第35話 求婚
クラウスは警戒されてしまって駄目なので、二人の仲を取り持とうと従者達が個別にラクナマリアに面会を申し込んだ。しかしドナがいる為、突っ込んだ話が出来ない。
そこでドナの友人のメテオラ姫に連れ出してもらう事にした。
「ちょっとアンタ!一日中いるつもり?ご迷惑だってわからない?」
ラクナマリアの負傷はドナの友人で相談相手のメテオラにはもともと伝わってしまっている。緘口令が出て、二人とも騒ぎ立てはしないと話がついていた。
「でも・・・」
「わたくしが頼んでいてもらっておるのだ」
「ほら」
してやったりとドナが誇らしげにする。
「限度ってものがあるでしょ。父君に告げ口しちゃうからね。エスペラスの人達もいつまでいるんだろうって噂してるわよ」
「う・・・。でも」
「でもじゃない。もうすぐ夕食の時間だしアンタにも仕事があるでしょ」
「わたくしは今日は湯浴みのお手伝いもさせて頂く約束をしておりますの。お食事も」
「何が『おりますの』よ。無理してお嬢様ぶっても似合わないっつーの」
「そなた、そのようにいうものではない。彼女も努力しておるのだ」
ラクナマリアがメテオラを叱る。
帝国が中央大陸全土を共通語で統一したように西方諸国も西方共通語を使っているのだが、彼女の国はちょっと方言がきついので矯正中だと談笑中に教えて貰った。帝国に留学する為に、帝国語も学んでいて出来るだけ田舎貴族に見えないように努力している最中らしい。
「で、でもですね」
風格漂う相手に威勢のいいメテオラも怯む。
「良い良い。友達が取られて寂しかったのであろう。ここで一緒に茶でも飲んでいくが良い」
それでもいいかなーと考え始めたメテオラだったが、カランが必死に頑張れとゼスチャーを送っているので目的を思い出す。
「べ、別に寂しくて連れ出しに来たんじゃないですからね!来ないならもう知らないから!」
メテオラは捨て台詞を残して去って行った。
「仕方あるまい。そなたいってやるがよい。湯浴みの時間にまた会おう」
「はい。メテオラが騒がしてしまって申し訳ありません。まったく子供なんだから」
ドナも彼女の後を追っていった。
◇◆◇
「カラン。あのような策略は感心しないぞ」
「済みません、僕らには他国のお姫様より自分の主君の方が大事なんです」
「で、何の用だ?」
「クラウス様が二人だけで話したいと」
「昨日の今日でか?そなたはわたくしが襲われても良いのか?場合によってはクラウスが八つ裂きになっているやもしれんぞ」
「何か誤解があるようです。殿下は体が乗っ取られたようだと」
「ではまた体が乗っ取られたらわたくしが危険ではないか。話にならぬ」
まったくだ、とホスタも憤慨する。
「ちょっと言葉を間違えました。じゃあ、僕らが殿下を縛って連れてきますから話を聞いて上げて下さい。エスペラスにはラクナマリア様が必要なようですし、このまま時間が経って拗れた場合、国に悪影響を与えてしまってラクナマリア様の願いも叶わなくなってしまうのではありませんか?」
「小賢しい事を言う」
「申し訳ありません」
カランは平身低頭する。
「だが、その通りだ。連れてくるがよい」
◇◆◇
ホスタが退出し、レドヴィルの手で縛られたクラウスが部屋に転がされる。
「本当に縛る奴があるか。解いてやれ」
「え?いいんですか。しょうがないなあ」
レドヴィルが嫌そうに縄を解いてから出ていく。
「さて、何を話したいのだ」
クラウスは片膝をついたが、ラクナマリアはいいから座れとソファーに座らせた。
「昨日のお話です。私がいざとなったら王国なんて捨てて商船団でも経営して南方圏に移住して、姫君達抱えて贅沢三昧して・・・」
「待ちなさいな」
ラクナマリアが止めた。
「は、え?」
また黒く染まっている。
「最後の求婚の言葉しか教えてないといったでしょうに。正直なのは美徳だけどいい王様にはなれませんよ」
「いえ。真意を知って頂きたいと思います」
「真意も何も言葉通りでしょうに」
「いえ!実はクズネツォフ老師に相談した所、夜のラクナマリア様は精神支配、暗示の術に長けていてそれで狂わされたのではないか、と教えて頂きました」
「失礼ね。狂わせたりなんかしていませんよ。貴方の心根の奥底にあるものを引っ張り出しただけ」
「はい、確かにそうでしょう」
あら、と意外に思う。
「認めるのね」
「心の中にそういった事を考えてしまう一面があったとしてもそれが全てではありません。そんな欲望よりラクナマリア様を思う心の方がずっと大きくて真摯だと断言できます。夜のラクナマリア様が出てきたのでしたらちょうどいいです。さぁ、僕の心をもっと見て下さい!」
さぁさぁ、とクラウスは詰め寄った。
下手に隠そうとするからそこが目立つのだ、ストレートに彼女を思う気持ちに意識を集中させて詰め寄る。
「ちょっと・・・痛いわ」
上腕部を掴んで詰め寄ってしまったのでラクナマリアが嫌がった。
「あ、申し訳ありません」
「昨日の事を全部、向こうに教えてしまうわよ、と脅そうと思っていたのに」
「脅迫には屈しません。正面から口説かせて頂きます」
「そう、じゃあ伝えておいてあげるから変わるわね」
ラクナマリアは昼の方へと変わろうとしたが、クラウスが再度掴んで止める。
「お待ちください!」
「こ、こら。約束が違いますよ」
「自分はこちらのラクナマリア様にも納得して妻になって頂きたいのです」
「坊やにはまだ早いわよ。まあ向こうになら少しは望みはありますけどね」
「早いのは重々承知ですが、父上から期限を迫られているのです。一年、いえもう大分残り期間が減ってしまいましたが、近いうちに承諾を頂かなければ強制されてしまうのです」
「私には関係ないし、向こうがいいというのなら合わせるだけ」
クラウスは出来るだけ力を抑えて逃げようとするラクナマリアを離さなかった。
「そうはいきません。同じ体である以上、こちらのラクナマリア様にも納得して頂きます」
「あら、私も口説くつもりなの?」
「はい。政略結婚を強いる事にはなりますがお二人の納得が得られるまで体に触れるつもりはありません」
「今触れているでしょうに」
「あっ」
ちょっと興奮し過ぎていたので腕を離して引き下がる。
「もう」
ラクナマリアは掴まれていた部分をさする。
「実際に結婚できるようになるのはまだ何年も先ですし、今は婚約を前提に考えて頂きたいのです。自分でいうのも何ですがラクナマリア様の事情をある程度理解して、配慮出来て権力もある自分は最良の相手だと思います」
「でも貴方は王様になって私の事なんて後回しにしてしまうでしょう?」
「はい、私の最優先は西方全土の民です。ラクナマリア様の願いも同じ筈ですからそれが欠点になるとは考えていません」
「ふうん?」
「もちろん願いが違うのでしたら正確に教えて頂けると嬉しいのですが」
「そんなに外れてはいないけれど」
良かったとクラウスは安堵する。
「じゃあ、もう政略結婚の婚約くらい考えてあげるからそれでいいわね」
「投げ槍にではなくちゃんと納得して頂きたいのです」
「坊やが私を口説くなんてまだまだ無理よ」
「でも普段のラクナマリア様ならちゃんとお話を聞いていただけると思います」
「だから聞いてあげてるでしょうに」
「さっきから瞳を逸らそうとしていらっしゃいます。断るにしてもちゃんと受け止めて欲しいのです」
「だから聞いてますってば。でもいくら聞いても受け止める私なんていないのよ」
「どういうことですか?」
身をよじって少しまた距離を取ったラクナマリアの手を取って話を促した。
「夜の私はいろんな霊の影響を取り込んでしまう。祓った霊と過去の自分の記憶が混在して自分がわからなくなってしまう。だから日中の人格にはあまり情報を与えないの。貴方が口説きたい私は私じゃないのよ」
自分を守るために人格を分裂させた。
精神を操る術師ならではの高度な秘術によって。
「そうでしょうか?」
クラウスが疑問を口にする。
「私の見てきたラクナマリア様は誇り高く、凛として、優しくて、時々可愛らしくて素敵な方です。根底にあるものはどちらも同じ。夜になるとちょっと悪戯っぽくなりますが、そこも可愛いです」
昨夜もクラウスの欲望を引き出しておいて、最後に切り替わって、それをネタに強請ろうとしたりして、惚れた弱みかそれも可愛いと思う。
「大人をからかうものじゃありません」
「心が読めるなら僕が真摯にそう思っているとご理解頂ける筈です。それくらいの自信を持って愛を伝えているつもりです」
「・・・・・・」
「ほら、こちらを見て下さい」
ラクナマリアは視線を逸らすがクラウスは逃さない。
「あまり困らせないで。私には私がわからないの。貴方が見ているような人は存在しないかもしれない。夜の私はもうとっくに死んで亡霊が乗っ取って動かして、本当の私は混じってどこかへいってしまったかも」
不安そうに自分の体を抱いてうつむくラクナマリアの視線をクラウスはもう戻そうとはしなかった。その代わりに抱きしめる。
「大丈夫ですよ。もし全然違う人ならもう一人のラクナマリア様と夢を共有している筈がありません。ちぐはぐな行動を取っている筈です。大丈夫です、不安なら私が寄り添います。自分が分からなくなってしまったのなら僕の瞳に写るラクナマリア様を見て下さい」
震えるラクナマリアを抱きしめて背中を撫でて安心させる。
すると少し瞳を涙に濡らした彼女が視線をあげてクラウスと交差する。
「そこにいるのね?」
「ええ、亡者の悲しみに寄り添って皆に優しくて誇り高くて可愛らしい。僕の愛する人です」
「ありがとう」
体を寄せてくるラクナマリアに、なんとなく大丈夫かと思って顔を寄せ、そのまま唇を重ねた。涙を拭い、再度問う。
「結婚して頂けますでしょうか」
「ええ」
めでたく彼女の了解が得られた。
婚約をすっ飛ばしてしまった気がするが、すっかりのぼせてしまったクラウスは気が付いていない。
「もう一度」
「はい」
乞われるがままに再び唇を重ねて、抱きしめる力を強くする。
彼女の体がまた小さく震え、不安なのだろうかとさらに強く抱きしめた。
すると。
「ほ、ホスタ!助けて!!」
悲鳴を上げる彼女は昼のラクナマリアに戻っていた。




