第10話 王妃メアリー
「あらまあ、久しぶりに訪ねて来てくれたと思えば・・・・・・」
王妃に呆れた目で見られてラクナマリアとクラウスは少し気まずい思いをした。
人口十万の帝国の大宮殿には遠く及ばないが、ここの後宮もひとつの町くらいの人口がいる。いわば市長であり、大企業の経営者のようなものだ。
さまざまな問題が発生するし、犯罪なら担当者に任せるだけ。
「探し出して罰を与える事を約束しましょう。クラウスはそれでいい?」
「はい。あ・・・いえ」
義母に投げるのは前提だが、問題の解決手段は考えていた。
「義母上。ホスタを奴隷から解放しラクナマリア様のお世話をさせる事は出来ませんか?」
「何を言う」
ちょっと待て、とラクナマリアは口を出した。
「私に任せて下さる筈です」
「む」
「ラクナマリア様は浮世離れし過ぎていて、世間の事もよくご存じでないしこのままでは望まぬ問題を引き起こし静かな暮らしを続ける事が出来なくなると思います」
「確かに」
メアリーも同意した。
「もう二度と外出などせぬ」
「それは無理じゃないかしら。日中に限り一人だけお世話の侍女を置く。それでどう?」
「むう」
「最近、後宮に王子が通い詰めていると噂になっていましたよ」
「それがどうした」
これだよ、とメアリーは肩を竦める。
「ホスタとやら」
「はっはい!」
奴隷のホスタには本来目通りなどできない貴人に囲まれて恐縮していた。
「ラクナマリア様はこうして訪れる者を拒みませんから、貴女がお止めなさい。世間からラクリマリア様を守りなさい」
「はい!」
一般常識に欠ける彼女はどうせ今後も問題を起こすだろうから、その前に体を張ってでも止めるようにと言い含めた。
「不愉快だ。帰る」
ラクナマリアはさっさと踵を返した。
「無礼な」とメアリーの護衛の女騎士が詰め寄るが人睨みして退散させられる。
どうすれば、と戸惑うホスタにメアリーは顎でついていけと指した。
◇◆◇
「義母上もラクナマリア様の事をご存じだったのですか?」
「勿論。後宮内に彼女の宮殿があるのですから。陛下からそれとなく気を使うよう申しつけられております」
「彼女はいつからここへ?詳しい来歴などは?」
「さあ」
「誰も召使がいないのに食糧はどこから?」
「さあねえ」
「宮廷費も出ていないとか」
「随分な資産家みたいねえ」
本当かどうかはわからないがメアリーも大したことは知らないようだった。
「これまでは私が口止めしていましたが、もうあまり彼女の所に通ってはいけませんよ」
「え?」
「常識が足りないのは貴方も同様です」
最初、クラウスも誤解していたように後宮にある女性の為の館に王が通えば愛人と見なされる。義母の所ならともかく王子まで通うと話はおかしくなる。
「もう十二歳でしょう?」
「は、はい・・・」
「わたくしの所には来てもいいのよ?」
「あ」
王家の人間は毎日、顔を合わせて食事をしたりはしない。
父とは後継ぎとしてたまに会うが母と会う理由は特に無かった。
「意地悪いって御免なさい。わたくしの方から話しかけたりはしなかったのにね」
「申し訳ありません、義母上」
王子の基礎教育は公立教育機関に任されている。
昔のように母親、その実家が王国の将来に影響を与える事は歓迎されない。
家庭教師は教育機関では教えない伝統的礼法や社会の役に立たない古語、帝国関連の法律、儀礼などを教えている。西方圏の学校は実利の教育に集中していてこの分野は今でも私塾、家庭教師が活躍していた。
「今後は時々、ラクナマリア様をお茶会にお呼びするから貴方はその時にでも呼んであげましょう」
「あ、有難うございます。義母上!」
ホスタを放り出してそのままにするのは無責任なのでメアリーはそう提案した。息子の初恋へのおせっかいでもある。
そんなわけでしばらくしてからラクナマリアに招待状を出したのだが、ホスタがお断りに来て、何度呼んでも招待に応じてくれなかった。
◇◆◇
一向に話が来ないのでクラウスはメアリーのところを直接訪問したらまったく招待に応じて貰えないと零された。
「ライラの所にも来てないみたい。夜の目撃例もぴたっと止まったし、本格的に閉じこもって仕舞われたみたいね」
「ホスタは何と?」
「恐縮しちゃってて駄目ね」
申し訳ありません、というだけで話にならなかった。
周囲は無礼な!と怒ったが侍女として教育を受けていないものを選んだのはメアリーなのでどうしようもない。
「貴方達なら大丈夫でしょうから様子を伺ってきて貰えるかしら?」
「よろしいのですか?」
「陛下にも申しつけられている事ですから」
病気だったりしたら困る。
意地でも医者の世話になりそうもない人だ。
「心配ですね。わかりました、お任せ下さい」
「殿下、私も同行させて頂いても構わないでしょうか」
メアリーの護衛騎士が同行を申し出た。
「私は構いませんが」
「いってらっしゃい。丁重にお願いするように」
「はっ」
◇◆◇
「頼もう!」
女騎士アルエラの声掛けと共にいつも通り自動的に扉が開く。
「む、自動開閉機能付きか」
アルエラは魔力のかかった門と魔導人形を見てその値段を想像し、腹が立った。
王家がみな切り詰めて質素な生活を送っているのに何てことだろう、と。
この人形一体で年間宮廷費に匹敵する。
勝手知ったる我が家のようにクラウス達は屋内へと入っていき、広間で迎えてくれたラクナマリアに早速用件を伝えた。
「行かぬ。前に二度と外出などせぬと言ったではないか。ホスタを受け入れてやっただけで感謝せよ」
「無理強いする気はありません。ホスタはご迷惑をおかけしていないでしょうか」
「む、まあ役には立っておる」
有難うございます、とホスタは頭を下げた。
随分長い間静かに暮らしていたであろうラクナマリアの暮らしを乱してしまったのでクラウスも強くは言えなかった。
「では、元気そうなお顔を拝見させて頂いたのでこれで失礼させて頂きます」
「もう帰るのか?」
「はい、ご病気で無かったのならそれでいいのです」
こんなにあっさり諦めるとは思わなかったのでアルエラも食い下がったが、クラウスはあっさりと退去した。
「殿下自らお越し下さったのに、招待を断るとは無礼ではないか」
残されたアルエラはラクナマリアに詰め寄る。
「ち、ちょっと」
ホスタが間に入る。
「貴様も。妃殿下に奴隷から解放して頂いたのに役立たずめ」
恥じ入ったホスタが俯き、アルエラに無理やり横へどかされる。
「わたくしは役に立っている、と言ったぞ」
「妃殿下には申し訳ありませんが、私はラクナマリア様の侍女になるよう仰せつかりましたので」
ラクナマリアの言葉に勇気を貰って再度ホスタが割り込んだ。
「のけ」
どん、と突き飛ばされるとさすがに女騎士の力には敵わない。
「無礼な奴だ」
「病気でないなら来て貰う。王妃殿下に無礼を謝罪するのだ」
「二度は言わぬ、失せよ」
「王子殿下を魔術で門外まで弾き飛ばしたそうだが、私には通じんぞ」
女騎士の鎧には魔力が込められていて大抵の魔術を弾く。
彼女も貴族であり、古の血を引いていた。魔術は行使出来なくなるが、肉体能力を増強する改造手術を受けており魔術師に対しては圧倒的有利な立場にある。
脅しのつもりでゆっくりとずんずんと歩み寄ったアルエラは途中で違和感を感じた。
わざとではなく実際に歩みが進められない。
体が内部から弾け飛びそうになる圧力を感じた。
それでも強引に進もうとすると鎧の宝玉が壊れて弾けとんだ。
なおも進もうとすると肉体に埋め込んでいる魔石も壊れ、魔石と魔石を結ぶ導線上から血液が吹き出し始める。
「引かぬなら死ぬことになる」
「おのれ!」
もはや意地となって剣に手をかけた。
”それも忠義という奴か”
あくまでも我を通すつもりなら仕方ない、とラクナマリアは諦めた。
殺意を込めて力を籠めたが、二人の間に再度ホスタが入った。
「い、いけません!」
体を張ってアルエラを止め、そのまま押し倒した。
出血多量でか、彼女はそのまま気を失っていた。




