第11話 アルエラの進退
ホスタは気絶したアルエラを見て、どうしましょう、どうしましょう、とパニックになった。医者を呼ばなければいけないが、主人と危険な女騎士を残してはおけない。
「お困りですか?」
アルエラの様子が気になったクラウスの従者の一人カランが戻ってきて状況を尋ねた。
「じゃあ、僕がお医者様呼んできます」
「有難うございます」
重装備の女騎士の鎧や服を脱がせて寝台まで運ぶのは大変だったので、カランは正門で待っていたクラウスも呼んで、自分は人を呼びに行き、残りの者達で応急処置をした。
◇◆◇
細かい血管が破けただけで見た目ほどアルエラの傷は酷くなかった。
彼女が目を醒ました時には既に王子達は退去していて医者とホスタがいた。
「一体何が・・・」
医者は気の毒そうに「もう大丈夫ですね」と言い、すぐに立ち去った。
「申し訳ありません!」
ホスタが壊れた宝玉や魔石のかけらをハンカチで包んで差し出した。
「そんなに高価なものだとは知らなくて」
魔導騎士を魔導騎士たらしめる宝玉や魔石は高価で彼女の資産では再生できない。
王妃に頼むしかないが、宮廷費にそんな余裕はない。
「そうか。・・・私はもう終わったのか」
もう普通の兵士と大差は無い。
王妃の騎士として相応しくない。
落ち込む彼女にラクナマリアが声をかける。
「汝に免じて、次の新月の夜であれば招待に応じよう」
「良かったですね。お役目を全うされましたよ」
奴隷だったホスタには魔導騎士の誇りは分からない。
普通に祝福していた。
アルエラの家は王権復古派の生き残りで、前の護衛騎士の代わりに選ばれた事を家族が喜んで彼女の装備にかなりの金額をつぎ込んでいた。
「あまり嬉しくなさそうだぞ」
「変ですね」
アルエラが気を失っている間に招待の事を考えて貰えないかホスタも口添えしたのだが、アルエラは壊れた魔石を手にとったまま動かず、あまり喜んでいないので肩透かしを受けた。
◇◆◇
本来、夜はホスタも自分の宿舎に帰らなければならないのだが、この日はアルエラを寝かせている為、特別に滞在が許された。
「いつも無用とおっしゃられていますが、今夜はお食事を用意しても構いませんか?」
「私の分は不要ですよ」
「え、何もお食べにならないのですか?」
「ええ。貴女は適当に食べなさい」
「はあ、ところで倉庫の食材は誰が補充されているんですか?」
「精霊が勝手に置いていくの」
「不思議ですねえ」
勝手に開く扉やら、燃料の要らない湯沸し器やらよくわからないものが多いのでホスタはそういうものかと感心するだけで深く考えなかった。
湯浴みの世話も許されたホスタは少し主人に近づけたことを単純に喜んだ。
深夜になるといつものようにラクナマリアは庭で踊り始めた。
緊張して目が覚めてしまったホスタはどこからともなく聞こえて来た調べに誘われて、庭でその姿を見た。
歩けないほどの重傷では無かったが、憔悴してしまっていたアルエラは勧められるままに滞在して、昼に眠り過ぎて深夜に目が覚め、彼女も庭に誘われてしまった。
「あれはいったい・・・」
髪が黒く染まり、普段は目立たない装飾品が煌めいている。
「お静かに」
いつの間にか近くに来ていたホスタにしーっと言われる。
「彼女はいったい何者なのだ?」
国王は養子だし、王妃も外国人だし王家の人間とは誰とも似ていない。
王の妾でも無いらしい。
「はぁ、先代の国王陛下の縁者だとか、聖王国の方だとか話されていたようですが」
元奴隷の話ではアテにならないが、相当古い血筋のようだ。
アルエラの魔石を弾き飛ばしたのは魔術ではありえない。魔術であれば肉体改造を受けた魔導騎士の体と装甲が自動的に弾く。
慈愛の女神の奇跡、治癒の神術であれば魔力の鎧を貫通して効果を発揮すると聞いた事があった。
「神術と言う奴なのだろうか」
拝金主義者が蔓延る世の中では信仰も薄れて神術の使い手もいなくなった。
「王子殿下には天女だと名乗られたのだとか。今のお姿を見れば納得ですよね」
「そう・・・だな」
それからしばらく二人は黙って観賞していた。
◇◆◇
踊り疲れたのか、ラクナマリアが降りてきてアルエラに声をかけた。
「もう出歩いて大丈夫なのですか」
「え、ええ」
王権復古派の彼女にとってラクナマリアはどうやら国王夫妻よりも尊ぶべき血筋らしく、どういう態度に出ていいか分からなかった。
「失ったものがそれほど大事ならば私が買い取ってあげても構いませんよ」
「え?」
虚空から古の聖金貨を取り出した。
神々の間でしか通用せず、博物館で僅かに見られる程度しか現存していない。
値段が付けられないので価値は微妙なところだ。
「受け取れば、訪問は無しです」
忠義か、金銭かを問われた。
「では結構です。もともと情けをかけて頂いたようなもの。これ以上は」
「そうですか。まあ解雇されることはないでしょうから励みなさい」
「は」
ラクナマリアはもう一度水浴びして私室へ下がった。
◇◆◇
翌日、手紙を持たされたホスタとアルエラは王妃の元に戻った。
「もう魔導騎士として護衛のお役目を果す事が出来ません」
アルエラは王妃に進退を問うた。
「今時、魔導騎士なんて過剰な護衛ですよ。無くても結構です。忠義こそが最も硬い鎧となるでしょう」
「は、恐縮です」
「ラクナマリア様のお手紙にはもう少し融通の利く柔軟な鎧に矯正してやるように、とお叱りの言葉がありましたけどね」
「申し訳ございません」
恥じ入るアルエラに王妃は苦笑した。