第29話 鎮魂旅行④
訪問先の旧リブテイン領はエスペラスの保護領となっていて、世界中からボランティアを受け入れていたが帝国政府関係者は拒否していた。
ごくわずかな生存者とエスペラス人、ボランティアによって白骨遺体が掘り起こされ五十年かけて二百万以上の墓を建立した。
とても土地が足りないので地下に大規模な墓地を作った。
五十年かけて聖堂騎士団によって亡者が狩られ、神官達が鎮魂式を行い少しずつ亡者や亡霊出現の報告は減っていった。
訪問先はそんな土地だった。
「現地でも随分活動している者がいたのだな」
遅れて到着したドラブフォルトの宿舎に呼ばれて感想を聞かれたラクナマリアがそう零した。
「君から見てどうだ?復興を初めても大丈夫そうか?」
「駄目だといっても構わず進める気だろうに」
港湾施設は再建されており、近隣の山々は切り崩され、資材が運び込まれ建物の再建も始まっている。今回は間に合わなかったが高層ホテルまで建設中だった。
「まあな。人口が増え始めてこの土地も使わざるを得ない。我々がやらなくても不法入植者が増えて問題を起こす。やるしかない」
同席を許されたクラウスも同感だった。
帝国に睨まれて壊滅に追い込まれるほど立地条件がいい。
経済制裁と封鎖による事実上の大虐殺を行った帝国が再開発に乗り出しても失敗する為、これまで放置されてきたが戦後五十年が経ち、そろそろ手を出してきてもおかしくない。
「もう王族も全滅している筈ですが、我が国がこのまま統治を続けるのでしょうか?」
「式典の時に報道関係も呼んで周知するが、ここは復興計画を主導する西方商工会の商人自由都市とする。我が国が一応総督を派遣するが対帝国用の形式的なものだ。他の土地、旧首都以外は我が国がいままで通り使い少しずつ入植させる」
「わかりました」
「四日後はリブテイン再出発の節目となる記念日だ。その時、また亡霊がどうのなどという話が出たら困る。ラクナマリア、もしまだそこらに霊がうろついているならどうにかして祓ってくれ」
「よかろう」
ラクナマリアが鷹揚に頷いた。
「父上!」
「なんだ」
クラウスはつい口を出す。
彼女がさらに遠くへ行ってしまうような気がしたから。
「亡者がいなくなって聖騎士の方も引き上げるそうですが、本当にまだ必要なんですか?」
「念を入れるだけのこと。五十年というのが重要な節目であることくらいわかるだろう」
「ラクナマリア様に負担をかけなくても他の神官もいらしているそうではありませんか」
「負担なのか?」
ドラブフォルトがラクリマリアに振る。
「別に。祈って歌って踊って慰めるだけ。普段と変わらぬ」
「だそうだ」
もう話はいいな、とドラブフォルトは話を打ち切った。
「夜中に祓うから、皆には外出せぬように言っておけ」
「そうか、じゃあ明日にしてくれるか?今日はもう十分な時間がない」
「よかろう」
「あと、クラウスはパラナとヴァンダービルトのお姫様がもう到着しているから挨拶しておけ」
「え?はい」
「お前の正妃候補だ。しっかりな。西岸と海峡を抑えるのにあの二国の協力は必須だ」
「ち、父上!」
ラクナマリアの前で、と文句をいう。
「妃三人くらいなら国民も許してくれる。予算はラクナマリアがどうにか工面してくれるだろう」
「うむ」
「うむって・・・」
「大望の為だ。しっかりやれ」
わかってはいたが嫉妬もされなかった。
◇◆◇
明日の夜まで暇が出来たのでラクナマリアは市内を散策する事にした。
「現地で見れば別の視点があるやもしれぬ」
「そうですね」
「・・・・・・馬に乗せよといっておるのだ。わたくしに歩かせる気か」
「あ、気がつきませんでした。じゃあ、準備します!」
戻って父から護衛の騎士を借りてきて出発した。
◇◆◇
「やはり馬車よりはいいな」
「何か見えますか?」
「うむ」
肉体を持って動き回る亡者は聖騎士と神官達が始末していたが、ラクナマリアにはまだ地に潜んでいる者達を感じた。
「騒がしくしたら彼らも起き上がってくるかもしれん。やはり式典前に祓った方が良いな」
父の指示は正しかったのだ、とクラウスは納得した。
もっと冷徹に必要な事を判断しなければ・・・、愛する人を切り捨てるような選択でも出来なければ王にはなれない。
そんな事を考えて少し周囲への警戒が緩み、近づいて話しかけてくる者達への反応が遅れた。
「生神女様」「生神様」「生神様じゃあ」
「な、なんだ?」
市内を散策中に路地から人々が出て来た。年寄りが多い。
皆、ラクナマリアの方をみて近寄ってくる。
「お前達、そこで止まれ!」
護衛騎士が命じるが、耳に入っていない。
一部には涙を流している者もいてゆっくりと近づいてくる。
「壁を」
騎士が従士に命じて槍の壁を作らせた。
それでも人々は近づいて、兵士達の顔に緊張が走る。
誰も武器は持っていないので兵士達はそのまま指示を待つが、次の指示が間に合わず、民衆と兵士が押し合いになった。
「下がれ!下がらなくば斬るぞ!」
この騎士は現地で活動していたので、民衆に無暗に暴力は振るわずに脅しに留めた。
「ラクナマリア様の事を見ていますが何かご存じですか?」
クラウスは後ろに囁く。
「知らぬ・・・たぶん」
「たぶんですか?」
「わたくしは一度も来たことが無い。この者らは霊体でも見たのだろうか」
ラクナマリアにも自信は無かった。
「何か語りかけて落ち着かせて貰えますか?」
「うむ」
すー、と息を吸ってラクナマリアは馬上から人々に声をかけた。
「静まるが良い」
「生神女様」「生神様」「よくお越しくださいました」
やはりラクナマリアに彼らの関心は集中していた。
「少し下がるが良い。そなたらはわたくしの事を知っておるのか?」
歓喜に咽び泣いて彼らは地に伏した。
「まともに話せぬのならわたくしは帰るぞ」
「お待ちください」「どうかどうか」「私達の感謝をお受け取り下さい」
「ふうむ」
感謝されるとしたらこれまでのお祓いだろうから、やはり彼らには見えたということだ。
”マー、どういうことだ?”
”えっ”
古代神聖語を習い始めたクラウスにもその声が聞こえた。
ラクナマリアの口は開いていなかったのに。
”む、聞こえてしまったか。少し待て”
ラクナマリアはしばらく誰かと話してから頷いて、馬から降りて群衆に近づいた。
「そなたら、長年ご苦労だった。残っている者達は明日祓う。明日の夜は外出せぬように」
「おお、有難うございます」「有難うございます」「ついにお目にかかれようとは」
「別れがたい者がいても今日が最後だ。よいな」
「はい」「有難うございます」
ラクナマリアは再び馬に乗り、群衆に別れを告げた。
◇◆◇
「カラン、アフドは残って彼らに詳しい話を聞いてくれ」
「分かりました」
クラウスは後でラクナマリアから事情を聞くとしても現地人からの情報も欲しかった。
陽が落ちて宿舎に戻ってからラクナマリアにも話を聞く。
「ホスタ、外で人払いを」
「はい」
ラクナマリアの命令で侍女も従者も全員退室させられて二人きりになる。
「それでマーというのは何でしょうか?」
「精霊だ。遠い昔にわたくしがそう名をつけたらしい」
「らしいというのはどういうことでしょう」
「夜の・・・」
いいかけた所でかくん、と首が傾きラクナマリアの髪が黒く染まった。




