第2話 天女の正体を求めて
追い出されたクラウスは重厚な門を蹴りつけて苛立ちをぶつけた。
すると左右の石人形が起動する気配を見せ、近侍達は慌ててクラウスを引きずってその場から離れた。
「何をするか!」
ある程度離れてから襟首を掴んでいた少年を蹴り飛ばす。
「まあまあ殿下。あれは自律的に業務を遂行するのでアフドの判断に僕らも賛成です」
「あのままだと僕ら殺されてましたよ」
「なんだと?僕でもか?」
「そうですよ。ちゃんと警告してくれるタイプか分かりませんし」
少年たちに宥められたクラウスは仕方なく納得した。
「で、あの女はなんなのだ」
「存じません」
「ホーリードール宮とかいっていたではないか。ラクナマリアとは誰だ」
「存じません」
「アフド!」
「僕らには分かりませんが用があるものにしか門は開かないと聞いた事があります」
「くだらない迷信だ。・・・で、誰もあの女を知らないのか」
全員顔を見合わせて首を横に振った。
「明らかに王族の方かと思われますが」
従者達よりクラウスの方が詳しい筈だと言外に述べた。
◇◆◇
彼らが騒いでいるとちょうど家庭教師達もやってきた。
「殿下。もう逃がしませんよ」
「む、ちょうどいい。お前達ホーリードール宮のラクナマリアとは何者なのか説明しろ」
「何ですか、それは?話題を逸らそうとしてもそうはいきませんよ」
「知らないなら用はない」
「あっ!こら!」
クラウスはその場を離れて紋章院を訪れて、同じ質問をした。
「その形状の紋章でしたらエスペラス王家の祖先であり、守護神であるエイクと博愛の女神との間に生まれた子ヴェーネ神の聖印でしょう」
「ホーリードール宮というのは?」
「さあ、後宮のことまではわたくしの専門外です。王妃殿下ならご存じなのでは無いでしょうか」
「外国から来たメアリー妃は知らないだろう。義父上には親戚がいるか?」
「先代陛下にはいらっしゃいましたが、全員戦死されるか、嫁ぐなりして王宮を出ております。殿下もご存じのはずが、現在の国王陛下はエスペラス王家の祖先とは関わりが薄いのですよ」
先代国王は継承争いを避けるために、神殿に入っていたが市民戦争とテロで継承権を持つ者がほぼ死亡した為、王家に戻ってきた。そして王家の財政が破綻状態だった為、後宮に残っていた女性達を追い出した。
「いつのことだったか」
「1380年代でありますな。50年も前のことです」
「見かけたのは20歳くらいの女だった」
「では現在の国王陛下が招かれた女性でしょう」
王が特に何も言わなければ紋章官が口出しする事ではない。
子供が出来れば帝国の西方行政府に登録する必要があるが、既にクラウスを他国から迎えて継承者としている。認知して登録はしていないが妾との間に子もいるので王の義務は果たしており、適当に遊んでいようが財政が傾かなければ政府高官が気にする問題では無かった。
◇◆◇
「後宮の維持費、お后様達の出費額が知りたいですと?」
クラウスは次に財務官の所にいって資料を要求した。
「ふふ、殿下にはまだ早いですよ」
何人妾がいて、どのくらい宮廷費を使っているのかクラウスが知ろうとすると財務官達に笑われた。
「そういうことじゃない!ホーリードール宮とかいう場所の事を知りたいのだ」
「そんな場所ありましたか?」
「知らないわけないだろう。随分立派な建物だった。維持費も相当高額な筈だ」
王子があんまりいうので調べたが帳簿におかしなところは無かった。
王妃の宮殿よりも高額な出費をしているような愛人もいない。
「おかしいぞ!」
「ホーリードール宮については噂程度でしたら聞いた事があります。もとは王宮内にある神殿だったとか」
「そういえば紋章官から古代神の聖印と同じ紋章だと聞いた。昔の資料を見せてくれ」
「我々は仕事がありますので、そこまで閲覧したいのでしたら殿下がご自由にどうぞ」
従者達と手分けして探し、昔は実際にその宮殿に予算が下りていたが1385年に停止された事が分かった。当時の国王ブラッドワルディンの王妃に与えられた宮殿だった。
財務官達に尋ねてみたが、その頃の事を知っている者はいなかった。
「とにかく今現在、不正な予算など存在しません。後宮の事は女官なり陛下か王妃殿下にお尋ね下さい」
◇◆◇
クラウスは次に女官や後宮で働いた事がある幼い少年などに同じことを尋ねた。
「お会いしたことはありませんが噂は聞いております。とても優しい女性で訪れた子供にお菓子をくれるのです」
「何もお話しすることはありません」
「お一人で暮らしているのだとか」
「女官達の悩み事を聞いてくれるのだそうです」
「夜になると聞こえる歌声はラクナマリア様のものだとか」
「願い事を何でも叶えてくれるそうです」
「各国の使節が貢物を捧げに来るそうです。もとが神殿だったからかしら」
「大変厳しい方で粗相をした侍女を処刑なさったとか」
「あの方は人の法から外れた方です。関わってはいけません」
「夜に幽霊と話していたのを見た人がいるとか」
下女たちからは簡単に情報が集まったが、誰も実際に会ったという人間はおらず下女らしい噂話に過ぎなかった。
◇◆◇
「父上、お話があります!」
クラウスは今度は父の所に乗りこんで行ったが、ちょうど宮廷魔術師との懇談中だった。
「何の用だ。今は家庭教師の講義を受けている時間では無かったか」
「い、急ぎの用があるのです」
「次期国王の教育よりも、民の将来よりも大事な話なのか?教師達からお前が真面目に授業を受けないと苦情があったぞ。お前が怠けていようが私は彼らに給料を支払わなければならない。貴重な血税だ。わかっているのか?」
「あ、怪しげな魔女が後宮に巣食って人心を惑わしているのです。奥の乱れは国家の乱れに繋がると習いました」
「魔女?いったい何のことだ」
話を逸らす事に成功したクラウスは今日あった出来事を話した。
「私に暴力も振るいました。暴行罪、いいえ大逆罪にあたると思います。衛兵を連れてラクナマリアとかいう女を逮捕する許可を下さい」
国王ドラブフォルトは宮廷魔術師と顔を見合わせて、苦笑した。
「出て行けと言われて従わなかったお前が悪い。しかしどうやって入った?彼女の事を知らないお前には何の用も無かっただろう」
クラウスは奴隷を足蹴にして壁を乗り越えた事を意図的に話さなかった。
ドラブフォルトに追及されそれを仕方なく話す事になった。
「完全に不法侵入じゃないか」
正当な理由があって手続きをして裁判所の許可が無ければたとえ国王でも他人の家に侵入は許されない。
「み、道に迷ってしまっただけです。それより父上はあの女をご存じなのですか?」
「彼女はルクス・ヴェーネ聖王国から引き取った義父の縁者だ。魔女なんかではない、二度と彼女に無礼な口を利いてはならない。わかったな」
「で、では出自のはっきりとした方だったのですか。み・・・、天女などと名乗っていましたが」
「彼女が?ふーむ」
ドラブフォルトは首を傾げた。
「父上は妃とするべく彼女を招いたのですか?」
「いや、そんなつもりは無い」
「では、何故?」
「我々西方諸国は優れた子供を他国から引き取って養子とし、血統による継承を改めたが、少し前の世代からは反発もあるからな。父の代には王位継承を巡る政争も盛んだった。彼女は手元に置いておかないと不安がある」
「聖王国というのは・・・」
「希少となった西方の古代王族の血筋を引く者達を集めた都市国家だ。お前もそのうちあそこから嫁を貰う事になるかもしれない。彼女のような女性が好みなら聞いておこう」
「一日駆け回って調べるほど気になっているようですからね」
「ち、違います。そういうのじゃありません!」
真っ赤になって否定するクラウスをドラブフォルトと宮廷魔術師は揶揄った。
◇◆◇
その日の夜、仕事が片付いてからドラブフォルトは久しぶりにラクナマリアの元を訊ねた。
「お前達はここで待て」
衛兵を正門で待たせ、ドラブフォルトはホーリードール宮に入った。