104話 コイルの課題(2/3)
「おはようございます。りーんさん」
「おはようございます」
「おはようございます。タカさん。イチカさん。今日も例の依頼ですね?」
「「はい」」
ホワイトウルフの散歩に行った翌日。俺と結依、リル、エンは冒険者ギルドに来ていた。コイルさんから提示された三つの依頼。その二つ目を受けるためである。
「次はシトレアン村のほこらの修理になります。よろしいですか?」
「はい」
「お願いします」
リーンさんは依頼書を俺たちに提示しながらこの依頼について詳しく教えてくれた。
「ではご説明いたします。依頼人はシトレアン村の村長。村の外れにいあるほこらが壊れたので、修理したいとのことです。ただ、修理自体は村人が行いますが、その間の護衛を頼みたいとのことです」
「護衛ですか」
てっきり俺たちがほこらの修理をするのかと思っていた。そんなDIYのようなこと、やったことないからどうしようかと思っていたが。修理の間の護衛なら出来そうだ。
「ええ。なんでもそのほこらはシュルバの森の入り口にあるらしく。もしかしたら魔物に襲われるかもしれないので、修理の間、冒険者に護衛してもらいたいとのことです。森の入り口でしたら強力な魔物は出てこないでしょうし、そもそも何事もなく終わる可能性も高いでしょう。そういった意味では簡単な依頼と言えると思います」
「分かりました。じゃあどうしてこの依頼は残っていたんですか?」
聞く限り、簡単そうな依頼だ。誰かしらは受けそうなものである。にもかかわらずコイルさんがこの依頼を俺たちに提示したのはこれが不人気だからである。その理由はどこにあるのか。するとリーンさんは少しばつが悪そうな顔になった。
「ええ。シトレアン村が遠いことですね。歩いて3~4時間ほどかかります。しかも乗合馬車も通っていないですし、自分で馬車を雇うと赤字になります。そういった不便な立地が不人気の理由でしょう」
「そうですか・・・」
なるほど。移動に手間がかかるのか。それほど大金がもらえる依頼でないのなら、その間にゴブリンの討伐でもした方が金にはなる。それで不人気なのは納得がいった。
「この依頼受けられますか?」
「はい。もちろん」
「お願いします」
とはいえ俺たちは採算度外視だ。俺たちの目的は依頼の報酬ではなく魔法の呪文書なのだから。
「畏まりました」
ギルドを出て、さらにハイネンの街を出る。草原を四人で歩く。ひたすら歩く。爽やかな風を受け、歩く。リルもエンも気持ちよさそうだ。最初は広く整備された道に沿って歩いて行く。途中そこから枝分かれするように伸びる細い道へ。「シトレアン村→」という看板が目印だ。その先はでこぼこで歩きづい。
適度に休憩を挟みながら歩く。途中お昼休憩も挟みながら。結構長い距離を歩いてきたがリルもエンも疲れた様子はない。むしろ俺たちの方が疲れてきたかもしれない。
「結依。大丈夫か」
「ええ。なんとかね。でももうすぐだと思うわ」
太陽が大分高くなってきた。右側を見ればシュルバの森がうっすら視認できる距離にある。と、行き先にうっすら建物が見えてきた。
「あ、あれか?」
「だと思うわ」
そのまま歩いて行くと、いくつも建物と、それを囲うように作られた簡単な木の柵も見えてきた。明らかに村だ。
そこに近づくと、柵の外側でなにか作業をしている人がいた。大柄な男性だ。年は30くらい。木の柵をじっと見つめ、時折柵どうしを結ぶ紐を張り直している。
俺はその男性に近づき、そっと声をかける。
「あのー」
すると、その人はくるっと振り返った。大柄だが、人なつっこい笑みを浮かべている。
「はい?どちらさんで?」
「僕たちほこら修理の依頼を受けた冒険者のタカとイチカと言います」
「おお!冒険者さんか!ついてきな!村長のとこ案内するぜ!」
俺たちがそう名乗ると、そのお兄さんはうれしそうに言い、村へ入れてくれた。そして彼に案内され、村を突っ切るように歩く。ポツポツと民家がある小さな村だ。そして彼は一軒の家の前で止まり、無遠慮にがちゃ、と扉を開けた。
「村長!冒険者さんが来たぜ!」
「おお?」
お兄さんがそう奥に呼びかけると、返事があった。顔を出したのは60代くらいの小太りの男性だった。威厳があると言うよりは親しみやすい感じのおじさんだ。その人は俺たちを見つめると、こう名乗った。
「初めまして。村長のマルコス=フコー=レンゼンです。依頼を受けて下さってありがとうございます」
「冒険者のタカです」
「同じくイチカです。こちらは従魔のリルとエンです」
「わん!」
「ぴぃ!」
「おお。可愛らしい子たちですな。さて、来ていただいてありがとうございます!さて、さっそく仕事をお願いしていいですかな?」
「ええ」
「アレク!ラファエルを呼んできてくれ!」
「あいよ!」
村長が俺たちを案内してくれたお兄さんに声を掛けると、そのアレクというらしいお兄さんはぱっと飛び出していった。それを見送りながら村長が説明してくれる。
「依頼内容はほこらを修理するラファエルの護衛です。修理自体は一時間ほどで終わると思いますが、ほこらは森の入り口にあるので一応護衛していただこうと」
「分かりました」
「お願いします。今アレクがそのラファエルを呼んできています・・・。あ、ちょうど来たようですな」
「村長!連れてきたぜ」
「ど、どうも・・・」
アレクさんが連れてきたのは、ひょろひょろで青白い顔をした男性だった。まだ30代くらいと思うが、それにしては生気がなさ過ぎる。なるほど確かにこれでは護衛をつけるのも分かる。魔物どころかちょっと目を離した隙に倒れそうなそんなか弱さすら感じる。
「ラファエル。こちらが護衛をして下さるタカさんとイチカさんだ」
「タカです。よろしくお願いします」
「イチカと申します」
「ああ・・・。ラファエルです・・・。よろしく・・・」
「では、お願いいたします。ラファエルも頼むぞ」
「はい・・・。えっと、では、ついてきてください・・・」
「は、はい」
大丈夫か、この人。若干の不安を覚えながらラファエルさんについていく。彼は村を出て、森へ向かって歩いて行く。背中に背負ったリュックの重みでふらふらと揺れながら俺たちを先導する。本当に大丈夫か、この人。
そのまま20分ぐらい歩いただろうか。森の目の前まで来た。そしてそこには小さなほこらが一つ。石を組み上げて作られた、高さ一メートルにも満たない小さなほこらだ。ただ今は屋根や壁の部分が崩れていて、確かに修理が必要だと思わせられる。
「これを・・・。修理する。大体・・・一時間ぐらい・・・?」
「分かりました。その間、護衛すればいいんですね」
「うん・・・。お願い・・・」
そう言うや否やラファエルさんはまずほこらの中に手を伸ばし、中に入っていたあるモノを取り出した。よく見ると、それは像だった。一つではない。人間が、二人。そして、猫、狐、犬、鳥らしき小さな像。
「これは?」
思わず問いかけると、ラファエルさんはいつもの淡々とした口調で教えてくれた。
「勇者さま一行の、像。村人たちは、ずっと・・・大切にしてきた。村人の、心のよりどころ・・・。だから、はやく修理・・・したかった・・・」
「そ、そうですか・・・」
勇者一行の像か。なんだかよく分からないが、むずむずするような感じがした。
「わふぅ」
「ぴぃ」
「ん?どうした、リル?エン?」
「わふ」
「ぴ」
気付けばリルとエンがじっと俺を見つめていた。どうしたのかと問いかけると、なんでもない、というように首を振り、視線をそらした。俺は首をかしげながらも、またラファエルさんに視線を戻した。彼はリュックから石やら木、それを加工するのこぎり、トンカチ、ヤスリ、接着剤などを取り出し、せっせと作業しだした。
「タカ。ラファエルさんばかり見ていないで、きちんと周りも警戒するのよ」
「わ、分かってるよ」
結依に言われて、慌てて周囲を見渡す。後ろは草原。目の前にはシュルバの森。森はうっそうとしてあまり遠くまでは見えない。ただ、今のところ何の気配もない。
そのまま時間だけが過ぎる。ラファエルさんが作業する音だけが響く。ギコギコ。スリスリ。ガシャン。ぺたん。ドン。スリスリ。シャッシャ。時折ちらっと見ると、そのたびに崩れていたほこらが徐々に直っていく姿が目に入る。
「すごい・・・」
ラファエルさんの腕に思わずそうつぶやいた。と、
ガサガサ
「「っ!」」
森の茂みが揺れた。慌てて武器を構える。結依とリルとエンもじっと森の奥を凝視する。ラファエルさんはしかし作業に集中し、なにも気付いていない。
「ラファエルさん。一旦手を止めて下さい。なにか来たかもしれません。いざとなったら逃げます」
「え・・・?う、うん・・・」
俺が声を掛けるとようやく異変に気付いて手を止めた。
ガサガサ
いる。近くに。
「あ!」
思わず小さく叫んだ。見えたのは小さな、黄色い動物。猫?にしては耳が長い。狐か?
そいつはさっと茂みに隠れ、姿が見えなくなった。
ガサ・・・
・・・ガサ
・・・・
・・・
「去った・・・?」
茂みを揺らす音。段々小さくなり、聞こえなくなった。
しばらく待っても音もせず、姿も見えず、気配もしない。結依とうなずき合って、異変がないと確認し合う。
「ラファエルさん。どうやら去ったようです。作業を続けてもらって大丈夫です」
「・・・うん。ありがと」
結依の言葉に頷いて、ラファエルさんはまたほこらの修理に戻った。
その後は特に何もなく終わった。ほこらは無事完成し、中に勇者一行の像が無事納められた。ボロボロだったほこらはきれいに修理され、ついでにピカピカに磨かれた。
「すごい・・・。立派なほこらですね」
「ありがとう・・・。村のみんなも、よろこぶ」
「いえ。無事に終えられてよかったです」
その後は村に戻り、村長に挨拶。無事にほこら修理が終わったことを告げると、大層よろこばれた。
「いや、よかった!あのほこらは村の守り神なのです!」
「そ、そうですか・・・。お役に立てたならよかったです」
「ええ、それはもう!魔王軍が勢いを増している今、一刻も早く修理したかったのです!いやー!ありがとうございます!」
村長にはいたく感激された。それほどあのほこらが大事なのか、と思うとなんとも気恥ずかしい気持ちになった。・・・あれ?なんでだろう。
「依頼はこれで完了です!ありがとうございました」
「え?ああ、はい。ありがとうございました」
とにかく、最後に村長から達成の証明書を受け取った。
これでコイルさんから提示された三つの依頼のうち、二つが完了した。残すはあと一つだ。