」
机にぐでーっと突っ伏したまま、気の抜けた声で村上が言った。疲れ切ったその様子に、柴田さんも苦笑いだ。
「でも、この国が私たちを召喚する必要ってあったのでしょうか」
小さい声で、柴田さんがつぶやいた。それもそのはず、アルス王国は魔王軍の被害がほとんど無いからだ。ユードラン大陸の四カ国、東のヴァーナ王国、西のフェート王国、南のフラーク王国、そして北のアルス王国。他の三カ国は大なり小なり魔王軍に領土を侵食されているが、アルス王国だけはほとんど被害が出ていないらしい。講師はそれを我が国の軍が強力だから、とか自慢していたが。だったら俺たちを召喚するな、という話だ。
「そうだな。しかも400年前にも魔王が出たんだったな。その時にはこの世界の人が倒したんだろ。なおさらそう思うよな」
「たしかに・・・」
400年前に勇者を倒した二人の人物。アリエス=レイントン。ミラ=フローレス。勇者と聖女という称号で呼ばれる二人。食堂を出た廊下の人物像がそれだ。
鎧を着た青年と、修道服のようなゆったりとしたローブを着た少女。背中合わせに立って微笑む二人。二人とも10代後半か20代前半の若い青年だった。黒髪で人なつっこい笑みを浮かべる青年と、赤髪でつり目、勝ち気な笑みを浮かべる少女。なぜかその絵は強烈に印象に残っている。特にあの少女の姿がまぶたから離れない。あの少女。どこかで・・・
「高島?一条さん?晩ご飯が来たぞ」
村上に声をかけられて、はっと顔を上げた。考え込んでいたようだ。
「ああ、ごめん」
それは結依も同じようだ。というか、まだ考え込んでいる。
いつの間にか、目の前に夕食が配膳されていた。黄色いスープにパン、ステーキだ。城の使用人が運んでくれたらしい。
「結依?」
「・・・」
呼びかけても、返事はない。ピクリとも動かず虚空を見つめている。心ここにあらずという感じだ。
「もしもーし」
「ひゃっ」
仕方ないので、結依の耳元でささやいた。すると結依はかわいらしい悲鳴をあげて俺をにらんだ。
「何するのよ。びっくりするじゃない!」
「晩ご飯が来たけどぼーとしてたから声かけたんだよ。というか、相変わらず耳弱いのな」
「もうっ!」
からかうと、結依は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。ふっ。今日は俺の完勝だな。満足げに結依を見ると、むーっとにらんできた。その顔が見れただけで満足である。
「さ、食べようか」
良い気分で村上と柴田さんに声をかけると、二人はなぜか戸惑ったような顔をした。
「な、なあ高島。お前ら早くつき・・・。いや、何でもない」