鼻くそ
実話です
数年前の夏の出来事。
普段半袖長ズボンで出歩くのだが、その日は少し歩かなければならなかったので、半袖半ズボンで家を出た。
目的地は祖父の家。愛用していたカメラをあげるから来いとのことだった。金目のものに目がない私は二つ返事でσ(♡∞♡)
あ? なんだこの顔文字
行くと返事をし、最寄りのバス停から乗車した。
夏のホラー2023参加作品なのでお気づきかとは思うが、行きのエピソードは1ミリも存在しない。強いて言うなら鼻をほじりながらバスに乗っていたことくらいだ。
祖父の家に着くと、早速カメラを渡された。錆の塊が大量に付着した革のような入れ物に入った、立派なカメラだった。「画面ついてないんだ」と思った。
そしてなぜかすぐに帰ることになった。冗談抜きでお邪魔してから1分半くらいしか家の中にいなかった。カメラもらいRTAだ。
カメラがなかなか重かったので祖父に手提げが欲しいと言うと、外のごちゃごちゃした場所(祖父は個人でリサイクル業もしているため、そういった場所がある)にあったチャック付きのカバンをくれた。
祖父にカバンを持ってもらって、カメラをストンと入れてお別れした。
再びバスに乗り、知らないおばあさんと2人席に座っていると、突然話しかけられた。
「あなた、鼻くそついてるわよ」
「えっ」
知らない人にこんなことを言われたのは初めてだったので、私は軽いパニックになった。
頭をフル回転させて復活し、鼻くそを取るため顔を背けようとした瞬間、肩を掴まれた。
「動かないの!」
動かないの?
動かないのってなに?
動かないの⋯⋯動かないの⋯⋯
⋯⋯なに?
思考停止していると、おばあさんが私のほっぺたを触った。人差し指と親指で、薄い緑色にほんの少しだけ赤茶が混ざったような丸くて小さな物体をつまんでいる。
えっ。
こわっ。
⋯⋯えっ?
ほっぺについてたの?
だとして、なんであなたが取るの⋯⋯?
⋯⋯マジ?
⋯⋯なぁぜなぁぜ?
またまた思考停止していたところで
「キャーッ!」
突然叫び出すおばあさん。
「あんたこれ鼻くそじゃないじゃないの!」
「えっ? えっ、えっ、えっ?」
泣きそうな私。
なんでこんな意味不明なキレ方を⋯⋯
「あんたこれ、蜘蛛じゃないの!」
ここで私は冷静になった。
おばあさんの指から潰れた蜘蛛を人差し指で奪い、ズボンにねじくった。
それからおばあさんはずっと静かだった。
行きと同じくらい暇だったのでまた鼻でもほじろうかと思ったが、隣におばあさんがいたので断念し、せっかくなので祖父から貰ったカメラを見てみることにした。
チャックを開け、手探りで底にあるカメラを拾い上げる。
カバンから出す直前、手にある嫌な感触に気がついた。
くすぐったい気がするのだ。
目を凝らして見てみると、カバンの中で小さな虫がうじゃうじゃとうごめいていた。
咄嗟にカメラを手放し、カバンの中で手をふりふりして引き抜いた。
すぐにチャックを閉め、隣のおばあさんに気づかれまいと平静を装った。
手を見てみると、薄い緑色に少しだけ赤茶色が混ざったような小さな蜘蛛が2匹いた。さっきのやつだ。
ということは、このカバンの中のうじゃうじゃも⋯⋯
早く隣のおばあさんが降りるか、早く最寄りのバス停まで着くことだけを願いながら、目を閉じて涙をこらえて過ごした。
しばらくすると、足がくすぐったくなってきた。
何匹かがすね毛を散歩していたのだ。
足を掻くふりをして払い落とすと、またその中の数匹が足の甲に落ちた。
ぺゃっ! ぺゃっ! と最小限の動きで足を振ってみたが飛んでいってくれない。
仕方がないのでもう片方の足でこっちの足の甲を踏んで蜘蛛を殺した。カンダタ以下になってしまった瞬間だった。
と思ったけどあいつ、殺人も放火も強盗も、蜘蛛を殺す以外の悪行全部やってる極悪人だった。さすがにオラのほうが清いわ。
家に帰って明るいところでカバンを開けてみると、中は巨大な1つのたんぽぽの綿毛のようになっていた。
庭でカバンからカメラを出し、うちわで蜘蛛を吹き飛ばして救出した。
ピカピカに磨いて質屋に持っていったところ150円にしかならなかったので、思い出として取っておくことにした。
これ映像に出来たらどれだけ怖かったか伝わるんだけどなぁ⋯⋯
思い出したら痒くなってきた