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第21話 逃亡奴隷

「ラクナマリア様を口説いたりしないという約束でしたよ」


クラウスは文句を言った。


「悪い悪い。ちょっと感触を知りたかったんだ。全員に利益がある取引になれば別に構わないだろう」

「私に利益は無さそうですけどね」

「陛下にも対等な口を聞いていたし、何やら取引があるようだし、私の財力なら陛下よりよい取引材料を提供できる。内容を知れば君にも恩恵を与えられるだろう」


半分は正解だとクラウスは心の中で同意した。


「彼女に政略結婚の価値はあるでしょうが、無理やり娶った場合に起きる問題はきっとその利益を打ち消しますよ」

「かもしれないね。まあ、よく知るまではただの提案だ」

「父や私の方針と一致している限り、無駄な騒動を起こす必要は無い筈です」

「その通り、今日は失礼したね。もし海戦を見学したければ招待するよ」

「それはちょっと心惹かれますね」


海運業、海軍力こそが西方諸国の生きる道なので帝国の内乱は貴重な体験となる。

戦艦の保有数は帝国に厳しく制限されている為、世界の従属国間でなかなか海戦は成立せず、海賊と戦うくらいしかない。

国家間の海戦など滅多にないのだ。


「もし来る気があるなら我が軍の旗艦で安全を保証する」

「我が国の船もなかなかのものですよ」

「勿論、そうだろう。だが、帝国旗艦に乗船できる機会を逃すなんてね」


ああ、しまった。自国への自尊心でついついやってしまった、と反省する。


「父上の許しが得られたら是非お願いします」


どうせ子供扱いされているのだから、と言を翻してお願いした。


「勿論、将来の同盟者として歓迎するよ」

「はい」


二人は握手を交わした。

クラウスは正門前の馬車まで見送って先導役の衛兵に後はお願いした。


 ◇◆◇


 ホスタは最後尾をおっかなびっくりついていった。

少年従者達も同様に最後尾についている。


「ラクナマリア様にああいう男は合わないよな」

「だよなあ」

「初日に離婚しそう」

「ラクナマリア様はお金持ちなんだし、あいつがどんだけ財産持ってても関係無いよな」


皆、ロックウッドのいい印象を持っていない。

ホスタも口を挟んではいけないと思っていたが、皆が主人を物のように売買するのは嫌だった。


最後尾の彼女達に誰も気を払わず、最後に見送ったところでロックウッドの護衛騎士がホスタに近づいて来た。


「何か?」

「貴様、殿下を邪な目で見ていただろう。西方の王宮では貴様のような礼儀作法もなっていない侍女を使っているのか?」

「ラクナマリア様は王家の客人でただの民間人です。そちらに無理に押し入ったのはそちらではないでしょうか」


王宮の礼儀作法と違っていた所で、そういう場所に踏み込んだ奴が悪いとホスタは開き直った。


「無礼な!」


護衛の騎士に凄まれるとさすがに強気のままではいられず、後退して懐を抑えた。


「貴様、先ほどもそこに何を隠している」

「いやっ、やめてください!」


強引に懐の短剣を掴んだ腕ごと引っ張られ短剣が露わにされた。

咄嗟に反対側の手で引っ叩こうとする。騎士の方もホスタの攻撃に備えて魔力を込めた。

そうすると害意を感じて魔導人形が起動した。

ホスタの手を躱そうとした騎士だったが、人形が手に持ったハンマーが騎士の後頭部に打ち付けられ、結局両方を食らった。


 ◇◆◇


「申し訳ありません!」


気絶した騎士はホーリードール宮に逆戻りして仕方なく寝かされた。


「よい、そなたに暴力を振るおうとしたこの男が悪い」


少年従者達とはいえ、複数の目撃者もいたので騎士に非があったとしてロックウッドが戻って謝罪しようとしたが、ドラブフォルトが再度の立ち入りを許さなかった。

武装していない従者を一人だけ残す事を許され、この騎士はドラブフォルトの部下が監視している。


「目を醒ましたら即刻、連れ帰れ。今日はもう誰にも会わぬ」


ラクナマリアはホスタを連れて奥へ下がった。


 ◇◆◇


 私室に戻ったラクナマリアにホスタは再度謝罪しようとしたが、よいよい、と許された。


「わたくしを守ろうとしたのか?短剣を隠し持っていたとは」

「はい・・・」

「どうしてそこまでした?」

「ラクナマリア様が無理やり連れ出されるのではないかと恐ろしくて」

「わからんな。わたくしはただの同居人、雇い主・・・いや給料を払った事も無かったな。何か渡そう」


ひょいと貴重な聖金貨を取り出す。


「いっ、いえ!ちゃんと王妃様から頂いておりますから」

「なら猶更わたくしの身をそこまで案じる必要はあるまい」


雇われて派遣されて働いているだけ。出向先の上司に過ぎない。


「でも二度も助けて頂きましたし」

「たまたま通りがかった所に不快な奴がいただけでそなたを助けたわけではない。わたくしにとってお前は庭の小鳥や猫と変わらないのだぞ」

「でも、ラクナマリア様が好きなんです」


何か気の利いた言葉を考えようとしたが、小手先の言葉は怒りを買いそうなので素直に感情をぶつけた。


「好き?」

「ラクナマリア様に酷い目に遭って欲しくないんです」

「わたくしは自分の事は自分でどうにでもする。しかしお前は違うだろう」

「ラクナマリア様は気高い鳳凰の様な方。でも男達はみんなその羽を毟り取って地に落とそうとするんです。きっといつか騙されて何もかも失ってしまう。それが怖いんです」


奴隷の存在さえ知らなかったのだ、変な契約をしてしまいかねない。

契約違反に怒ったように、彼女は自分で決めた契約を守り通そうとするだろう。


「皆がわたくしの事を世間知らずとか常識が無いとかいうが、皆がやっている事の方がよほど変ではないか?人を売ったり買ったり、簡単に刃物を抜いたり脅したり。わたくしはわたくしのままでいる。お前達が変わればよいのだ」

「はい」


それはそうなのでホスタは恥じ入る。

しかし世の中は変えられない。


「それにしてもそなた」

「はい?」


ラクナマリアは悪戯っぽく笑う。


「騎士を倒したのは二人目だな。今後は騎士殺しホスタと名乗ってもいいのではないか?」

「ぐ、偶然居合わせただけで私がどうこうしたわけじゃないですよ!」

「その通り、偶然居合わせただけで何の意味もない。わたくしがそなたを助けたと思うのもそなたの勘違いだ。出会いに意味はない」

「あ・・・」


また距離を取られたようで哀しくなる。


「わたくしはそなたの期待に応えられないし、その気もない。一方通行では辛いだろう。傷つく前に出ていくがよい。わたくしはひとりの方がいいのだ」

「も、申し訳ありません!二度とあのような真似はしませんからどうかクビにしないでください!」


ホスタは額を地面にこすりつけんばかりにひれ伏して許しを請うた。


「別に今回の罰として言っているわけではない。わたくしの事はドラブフォルトがどうにでもとりつくろうだろうが、そなたの事は庇いきれまい。今回はどうにかなっても次の保証はない」

「王妃様の侍女に振舞い方を習ってまいります。二度と無礼は致しませんから!」


はぁ、とラクナマリアは溜息を吐きホスタは呆れられたのかとびくっと震える。

もともと強い意思があって言い出したわけではない。


「そうしたいなら自分の責任でどうにでもするがよい。後でわたくしに失望するようなら怒りを買うと覚えておけ」


自分の意思でここにいて、勝手に期待しているのに裏切られて失望されたとか自分勝手なことをいうようなら容赦しない、とラクナマリアは言った。


「はい、有難うございます」

「ところでそなた」

「はい」

「他に行くところは無いのか?奴隷になるリスクを犯してまで密航して行きたいところがあったのだろう?」

「それは・・・」


別の角度から追い出す口実に繋がる話を持ち出したのだろうか。


「話したくないのなら無理には聞かぬ」

「いえ、話させてください」


よく考えたらラクナマリアの事をいろいろと知ろうとしているのに自分の事は何も話していなかった。


「私に行くところはありません。私は自由都市の生まれで、恋人の借金を代わりに背負ってしまい娼館に売り飛ばされ、そこから逃げ出す為に密航しました」

「自由都市?」

「大昔は帝国の直轄領だったそうです」


民族や宗教の違いもあって他の大陸の支配を維持するのは難しく結局解放したが、重要な港湾都市だけは帝国が今も実質的な管理をしている。帝国から派遣された行政官や商人と現地有力者による緩やかな寡頭政体となっている。


「帝国は奴隷制を禁止したのではなかったか?」

「はい、奴隷ではありませんが実質的には奴隷以下です。全財産を競売にかけられて家も失って、何もかも依存するしかなくなって、永遠に返済できない金利でした」

「そんな契約を交わしたのか?」

「私はまだ幼くて馬鹿で世間知らずでした。世の中笑顔で助けるような口調でそんな事を言う人がいるなんて考えませんでした。彼らに感謝さえしました」


恋人も救済団体も役所も弁護士も皆自分の利益しか考えてなかった。

誰かに相談する度に資産を失って家族にも縁を切られて逃げられた。


「最後には最下層の地下牢で縛られた娼婦と薬物で狂った男達を見せられました。自分の部屋を貰って清潔な服も準備されて飢える事も無く、なんて運がいいんだろうと思っていました。最下層の子達は数か月で病気になって運河に捨てられました」


惨めな娘達を見下していた彼女はある日、無茶な客をついぶってしまった。

その日から周囲の態度は変わった。

扱いが変わり、いつ最下層に落ちるかという恐怖に怯えて客に媚びるようになり人間性を失っていった。


「ガドエレ家というのは人身売買もやっています。帝国本土では奴隷制は禁止されていても外国ではお構いなしですから世界中に商館を持っています。私が乗りこんだ船にも売られた人がいました」


船倉に隠れていた彼女は一緒に逃げようとしたが、密告されて捕まって奴隷となった。


「すまぬ。辛い事を話させたようだ」

「いえ。自分の為です、追い出されて、元の場所に戻されたら生きてはいけませんから」

「メアリーはそんな事はせぬ」

「はい、申し訳ありません。ラクナマリア様のお耳を汚すような話をしてしまい」

「無用な気づかいだ。わたくしの事を心配してくれたのであろう」

「はい・・・。陛下も皇子殿下も信用なさらないでください。奴隷制を無くすとかどうとか言葉遊びです。奴隷の呼び方が変わるだけ、自分達の都合のいい世の中にするだけで中身を変える気なんかありません。貢物を当たり前のように奪っていきました」

「貢物の件はいいのだ。わたくしの所に金があっても意味はない」


今日はもう下がって休めといい、ラクナマリアはその日はもう誰にも会わなかった。


○○救済センター株式会社とかいう詐欺会社もあるので気を付けよう

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