第13話 夜会
「わたくしはそなたとの茶会を承諾したのだ。こんなに人が来るとは聞いてないぞ」
ラクナマリアは憤慨していた。
「だって次の新月の夜っておっしゃるから」
大祭の日を指定されたのでラクナマリアはそのつもりだと思って準備をしていたら文句を言われたのでメアリーは困惑した。
「なんとか彗星の事など知らぬ」
「ごめんなさいね。てっきり貴女はご存じだとばかり」
「もうよい。皆が楽しくしているのなら今日は譲ろう」
騒がしいのを好まない方のラクナマリアが来たのでメアリーは用意していた公式の席からラクナマリアを伴って移動した。会場を一望できる屋上に席を設けて改めてお茶会を開く事にした。花火を見学する為にもともと屋上は開放されていたのでそこそこの客や女官はいたが、王妃の指示ということで少し場所を譲ってもらう。
◇◆◇
「ふむ、なかなか悪くない。皆、楽しそうだ」
西方商工会から献上された仙桃を切り分けられ、ラクナマリアの機嫌も良くなった。
どこからか噂を聞きつけたフラガ伯爵夫人もやってきた。
先に王妃に挨拶してからラクナマリアに話しかける。
「お初にお目にかかります、ラクナマリア姫。先日は我が家の召使が失礼をしたそうで」
「ふむ、わたくしは姫でも何でもない。何か勘違いしているのではないか」
「聖王家の方と伺いましたが」
「噂に過ぎん」
「では天女様、と?」
「なんだそれは」
「殿下にそう名乗られたと伺いました」
「名乗っておらぬ」
ラクナマリアは何のことだ、とそっけなく応じた。
「そんなことよりそなたも災難だったな」
「災難?」
「うむ、なんとかいう侍女はそなたの名で本を借りようとしていたそうではないか」
「ああ・・・・・・」
別に問題があるような本ではないのだが、そこら中に噂が流れた。
「ところでホーリードール宮とはどのような所なのですか、先代の妃殿下の御隠れ以来何十年も閉鎖されていたのでしょう?いつの間にか人が、貴女様が住むようになったと聞いて恥ずかしながら好奇心が刺激されまして」
「さあ、他の宮と何か違うのか?」
ここでメアリーが介入する必要を感じた。
今の所、双方落ち着いているが伯爵夫人の目的がわからない。
恥をかかされた意趣返しに来たのか、古王朝の関係者に取り入る為に来たのか。
「好奇心だけでそのように、はしたないですよ」
「あら、妃殿下。申し訳ありません。しかし今日は楽しく騒ぎ立て、隠されているものを照らす祭日。皆も気になっておりますわ。今後、ラクナマリア様は社交界にも顔を出して下さるのでしょうか。きっと皆様の注目の的になります。いち早くお友達にして頂きたくて」
「ふむ。今日は王妃の為に特別に外出しただけだ。そなたが気にする必要は無い」
「社交界に出るおつもりはない、と?」
「ああ、このナントカ祭にも出る気はなかった」
「まあ、『なんとか』だなんて」
現代化されているが、神代から続く由緒正しい伝統的なお祭りだ。
古王朝の人間ならそのように言う筈が無い。
ただ美人なだけの娘を妾として置いているだけか、と伯爵夫人は判断した。
「では、最後の出会いの記念としてひとさし舞って頂けませんか。随分達者だと噂に聞いております」
「わたくしは芸人ではない」
これまであまり気にも留めていなかったラクナマリアの顔が少し不機嫌そうになった。
「伯爵夫人、彼女は私が招待したお客様だということをお忘れですか」
「あら、わたくしも招待されたと思っておりました」
王妃は凄むがあまり迫力は無かった。
王権を強化する気が無いドラブフォルトは王妃の実家にはあまり力を求めなかった。
言いなりになる小国で、気立てのいい姫を選んだ。
「仕方ありませんね。長話も面倒ですし、王妃の顔を立てて一度だけ希望を叶えてあげましょうか」
ラクナマリアが仕方ないと席を立つ。
口調の変化を感じてメアリーに冷や汗が流れた。
昼のラクナマリアは苛烈だが、案外常識人だ。
夜のラクナマリアは優しいが何をするかわからない。
◇◆◇
「おう、ラクナマリア。こんなところにいたか」
探したぞ、とマヤが近づいてくる。
「これはマヤ姫」
王妃が立ち上がって出迎えた。
他の者達も同様に起立して礼を取る。
「む、マヤか。随分久しぶりではないか」
「席を移動したのか?騒がしくて逃げたか」
「今日は王妃に茶会に招かれたから来ただけだ。逃げたわけではない」
ラクナマリアは憮然とする。
「そうか。メアリー殿。よく世話をしてくれているようじゃな。感謝する」
「はい。帝国では随分なご活躍だそうで」
「賢者の学院も行ってみるとなかなか面白い所だった。そちらは?」
「フラガ伯爵夫人です。ご挨拶を」
王族の訪問を邪魔するわけにもいかず、夫人は早々に退席する事になった。
王妃の指示でマヤの分の席も作られてお茶会が始まった。
「最近は楽しくやっているようだな」
「ふむ。まあつまらなくはない。帝都とやらはどうなんだ?」
「内乱真っ最中で困った状況だ」
「大丈夫なのか?」
「ま、すぐに討伐されるだろう。中には面白い奴もいるが、どうなるかな」
「手を取り合っていけそうなのか?」
「勿論我々マッサリアは過去の恨みを忘れて誰とでも手を繋いでいくつもりだとも」
「そうか。それはいいことだ」
ラクナマリアは微笑んで、茶を注ぎ足してやる。
侍女が手伝おうとするが断った。
たまに招待客が王妃の所に来て、ついでにラクナマリアやマヤにも声をかけていくが適当にあしらって三人は楽しく近況などを話して茶会を楽しんだ。
「王子に惚れられたと聞いたぞ」
「む?そうなのか?」
「意識してなかったのか?可哀そうに」
「まだ子供だろう。みんな年上の美人のお姉さんに憧れるものだ」
「ふっふっふ」
「何故笑う」
「あの年頃だと東方だと結婚している奴もいるぞ。もう子供じゃない」
「そうか。この前一緒に寝てしまった」
「おやまあ」
王妃が聞いてませんよ?と口を挟む。
「昔は母恋しさによくすがりついてきて可愛かった。あまり変わって無かった。今度はメアリーが構ってやるが良い」
ラクナマリアはあまり気にしていなかった。
「・・・これは脈が無さそうねえ」
「こやつはこういう奴じゃからうっかり男をホーリードール宮にいれてはならんぞ」
「侍女に気を付けさせます」
「侍女など出来たのか?」
「あちらに」
メアリーは解放奴隷のホスタを紹介した。
「ふむ・・・」
「何か?」
王妃が問う。
「昔、屋敷の物を盗んだ侍女が人形に殺された。気を付けるがよい」
「えっ」
ホスタが吃驚する。
「高価な物ばかりじゃからな」
西方圏の法律では金額に応じて量刑が決まり、上限が無いので平民の侍女には価値がわからないような小物でも実は高価で死刑になることがある。
「この子は大丈夫だ」
「お主の言葉はアテにならん」
「いい子だ」
「魔が差す事もある。自動人形は容赦ないからのう」
「では、調整していけ。天才魔術師なのだろう?」
「お主はできんのか?」
「わたくしはそんなもの知らぬ」
ラクナマリアは教わった通りに使っているだけなので詳しい原理など知らない。
「こっちも忙しいんじゃがな・・・。せっかく出来た侍女が間違って殺されないようにはしてやろう」
「うむ。ホスタ。怖がらせて悪かったな。怖ければメアリーの所に帰っても良いのだぞ」
「とんでもありません。これからもお仕えさせてください!」
「好きにするが良い」
「ありがとうございます!」
ホスタは頭を下げ、メアリーは一つ提案した。
「そろそろお部屋を与えて夜も仕えさせてもいいんじゃないかしら」
「む?住み込みか?休む暇も無くて嫌だろう」
「もう奴隷じゃないんだから二人の意思で条件を決めてもいいのよ。あまりやる事が無いって相談されてたの」
「むう」
もともと一人で全部こなしていたのでホスタが来てもあまりやる事はなかった。
基本は話し相手だ。
二人で読書しているだけ、とか音楽を聴いているだけの静かな日々。
「わたくしは勝手に住み着いている猫と同じようにしか扱わないぞ」
「構いません!どうかお側に置いてください!」
ホスタの頼みにそれでいいなら、とラクナマリアは了解し、部屋を与える事にした。
「ふうむ・・・」
初対面のマヤとしてはまだホスタを信用出来ていないので釘を刺した。
周囲に立っている侍女たちに対しても。
「儂らマッサリアはラクナマリアが無事にここで保護されている限り、エスペラスの保護国として収まる。ルクス・ヴェーネも同様じゃ」
マッサリアは耕作地に乏しい西方諸国の食糧庫として期待されている。
二十余りある西方諸国の中でエスペラス王国がもっとも強大なのはマッサリアとルクス・ヴェーネを従えている事。そして西方商工会の本部を置いている事、さらに天然の良港があることに由来する。
居並ぶ侍女、そして物珍しさにやってきていた女官達の中にはラクナマリアの事を興味本位で見ている者もおり、その言葉を聞いて魂を爪で引っかかれたような錯覚を覚えた。
「あまり大袈裟にするな」
「いや、お主はそこらの飢えた野犬に自分の肉を割いて与えるような奴じゃ。周囲に言っておく必要がある」
「最近はそんなことはしない」
「その調子で分別を覚えてくれると助かるんじゃがのう」
メアリーも初めて聞く話が出て来たので後で夫に確認してクラウスにも話してやらなければ、と心にメモをした。女性陣だけで楽しくお茶会をして深夜に差し掛かってきたころ、騒がしい酔っ払い達が訪れた。
帝国の大使やら商会長やらだ。
おまけにクラウスも付いてきている。
★ラクナマリア(昼マリア)
一人称は「わたくし」。
世間知らずだが、警告してくれるだけ常識人。
髪の色は白金で眉まで同様に白い。静かな音楽が好き。
★ラクナマリア(夜マリア)
一人称は「私」。
優しい性格で子供好き。賑やかな音楽を聞くのが好き。
夜になると髪が黒くなるが気分次第で変わる。
お互い人前に出る時は異常に気が付かれないように事前に染める事もある。