第6話 謝罪
「ラクナマリア様。皆が大変失礼をしたようで申し訳ございません」
「構わぬ」
ラクナマリアは夜になるとたまに図書室を訪れる事があり、老司書ライラ・ベイリンは多少の交流を持っていた。
「それで何を調べていらしたのでしょうか」
「む?訪れたのはただの気紛れだが、先ほど聞いた奴隷という言葉が気になったのだ。クラウスもその言葉を使って従者に鞭打っていた。奴隷とは何だ?」
「ラクナマリア様のような高貴な方が気にかける者では御座いませんが・・・納得はして下さらないでしょうね」
「うむ。私が決める事だ」
「はい、では少々お待ちください」
ライラは図書室から辞典と歴史書と法律書を持ってきて、まずは単純な言葉の意味と変遷、最近の状態の説明をした。聞くうちにラクナマリアはどんどんと不機嫌になっていった。
「ぬう、ドラブフォルトめ。私を謀ったか」
「お、お待ちください」
席を立とうとするラクナマリアをライラは必死に止める。
自分の説明のせいで王に迷惑がかかってはたまらない。
「わたくしめの説明不足でお怒りであればお許しください。何をお怒りですか」
「奴はわたくしとの約定を違えた。もはやこの国は祝福に値せぬ」
「早とちりということは御座いませんか?ラクナマリア様はまだ世間の事をよくご存じないでしょう?世の中は確実に良くなっています」
「しかし新たな差別が増えたのであろう」
「でも貴族特権は無くなりました。私のような平民でも貴族を訴える事は出来ますし、裁判官も皆平民です。新たに発見された金鉱山を目当てに密航者が増え犯罪で治安も悪化して厳しい措置が必要だったのです」
平民のライラには不可思議な力の事は分からないが、ラクナマリアには傷を癒し、死者を慰める力があること。そして先代の王妃の姿に似ている事を自分の目で見てよく知っている。
何度か会ううちに現国王から第二次市民戦争で荒廃した国が近年急速に復興したのは彼女の協力のおかげもあり、助けになるよう頼まれてもいる。
「むう、わたくしを誤魔化すつもりならそなたとて許さぬぞ」
「はい、嘘など申しません」
「そうか。では奴に直接聞こう」
早速すたすたと歩き出そうとする。
「お、お待ちください。わたくしが陛下がラクナマリア様の元を訪れるようお伝えしてまいりますから」
怒りに駆られて後宮を飛び出されては騒ぎになる。
ライラは必死に説得して自分の宮に帰って貰った。
◇◆◇
ライラの話を聞いたドラブフォルトは頭を抱えて宮廷魔術師に相談した。
「彼女が俗世に疎い事は分かっていたが、私が奴隷制なんてものを作ったと勘違いされるとはね」
「さすがにその誤解は解けたようですが」
「どうかな・・・。彼女を宥めるいい手はないか?」
「理屈で説明しようとしても却って怒りを買うでしょう。殿下に貢物を持って行かせては?」
最初に奴隷に乱暴を働いたクラウスのせいで興味を引いたに違いないと宮廷魔術師は考えた。
「そういった小手先の真似もまた怒りを買わないか?」
「もともと俗世の事にそこまで深い関心はありませんし、時間が経てば怒りも収まるでしょう。ひとまず夜に殿下に訪問して頂く事です」
「では、市場が開いている内に誰かに果物でも買いに行かせよう」
彼女が喜びそうな珍しい物も買わせようかと思ったが、高価な物は買えないと気づいて舌打ちする。
「子供の手造りのおもちゃでも喜びますよ。陛下は作った事はありますか?」
「そうだな。誰も捨てて無ければ倉庫にでもあるかもしれない」
技術立国という事もあり、子供の頃の遊びで工作活動も奨励されていた。
◇◆◇
その夜、許可をもらったクラウス達は手土産を持ってホーリードール宮の正門まで来ていた。
ラクナマリアの怒りを宥められなければ廃嫡さえ仄めかされた。
とりあえず確保されているだけの骨董品みたいな古王朝の人間だと考えていたクラウスは真っ青になっていた。本来訪れてはいけない時刻にも関わらずすぐに行ってどうにかしてくるよう言われた当たり、相当本気である。
今まで入るのにあんなに苦労していた正門が門を叩く前に開き、クラウスはあれこれ考えている暇も与えられなかった。自動的にぽっぽっぽっと明かりが灯って玄関までの道が照らされる。
以前のように扉を開けるとラクナマリアが食事の支度をして待っていた。
「いらっしゃい坊や達。今日はお夕飯食べていくんでしょう?」
「え?」
「あら、食べないの?もう食べてしまったのかしら」
「えっと・・・あのお怒りでいらっしゃったのでは?」
「貴方達にはそんなに怒っていませんよ」
「ち、父上から我が国の奴隷制と扱いについて理解をして頂くよう言われてきまして」
「ふうん、彼は来ないのね」
「ち、父上は毎日お忙しく」
「私は彼に来いと伝えた筈ですけれど」
「奴隷制をどうにか出来るのはどんなに急いでも私の代になるかと思われますので私が説明する必要があるかと」
「ふうん、そう?じゃあ話を聞いてもいいけれど」
従者の一人が視線から察しておずおずと言葉をひねり出す。
「ぼ、僕お腹ぺこぺこで先に頂いても構わないでしょうか」
「カラン、お前!でしゃばるな」
「いいのよ。じゃあ先に食べてしまいましょう」
妙に優しいラクナマリアに従者達は笑顔で接し、食事中に手土産のおもちゃの使い方の説明までした。クラウスはマナーがなってないと叱られると思ったが、別にそんなことはなく最後までなごやかだった。従者達はお腹いっぱい食べて喜んでいたが、クラウスは食事を楽しむ余裕はなかった。
ずっと唸り声をあげる虎の前で丸腰でいる気分だった。
「はぁ、凄い美味しかったです!」
「全部ラクナマリア様が御作りになられたんですか?」
従者達はクラウスにも褒めろと視線を送ったが、彼は最後まで気付かなかった。
◇◆◇
食事の後、片付けもラクナマリアと一緒にやりクラウス以外はすっかり打ち解けた。
「じゃあ坊や達はお風呂に入ってらっしゃい。もう眠い子は客間に行ってもいいし。クラウスは私にお話があるのよね?」
「は、はい」
クラウスだけラクナマリアの私室に連行されていった。