105話 コイルの課題(3/3)
「うわ・・・」
「これは・・・」
「わふ・・・」
「ぴ・・・」
俺と結依、リルとエンはとある一軒家の前で絶句していた。冒険者ギルドの依頼。とある空き家の清掃。それでやってきたのだが。
「きっつ・・・」
思ったよりもボロボロだ。まず庭には雑草が生い茂っている。ひどいところでは膝が隠れる部分まで伸びてしまったところも。肝心の家は蜘蛛の巣が張り、塗装がはがれ、窓は割れている。外側だけでこれなのだ。中はもっと荒れているに違いない。
「依頼内容は、庭と外壁の手入れ。崩れているところの補修は必要なし。それと家の中のゴミ出し、掃除だ」
「一日で終わるかしら」
「さぁな。でもやってみよう。まずは家の中から行くか」
清掃だけとはいってもかなりの重労働になりそうだ。そう思ったが、気合いを入れるように言った。すると、
「わん!」
「ぴ!」
足下でリルが、肩の上でエンが鳴いた。なにかを訴えるような鳴き声。そんな感じがした。
「どうした?リル。エン」
「わん!」
「ぴ!」
リルは足下をてしてし。エンは地面に降り立った。
「・・・?」
俺は二人が何を言っているのか分からず、首をかしげる。すると二人は不満顔。しかし、隣の結依が何か勘づいたようだ。
「もしかして、庭の手入れをやってくるのかしら」
「わん!」
「ぴ!」
結依がそう聞くと、リルとエンは手を止めてまた鳴いた。
「本当か?」
俺がそう問うと、二匹はうん、と頷いたように見えた。どうやら正解らしい。自分たちで庭の手入れをするから、その間に家の掃除をしてくれ、ってことのようだ。確かにそれだと助かる。が、本当に出来るのだろうか。
「リル。エン。雑草を抜けるか?こういう風にやってほしいんだが」
俺は地面にしゃがみ込み、プチッと雑草を引っこ抜いてみせる。すると二匹はまたうんうんと頷いた。
するとリルがまず雑草を加え、プチっと引き抜いた。見ると、きれいに根っこから抜けている。
「おお。すごいじゃないか」
「わふぅ」
思わずなでるとリルは気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振った。
「ぴ!」
と、それに負けじとエンもくちばしで雑草を掴み、ぐいと引き抜く。これも根元からきれいに抜けていた。
「へぇ。器用なもんだな」
そう言ってエンもなでると、気持ちよさそうにぴぃぴぃ鳴いた。頼もしい二人だ。
「庭は任せて大丈夫そうね」
「そうだな。頼むぞ」
「わん!」
「ぴ!」
「じゃあ俺たちは家の中を掃除してくるからな」
任せろとばかりに胸を張るリルとエンを置いて、俺たちは家の中に入る。さて、俺たちも頑張らないと。
ぎぃと扉を開け、中をのぞく。すると、思わず口から声がもれた。
「うわ」
「想像以上ね」
薄暗い廊下。蜘蛛の巣と埃がたまっていて、見ているだけで鼻がむずむずしてくる。割れたガラスの破片、異臭を放つ謎の物体、紙くず・・・。一体何年放置されていたんだろう。さらに、当然のように雨漏りはしているし、廊下は歩く度きしみを上げる。幸いなのは異一階建てだということ。掃除する面積は少なくて済む。それでも結構な重労働だが・・・。
「まずはゴミ捨てからね。床に落ちているゴミから拾うわよ」
「はーい」
結依の指導の下、大掃除が始まった。布でマスクをし、手袋をはめ、手に持ったゴミ袋にせっせとゴミを捨てていく。ガラスの破片は慎重に紙に包んでから。異臭を放つ謎の物体は直接触れないよう紙で掬ってゴミ袋へ。・・・もしかしたら腐ったフルーツだったかも。だとしたらフルーツ嫌いの俺にとって余計最悪だ。
ゴミ拾いが終われば次は掃き掃除。ほうきでゴミを一カ所に集める。同時に壁にある蜘蛛の巣もちょいちょと除去。掃く度に埃が舞い上がり、何度くしゃみが出たことか。
そうやって掃除をしていき、途中お昼休憩を挟む。その際庭を見てみると、
「おお。リル。エン。すごいな。大分きれいになったじゃないか」
「わふぅ!」
「ぴぃ!」
庭はかなりすっきりしていた。荒れ放題だった雑草は半分ほど刈り取られ、庭の隅に抜いた草が高く積まれている。リルとエンは土まみれだが、それは頑張ってくれた証でもある。
「もう半分、頼めるか?」
「わん!」
「ぴ!」
その前に腹ごしらえだ。お昼は四人で近くの飲食店へ行った。あの荒れた家で食べたくはなかった。
そして食べたら再会。外壁の蜘蛛の巣も除去し、それが終われば拭き掃除だ。ぞうきんを濡らして壁、床を徹底的に。特に高いところの壁は俺の担当だ。うーんと背伸びをしてちょっちょと上の部分をーー
あ、やべ!バランスがーー
ぐらつく身体。ゆっくりと背中から後ろに倒れるのを感じる。
「悠!」
こけるっ!せめて身体をひねって手を先につこう。
ぐるっと身体の向きを変えてーー
「きゃっ」
どさっと。床に倒れた。しかし、柔らかい感触。そして、俺の目の前にあるのは、床じゃない。
「・・・」
「・・・」
長いまつげ。少しつり目な瞳。シミ一つ無い肌。みずみずしい唇。
結依のきれいな顔。それが目の前に、本当に鼻どうしが触れそうな距離に結依がいた。
目が離せない。
瞳は濡れそうに輝き、頬には少し赤みが差す。
そのぷるんとした唇がゆっくりと動きーー
「ちょ、ちょっと!早くどきなさい!」
「ご、ごめん!」
慌てて身体を起こす。何故か心臓がバクバクと激しく音を立てる。真っ赤な顔を見られないよう、結依に背中を向ける。いい匂いだった。・・・待て!俺は変態か!ブンブンと頭を振って雑念を追い払う。
結依を押し倒すような形になってしまった。かばってくれたのか、それともたまたまの事故か。それも恥ずかしくて聞けなかった。ただ黙々と掃除に没頭した。
その後は互いに少しよそよそしくしつつも、掃除を進めた。あ、高いところを拭くときは無理せず椅子を使うことにしました。そのおかげか、これ以降特に大きなトラブルはなかった。
そして夕方頃。
「ふぅ。こんなものかしらね」
「終わったーー」
「わふぅ!」
「ぴぃ!」
ようやく掃除を終えた。達成感を覚えながら改めて家を見てみる。
まずは庭。リルとエンの頑張りで荒れ放題だった庭は、すっきりしていた。雑草が刈り取られ、短い芝生で覆われた気持ちのいい庭。さらにポツポツと小さな花も見られる。どこに出しても恥ずかしくないきれいな庭だ。
「よくやったな、リル。エン!」
「わん!」
「ぴ!」
褒めると二人はうれしそうに鳴いた。それがかわいくて俺も結依もなで回す。するとますますうれしそうに鳴くのだった。
さて。もちろん家の外壁、中もきれいになった。蜘蛛の巣は全て取り払われ、埃が積もっていた床もピカピカに。外壁はボロボロ、窓も割れているが、これは依頼には含まれていない。というか修理したくてもやり方も分からない。ということで、これで依頼は完了としていいだろう。
「よし。ギルドに戻るか」
「そうね」
今日のところは掃除の完了報告だけだ。後日ギルド職員がやってきて、清掃の成果をチェックするらしい。ただまあ多分大丈夫だろう。素人目に見てもバッチリきれいになっているし。
「これで三つの依頼が完了だな。いやー、確かに残るのも分かるな」
「そ、そうね。どの依頼も誰でも出来るけど、したくはないでしょうね」
コイルさんから呪文書をもらう条件は、三つの依頼を完遂させること。ホワイトウルフの散歩、ほこらの修理の護衛、そしてこの空き家の掃除。一つ目は、ホワイトウルフは飼い主以外には懐かないというのが難点。これはリルがおとなしくさせたおかげで無事終了。二つ目は移動が大変だという点が嫌がられる理由。これはただ黙々と歩くのみだった。そしてこの空き家の掃除。庭も中も掃除というのが大変だった。ただリルとエンの活躍もあってなんとか無事に終えることが出来た。
・・・リルとエンにかなり助けられたな。足下にいるリルと結依の肩に乗るエンを見やって思う。本当に頭が上がらない。
「リル。エン。ありがとな」
「私からもありがとう。助かったわ」
「わん!」
「ぴ!」
結依も二人に哉謝しているようだ。実際一つ目と三つ目の依頼はリルとエンがいなければもっと苦戦していただろう。なにか二人にご褒美でもあげないと。何がいいかな。生肉が喜ぶからな?それとも一緒に遊ぶ方が?
そう思っていると。結依がぽつりと言った。
「・・・悠も。ありがとう。協力してくれて」
一瞬、聞こえない振りをしようかと思った。恥ずかしいから。しかし、うつむいた結依の、赤く染まった耳。
「当然だろ。というか、大変なのはここからだぞ。魔法を覚えて強くなってもらわなきゃいけないんだから」
それを見て、結局、そっぽを向いて言った。
すると結依はクスッと笑う。そしてぐっと拳を握って言った。
「ええ。任せてちょうだい。悠より強くなってみせるわ」
「お?言ったな?出来るもんならやってみろ」
結依の言葉に、笑いながら返す。
だが、俺だって負けるつもりはない。
ーー俺の方が強くなきゃ、お前を守れないからな。
・・・追放された俺に付いてきてくれた恩を返すには、それぐらいしないと、な。それだけだ。
「ーーええ。絶対に」
☆☆☆
「よし。ギルドに戻るか」
「そうね」
空き家の清掃を終えて、ギルドに戻ることに。なかなかの重労働だった。途中変なトラブルもあったし・・・。ま、まあ、悠に怪我がなくてよかった。とっさに飛び込んだけど、むしろ私、いらなかったかも?
ああ、だめ。思い出すだけで恥ずかしくなる。あんな態勢で、あんな至近距離で見つめ合って。前髪に隠れたあの涼しげな目で見つめられて。そして、汗が混じったあの匂いもーー
「これで三つの依頼が完了だな。いやー、確かに売れ残るのも分かるな」
「そ、そうね。どの依頼も誰でも出来るけど、したくはないでしょうね」
悠に話しかけれて、慌てて相づちを打つ。私ったら、まるで変態見たいじゃない!
そう!依頼の話だ。ホワイトウルフの散歩、ほこら修理の護衛、そして空き家掃除。この三つを完了すると、コイルさんから魔法の呪文書をもらえるのだ。わざわざ大変な依頼を受けたのはそれが目的である。本当は私一人で受けるつもりだったんだけど、悠たちも協力してくれた。一人でやっていたらどれほど大変だっただろう。
「リル。エン。ありがとな」
そう考えていると、悠がリルとエンに礼を言った。リルとエン。普通のペットとは思えないほどよく働いてくれた。
「私からもありがとう。助かったわ」
「わん!」
「ぴ!」
特にホワイトウルフとこの空き家清掃には本当によく協力してれた。気難しいホワイトウルフを手懐けてくれたし、庭の手入れも二人でやってくれた。リルとエンがいなかったらどうなっていたことやら。本当に頭が上がらない。
そして、まあ、こいつも。
「・・・悠も。ありがとう。協力してくれて」
恥ずかしくて、うつむきながら言った。顔を見られないように。
でも伸び悩んでいた私の相談に乗ってくれて、ギルドに掛け合ってくれて、依頼の手伝いまでしてくれた。お礼の一つぐらいも言わないとさすがに罰が当たりそうな気がした。だからまあ、仕方なく。
「当然だろ。というか、大変なのはここからだぞ。魔法を覚えて強くなってもらわなきゃいけないんだから」
悠はぶっきらぼうに言い、顔をそらした。しかしその赤くなった耳までは隠せない。なんだかおかしくて、口から笑みがもれた。
そして、拳を握って宣言する。
「ええ。任せてちょうだい。悠より強くなってみせるわ」
「お?言ったな?出来るもんならやってみろ」
少し笑ったような声で悠が言う。自分が負けるつもりなんてない、そう言わんばかりの口調だった。前の模擬戦では私が勝っているのに。どこからそんな自信が湧いてくるんだ。
だが、私だって負けられない。
「ーーええ。絶対に」
絶対に悠より強くなってみせる。そして悠を守ってみせる。
そう決意を新たにした。
・・・や、今まで守ってくれた分、お返しするだけ。そうしないと気が済まない。ただ、それだけだ。