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第7話 王権弱体化

 ラクナマリアは昼間に会った時はきつめの美女といった風だったが、今は慈愛溢れる瞳を湛えて終始優しく接してくれている。部屋の中は香が焚かれて気を解してくれた。

クラウスには何の効果も与えなかったが。


「どうしたの?いらっしゃいな」


あまりに雰囲気が違うので何か裏があるに違いないとクラウスは逆にびびってしまっている。


「し、失礼します」


ラクナマリアは長椅子に座って茶を飲み、クラウスにも勧めた。


「反対側じゃなくてこちらにいらっしゃいな。ここの家具必要以上に大きすぎるのよね」


説明する為の資料も持ってきたのでクラウスの背丈では身を乗り出さないと提示しにくかった。


「で、では失礼します」

「そんなに怯えなくてもいいのよ。子供の間違いにいつまでも怒ったりはしないから」

「はい・・・」

「そんなに怖がられるとショックだわ。昔は素直に甘えていたのに」

「昔?僕は昔に来たことがあるのですか?」

「ええ、そうよ。貴方が養子として貰われてきたばかりの頃、お母さんが恋しいって泣くからしばらくここに預けられたの」

「いつの話ですか?まったく覚えていません」

「9年前。貴方がみっつの時ね」


9年前だと彼女も十歳かそこらとしか思えず、クラウスはそんなに幼いのに母親代わりになってくれたのだろうかと疑問に思ったがさすがに年齢は聞けなかった。


「も、申し訳ないです。まったく覚えて無くて、それと先日の態度も」

「立場の弱い子供をいたぶるようになっていてとても残念に思ったわ」


母親代わりになってくれていた人に失望されて、クラウスもさすがに気落ちした。


 ◇◆◇


「さて、じゃあそろそろ話を聞きましょうか」


気を取り直してクラウスは現代の奴隷制について説明を始めた。


「奴隷制というのは昔からあって・・・」

「それは聞きました」

「父上が定めた法律は奴隷を保護する為のものなのです」

「私に嘘や偽りを申せば報いを受ける事になりますよ」


誤魔化す事は許さないと釘を刺される。


「本当の事です。これまでの話からラクナマリア様は差別を許さない方だと思いましたが間違っていませんか?」

「ええ、そうですね」

「父上は貴族特権の廃止を我が国だけでなく西方大陸全土に広げました。それはお心にそった行いでしょうか」

「・・・・・・」

「父上は奴隷の所有者に半年に一度健康診断を受けさせる事を義務付けました。また家族を別々に売買することを禁止しました。他にも週二日の休暇を義務付けたり・・・」


奴隷を保護する為にいくつもの規則を作った事を説明するがラクナマリアの反応はいまいち薄かった。


「よくわからないわ。当たり前の事ではないの?」

「それまでは違ったんです。密航者や犯罪者、破産者はその奴隷よりも酷い契約を交わす事があるのでだったら奴隷にしてしまった方が良かったんです」

「そうなの?」

「今の世の中は財宝の神エイクの狂信者が唱えた拝金主義者の社会なので金の為ならより高く買ってくれる相手に親子を引き離して個別に売り飛ばしたり、健康や安全にまったく配慮していない鉱山に平民が平民を売り飛ばすんです。一刻も早く大金を手に入れたいから不当な条件でも受け入れてしまう事もあるそうです」


ろくな教育も受けていなかったり、追い詰められた者は到底長生きできない契約でも受けてしまう。


「違反点数が多いと所有者の資産は没収され公売にかけられて奴隷に与えられ解放されます。貴族特権を廃した結果、民衆の力が強くなり、貧富の格差が拡大しました。民衆の力を抑える為に奴隷の数と権利を拡大する必要があるのです」

「まだよくわからないわ」

「民衆は利益を追及し過ぎますので、金にならない事をやりたがりません。西方の農地全体ではきりつめても700万くらいの人口を養うのが精いっぱいですが、今は1000万を越える人口がいます。さらに帝国系の自由都市には200万人もいます。そして外国から黄金を求めて出稼ぎに来る者もいます。帝国が強引に食糧を買い漁ったり、東方からの輸入に頼れば何かあったときに人口の半数が餓死する事になります」

「なぜそうなるの?」

「我が国の商人達は高く買い取ってくれる相手に売りますので、自国民が飢えても外国に売ります」


東方産の食糧の方が安いので普段は競争にならないが、戦争や大飢饉が起きれば話は変わる。


「奴隷の管理を厳しくし用途を限定する事で農地開拓に力を入れる事が出来ます。全体を生かす為には必要な事なんです。百年前は人口の二割ほどの王侯貴族や資産家が富の七割を独占していましたが、今は人口の1%の平民の資産家が富の99%を握っています。社会の変化が急激すぎて人々は乗り遅れまいと金を求めて争っているのです」


五千年近くも君臨してきた王侯貴族は特権意識が強いなりにも統治術にも長けてうまくバランスを取っていたが、急激に伸長した共和主義勢力にはその能力が無かった。


「帝国は我々に王権の維持を求めていて、我々はそれに従うしかありません。我々の人口は一千万に過ぎず、帝国は五億の民を従えています。我々は民衆に奴隷をうまく扱うよう指導しながらいつか帝国にも勝てるように力を蓄えているのです」

「ドラブフォルトだけではなく貴方もそうしたいと考えているのね?」

「はい、父の後を継いで人々の中にも奴隷制を廃しようとする気運が生まれる事を促し、その社会でも今以上の暮らしが出来るように導ける指導者になりたいと考えています」

「とりあえずわかりました」


浮世離れした雰囲気を持つラクナマリアにどこまで理解できたかいまいち確信は持てなかったが、とりあえず虎の側に立っているような緊張感は薄れた。


「でも、今までの話と奴隷に暴力を振るっていい事に関係があるの?」


うっ、と口ごもった。


 ◇◆◇


 従者達は寝巻代わりの肌着を与えられた後、宮殿内を探検していた。

意外と小動物が多く、屋内にも猫がうろちょろとしていた。


「ほんとに誰もいないな」

「お一人でお世話なさっているのかな?」

「んー、そうなんじゃない?」

「前に来た時と全然雰囲気違くない?」

「そりゃ前回は不法侵入じゃん。今回は陛下にも許可貰ったうえでの正式な訪問だし」

「こっちが礼儀を守っていればちゃんと優しい人なんだよ」

「だなあ」


馬屋や家畜小屋、使用人用の離れなどが無く一つの館と礼拝堂らしき建物、それに表裏の庭があるだけなので探検にそれほど時間はかからなかった。

戻ってくるとちょうどクラウスが問い詰められている場面で、口ごもっているクラウスを助けるべく、アフドが間に入っていった。


「ラクナマリア様、殿下のキックは別に痛くありませんから大丈夫です」

「痛くないからといってしていい事にはなりません」

「で、でもあのくらい同年代の男子だったら普通にやりますし」

「・・・・・・」


仲のいい男子なら悪ふざけで小突くくらいは当たり前だが、ラクナマリアにそんな感覚はわからない。それに身分差のある者達の間では別の話だろう。


「ほ、ほんとですよ。殿下は前に富豪の平民にボクが絡まれて蹴っ飛ばされた時に、仕返しに蹴り返して怪我をさせてしまった事があります。ちゃんと大事にされていますから怒らないで下さい」

「坊や達、今の話は?」

「本当です。アフドは奴隷なので殿下には自分の財産を守るために自衛する権利があります」

「まあ王族が平民を怪我させたと大問題になって裁判起こされちゃいましたけどね」


過激な共和主義者はやはり王制は打破されるべき、と世論に訴えたりもした。

裁判は公平に行われ、先に他人の財産を侵害した富豪の子が悪いとされ、訴えは取り下げられ和解する事になった。


「もしアフドが平民だったら同じようにはいきませんでした」


アフドに自衛する権利はあるが、無関係な王子が暴力を振るう筋合いはない。


「そう。今のところは保留にしておきましょう」

「有難うございます!」


ラクナマリアは少年達に微笑んで頷いた。


「さて、じゃあそろそろ坊や達はお眠りなさい。明日の朝、帰るといいでしょう」

「え、そんなに長く御厄介になるわけには」

「今度は許可を貰って来たのでしょう?帰りたければ帰ってもいいけれど送ってはあげませんからね」


外はすっかり暗くなり、子供達は寝る時間だが後宮の女官達はまだしばらくは起きているだろう。誰かが飼っている犬の遠吠えが聞こえてくる。


「外で何があっても私は知りませんよ」

「はい・・・では、ご迷惑をおかけします」

「まだ何か私と話したいことがあるなら昔のように添い寝してあげましょうか?」

「い、いえとんでもありません!失礼します!」


クラウスは断って与えられた私室に下がっていった。


子供達に寝るように促した後、ラクナマリアはまだしばらくは就寝せず月夜に踊っていた。

子供達は眠るフリをしてしばらくそのまま眺めていて後で叱られた。


中世より貧富の格差が大きい行き過ぎた資本主義社会のなれの果て

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