第34話 雷雨の後
重傷を負ったまま無理をしたラクナマリアは戻ってくると治療を受けてそのまま朝まで眠っていた。
ドラブフォルト達は少数の聖騎士達と街を巡回し、魔術で明かりをつけ、不安であろう住人達を安心させようとしたが意外と皆、落ち着いていた。
そのまま朝まで祈り続けるように伝え、負傷者やまだ動いている亡者を探した。
朝まで人々を励ましながら巡回し、宿舎に戻ってから待機していたクラウスに街の様子を伝える。
「負傷者はほぼいなかった。街中に現れた亡者は動きも遅くてたいした脅威ではなかったらしい」
「意外ですね」
ここに現れた者とは動きが違う。
「ラクナマリア様は先ほどお目覚めになりました。こちらでも調べていた所、どうもドナ様が引き金を引いたようです」
這い上がってきた亡者に突き飛ばされたドナは、しばらく動転してずっと隠れていた。
状況が落ち着いてから出てきてラクナマリアが大怪我をしたと聞いて、また動転していた。
「そうか。私も様子を見ておこう。街中に被害は出ていない、だが、日が登ればそのうち騒ぎ始めるだろう。私は指示を出し終えたら少し仮眠を取る。後で呼ぶまでお前も少し休め」
「はい」
市中にも式典の準備を普段通り進めるように布告を出した。
◇◆◇
ドラブフォルトにとっても想定外の事だったのでひとまず各方面に必要な指示を出し沈静化を図った。それからクラウスも呼んで専門家、クズネツォフに相談した。
「といった具合だがお前から見てどう思う?」
「的確なご指示かと。あと二日ありますし被害者もほぼいないことから致命的な問題とはなりますまい」
「そうか?大分ケチがついたと思うが」
「挽回は可能です。亡者達は雷に弱い。今回の雷雨は神々からの祝福だと喧伝するのです。これで完全に過去は断ち切られ未来に出発することができるのだと」
「老人達はラクナマリア、彼女の名前は知らなかったが彼女のおかげだと騒いでいる。報道関係にも何かしら声明を出さねばならないだろう」
「あくまでも自然の神秘だと答えるのです」
同席しているクラウスも父達の基本的なスタンスはラクナマリアを必要以上に目立たせない事としているのには安心した。
「でもラクナマリア様の事はなんと?姿を見ている者もいますし」
クラウスがクズネツォフに問う。
「律儀に答える必要など御座いません。招待している報道関係者は自由都市と西方商工会、ガドエレ家の系列だけ。経営層はこちら側と協定を結んでいます。現場の記者が何をいったところで出版出来るわけではありません」
そういうものなのか、と一つ学んだ。
「帝国にはツェレス島と古代帝国の旧都という亡者に占拠された二大地域があります。もしラクナマリアにどうにか出来る力があると分かれば必ず奪われて二度と帰ってきません」
「そうだな。彼女は切り札になる。もし地上が亡者に席捲されても我々だけは生き残る事が出来るだろう」
「そういうことです」
理屈はわかるし、方針には賛成だが為政者の冷徹さというものをクラウスは学んだ。
「では、徹底的に情報は隠すということですね」
「そうだ。お前の従者だろうと下らんおしゃべりをすれば処刑する。いいな」
「承知しました」
「近くで見ていたドナ様はどうしましょうか」
「具体的に何をみたのかお前が聞き出せ。うまくやるように」
「はい。基本的には巻き込まれて怪我をしたラクナマリア様に面会させて謝罪させる、で構わないでしょうか」
「それでいい」
クラウスはドナを宥め、その侍女からも隠れていて何も見ていないと聞き出した。
歌声などについては彼女達以外にも聞いた者がいたが、雷鳴に紛れていたので幻聴ということで市中の人々にも噂を流した。
◇◆◇
「ということになりました。お守りできず申し訳ありませんでした」
クラウスは打合せの内容を伝え、首筋の包帯にまだ滲む血を見ながら謝罪する。
「気にする必要は無い。彼はわたくしに救いを求めていただけなのだから」
「どういうことでしょう」
「さあ、向こうに細かい思考などは無いだろう。本能みたいなものではないか?」
「市中ではそれほど活発な動きは無かったようです。ラクナマリア様の近くで亡者として目覚めた故の例外ということでしょうか」
「そうなのではないか?わたくしに全ての答えを求めるでない」
「申し訳ありません」
クラウスは恥じ入った。彼女なら何もかも分かっているのでは、と考えてしまった。
「ということは市中に怪我人は出なかったのか?」
「吃驚して転んだりとか軽傷者だけです」
「それは良かったな」
ラクナマリアはソファーの上で体をホスタに預けていた。自力でまっすぐ座るのも厳しいのだろうか。
「申し訳ありませんが、ドナ姫が謝罪したいと申し出ております。会っていただくことは可能でしょうか」
「詫びられる筋合いはない」
「襲った亡者はどうも彼女が井戸から出してしまったようなのです」
調査結果をラクナマリアにも報告する。
「彼女は怪我は無かったのか?」
「はい」
「ふむ、面倒だがどうせ後で会うだろうし連れて来ても良い」
「有難うございます」
◇◆◇
ドナは気の毒なくらい憔悴していた。
父王からも厳しく叱責され、部屋に入ると天井にまで飛び散っていたラクナマリアの血痕を見てふらっと倒れそうになる。
「姫」
クラウスが慌てて支えた。
「も、申し訳ありません。お見苦しい所を」
ドナはクラウスにもラクナマリアにも謝罪した。
「気にするでない。そなたも気の毒だったな。こちらへ来るがよい」
ラクナマリアは自分の左手でソファーをぽんぽんと叩いた。
「と、とんでもありません!」
「興奮するな。倒れたら困るだろう?」
「申し訳ありません」
クラウスに支えられて座り込む。
ホスタとラクナマリアとドナが並ぶ奇妙な形となり、ホスタが席を立って控えた。
「ドナ様。ラクナマリア様を支えて頂けますでしょうか。大分血を失ってしまいましたので」
「はい、本当にわたしったらご迷惑をおかけしてばかりで」
「良い良い。元気を出せ、昨晩はもっと威勢が良かっただろう」
「お恥ずかしいばかりです。もし輸血が必要でしたら我が国の医者を手配させて頂きます」
王侯貴族の血に潜む魔力の謎を解明する為、科学的な実験もあり輸血の技術についても試行錯誤が始められている。
「ドナ様、まだ確立されていない技術は・・・」
「うむ。そこまでする必要は無い。ホスタに血は貰った」
「え?もう輸血されていたんですか?」
「うむ」
いつの間に、とクラウスが驚く。
「是非私の血もお使いください」
「ふむ、まあ考えておこう。クラウスからも聞いたと思うがわたくしは静かに過ごしたい。あまり騒ぎ立てぬように」
「はい・・・でも」
「ドラブフォルト達も祝辞の前という事で何も問題無かったかのように沈静化させるつもりらしい。わたくしも賛成だ。そなたは運悪く変な所に居合わせただけ。わたくしも運が悪かった」
「そうですよ、ドナ様」
ドナが負い目を感じて必要以上に騒いでしまうと皆が困る。
「でも何かお詫びの品をお送りさせてください。医者の手配や慰謝料なども」
「ドナ様、ラクナマリア様は果物がお好きです」
「はあ、果物ではあまりお詫びにはならないかと思いますが・・・」
クラウスの助言にいまいちピンと来ないようだ。
「ラクナマリア様は我が国よりも裕福なので慰謝料も不要です。珍しい果物を探してみるとか話し相手になってあげてください」
「本当にそのようなものでよろしいのでしょうか?」
「うむ。こやつらに言わせるとわたくしは常識に欠けるらしい。世間話でもすれば役に立つだろう」
「はい。ところで先ほどドラブフォルト様を呼びつけにされておりましたけど、特別なご関係ですの?」
「うむ。パートナーという奴だ」
ラクナマリアは微妙な表現を使う。
「えっ」
「父上の、我が国の保護下にある聖王国の方で、私が求婚中の方です!」
誤解の無いようにクラウスが補足する。
「え、求婚されておりましたの」
「昨日押し倒されそうになった」
「まあ!ちょっと気がお早いのでは?」
年齢不詳だが明らかに成人年齢に達して数年は過ぎているラクナマリアと少年期を抜け出しかかっている最中のクラウスでは釣り合わない。
「誤解です。求婚しているだけです。すぐに釣り合います」
「子供と思っていたが私の力では抵抗出来ぬ。そなた守ってくれ」
「お任せ下さい!」
というわけで滞在中ドナがラクナマリアの護衛に加わった。
このままではいけないとクラウスはちゃんと話し合う必要を感じた。
「ラクナマリア様、もしお体が優れないようなら無理は言いませんが少し弁解させて頂きたいのです」
「優れぬ。失せよ」
駄目だった。




