第9話 散策
ラクナマリアは最近自分の庭に現れなくなった妊娠中の猫の事が気になって、髪を染め、ホーリードール宮を出て探しに出かけた。何人かの女官に話しかけ、その猫が死んだことが分かった。
林の中に埋められたと聞いてそこへ行くと騒ぎがあった。
「やめてやめて!これ以上殺さないで!」
地面に伏せて丸くなり仔猫を庇っている女性がいた。
複数の女官達が取り囲んでその女性を蹴り飛ばしている。
「何をしている」
「あっ、アンタは!」
近づいてみれば図書室で問題を起こしていた女性だった。
「いい所で会ったわね」
いきなり掴みかかってきた。
”触れる事は許さぬ”
突然頭の中に響いて来た声で動きが止まる。
「失せよ」
「な、何よ。この猫は死んだ猫の腹から出て来たのよ。始末するべきなの」
「そういうものなのか?」
「違います!」
伏せていた女性が顔を上げると前に虐められていた奴隷だった。
「私が世話をしていたから、伯爵夫人に解雇された腹いせに母猫をこの人たちが殺したんです」
「そうか」
俗世というものはやはり面倒だとラクナマリアは外出したことを後悔した。
そうか、と言っただけで立ち止まって考えているラクナマリアに周囲の者達は戸惑う。
「何がしたいのよ、アンタ」
「つまらない腹いせで殺したのなら、わたくしもお前達が不快だから殺しても構わぬか?」
「はぁ?」
「心配するな。地獄ではなく冥界に送ってやる」
次の瞬間、その場に居合わせた者達は昼の世界から夜の世界へと移された。
暗闇の中に冷気が漂い始め、憎悪に赤く染まった化け猫が現れる。
”よし”
ラクナマリアの許可を貰い、化け猫が大口を開けて主犯の女を飲み込もうとする。
◇◆◇
「あれ、ラクナマリア様じゃん?」
「む」
外野から声をかけられるとまた昼の世界に戻り、化け猫が消えた。
そして女官達は悲鳴を上げて逃げ散っていった。
「なんだ、お前達か。何故ここにいる」
従者のカランとレドヴィルが近くまで来ていて遠くにはクラウス達が見えた。
「門が開かなかったから帰る途中」
「わたくしは構わぬがあまり遊んでばかりいるとドラブフォルトがうるさいぞ」
「殿下が決める事だし」
「ふむ」
周囲で会話が始まって、目を瞑って蹲っていた女性が再び顔を上げて周囲を見まわした。
「あれ、化け猫は?」
「化け猫?」
レドヴィルやクラウス達は何の事だ?と顔を見合わせた。
夢か幻だったのかとひとまず言い聞かせ、女性は立ち上がって改めて礼を言った。
「助けに入って下さって有難うございましたレイシー様」
「レイシー?」
少年達は誰の事だ?とさらに疑問を浮かべた。
「変装して外出する時はそう名乗っている」
「お前は?」
ひとまずクラウスが女性に問うた。
「私は奴隷のホスタと申します。以前、レイシー様に助けて頂き、今日もまた」
「お前がレイシ―と呼ぶ者の本来の名前はラクナマリア様という。ホーリードール宮の主だ。父上の保護下にあり、粗相は許されぬ」
「し、失礼致しました!」
女性は跪いて無礼を謝罪した。
「構わぬ。この者らにお前の話をせよ」
◇◆◇
ホスタからクラウスは詳しい説明を受けた。
解雇された女の実家はそれなりに太いらしく、傲慢で人を支配する術に長けていた。人を集めてホスタを虐め、その猫まで虐め殺した。探してもレイシ―は見つからなかったのだろう。逆恨みはホスタに集中した。
クラウスはちらっと横目でラクナマリアを見やると既にあまり興味なくなっているらしい。短い付き合いだが、よくわからない事はクラウスに押し付けようとしているように感じた。
「あの・・・」
「ドラブフォルトの後を継ぎ、契約を完遂したいのなら自分で解決せよ」
相談にも乗ってくれなかった。
「義母上、メアリー妃の所に行きましょう」
「それでどうする」
「後宮女官の長は王妃ですから裁いて貰いましょう」
クラウスも義母に丸投げする事にした。
後宮内で起きた問題の最終責任者は王妃なのでそれが筋である。
あらすじを少し修正