第52話 ルクス・ヴェーネ聖王国②
クズネツォフは非道な死霊魔術の研究が恐ろしくなりラクナマリアを連れて逃げた事をクラウスに告白した。
「恐ろしくなって?心が封印されていたのでは?」
「はい、ですがラクナマリアが私の心に掛けられた封印を解きました。それで途中で逃げたんです」
「彼女は何故そんな事が出来たんですか?」
話を続ける前に、とクズネツォフは立ち上がる。
「そろそろ移動しましょう。この続きを聞く気があるなら」
「もちろん」
何が待ち受けているのか恐ろしいが、今更引けない。
クズネツォフは滝の裏をくぐり、巧妙なしかけをずらして奥にある鎖を引いた。すると大きな岩がずれて洞窟が現れた。
「この先にあるのはプラーナの故郷です。本来は滝壺の下から水中洞窟を通って行くのですが輸送が困難なのでしかけを作りました」
「輸送というのは彼女の資産ですね」
「ええ。さあ行きましょう」
洞窟内にはトロッコ列車があった。
クズネツォフは魔術で火晶石に熱を入れ始める。
「さあ乗って」
「これは?」
質問しつつ、とりあえず乗りこむ。
クズネツォフは列車を操作し、猛スピードで動き始めた。
轟音がする為、窓を閉めて会話を続ける。
「昔は単純な手押し車を鉱山のように軌道に乗せていたんですが西方商工会の協力で改良しました」
「彼らはこんなところにも絡んでいたんですか」
「ええ、鉱物神を祀る西方圏は金属加工技術にも優れていますから。魔導装甲に使うような金属なら強力な熱にも耐えられます。その力で水を沸騰させ、蒸気の圧力で車輪を回転させます。火晶石と水が豊富なここならではの技術ですが、こんな話聞きたいのですか?」
「そのうち詳しく聞きたいですが、今は止しましょうか」
先端技術は帝国に何かと理由をつけて特許を奪われて向こうの資金力、工業力で先に行かれてしまう。可能な限り秘匿した状態でこちらが利益を得られるタイミングでなければ公開できない。
その為、王子の彼にすら秘密にされていた。
「さて、話の続きですが彼女やプラーナには私達には理解できない力がありました。既存の魔術体系には無い魔術、いわゆる法則無視の神の奇跡、神術です」
「精霊も関係ありますか?」
「さあ、そのあたりはよくわかりませんね。研究不足です。よくわからないものを神術としている以上、似たようなものかもしれませんが」
「ちなみに今のラクナマリアは私を逃がしたラクナマリアそのものではありません」
「そうでしょうね。彼女にしては世間知らず過ぎるでしょうし」
「ええ、プラーナが産んですぐ引き離された初代ラクナマリアは貴重な人と天女の子だったので、我々から引き離され女魔術師に預けられました」
女性の魔術師といっても同じ死霊魔術師だったろうしその子もろくな死に方をしなかったんだろうな、とクラウスは考えた。
「その子も成長を加速され、何体も実験体を産むようになりました」
「で、用済みにでもなったんですか?」
「まさか、まだまだ産めましたからね。しかし、大事にして少しばかり我儘に育ててしまったようです。或いは我々の行いの異常性に気付いて逃げようとしたのか、立ち入り禁止区画に入り込んで魔導人形に殺されました」
「馬鹿馬鹿しいですね。貴方達」
「はい」
彼らは惜しいと思ったが嘆き悲しんだりするような心は持っていなかった。
「問題はこの後です。初代ラクナマリアの子の一体が、ある日自分がラクナマリアだと言い始めました。言葉も教えていないのに」
実験生物に知能は不要だったので彼らは言葉を教えなかった。
初代の子は特別に他の実験体と違って培養室から出して再び女魔術師に預けた所、勝手に教えてもいない言葉を喋るようになった。
「他の子も出してみましたが、二代目ラクナマリアだけがその特徴を持っていました。希少な吸血蝙蝠の獣人との間に産ませた子だったので成長が早く、再現する為に他の個体も同族と再び繁殖させました」
「ところで死霊魔術についてはどうなったんです?」
「ええ、もちろんラクナマリアの謎よりそちらが主要な研究です。ですがシャフナザロフは帝国で一度皇帝に捕えられ、研究を禁止された時に暗示も解除され、それでも実験を続行していた為に狂い始めていました」
師であるシャフナザロフの暗示が解除されていたと知ったのは随分後の話だった。
これまでの犠牲に後悔しつつも、積み上げた死体を無駄にしない為に成功させなければ、という使命感に駆られていたのかもしれない。
「シャフナザロフと女魔術師は死霊魔術によって唯一の神を降臨させるなどと言い始めました」
「蛮族戦線はどうなったんです?貴方達はその為にやっていたんでしょう?」
「ええ、我々西方圏で活動していた死霊魔術師は師にどういうことなのかと問いました。師はこれまでの研究成果からマナを構成する要素が偏り始めると次第に風のような流れが大嵐になるといいました。いわゆる霊脈の流れです。風、火、金、水、地の五大要素、東西南北の力を均衡に保たなければ世界の調和が乱れます。大量のマナを持つ貴族の実験体を殺害する事で要素が失われ人為的に詳細に観測できます。この流れの先に世界の始まりの巨人、天魔ウートゥがいると推測したのです」
「ウートゥ?」
「ええ、知っているでしょう。この巨人から神々は生まれ、残った泥から世界が構築されていった」
「はい、もう存在しないのでしょう?」
「ええ、しかしこの『ウートゥの泥』は使い切れずに残り、万能の道具として帝国魔術評議会や神代から続くわずかな一族が少量ながら保存しています」
「万能・・・?」
「ええ、どのような形にもなります。神話を信じれば泥が神にも人間にもなる。二代目ラクナマリアが繁殖を嫌がって自殺した後、女魔術師が持ち込んだこの泥が人の形を取り、ラクナマリアと名乗りました。幼いラクナマリアは監禁され自殺できないように管理されました。何度も死なせたメーチェを信用出来ず三代目は私が管理することになりました」
その頃のクズネツォフや他の死霊魔術師の一部には訳の分からない事を言い始めたシャフナザロフを信用しない者もいた。とはいえ、これまでの行いが違法であることは理解しており、逃げ出す事も出来ない。
「我々の間に内紛が起きました。シャフナザロフは自分の言葉を信じず逃げようとした者を裏切者として処刑し亡者にしました。もともと帝国での実験が中止された時に同志の魔術師の多くを逮捕されてしまい、ここでさらに数が減り、我々は飼っている亡者の管理が困難になりました」
「とことん愚かですね」
「ええ、そこで無垢の培養室から何人か出して言葉を教えて管理要員として教育し始めました。私はついでに三代目ラクナマリアの世話も任せました。友人を作ればラクナマリアも落ち着くだろうし、普通に恋愛して子供を作るなら精神も安定すると考えて」
三代目も子供を産んで育てるようになり、うまくいった。
初代や二代目の子供達も大きくなっていたし無理に繁殖を急ぐ必要も無くなった。
「ラクナマリアは安定し子供を育て始めました。シャフナザロフも満足し油断していた時に、彼女は私の暗示を解き、脱出の協力を依頼しました」
「それであっさり応じたんですが、これまで散々彼女の親達を亡者に作り替えておいて?」
「ええ、もはや選択肢はありませんでした。三代目ラクナマリアはすでに外部に汚染物質が漏れて事が露見するように管理要員達を操っていました。この天杭台地を水源とする川を利用している村が異常に気付き、帝国が気付く前にブラッドワルディンが気付きました」
ブラッドワルディンは自分とシャフナザロフの繋がりを抹消する為に精鋭の騎士を送り込む事を計画したが、帝国もすぐに気が付いた。
「ブラッドワルディンはここが西方圏であること、拉致され実験に使われているのは西方人であることからシャフナザロフ捕縛計画を主導し乗りこんできました。私は事前に反乱で死亡したことにして名簿を書き換えてラクナマリア達と脱出を図りましたが戦闘の混乱に巻き込まれました」
「何故書き換えを?」
「ブラッドワルディンは私の事も知っていますし、ラクナマリアがプラーナと似ていると気付いたら口封じを図るでしょう。彼女達を連れて逃げて誰にも存在を気付かれない事が当時の望みでした」
しかしながら完全にはうまく行かなかった。
「三代目はその時の戦いに巻き込まれて命を落としました。逃げ延びた先で子供を産んですぐに息絶えてしまい、その時の子も病気で亡くなり五代目が今のラクナマリアです」
「お話はわかりました。ですが、今の彼女はどういった経緯で父の保護下に入っているんですか?」
「プラーナは全ての秘密をブラッドワルディンに話していませんでした。ラクナマリアは神代に失われたイラートゥスの空中庭園の遺跡へ私達を導き、そこで暮らしていましたが好奇心の強い子が何かの封印を解いてしまい病気が蔓延しました。生き残った者達の中にはここを離れる者もおり、私はラクナマリアに現在のエスペラス王と取引を交わす事を提案しました」
「生き延びたのならそのまま注意して暮らせば今のような不自由な暮らしにはならなかったでしょうに」
クラウスはラクナマリア達の為にならなかったのではないかと思った。
「忘れたのですか?彼女達には獣人の血も混じっている。明らかに獣人であるもの。変身が可能である者、さまざまな種族が混じっています」
あぁ、と納得した。
獣人の存在を許さない帝国がいる以上、もし遺跡から離れる事を選んだ者が捕えられれば全てが終わりだ。
「分かったようですね、さぁ着きましたよ。まもなくルクス・ヴェーネです」
列車は猛スピードで何時間も走り、時に上下にも動き天杭台地の中心部にまでやってきた。
※ラクナマリア
名前の由来:本来予定していた名前はラクリマリア(Lacrymaria)
変形伸縮しながら単細胞生物を取り込んでいく原生生物から。
名前そのままだとあれなので少しもじりました、レイシーも同じです。
※天杭台地
西方圏と北方圏の間にある山脈地帯
氷柱を半ばで切断したような奇怪な形状の何百もの切り立った台地が存在する。
東西南北500㎞
最大標高7000m