プロローグ
エリクシオンという世界の、ユードラン大陸のどこかの建物。
「倒した・・・ぞ・・・っ」
鎧を着て、剣を携えた青年がつぶやいた。と、同時に、その青年は胸から大量の血を吹き出し、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。
「アリエス・・・」
青年と同い年ぐらいの少女が弱々しくつぶやきながら、倒れている青年へよろよろと歩み寄る。ただ、彼女の腹には大きな切り傷があり、そこから尋常ではない量の血があふれ出している。
「ぐっ・・・」
青年まであと一歩、というところで少女は床に崩れ落ちた。それでも
「アリエス・・・」
震える手を青年へと伸ばす。
「ミラ・・・」
青年もまた、少女へと手を伸ばす。
ぎゅっ
ふれあった二つの手は、互いに強く握られた。
「「ふふっ」」
お互いの存在を確かめるように目を合わせる。弱々しいながらも、笑みをこぼす二人。
「終わったのね・・・」
「ああ・・・」
そして二人は同時に、部屋のある一点を見つめる。そこには首を切断された一人の男の亡骸があった。ただ、その男には翼があり、何より、体が人間ではあり得ないほど黒かった。
「魔王を、倒した・・・」
この死体こそ、魔王である。
ここは魔王城。その最上階、魔王の間。この部屋の主、魔王を、勇者アリエスと聖女ミラが倒した。
「これで、俺たちの任務は、終わりだ・・・」
再びミラを見つめるアリエス。ミラもアリエスを見つめ、しかし、一段と低いトーンで
「でも、私たちも・・・」
つぶやいた。
二人とも分かっている。もう、永くないと。
「相討ちか・・・」
「ええ・・・」
お互いの手が、一層強く握られた。
「くぅーん」
「ぴいぃ」
「きゅーん」
「にゃあ」
白い犬、真っ赤な鳥、九尾の白弧、二叉の黒猫が悲しげに鳴いた。そのいずれもが人間の2~3倍はあろうかという体格。しかし、その巨体を主達にこすりつけている。もう別れがきていることを悟っているようだ。
「ごめんな、お前たち」
アリエスがつぶやくと、獣たちはより悲しげに鳴いた。そして身体を横たえ、静かに二人に寄り添った。
しばらく、無言の時間が流れる。
「ねえ・・・」
しばらくして、ミラが静寂を破った。その声は弱々しかったが、どこか甘えるような響きも含んでいた。
「覚えてる?私たちが初めて会ったときのこと・・・」
その言葉に、ふっ、と笑みを浮かべるアリエス。
「ああ・・・。俺たち、けんかばかりしてたよな・・・」
「ええ。学園で始めてあったときから・・・。とにかく馬が合わなかった・・・。ことあるごとに言い争いになって・・・」
「俺たちが勇者、聖女に選ばれたときも大もめだったよな・・・」
「ふふっ。相棒があなたなんて最悪だって・・・」
「俺も・・・、あのときは最悪だった・・・」
そして、また目を合わせてクスリと微笑みあう二人。
「でも、二人で旅をしていくうちに・・・、だんだん、あなたのことが分かってきて・・・」
「そうだな・・・、何度も死にそうな目に遭ううちに・・・」
「うん・・・」
アリエスも、ミラも、ゆっくりと目を閉じた。それは、まるで何か大きな感情を味わうようで、言葉にできない思いをかみしめるようで。
「なあ、ミラ・・・」
ゆっくりと、アリエスが目を開ける。
「はい・・・」
ミラもまた目を開け、二人はしっかりと見つめあう。
「愛してる」
「・・・うん。私も・・・」
そして二人は微笑を浮かべる。それは長年連れ添った老夫婦のように、互いを慈しむ自然な笑みだった。
また、沈黙が二人を支配する。二人の目は、だんだん閉じられていく。その時が近づいているようだ。しかし、手は、決してほどかれることはなかった。
「ねえ、アリエス・・・」
「何だ?」
「もし・・・、生まれ変われたら・・・、私は・・・、来世も・・・あなたと・・・ずっと・・・いっしょ・・に」
「ああ・・・、俺も・・・おまえと・・・、ずっと・・いっしょ・・・に・・・」
アリエス=レイントン。ミラ=フローレス。
二人の今際の言葉を聞いた者は、誰もいなかった。
「分かりました。その願い、私がかなえましょう」
たった一柱を除いてーーーーーー