第45話 来訪者
「こちらヴィヴェット・コールガーデンだ。西方商工会と協力関係にある新聞社を経営している」
ある日、ドラブフォルトが帝都留学準備中のクラウスに助けとなる人物を紹介した。
「帝都にいらした際には私がサポートさせて頂きます」
ニ十歳くらいの女性と握手を交わす。
「随分、若いんですね」
「女性向けの記事は割と需要があるんですよ。服飾関係の雑誌なんかもやっています」
「それは凄い、結構いい所のお嬢さんなんですか?資金はどうしたんです?」
「先祖はこちらの出身らしいので、その縁を頼って資金は西方商工会やリブテイン出身の共済組合などから借りました」
「なるほど。西方に縁のある家柄だから協力を得られた、と」
「はい、皆さんに女性の権利拡大を訴えて賛同いただき積極的に押して頂きました」
「女性の権利?」
クラウスにはピンと来なかった。
「こちらには女王がいらっしゃいますが帝国に女帝はいませんし、一部の仕事は経営できなくて相続もできないから勝手に競売にかけられてしまうんです。離婚した時、子供を引き取る権利もありません。西方諸国にとっては当たり前の事が当たり前じゃないんです」
「なるほど帝国の方もいろいろあるんですね」
「ええ、はっきりいえば従属諸国の負担軽減と帝国の女性権利拡大をメインに世論工作する為に私と陛下達は協力しているんです」
「なるほどお互いにメリットがあるんですね」
「はい、あくまでも帝国人が設立した帝国の為の報道機関です」
彼女は出資者たちに挨拶があるので、早々に去って行った。
それからドラブフォルトがさらっと秘密を告げる。
「彼女は帝国貴族制度の破壊を目的にしている。帝国の守護神である大地母神の教えのせいで女性はたくさん子供を産んで賢い母であることを強制されて自由がなく、強制的な結婚から逃げる為に家を出るしかなかったらしい」
「へぇ。家出していても会社経営出来るんですか?」
「ボケ老人の孫娘になりすましてコールガーデン家に入ったそうだ」
「なるほど。しかし意外と帝国内にも我々の協力者がいるんですね」
「我々単独ではどうあがいても勝てないからな。お前が六年の留学期間を無駄にしないことを願うよ」
「はい」
女性を味方につけるだけで帝国人の半分がこちら側になる。
五億の人口を誇る帝国を打倒するなど荒唐無稽にも思えるが、ガドエレ家、二億の東方人、そして二億五千万の帝国人女性、一つ一つ味方を増やしていけば実現可能かもしれない。
「なんとかなるかもしれませんね」
「ああ、数は力だ。神々の時代が終わったように帝国の時代、貴族の時代も終わる。我々が自ら主導し帝国市民の世論を味方につけることで、時代の変わり目の争乱を小さくする」
「はい」
リブテインのように民衆が王を恨んでの革命で時代を移行するわけにはいかない。
自分も従者もラクナマリアも皆が幸せに生きられる社会にする為に、彼らは時代を変えるのだ。
◇◆◇
クラウスは帝都に行く前にお世話になるコールガーデン家の事を調べようと紋章院へ向かった。
「コールガーデン家は四千年くらい前、征服期に帝国へ移動したようでこちらでの家系は絶えています。伝説の聖王国が存在した頃は空中庭園の管理をしていたようです」
神代に浮島、イラートゥスの空中庭園を管理していて神々が去った後、聖王国で空中庭園を再現したらしいという伝説が記載されていた。
「まあ、いまあるのは文字通りの空中庭園で神々の浮島とは別物ですね」
「なるほど、じゃあかなり由緒正しい家柄なんですね」
「左様です。是非血筋を西方に戻して欲しいですね」
ボケ老人を騙して乗っ取ったらしいから、血筋はもう断絶するようだが、それは言えなかった。聖王国関係なのでいい話題が出来たと思ってラクナマリアに聞きに行ってみたが「知らぬ」と返された。
◇◆◇
ラクナマリアの元にはドナとメテオラが訪れていた。
西方諸国会議を開催するにあたり、彼女達も招待されていた。
「ご婚約おめでとうございます」
「政略結婚だ。慶事ではない」
「でもマシな相手でしょう?」
「そうかもしれんな」
二人とも釣り合わないと考えていたのであまり嬉しそうではないラクナマリアを見てそれ以上は何も言わなかった。
「滞在中は好きに遊びに来るが良い」
「はい、それにしてもこの高度な調度品の数々・・・聖王家は本当に裕福なんですね」
「神代の資産が没収もされずに忘れ去られたままになっていただけだ」
「聖王国ってどちらにあるんでしょう。一度訪問してみても構わないでしょうか」
「駄目だ」
さらに突っ込んだ質問には答えず、ラクナマリアは庭でいつも通りに佇んだり、曲を奏でたりする。そんな主人の代わりにホスタが来客にいつものことですが、失礼を詫びた。
「申し訳ありません。いつもこの調子なのですが、不機嫌な時はもっと辛辣な対応に出てしまいますので」
「「「失せろ」」ですよね」
二人ともあはは、と屈託なく笑う。
「ここは澄んだいい空気ですよね。森の中のよう」
「精霊がラクナマリア様の傍にいるそうですから。その影響でしょうか」
特に話す事は無かったが、他愛ないお茶会と演奏を聞きに滞在中二人は何度かやってきた。




