第49話 ラクナマリアの転機
襲撃者達によってラクナマリア達四名は金庫のある寝室へ連れ込まれた。
「そら、開けたぞ。さっさと持って立ち去れ」
寝室へは既に侵入されていて金庫はハンマーで叩かれていたが変形すらしていなかった。魔術による封印があり、所有者に開けさせる必要があった。
「ヒュー、こりゃすげえ」
襲撃者達には価値の分からない魔術の道具や、金銀財宝、お気に入りの果物の保冷庫、リブテイン人から貰ったお守りなどの献上品が納められている。
金庫に群がっている男達とは別に部屋の調度品に目を奪われている男達もいる。
そしてドナとメテオラは綺麗に整ったベッドに放り出された。
「天蓋付きベッドって奴、初めて見たぜ」
「くはっ柔らけえ、触っただけでイキそう!」
体をまさぐられドナ達が悲鳴を上げた。
「待て、何をやっている。すぐに兵士が駆けつけるぞ。余計なことはせず金だけ持って失せろ」
「そんなことより女だ!」
飢えた男達は聞く耳を持たない。
「死にたいのか?そこまで愚かなのか?」
このままここにいれば確実に死ぬというのに何を考えているのか、ラクナマリアには理解できなかった。今なら大金を持って逃げて一生安楽に暮らせるだろうに。
「おうよ、俺たちゃ馬鹿だからよ。金の使い方なんかわからねえ。どうせすぐ使い切って無くしちまう。だったらお姫様抱いてから死んだ方がマシってもんよ!」
「大体生きてて何になるんだっつーの」
愚者は愚者なりに自分達がこの金をまともに使えない事がわかって刹那的になっていた。
そしていよいよ身に危険が迫ったドナ達が悲鳴を上げて暴れ出す。
「暴れたら全員に回んねえだろうが、別に殺しゃしねぇよ。でもよ、暴れるんなら全部の歯引っこ抜いて両手両足を逆に曲げてやる。体中の骨も顔面も変形しちまったらどんな美女だって間抜け面になる。どうだ?取り返しのつかなくなった体を街中に晒して欲しいか?」
脅されてドナとメテオラは悲鳴を押し殺しながら首を横に振った。
「待たぬか!彼女らに手を出すならわたくしが黙っている理由はない」
人質に取られたので大人しく金庫まで案内したが、どうせ汚されるなら大人しくする理由は無かった。このまま二人が男達にいいようにされたら、生き残っても一生修道院に幽閉される。被害者なのに社会では好奇の目に晒されて生きていけない。
(死んだも同然なら、巻き添えにしても構わぬか・・・?)
後ろ手に縛られていたが、その縄を風の刃で断ち切った。
「うおってめえ!」
黙って見ていたリーダー格の男がナイフを出す。
「あいつらが殺されてもいいのか?」
「殺さずとも二人には手を出さないのを条件にこちらは抵抗を止めたのだ。そちらが約束を破るなら容赦はせぬ」
「へっ、じゃあ、代わりにあんたが一人で全員の相手をするってか?」
「よかろう」
十数人いる男達が口笛を吹いたり囃し立て、早くこっちによこせ、などと煽る。
「おいおい、マジかよ。ぶっ壊れちまうぜ?」
十人以上いる男達をラクナマリアは無感情に眺めていく。
「下らん。この体が壊れようとどうなろうとどうでもよい」
「いいねえ、アンタ最高じゃん。まさに高貴なお姫さま。お姫様はこうでなくちゃな。名前はなんだっけ」
「我が名はラクナマリア。天女ラクナマリアである。天女とまぐわった者は死ぬ。呪いを恐れぬ者だけが抱くが良い」
「へっへえ?強気じゃねえか。時間もねえし使える所は全部使ってやる。お姫様には想像もつかねえような所もな」
「好きにせよ」
よーし、とリーダー格の男は手を打った。
「お前ら交代だ。そっちには手を出すな」
男はラクナマリアの背中を突き飛ばしてベッドに放り出す。
代わりにドナとメテオラの手を掴んで引っ張り上げた。
「おい、そりゃねえよボス。全員まとめてやっちまえばいいじゃねえか」
「そしたら何もできずに死ぬだろうがボケ!人質には手を出すな」
リーダー格の男はそれなりに魔術の知識があるようで未だラクナマリアを警戒していた。
「こっちのぴーぴーうるさい小娘なんて服脱がしゃそこらの女と同じだ。それよりその余裕ぶった女をぶっ壊す方が面白いだろ」
「そりゃそうかもしれねえけどよお」
男達はラクナマリアを受け取り、肢体を撫でまわしながらも未練たらたらだった。
無駄に時間を費やす事に焦れたのか黙っていた手練れの剣士が男達に剣を向ける。
「やれ。本命はそいつだ」
暴徒とは別格の迫力に男達は頷く。
「あ、あぁ、アンタがそういうなら」
「よっしゃ!じゃあ楽しむか」「何分で態度変えるか賭けようぜ!」「そりゃいい!」
やる気を取り戻した男の一人がラクナマリアを自分の膝の上に乗せ、他の男達も群がっていく。ラクナマリアは自分の髪を噛んで声を押し殺し無抵抗のままだった。
剣士はその状況に満足して、剣を収めて歩き出す。
「俺は屋上から偵察して王宮の兵士が来たら防いでやる。じっくりと時間をかけて後悔させてから殺せ」
「あいよ!」
「んじゃ、俺はここらで帰るわ」
喜声を上げる男達をよそにリーダー格の男は金だけ持って立ち去ろうとする。
前後左右に群がる男達に顎や腕を掴まれたまま彼らを無視してその男にラクナマリアが声をかけた。
「なんだ、お前は加わらぬのか?」
「俺はただの仕事で来たんだ。あんたに恨みは無いし、剣士の兄さんとは違う。んじゃあ頑張りな」
「そうか、ではお前は呪い殺す対象から外してやろう」
「おうおう、ありがたいこって。んじゃあ長生きしろよ」
リーダー格の男と剣士が去り、待機している男に剣を突きつけられたドナとメテオラが部屋の片隅で震え、ホスタが男に掴みかかり、突き飛ばされる。
そんな状況でこっそり忍び寄ったカランがラクナマリアの正面の男の背中に短剣を突き刺した。ジャンプしながら全体重をかけて深く深く突き刺す。
もう一人、侵入していたアフドはホスタを乱暴していた男の脇腹に剣を突き刺した。
その瞬間、ラクナマリアは周囲の男達を吹き飛ばした。
カランも巻き込まれて部屋を転がってしまう。
「すまぬ」
「大丈夫です!」
転がっただけでたいしたダメージは無い。
「このクソアマ!」
男達にもさしたるダメージは無い。めいめいに武器を取り出した。
「天の花よ」
ラクナマリアによって召喚された花びらが室内に降り注ぐ。
その花は男達にまとわりつくと黒く変色していった。
「なんだこりゃ!」「くそが!」
どうやっても振りほどけず、積み重なって段々動きが鈍っていく。
「天は貴様らを邪悪と認めた。死ぬがよい」
花びらに火が付き、男達は生きながら焼かれ始める。部屋を転げまわっても、火の勢いは弱まる事も無く、部屋のカーペットやカーテンに火が燃え広がる事も無かった。
「なんだこりゃあ!」「消せっ、消しやがれ!」
「それは地獄の炎だ。罪が消えるまで火も消える事は無い」
許しを乞うても無視され、苦悶の声を上げ、燃え尽きて骨になっていく様子を、段々その声が収まっていく様子をドナ達は戦慄し声も上げられず黙って見ていた。
”マー、もっと力が要る”
一方でラクナマリアは屋上に行った手練れの剣士を警戒して”マー”に精霊界からマナを移動させ、さらに現象界でのマナも己に引き寄せ始めた。剣士は魔導人形と切り結びながら再びこちらに近づいていた。
剣士が扉の入り口に姿を現した瞬間、ラクナマリアは最大の力を込めて雷撃を解き放った。剣士はその一撃を食らうと同時に屋内の様子を悟る。
彼は一瞬の判断で即座に撤退した。
◇◆◇
「もう安心してよい」
ラクナマリアにしては珍しく、怯えているドナとメテオラに優しく声をかけた。
「私達のせいで御免なさい」「なんとお詫びしてよいか」
「気にするな。警備の緩いこの国が悪い。後でドラブフォルトに文句をいっておけ」
警備の最終的な責任は国王にあるので間違いではない。
だが、この二人は招かれて来ていたわけではない。
「お父様にまた叱られる。招かれもせずに入り浸って人質になるなんて」
「私も一発ぶん殴りたかったなあ」
「何人か外で逮捕されているだろうから、後で殴ってやるといい」
剣士以外にもリーダー格の男や数人は金目の物を持ってさっさと逃げていた。誰かしら要領の悪い者は逮捕されているだろう。
「そなたらもよく来てくれた」
アフドとカランの連携も良かったと褒める。
「いえ、助けに入るのが遅くなって申し訳ありません。どうしても隙が無くて」
「仕方あるまい。たぶんそれなりの騎士だったのだろう」
脅す為にゆっくり歩み寄ってきたアルエラと違って魔導騎士が本気で殺意を込めて襲ってきたらラクナマリアでも止めるのは難しい。逃げ場の無い入口に来た瞬間に倒すしか無かったが、倒しきれなかった。
「お体に怪我はありませんか?」
「多少体を弄られただけだ。気にするほどのことはない」
カランとアフドはほっと胸を撫でおろし、身代わりになって貰ったドナとメテオラは目を伏せる。その顔を上げた時、ラクナマリアの胸に大きな剣が生えていた。
背中から胸にかけて貫通している。
その向こう、窓の向こうの建物に撤退した筈の剣士がいてその剣を投擲していた。
窓の前に立っていたラクナマリアが陰になってカランとアフドはその危険に気がつかなかった。気が付いた時にはラクナマリアの体には大きすぎる剣が刺さり、彼女の胸からは血が吹いていた。
「ラクナマリア様!」「お母さんっ!」
今日はここまでです。
※天女の花
インド神話で罪人を暴くのに登場したものから。
天から花びらが降ってきて色が変わる。
別作品の天女ネーメストリーヌと同じ技。
ラクナマリアは容赦ないので地獄の炎召喚とコンボ技を使う。
悪人は回避不能。