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第53話 ルクス・ヴェーネ聖王国③

「ここがルクス・ヴェーネ聖王国です」


列車から降りた先には神代に墜落した浮島、空中庭園の遺跡があった。

朝日が登り始め、その威容を照らしている。


「プラーナの故郷である本物の聖王国の隠れ里ではなく、正当な継承者であるラクナマリアが住む事にした土地を私はそう呼んでいます。本物の方はブラッドワルディンが接収してしまいましたからね」

「ここの遺産を手土産にして父と交渉したわけですか」

「そうです。ほら見えますか?」


クズネツォフが指差す方には大きな長い耳をした獣人がこちらを覗いていた。

お互いに目が合うと、ぱっと顔を輝かせて近づいてくる。


「先生!」


飛びついて来た兎の獣人の娘を苦労しながらクズネツォフは抱きとめた。


「久しぶりですね。でもちょっと今は緊急事態なのでまた今度来た時に話しましょう」

「ナニカアッタンデスカ?」


他の半獣人達も寄ってくる。

完全に人間の見た目をした者は多くないが、何人かはいてラクナマリアのような白金の毛色をしていた。


「彼女が刺されて死にかけています。ここにあるものが必要なんですよ」

「『泥』ダネ。ワタシイッテクル」


獣人特有の凄まじい跳躍力でその子は遺跡の上部へ取りに行ってしまう。


「気が早いな。まあ助かりますが」


高齢のクズネツォフはもうへとへとだった。


「コノヒト、ダレ?」


クラウスを興味深そうに子供達が覗き込んでいる。


「ラクナマリアの夫となる予定の人ですよ」

「エエ!」「王サマだ!」「王ダ!」「ボスだ!」「駄目だ!俺と勝負しろ!」「ソウダソウダ!」


ラクナマリアは皆に慕われているのか喜ばれたり、クラウスがひ弱そうだと認めない者もいる。


「殿下、どうしますか?ラクナマリアとの結婚を止める気はありませんか?彼女の望みはもう分かった筈です」


ラクナマリアの望みは身分制撤廃ではなかった。

適用範囲は人類という種を越えたものだ、とクラウスも悟る。


「わかった。ここの『人達』が自由に生きられる国を作ろう。帝国の命令で獣人を奴隷にして戦わせたりはしない。好きな人と恋をして、子供を育てて、私達と同じように働いて生きていける社会をつくる」


クラウスは半獣人達の前で力強く宣言した。


「オオ!」「王サマ!」「ソレデコソ!」「口先だけだろ」「ラクナマリア様ノタメニ!」


彼らの声を聞いてクラウスは苦笑する。


「王様じゃなくなる為に作るんだよ」

「ソウダッタ!」「ボスはいるんじゃない?」「ソウダソウダ!」

「まあ、ボスは出来るだろうが王様とは違う」

「何ガ違ウ?」

「王様はボスと違って弱っちくて、家臣に民から奪わせて、家臣を挑戦者に戦わせる。自分は親か貰った地位で何もしない」


そんな王ばかりじゃないが、群れを作る動物を基準に考えてクラウスは答えてみた。


「エエ!?」「王サマは卑怯者!」「オ前悪イ奴!」「こいつは屑だ。追い出そう」「ラクナマリア様ハソンナ王様ジャナイ!」


いまいち話が通じなかった。

これではラクナマリアも苦労しただろう、とちょっと同情した。


「アッタヨー」


『ウートゥの泥』を取ってきた兎の娘が小さな箱を持ってきた。


「ハイ、先生」

「ありがとう。済みませんが、すぐに引き返します」

「ウン、ラクナマリア様ヲ助ケテ!」

「ラクナマリア様はもう戻ってこないのか?もう10年以上会ってない。先生、本当に生きてるのか?手紙だけじゃ信じられない」

「シンパイ!」「先生ニツイテイキタイ!」「ヴラヘルネモイナクナッタ!」


一人の声を皮切りに動揺が走る。


「分かりました。治ったら連れて来ますよ」


クズネツォフは彼らの頭を撫でて別れを告げ、再び列車に乗りこんだ。


 ◇◆◇


「老師、もし間に合わずに彼女が死んでしまったらどうなるんです?」


列車に乗り込み再び走り始めてからクラウスは問うた。


「たぶん彼らのうちの誰かの子供がラクナマリアとして転生するでしょう。或いは泥人形がラクナマリアになるかもしれません」

「そこの謎は解けていないんですね」

「ええ。各地の伝説では天女は天界で何かの罰を受けて地上に落ちて来たとか、何かの使命を持ってやってきたとかいわれています。それが達成されるまで天界には戻れない。そして天界の住人でもあるから不滅の魂を持っているとも考えられます。何度死のうが魂は失われない。我々は地獄に落ちて浄化されて、ただのマナとして世界に回帰し、運が良ければどこかの生命に宿るかもしれませんが、完全に別物です。ですが彼女は違うようです。何度もラクナマリアとしての人格と記憶を持って生まれてくる」


人類は魂を解明できていないので人それぞれの意見がある。


「死霊魔術師でもわからないんですね」

「亡者に死体本人ではなく別の人間の魂が宿ったことがありましてね、わからないことばかりでした。結局我々は失敗したんです。ところでまだ私の事を『老師』なんて呼ぶんですか?国に戻り次第、処刑されても仕方ないと思っていましたが」


クラウスは考えながら慎重に答えた。


「非道な実験が事実なら処罰しますが、今日は獣人の村を見ただけ。それに彼女の素性も公には出来ない」

「本気で彼女と添い遂げるつもりのようですが、エスペラス王子のとしての立場はどうなりましたか?彼らの知性と力で国民と平等に生きていけると思いますか?」

「老師の事も慕っていたし、秩序はあった。問題は僕らだ」


奴隷や貧民を蔑む者達が社会で権力を握っている。


「先は長いですね」

「ええ、でも老師もその為に彼女を生かして父に協力しているんでしょう?」

「ええ、勿論です」


クズネツォフはにっこりと微笑む。


「ラクナマリアが転生するのがいつになるかもわからないし、あれほど優れた個体に成長するかもわかりません。私ももうそうは長くない。私が死んだらあの子達の事をお願いします」

「分かりました。他に秘密を知っている者は?」

「『聖王国』には食糧や医療物資、本、娯楽用品などを時折送り、代わりに財宝を届けられています。それに従事するのが数人だけ」


『聖王国』出身で普通に人間としてやっていける者と商工会、エスペラス王の腹心の数名だけでトロッコ列車は維持されている。


「そんなに少数で?」

「本来はブラッドワルディンが本物の聖王国とやり取りする為に作ったものですが、搾取が終わって放棄されました。当時の人間の多くは死に、もう何も残っていないと思われ秘密を知る者が少なくなりました」

「義父はブラッドワルディンの悪事に関わっていませんよね?」

「ええ、陛下は関係ありません。ブラッドワルディンがシャフナザロフを捕縛させた時には7歳で養子に来たばかりでしたから」


良かった、とクラウスは胸を撫でおろす。

尊敬し、恐れもしている義父だが、さすがにどんな理由があろうと死霊魔術の実験は許せない。


「もし貴方が亡くなったら魔術や彼女の事で相談出来る、しても良い人間はいますか?」

「いいえ、自分の力でおやりなさい。私は他の宮廷魔術師にも秘密は話していません」

「はい、申し訳ありません」


従者達にも迂闊にこの秘密は話せない。

死霊魔術に関わった事も大スキャンダルになる。


「ですが、もしどうしようも無くなったらマヤ姫を頼りなさい」

「マッサリアの?何故です?そういえばラクナマリアと親しいとか・・・もしかして」

「いえ、聖王国出身ではありません。ですが彼女も半獣人です」

「やはり。マッサリアが獣人に占拠された時の子ですか?」

「それがよくわかりません。今のマッサリア王国はブラッドワルディンが救援に行って戦死後に建国されたもの。エスペラスの保護下にありますので交流があり、マヤ姫がホーリードールに訪れて以来の親友でラクナマリアに尋ねると一発で獣人の血が流れている事を見破られたのだとか」


お互い秘密を共有しあって今に至る。


「実の所昔から我々人類の多くにも獣人の血が流れているのではないかという噂があるのですよ。ヴァンダービルトの王子のように。平民だったら生まれてすぐに産湯で殺されています」


産婆達の間に流れる都市伝説のようなものだった。


「時々、貴族が生まれたばかりの我が子を幽閉して閉じ込めているケースがあります。先天的な問題で病気などいくつか原因はありますが、ひょっとしたら、とね」

「なるほど、何処かに擬態が上手い獣人が我々の社会に入り込んでいるかもしれませんね」


案外共存は出来るのかもしれない。


「マヤ殿は帝国に留学中でしたよね」

「ええ。帝国最高峰の魔術評議会の議員になっている筈ですから特に用事が無ければ今後も帝都に留まるでしょう」

「わかりました。留学したら会いに行ってみます」

「ええ、でも彼女に頼るのはどうにもならなくなった時だけです。ラクナマリアはああですから駆け引きも何もなく、見破られて同類だと言われて簡単に何でも話してしまいましたが、こちらは彼女の事を何も知りません」

「確かに・・・そんな簡単に秘密を外に漏らすようでは迂闊に外に出せませんね」

「今はもう大丈夫でしょうけどね」


クラウスは少しだけ父とクズネツォフの苦労を理解した。


 ◇◆◇


 そしてようやく帰国してまた必死に馬を走らせて、ラクナマリアの元に戻った。

傷口に『泥』を与えてしばらくするとそれは彼女の体に溶け込み、傷は癒えていった。


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