98話 潮風亭
新しく仲間になった小鳥。エンという名前に決まった後、コイルさんが俺たちに聞いてきた。
「そうそう。お二人はヴェラまで行かれますか?」
「うーん。どうしましょう」
俺はコイルさんの言葉に首をひねる。
「元々ヴァーナ王国に拠点を移そうと考えていたんですが、どこに住むかまでは決めていなかったんです」
俺たちが乗っていた船はヴァーナ王国のヴェラというという都市まで行くことになっていた。ところが途中でドラゴンの群れが現れたため、安全第一で急遽このハイネンに停泊したのだ。ただ、俺たちはアルス王国を国外追放になったため、ヴァーナ王国に来たのだ。ヴェラであろうとハイネンであろうとヴァーナ王国ならば目的は達成されたと言える。
「そうですか。ではこのハイネンはいかがですか?少なくともヴェラよりは依頼があると思いますが」
「そうなんですか?」
「ええ。魔物討伐という意味では、ですけどね。ヴェラでは街のお使いや護衛といったものが中心です。あそこはあまり魔物が出ませんからね。一方このハイネンは近くに山があるのですが、そこにいる魔物を定期的に討伐する必要があるのです。しかも最近は数も強さも上がってきていて。正直猫の手も借りたいぐらいなんです」
どうやらコイルさんは俺たちにこのハイネンに残って魔物討伐の依頼を受けてほしいらしい。そこで、俺は結依と目を合わせ、相談する。
どうする?いいんじゃない?そうだな、魔物がいるってことは強くなれそうだしな。そうね、私も場所にこだわりはないし。
というわけでアイコンタクト会議の結果、しばらくはハイネンに留まることになった。
「分かりました。ではしばらくこのハイネンでお世話になろうと思います」
結依がそう告げると、コイルさんは顔をぱっと明るくさせた。
「おお!ありがとうございます。では、宿屋なども紹介しましょう。信頼がおけて安い宿屋ですよ」
「いいんですか?助かります」
「いえ。お礼を言うのはこちらの方ですよ。では、これからよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
こうしてハイネン支部での面会は終わった。最後にエンの首輪だけもらって、俺たちはギルドを辞した。
「まずは宿屋に向かう?」
「そうだな」
エンを肩に載せた結依が聞いてきたので、頷く。もう夕方になっている。宿屋で部屋を確保して、そのまま夕食を食べたい。船旅で疲れたので、今日は街に出歩く元気がない。足下でぽてぽてと歩くリルも気持ちシュンとしている気がする。こいつも慣れない船旅で疲労がたまっているのかもしれない。
「あった。ここじゃない?」
宿屋はきれいでこじんまりした建物だった。日本におけるアパートぐらいの大きさだ。『潮風亭』と看板が掲げてある。
中に入る。右手にカウンター、正面に廊下があってその両側に部屋が並んでいるのが見える。左手には二階に上がる階段があった。
すると、そのカウンターからいらっしゃいませ、と声を掛けられた。見てみると、30代くらいの女性だった。長い茶髪でふわふわとした笑顔が印象的。清楚で優しそうな感じがする女性だ。
「女将のメリエラでございます。宿泊の客様でしょうか」
「はい。二部屋空いてますか」
「ええ。ありがとうございます。期間はどうされますか?」
「しばらくこの街に滞在したいので長めで取りたいのですが」
「そうですね・・・。まずは5日ほど取られてはどうでしょう?それで気に入れば延長していただければ」
「では5日でお願いします。あと、犬と鳥の従魔がいるんですが、大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
ということでサクサクと部屋の確保が出来た。お金を払って宿の説明を受ける。食事はここでも食べられるが別料金。水くみ場は一階の庭に、などなど。と、メリエラさんが最後にこう付け加えた。
「あと、私には5歳になる娘がおりまして。なにかご迷惑をおかけするかもしれませんがーー」
「おかーさん!」
噂をすれば、だろうか。奥から元気な少女の声が聞こえてきた。そしてバタバタという足音も。
「あの子は・・・」
メリエラさんは困ったようにため息をついた。それでも足音は近づいて来て、奥から可愛らしい女の子が出てきた。
「おかーさん!服が汚れちゃった~!」
土で汚れた服を着た少女。髪は茶色で、目元や口元にどことなくメリエラさんの面影を感じる。
「ルビィ。また庭で暴れたのね。それと今はお客さんがいらっしゃるから。お行儀よくね」
この子はルビィちゃんというらしい。母親に注意されると、ようやく俺たちに気付いたようだ。はっ、と息を呑み、慌てて居住まいを正してペコッとお辞儀した。
「いらっしゃいませ!ルビィです!」
宿屋の娘だけあって、お客さんへの対応はしっかり仕込まれているらしい。すばやい変わり身であった。それが可愛らしくてなんだかほっこりしてしまう。
「こんにちは。ユイです。よろしくね」
「僕はユウです。よろしくね、ルビィちゃん」
優しくそう言うと、ルビィちゃんはぱっと顔を明るくさせた。
「うん!よろしくおねがいします!」
にぱーという効果音が似合いそうな明るい笑顔だった。世が世ならアイドルや子役になれそうな、そんな人を引きつけるような少女である。
すると、足下のリルや結依の肩に止まるエンがルビィちゃんに興味をもったのか、すっと前に進み出た。
「わん!」
「ぴぃ!」
「わぁ!かわいい!ねえ、ユウおにーちゃん!ユイおねーちゃん!なでなでしていい!?」
俺たちにはお行儀よく対応したルビィちゃんだが、リルとエンを見た途端、無邪気にはしゃぎだした。こういうところはまだまだ子供だなと感じさせる。いや、嫌みでも何でも無く、年相応で大変可愛らしい。
「ええ。いいわよ。優しくね」
「わー!ありがとう!お名前はなんて言うの?」
「犬の方がリルで、鳥はエンよ」
「リルちゃん!エンちゃん!」
ルビィちゃんはきゃっきゃと笑ってリルの頭をなで、エンを肩にのせた。リルたちも空気を読んだようでルビィちゃんといい感じに戯れてくれている。
その様子を見たメリエラさんは困ったような、申し訳なさそうな顔で俺たちに頭を下げた。
「すみません、本当に」
「いえ。かわいい娘さんですね」
「ありがとうございます。あ、そうだ。夕食はここで召し上がりますか?」
「ええ。お願いします」
「ありがとうございます。では準備が出来ましたらお呼びしますので、それまで部屋でお待ち下さい。こちらが鍵です。2階の部屋になります」
「「ありがとうございます」」
「ほら、ルビィ。行きますよ」
「はーい。またね、リルちゃん!エンちゃん!」
メリエラさんはルビィちゃんを連れてカウンターの奥へ下がっていった。俺と結依、そしてリルとエンは元気よく手を振るルビィちゃんに手を振り返しながら階段を上がっていった。
部屋に荷物を置き、少しゆっくりしているとメリエラさんから夕食が出来たとお呼びがかかった。
夕食は港町らしく魚料理だった。焼いた魚の切り身とサラダ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、空きっ腹を刺激する。エンにはほぐした魚、リルには生肉を用意してもらった。さて、二人で席に着き、さあいただこう、と思ったところで、ふと思った。
「たまには乾杯でもするか」
「そうね。無事にヴァーナ王国へたどり着けたことを祝って」
色々あったが、無事にヴァーナ王国に拠点を移すことが出来た。ギルドの偉い人とも懇意に出来たし、いい宿を確保することが出来た。むしろドラゴン騒動で船の目的地が変わったのはかえってよかったかもしれない。
そしてなにより、祝うべき事柄がもう一つ。
「それと、エンが仲間になたことも祝って」
「ぴ!」
「わん!」
足下でエンとリルが鳴く。俺と結依とリルとエン。四人での旅路は始まったばかりだ。
「「乾杯」」
俺と結依はキン、とグラスをぶつけ合った。その奥に結依のきれいな瞳が見える。お世話になりました。これからもよろしく。口では言えないけど、心の中でこっそりそう思ってグラスの中のジュースを飲み干した。