9話 ステータス測定(2/2)
結依が水晶に触れる。
ピカッと光り、結依のステータスが表示される。俺と前田に注目していた視線が、結依のステータスに注がれる。
「な、なんと・・・」
その数値を見た全員が、驚きで固まった。
ユイ=イチジョウ 女
筋力 12
体力 13
敏捷 15
魔力 35
「低い・・・」
総合値75。ほとんど俺と変わらない低さだ。周りの貴族達も驚いているが、何よりクラスメイトの反応が劇的だ。なぜあの一条が低い数値なんだ、と。
しかし当の本人は、ほっとしたような表情をした気がした。ざわつく周囲をよそに水晶から手を離し、俺と前田のところへ歩いてきた。
「雑魚と一流は住む世界が違う。なら残念ね、前田。私とあなたは一緒にいれないみたい。雑魚は雑魚らしく、一緒に這いつくばっておくわ。さ、行きましょう、悠」
そう言って、俺の腕を掴んで引きずっていく結依。引きずられるままに、歩く。前田の元から抜け出せたことに、ほっとする。
「お、おい、一条!」
後ろから呼び止める声が聞こえるが、結依は一度も足を止めず、振り返らず、村上達のところまで引き上げた。
「大丈夫か、高島?それに一条さんも」
「ええ。大丈夫よ。こんなもの、ただの数字。これだけで人間の全てが決まる訳ではないわ」
「そうです。一条さんの言うとおりです」
現れたのは、大友先生だった。
「勉強ができるから。運動ができるから。力が強いから。それだけで人間の魅力が決まるわけではありません。高島くん。もう少し自信を持ちなさい。あなたは自分を卑下しすぎです。あなたの魅力を知っていて、あなたのことが好きな人は、いっぱいいますよ」
「先生・・・」
先生の言葉に涙が出そうになった。真面目な先生だからこそ、本心で言っていると分かる。それだけにうれしかった。
「一条さんは、前田くんのような人にはなびきませんよ。だから元気を出しなさい」
ちょっと声を潜め、いたずらっぽく笑いながら言った。なぜそんな話しをするのかは分からないが。俺は前田に馬鹿にされたのが悔しくて、恥ずかしいのだ。
「先生!べつにそれは関係ないでしょう!・・・実際、いくら前田のステータスが高いからといって、私はそれで尻尾を振るような安い女じゃないですけど」
吐き捨てるように言った言葉に、ああ、そうだよな、と何故か納得した。何故かは分からないが、心が軽くなった気がした。・・・今更になって、先生の言葉がしみてきたのだろうか。
「私も値が低いんだから、一緒に強くなれば良いじゃない」
そう言って、結依は微笑んだ。
「・・・ああ、そうだな」
さっき食堂前では俺が慰めたのに。すぐ逆に慰められるとは。こう見えて、結依は昔から優しい一面があるんだった。
小田や大内とトラブルがあったとき、かっこ悪いからたいていは結依に隠してきたが、それでも結依に見つかったこともある。そんなとき、結依は決まって俺の味方をしてくれた。一緒に戦ってくれた。時には涙ながらに謝られ、俺が傷ついたときには慰めてくれ、怪我したときにはつきっきりで看病してくれた。
昔から、普段は素っ気なくてで高飛車だけど、そういう優しさに何度も救われてきた。今日も、また。
「すっきりしたよ。ありがとう、結依。一緒に強くなろう」
そう言って顔をあげ、結依に礼を言った。前田に馬鹿にされるのが嫌なら、前田より強くなればいい。時間はかかるかもしれないが、それしかない。だから、努力しようと思った。
「別に・・・」
そっぽを向いて、結依はいつものように素っ気なく返事しただけだった。
これで。全員の測定が終わった。公爵が手を叩いて、自分に注目させた。
「さて、概ね皆様素晴らしい数値でした。明日以降、それぞれの適正に合わせて訓練を行っていただきます。今日のところは、応接棟の食堂で、この世界の常識について学んでいただきます。では、ご移動ください」
しかし、一つ気になったことがある。俺と結依だけ「異世界からの来訪者」って書かれていなかったのは何故だろう。みんなは値の低さに注目していたから気づいていないはずだ。これが何を意味するのか。分かる日は来るんだろうか。
☆☆☆
悠のステータスが表示された。
ユウ=タカシマ 男
筋力 17
体力 17
敏捷 26
魔力 12
一瞬静まりかえる謁見の間。そして
「「「ぎゃはははははっ」」」
前田とその取り巻きの声が響いた。悠の数値を馬鹿にする、下品な笑い声。
「これは・・・」
「なんと・・・」
周囲費控える貴族達も驚いていた。悠の総合値は72。一般男性でも80だから、年相応の平均的なステータス、と言えるだろう。それなのになぜ驚くのか。私からしたら、むしろ高いほうが異常ではないのかと思ってしまう。
悠が恥ずかしそうに水晶から下がる。犯罪者ではないのだから。恥ずかしがる必要なんて、まったくないのに。
クスクスと笑い声が聞こえる。生徒からも、貴族からも。悠のステータスを馬鹿にいて笑っている。
「あいつ、低すぎだろ・・・」
「やっば」
「出来損ないじゃん」
こんなもの、ただの辱めだ。・・・正直、不愉快だ。何故笑うの?悠は何も悪いことをしてないのに。
「高島くん」
心配そうな顔で大友先生が名前を呼んだが、それを押しのけるように前田が悠の元へ歩み寄った。
「高島ぁ。やっぱお前は雑魚なんだよ。雑魚。なあ。恥ずかしいか?情けないか?なあ。教えてくれよ。今どんな気持ちだ?なあ?なあ?」
「くくくっ。俺だったら恥ずかしくて死んでるぜ」
「くくっ。やめろよ三村。雑魚には雑魚なりの役割があるだろ。俺たちの盾とか」
散々な言われようだ。数値が低いだけでなぜそこまで悪口を言えるのか。その道徳心の低さに吐き気がするほどの嫌悪感を覚える。
「あなたたちっ!何ですかその言い方はっ!」
「うるせえよ大友。黙ってろ」
「なっ」
「高島。これではっきりしただろ?お前は一条の隣にいる資格がねえって。雑魚と一流は住む世界が違うんだ。雑魚は雑魚らしくその辺で這いつくばってろ」
悠は悔しそうにうつむいている。ぎゅっと握った拳が震えている。
私の隣に言う資格?なんだそれ。私の隣に誰がいるか、それは私が決める。そしてそれは少なくとも、お前ではない。
「なあ、一条もそう思うだろ?・・・一条?」
黙れ。私に話しかけるな。そう思いながら、水晶に手をかける。悠が前田たちに怒鳴られている、その隙に、私は水晶のところへ来ていたのだ。
ピカッと光り、私のステータスが表示される。前田と悠に注目していた視線が、私のステータスに注がれる。
「なんと・・・」
その数値を見た全員が、驚きで固まった。
ユイ=イチジョウ 女
筋力 12
体力 13
敏捷 15
魔力 35
「低い・・・」
総合値75。ほとんど悠と変わらない低さだ。周りは驚いているが、そんなことはどうでもいい。私はこれでよかった。だって・・・
「雑魚と一流は住む世界が違う。なら残念ね。私とあなたは一緒にいれないみたい。雑魚は雑魚らしく、一緒に這いつくばっておくわ。さ、行きましょう、悠」
前田にこう言えるから。言い捨てて、悠の腕を引っ張ってずんずんと前田から距離を取る。
「お、おい、一条!」
後ろから呼び止める声が聞こえるが、無視だ。足を止める価値も、振り返る価値もない。
「大丈夫か、高島?それに一条さんも」
村上くんたちのところへ辿り着くと、真っ先に村上くんが声をかけてきた。
「ええ。大丈夫よ。こんなもの、ただの数字。これだけで人間の全てが決まる訳ではないわ」
「そうです。一条さんの言うとおりです」
そう言って現れたのは、大友先生だった。
「勉強ができるから。運動ができるから。力が強いから。それだけで人間の魅力が決まるわけではありません。高島くん。もう少し自信を持ちなさい。あなたは自分を卑下しすぎです。あなたの魅力を知っていて、あなたのことが好きな人は、いっぱいいますよ」
「先生・・・」
その言葉が響いたのか、悠が少し元気になった気がした。そして先生は再び口を開き、
「一条さんは、前田くんのような人にはなびきませんよ。だから元気を出しなさい」
訳が分からないことを、ちょっと声を潜め、いたずらっぽく笑いながら言った。
「先生!べつにそれは関係ないでしょう!・・・実際、いくら前田のステータスが高いからといって、私はそれで尻尾を振るような安い女じゃないですけど」
むしろあんな馬鹿で下品で卑しい男、大嫌いよ。むしろあんなやつと付き合うぐらいだったら、悠と付き合った方が100万倍ましだわ。・・・ましってだけだけど。
いや、そもそも悠はステータスが低くて落ち込んでるのであって、そんな恋愛の話しをしたって仕方ないじゃない。
「悠。私も値が低いんだから、一緒に強くなれば良いじゃない。それで解決よ」
「・・・ああ、そうだな」
悠はそう言って顔を上げた。
「すっきりしたよ。ありがとう、結依。一緒に強くなろう」
にっこり笑った悠の顔を、なぜか直視できなかった。
「別に・・・」
ま、まあ。悠には何度も迷惑かけているし。助けてもらった借りもあるし。食堂の前では、慰められたし。一応は幼なじみだから、かばうぐらいはする。それだけだ。
私で全員の測定が終わった。パンパンと公爵が手を叩いて視線を集めた。
「さて、概ね皆様素晴らしい数値でした。明日以降、それぞれの適正に合わせて訓練を行っていただきます。今日のところは、応接棟の食堂で、この世界の常識について学んでいただきます。では、ご移動ください」
ただ、気になることが一つだけ。私も悠も「異世界からの来訪者」という文言がなかった。皆は私たちの数値の低さに気を取られて気づいていない様子だが。これはいったい何を意味するのだろうか。
・・・いま考えても仕方ないか。
公爵の言葉に従い、私たちは応接棟へ歩き出した。