第3話 天女の正体を求めて②
「帰れ」
美しい天女と国王の出会いは冷たい一言で切って捨てられた。
「つれないな」
拒否されても構わず、ドラブフォルトは室内にずけずけと入っていく。
「何か困っている事は無いか」
「今、お前がここにいることだ」
ラクナマリアは凛とした声で拒絶する。
「とりあえず茶でも淹れよう。飲むか?」
勝手知ったる我が家のようにドラブフォルトは魔道具で湯を沸かす。
「・・・飲む。飲み終わったら帰れ」
ドラブフォルトは茶を三杯入れて、持参した茶菓子を置いてからソファーに座った。
「昼間は息子が失礼した」
「お前が詫びる事では・・・いや、父親の責任か。育てる気が無いのなら元の場所へ返せ」
「今更そんなことをしても残酷だろう?」
「心にもない事を。下らんおしゃべりに付き合う気はない。茶を飲んだら帰れ」
「本題はこれからだ。相変わらず会話の機微というものが分からない奴だな」
ラクナマリアは小さく溜息を吐く。
「悪い悪い。クラウスがいうには君の事を噂している者が意外といるようだ。少々、後宮の事を放置し過ぎたかと様子を見に来た」
「では、済んだだろう。ここには何も変わりない。妃の所へ行くが良い」
「そういうな。せっかく来たんだ。君が元気でやっているか気になったし、久しぶりに君の歌や踊りでも楽しませて貰いたいな。どうせ夜にやっていることだろう。噂になっているぞ」
「お前を楽しませる為にやるわけではない」
「私はたまたま居合わせただけだ」
「一曲終わったら帰るのだぞ」
「ああ」
◇◆◇
冷気漂う水面で踊っていたラクナマリアはすぐにドラブフォルトの事を忘れたようで宙に舞い上がっていく。どこからともなく響いていた妙なる調べも遠ざかっていった。
ドラブフォルトは声をかけようとしたが、結局何も言わずしばらく眺めてからその場を立ち去った。
「如何でしたか、陛下」
王宮の執務室に戻ってきたドラブフォルトに宮廷魔術師が問うた。
「何も変わりなかった。いや、前より少々冷たかったかもしれない。茶菓子も好みでは無かったようだ」
茶は飲んでいたが、菓子には手を付けていなかった。
「彼女の好みは霊山の仙桃ですよ。量産品の茶菓子では」
「今回は急な事だったからな」
栄養と甘い物が取れれば十分で味の好みに無頓着なドラブフォルトの食生活は質素で、菓子職人も置いていない。普段の食事だけではなく、茶会、夜会の類もあるので普通は王宮お抱えの職人がいる。
「とりあえず特に異常は無かったようだが、変な噂が広がっていないかは留意しておいてくれ」
「はい、ですが後宮の事はちと・・・」
「そうだな。後で考えておくとしよう」
「殿下はどうなさいます?もし陛下に何かあれば彼女の事をお任せすることになります」
「私の代で終わらせるつもりだが、特に成果もないしな。意外と行動力もあるようだし、もう少し様子を見よう」
「指導される気は無いので?」
「粗暴で傲慢、我儘と報告は上がっているが若い頃は皆そうだ。臆病で卑屈で我の無い者に指導者など務まらない。制御できるようになればいい」
魔術師は黙って頭を下げた。
◇◆◇
宿題はたくさん出されたが、クラウスの行動に制限はかけられなかった。
クラウスは義父から聞いた情報をもって再び紋章院を訪れた。
「どうやら先代国王ブラッドワルディン陛下の縁者なのは確からしい。系図などは残っていないか?」
「ふむ・・・現代ではその名の方の記録はありませんね。古代や中世では何人かいらっしゃいます」
「父上は古王朝に敬意を表し、政争に利用されないように保護されているようだ。先代に娘や孫などは?」
「プラーナというお后様がいらっしゃいましたが、子を残す前に病で亡くなられています」
「プラーナ殿は何処の方だ?」
「先日、殿下の話を聞いて引退した上司にいろいろと訊ねた所、プラーナ様のお話も伺いました。我が国の方でもなく、他国の王家の方でもないようです。神殿暮らしの時代からのお知り合いらしく容姿は天女に見紛う程で、ラクナマリア様との特徴に近いかと思われます」
「では、そちらの縁者だろうか」
「おそらく」
クラウスは改めて資料に目を通した。
「殿下」
紋章官が恐れながら、と口に出す。
「なんだ」
「陛下が公にする気が無いものを調べてもよろしいのでしょうか」
「どういうことだ?」
「陛下は帝国の方針に反して民から優れた者を抜擢して高い地位につけ、古から続いているだけの血統は廃していくおつもりです。ラクナマリア様の事を公として特別扱いをしていると民が知れば反感を買います」
軍事の主力は平民に移っており、再び市民戦争が起きれば今度こそ王侯貴族は絶滅させられてしまう。紋章官は世論の反発を恐れた。
「なんだ、そんなことなら構わないだろう」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
調査に協力してしまっている以上、紋章官は説明を求めた。
「第一に父上に止められていない。第二に国庫から予算は一切降りていない。つまり特別扱いなどしていない。誰も文句を言う権利などない」
「予算が出ていないのですか?」
「確認した」
「では、どうやって生活されているのです?」
「さあ、稀に貢物があるらしいが」
「なるほど、殿下が気になさるわけです。私の立場ではこれ以上協力は出来ませんが、殿下の疑問が晴れた暁には私にも教えて頂けると幸いです」
「うむ」
◇◆◇
「よし、今日こそラクナマリア殿の所に行くぞ」
近侍の少年達にクラウスは宣言したが一人足りない。
「レドヴィルはどうした」
「今日はストライキに参加しておやすみです」
「むっ。仕方ないな。全員手土産は持ったな?」
「はい」
クラウスの小遣い、宮廷費から出すと監査で文句を言われるかもしれないのでクラウスは何も持っていない。従者達に用意させた。
彼らはホーリードール宮の正門まで来て石人形達を警戒しながら門を叩いた。
「先日の件でお詫びに参った!門を開けて貰いたい!」
大声で呼んだが、応答は無く門は開かなかった。
「前回はどうやって開いた?」
「勝手に開きました」
「そんな馬鹿な」
一笑に付したが、噂では用がある者には勝手に開くという。
「むう、じゃあ誰か壁を登って横から入れ」
「ええ!?」
王子ならともかく従者風情が宮殿の壁をよじ登って不法侵入すれば厳しい叱責を受ける。叱責だけで済めば御の字だ。
「アフド、お前が登れ。他の者は台になれ」
「ぼ、僕ですか?」
「さっさとやれ」
他の従者達は王子を恐れて自分にとばっちりが来る前に台になってアフドに咎めるような視線を向けた。アフドはおろおろとしてすぐには動かない。
「やらないか!」
なかなか動かないアフドにクラウスはじれったくなって蹴り飛ばす。
そうこうしていると重たい正門が自然と開いた。
誰も門を操作している者はいないというのに。