97話 ハイネン
「ふぅ。やっと陸地だ」
「わん!」
「さすがに疲れたわね」
俺たちが乗っていた船はヴァーナ王国の港に着いた。ただ、当初予定していたヴェラという港町ではなく、その手前のハイネンという小さな港に着いた。なんでもブラックドラゴンが現れたので、急遽最寄りの港に進路を変更したそうだ。飛行機が悪天候で目的地をかるような者だろう。ここからヴァラまで行く客は馬車で向かう必要がある。俺たち以外の乗客はドラゴン騒動に続き停泊地も変わったことで大混乱だ。だがまあ俺たちはヴァーナ王国に行くことが目的だったから、無理にヴェラに行く必要も無い。今後の方針についてはゆっくり考えようと思う。
そして、変わったことと言えばもう一つ。
「ぴぃ!」
俺の肩に乗る小鳥。そう。船の上で出会ったあの赤い小鳥だ。なぜか俺たちの元へやってきてくつろぎだしたこいつ。まったく飛び立つ気配がなかったので、船が港に着くまでここにいれば飼うと言っていたのだが。未だに俺の肩にいる。目的地がヴェラからハイネンに変わったとはいえ、3~4時間は俺たちのもとにいた。
「なあ、いいのか?本当にお前を飼うぞ?」
「ぴぃ!」
そう俺が問うと、小鳥は元気よく鳴いた。うれしそうな、そんな感じの返事に聞こえた。
「今ならまだ間に合うぞ?逃げたかったら逃げろ」
「ぴぃ!ぴぃ!」
すると今度はなんと首を横に振りながら鳴いた。俺の言葉を否定し、なんだかむしろ飼ってくれ!そう言っている気がした。
「悠。その子もそう言ってるんだし、もう飼っちゃえば?」
「わん!」
「ほら。リルも賛成だって」
結依。お前はいつこいつらの言葉が分かるようになったんだ。いやまあ確かにかわいいから飼いたくなる気持ちも分かるが。
「でもなぁ。俺たちは魔王を倒す旅に出るんだぞ?そこんとこ分かってるか?」
「ぴぃ!」
「わん!」
そう脅しをかけたところで、小鳥もそしてリルも元気よく返事するだけ。
俺がうーん、とうなっていると、結依が切り出した。
「そもそもこの子、あのドラゴンの群れと一緒にいたのよ?むしろ私たちより肝が据わってるんじゃない?」
「・・・確かに」
「それに船が港に着くまで一緒にいたら飼う、って約束したじゃない。確かに予定のヴェラには着かなかったけど、約束は約束じゃない。ねぇ?」
「ぴぃ」
結依が投げかけると、小鳥はまた元気に返事をした。そうなんだよな。約束はしたからな。それをいまさら反故にするのもフェアじゃない。それこいつも嫌がってないし、俺以外の二人も賛成ならもう反対する理由はないか。
「・・・分かったよ」
「ぴ!」
観念した俺がそう言うと、小鳥はうれしそうに鳴いた。そして頭を俺の頬にこすりつけ、何度も何度もその甘えるような仕草を繰り返した。
その姿に思わず笑みが浮かんでしまう。かわいい。俺は指で頭をなでながら言う。
「じゃ、これからよろしくな」
「ぴぃ!」
俺が言うと、やはり小鳥はうれしそうに鳴くのだった。その頭をくりくりとなで、感触を楽しむ。
「名前をつけてあげないとね」
しばしスキンシップを楽しんでいると、結依がそう言い出した。
「そうだな・・・」
たしかにこいつを飼うなら名前が必要だ。どんな名前がいいかな、と言いかけたところで、遠くから大きな声が聞こえてきた。
「すみませーん!冒険者ギルドの者です!乗客の中に冒険者の方はいらっしゃいませんか!?」
女性の声だった。どうやらギルド職員で、俺たちが乗っていた船に冒険者がいないか探しているようだ。
「なんだ?」
不思議に思って結依と顔を見合わせる。すると結依も首をかしげながら、こう言った。
「もしかしたら、ドラゴンのことを聞きたいのかしら?」
「ああ、そうかもな。行ってみるか」
「そうね。ごめんね。名前はもうちょっと待ってくれる?」
「ぴぃ!」
というわけで、俺たちは冒険者を探している女性の元へ歩いていった。その女性はアルス王国のギルド職員セナさんと同じようなシャツにジャケット、膝下のスカートというぴしっとした服装で、さらに同じくケモミミが生えていた。こちらは兎のような白くて長い耳だった。
「すみませーん!どなたかーー」
「はい。僕たちは冒険者ですけど」
「あぁ!そうですか!よかった!」
俺たちが声を掛けると、その女性はほっとしたような表情を浮かべた。若い20代くらいの女性で、可愛らしい顔立ちをしていた。そして俺たちに丁寧に自己紹介をした。
「私は冒険者ギルドハイネン支部の職員であるリーンと申します。あの、失礼ですがギルドカードを見せていただいてもよろしいですか?」
「分かりました」
俺と結依はリーンさんにギルドカードを渡す。リーンさんはそれを眺めた後、ありがとうございました、と言って返してくれた。
「それで、どうして冒険者を探していたんですか?もしかして、ドラゴンに関することですか?」
結依がリーンさんに聞くと、リーンさんは愛想のいい笑顔から一転、真剣な表情になって頷いた。そして俺たちに尋ねる。
「はい。あの船が航海中にブラックドラゴンの群れが現れたと聞いたのですが、本当ですか?」
「ええ、本当です」
その問いを俺たちが肯定すると、リーンさんは一層深刻な表情になった。
「やはり・・・。あの、もしお時間があればギルドに来ていただけませんか?その時の状況を詳しく教えていただきたいのです」
俺は結依と顔を見合わせた。こくっと頷く結依。
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
こうして俺たちはリーンさんに案内されてギルドへ行くことになった。途中ハイネンの街中を通っていく。さすがにアルス王都と比べると田舎だが、まったく栄えていないわけじゃない。飲食店雑貨屋その他店舗がポツポツと散見され、人通りもそれなりにある。ぱっと見た感じだと、アルス王都の10分の1ぐらいの規模と思われる。
そんな感じで軽く辺りを見渡しながら歩いていると、ギルドについた。白っぽい二階建ての建物だ。大きさはアルスのものよりこじんまりしている。
「どうぞお入り下さい」
リーンさんに案内されて中に入る。作りは意外にも王都のギルドと同じだった。正面に受付、左側に依頼の掲示板、そして右側に簡易的な食堂。
「こちらです」
リーンさんは俺たちを二階に案内した。二階のある部屋の前で止まり、ノックする。
「はい」
「リーンです。ドラゴンの目撃者をお連れしました」
「おお、どうですか。入って下さい」
「失礼します」
部屋に入ると、中には執務用の机と応接用のソファ、机がある部屋だった。そして執務室に腰掛けていたのは50代くらいの男性。細身で柔和な笑みを浮かべている。
「タカさん。イチカさん。こちらはハイネン支部の支部長であるコイルです。コイルさん。こちらはD級冒険者のタカさんとイチカさんです」
どうやらあの男性はコイルさんという、ここのトップの人らしい。しかし偉ぶった態度を見せず、穏やかな笑みを浮かべ俺たちの元へやってくると、手を差し出した。
「初めまして。私は冒険者ギルドハイネン支部長のコイルと申します。お疲れのところ申し訳ありません」
「D級冒険者のタカです」
「同じくD級のイチカと申します」
俺と結依はその手を順番に握り、自己紹介した。ほっそりとした手だが、所々傷があった。元々冒険者のだろうか。
「タカさんとイチカさんですね。お座り下さい。さて、早速本題に入りましょう。リーンから聞いているかもしれませんが、航海中に現れたブラックドラゴンについて伺いたいのです」
ソファに座りながらそう問われた。やはりギルドとしてもあのドラゴンのことは見過ごせないらしい。あいつらが街で暴れるとかなりの被害が出そうだからな。気になるのも当然だ。そして俺としても協力するのはやぶさかではない。しかし、
「分かりました。とは言っても、僕たちもたいしたことはお話しできないと思いますけど」
ドラゴンとは一瞬邂逅しただけで、特に大きな出来事はなかった。しかし、コイルさんはそれでもいい、と言う。
「些細なことでも結構です。なにせブラックドラゴンの群れが目撃されるのは滅多にありませんから。少しでも情報が欲しいのです」
「分かりました」
そうして俺たちはブラックドラゴンについて分かることを話し始めた。基本は俺が話して、結依が所々補足する、という形だ。突如奴らが飛来したこと。船の上でしばらく留まっていたこと。ところが攻撃もせずすぐに去って行ったこと。
俺たちの話を頷きながら聞いていたコイルさんは、ふーむと唸った。
「そうですか・・・。本当に何もせずにすぐ帰ったんですか?」
「ええ。もしかしたら殺される、って怖かったんですが、何もされず。来た方向へ帰りました」
「来た方向というのは、沖合ですか?」
「ええ。そうです。陸地とは反対側です」
「なるほど・・・。ではひとまずの危険は無いとみて良さそうですね」
コイルさんはほっと息をつきながら頷いた。ドラゴンが陸地から遠ざかったと聞いて一安心したようだ。
「他に気になったことはありますか?」
「他に・・・」
結依は首をかしげる。俺もドラゴンの話は大方話し終えたが、しかし強いて言うなら、こいつのことだ。俺の方に止まるかわいいらしい小鳥。
「うーんと・・・。ドラゴンと関係があるか分かりませんが、この小鳥を飼うことにしまして」
「ぴぃ!」
小鳥を指しながら言うと、小鳥は自己紹介するように翼を広げながら鳴いた。その姿に思わず俺の頬が緩む。
「ほぉ。賢そうな魔物ですね」
「この子、ドラゴンと一緒に行動していたように見えたんです。たまたまかもしれないですけど」
「ドラゴンと一緒に?」
「そう見えた、というだけです。たまたま一緒の場所にいただけかもしれません。で、ドラゴンは帰ってあともこいつは帰らず、俺たちの元に留まりました。だから飼うことにしたんですが」
「そうですか。ふむ・・・」
コイルさんはじっと小鳥を見つめる。そのまなざしはとても真剣だ。時折まさか、いやいや、という言葉がもれて俺の耳に届いた。なにか気になることでもあるのだろうか。一方見つめられている小鳥は特に気にした風もなく毛繕いをしている。
やがてコイルさんは苦笑いを浮かべなつつ小鳥から目線を切った。たまたまでしょう、とつぶやいた後、俺たちに向かってにこっと微笑んだ。
「失礼しました。お話を聞かせて下さったお礼に、この子の首輪は無料で差し上げましょう」
「いいんですか?」
確かに新しく従魔を買うならギルドで首輪を買う必要があるが、それを無料でくれるという。有難い申し出だが、いいんだろうか。
「ええ、もちろん。もうすでにお持ちなら別の報酬を考えますが」
「・・・すみません。ではありがたくいただきます」
「はい。それで、名前は付けられたんですか?」
「いや、まだです。何かいい名前はありますか?」
名前をつけようとしたところでリーンさんに気付いたんだ。それで後回しになってしまった。いつまでも小鳥、と呼び続けるのもかわいそうだから早く決めてあげたい。しかし俺たちは異世界人だから適切な名前というのが分からない。そう言う思い出コイルさんにアドバイスを求めると、エンという名前はどうですか、と提案してくれた。
「やはり人気なのは、エンという名前ですね。勇者のお供として名高いフェニックスの名前にあやかって、鳥にそう名付ける人は多いですよ」
エン。小鳥の燃えるような赤い羽毛は炎を思わせる。そう言う意味でもいいかもしれない。と、
「ぴぃ!ぴぃ!」
「お?どうした?」
小鳥が羽をバタバタさせながら鳴きだした。何かを訴えているように感じた。
「ぴぃ。ぴぃ!」
「あら。エンとい名前が気にいたのかしら」
「ぴぃ!」
結依の言葉に、さらに興奮したように小鳥が鳴いた。どうやら本当にエンという名前がいいらしい。
「良いんじゃないでしょうか。かのフェニックスはブラックドラゴンを率いていたと言われます。その子を拾ったのもブラックドラゴンと遭遇した後なら、縁起がいいと思います」
コイルさんも微笑みながらそう言ってくれた。そして結依も私も賛成よ、と言う。
「じゃあ、お前の名前はエンで」
「ぴぃ!」
「わん!」
赤い小鳥、改めエンが鳴いた。そしてリルもうれしそうに吠えた。たまたまだが、リルといい、エンといい・・・。勇者のお供の名前をコンプリートしていっている。次はコハクという狐を飼ったりして。いやいやまさか。
ともかく、エンが新しく仲間になったのだった。