第12話 七剣神鏡光祭
新月の夜には亡霊が現象界に蔓延るという。
霊魂を司る月の女神が不在となる為、救われない魂が彷徨い始める。
さらに神喰らいの獣が太陽神を喰ったとされる日、黒狼彗星群によって日食が起きる日が重なると、害意のある悪霊が眠っている人間の体を乗っ取るとされる。
太陽神は白色金剛神イラートゥス率いる七剣神によって救い出されたが、それまでの間、地上を亡者が席捲したという。
西方大陸ではこの日を自分達の守護神の為の祭日としていた。
「お前はこの祭りは初めてだったな」
ドラブフォルトはクラウスに夜会への参加を許可して連れて来た。
「はい、ご先祖様である神々の大祭ですよね」
迷信ではあるが、この日は子供達も夜更かしが許可される。
手あたり次第篝火を焚き、鏡を置いて光を反射させているので昼間よりも眩しいくらいだ。
昔と違ってガス灯などの明かりも追加され、けばけばしいくらい宝飾品を飾り付けても良い日なので女性陣も着飾っている。
王妃も侍女達に自分の宝飾品を貸し与えて、皆が派手な光を放っていた。
武官たちも鎧の艶だしを買ってきて普段以上にお手入れをして光らせている。
「こんなに人を後宮に入れていいんですか?」
「女性達を悪霊から守らなければならないのでこの日だけは昔から許可が出されている」
西方全土で行われているお祭りで、数十年に一度の天体現象を見るべく昼間からみんな大騒ぎだ。
天文学の発達で正確に予想出来るようになったので事前準備に大忙しだった。
各国の大使や帝国の大使、隣のマッサリア王国の姫君まで来ていた。
西方商工会会頭や、豪商達など平民も招かれている。
「ラクナマリアの所に行きたいだろうが、今日は出来るだけ多くの知己を作っておくように」
「勿論、分かっております」
「クズネツォフ師、申し訳ないがこの子の面倒をみてもらいたい」
「承知しました」
来賓に無礼があってはいけないので、少年達にはお目付け役がつけられた。
「陛下、王妃殿下。そろそろ」
昼間もパーティーが開かれていたが、このお祭りのメインは夜間である。
太陽神と月の女神の双方が不在となった夜こそが、西方の守護神達が活躍し、光を放った時間である。白色金剛神は微かに漏れる光を頼りにして世界中を照らして亡者を駆逐した。
◇◆◇
国王夫妻による夜会の開始の挨拶が始まった。
「さて、昼間にも集まって貰った方々が多いので挨拶といっても今更だが、今回は特別に東方の大国フランデアンから特使に来ていただいた。我々東西の大国がお互いに大使館を設置するようになってから初の大祭だ。こうして文化交流出来るようになった事を嬉しく思う。悪霊を蹴散らすほど朝まで騒がしくすることになるので今晩は騒音については勘弁して貰いたい。大使館内は我が国の法が及ばないので強引に付き合って貰った」
「胃腸だけでなく目と耳までやられるとは酷いお祭りだ」
「どうせ眠れないのなら一緒に騒ぐしかありませんな」
大使達が大きく笑う。
「義父が戦死した『マッサリアの災厄』から十五年が経ち、我が国も北方諸国も大きく回復した。商工会からも今回の大祭に莫大な寄付を貰った。未だ道半ばではあるが、諸外国の大使達には我々が二度の大戦からいかに復興したかを本国に伝えて貰いたい」
「エスペラス王には大変な状況の中、我々マッサリア王国の復興にも協力して頂いた。皇帝陛下も嘆いた帝国兵の暴走によって大きく人口が減少したが、入植者を送って頂いたおかげで田畑を復興できた。屯田兵を送ってくれたアル・アシオン辺境伯とフランデアン王、東方諸国の王達にも感謝する」
日中に参加していなかったマッサリアの姫君の挨拶も交えながら夜会開始の挨拶が終わり、大きな花火が打ち上げられた。祝祭魔術師達による魔術の光で作った神話の再現の演劇と共に、いよいよ七剣神鏡光祭が始まる。
◇◆◇
武官が舞台の上で剣舞を披露し、射撃場では最新火器の試射が行われ各国商人や大使達が感嘆の声を漏らす。郊外では大砲の試射まで行われ、各地で音楽祭も開かれ、王宮内でも街中でもとにかく大変な騒ぎだ。
クラウスはひとまず隣国の姫君に会いに行った。
マッサリアは蛮族の侵入と帝国軍との激しい対決で民間人に大きな犠牲が出たと伝えられる。北方圏全体で犠牲者の数は五百万だとかそれ以上だとか言われ、甚大過ぎて正確にはわからない。
ブラッドワルディンがマッサリア王国を蛮族から奪還し、復興支援を行った為、今はエスペラス王国の保護下にある。同じように大きな犠牲を払って蛮族から守ったアル・アシオン辺境伯からは文句が出たが隣国のエスペラスが面倒を見てやるが良いと皇帝からも裁定が出た。
「おう、クズネツォフ。久しいな」
人混みの中から目当ての人物を発見し、向こうも同時に気づいた。
背の高いクズネツォフの方に先に気づいて挨拶し、直後に王子にも気づいた。
「おや、そなたは?」
「ドラブフォルトの養子でクラウスと申します」
「おう、後継ぎ殿か。失礼した。儂はマヤという」
儂?
背丈も年齢も自分と同じくらいの筈なのに妙な言葉を使うとクラウスは疑問に思った。
よくある疑問なので失礼な事を言う前にクズネツォフが説明してやった。
「マヤ姫は帝国魔術評議会の評議員であり、史上最年少で帝都のマグナウラ院を卒業しております。大抵は高齢になってからようやく寿命を延ばす魔術に辿り着きますが、この方は天才なので若くして秘術を編み出したようです」
若い内に老化が遅くなったので見た目通りの人間ではない。
「へえ、凄いんですね」
「まあな!」
マヤはえっへんとふんぞり返った。
「ところで王子」
「はい」
「そなたは養子だそうじゃが、これで二代続けて本来の王家と無関係の者を迎えることになるな。そなたはどうするつもりじゃ?」
「え、いやまだ考えていませんが」
「それは遅くないか?子供が出来たら優れた養子より実子に継がせたくなるのが人情と言う奴じゃろ?出来てから考えても遅いぞ」
「いや、まだ子供なんて・・・。父上のお考えもあるでしょうし」
「東方じゃったら12歳で結婚して子供をこさえている奴もいるぞ。お主もそれくらいじゃろ?」
文化圏によっても人種によっても成人とされる年齢は微妙にずれる。
蛮族によく襲撃される北方圏の蛮族戦線では生と死のサイクルが短いので北方人、東方圏北部の成人化は早い。クズネツォフが王子にその説明を補足してやった。
「そうなんですね・・・」
「ふむ、儂も東方人の知り合いが多いからな。西方人は少々のんびりしておるということか」
「東方人のお知り合いが多いんですか?」
「帝都への留学中にドラブフォルトから東方系の知人を多くつくれ、といわれたのでな」
食糧、安全保障の観点からそのように指導されていた。
「クズネツォフ。ラクナマリアは息災か?奴の所に行きたいんじゃが」
「本日は王妃に会いにいらっしゃってる筈です」
「では行こう。そなたは・・・王子のお目付け役か」
「はい、申し訳ありませんがのちほど」
マヤから意外な名が飛び出したのでクラウスは失礼ですが、と立ち去られる前に話しかけた。
「ラクナマリア様とお知り合いなのですか?」
滅多に来ない外国のお姫様と滅多に外出しないラクナマリアが何処で知り合ったのだろうかと疑問に思う。
「まあ、親戚みたいなものかな」
「あれ?ラクナマリア様はルクス・ヴェーネ聖王国から来たとばかり」
「その名称がついたのは最近の事じゃしのう。王子が彼女の事を知っている方が意外じゃ」
「一目惚れだそうですよ」
「ほう!」
クズネツォフの一言にマヤは瞳を輝かせた。
「ち、違いますよ!」
初対面は最悪だったので違う、と王子は思った。
「違うのか?歳の差はあるが、それでも構わぬと言うなら、その気があるなら応援してやってもよい。ドラブフォルトが夢を諦めたら儂が貰うつもりじゃったが、奴は男子の方が良いみたいじゃからな」
「え?西方候の選出選挙に出るつもりなんですか?」
「今のマッサリアは帝国行政では西方圏に編入されておるからのう。儂には選挙に出る権利がある」
そういえばラクナマリアは同性でも年寄りでも構わないと言っていた。
マヤは史上最年少の天才魔術師で帝国魔術評議会の評議員で東方諸国や帝国の政治にも顔が利く。ラクナマリアの願いを平和的に達成するなら、もっとも有力な人物である。
「それは困ります」
「むう?やはりラクナマリアに惚れておるのか?」
「それは、まあ、そうです」
恥ずかしながらも認めざるを得なかった。
「儂らに年齢など大した意味は無いが、それでも王子のような者は稀じゃ。なかなか気に入ったぞ。じゃが、奴が欲しいからと王になって願いを果たすような者には王たる資格はあるまい」
「でしょうね」
「ふむ。帝国大使もいるこの場で話す事でもないか。いずれまた会おう」
◇◆◇
マヤは一人で王妃の所へと向かった。
後に残されたクズネツォフにクラウスは問う。
「老師は彼女達の事をよくご存じなのですね」
「ええ」
「僕にも教えて貰えませんか?」
「まだ早いですよ。恋心の為に国を傾けたりはしないようですが」
「当たり前です」
「なかなか難しい事ですよ。東方の三大国は女性が原因で二国が滅びましたからね。歴史上ではままある事です」
頭では理解していても実際の行動となると違う事をしてしまう事はある。
「こういう場にラクナマリア様を引き出すと王子の望みからは遠くなります。できれば構わずにしておいて頂きたい」
「それは、そうですね。こうなるとは思いませんでした」
こんな所に出て来ては求婚者が大量に発生しそうだった。
「帝国の大使が彼女の条件を聞いた場合、帝都に連行してしまうかもしれません」
「えっ、そこまでするんですか?」
「やりかねません。民衆は気にしないでしょうから陛下も手出しできないでしょう」
帝政と共和制は共存できない。
「もし強制連行されそうになれば自殺するでしょう」
「ほんとに?」
「間違いなく」
「僕は彼女と知り合うべきでは無かったんですね」
「まだ少し早かっただけです。陛下の後継ぎなのですからいつかは知っていた事」
早く大人にならなければ、とクラウスは自覚を強くした。