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6.襲撃

 その後、隊商は順調に進んだ。比較的弱い獣が道の途中にいることは多々あったが、護衛はみな優秀な傭兵だったので難なく切り抜けることができていた。

 やがて日は沈み、予定通りの地点で野営を構えることとなった。

 少し開けた場所で、風は入ってくるが、岩に囲まれていて寒さは凌げる。

 後ろの隊商も予定通りに追いついて、夜はちょっとしたお祭りのような賑やかさになる。

 だが、それもここまでだろう。これ以降山はどんどん険しくなり、休む場所もなくなる。道は狭く、馬車一台がなんとか通れる程度の幅しかない上、一歩横に逸れれば谷底へ真っ逆さま。そういう道が待ち受けているのだ。


「天運が悪いですね。まだ雲の中だ。火を起こしてもすぐに消えてしまう」

「仕方ない。黒油を使いましょう」


 黒油は、冷たい風が吹いてもそう簡単には消えない火を作り出す。その代わり、燃やし続ける必要がある。


「燃やしすぎるなよ。高いんだからな」

「分かってる」


 水のない場所では、焼くくらいしか調理の方法がない。今日の夕食として、傭兵の一人が弓矢で仕留めた岩山羊を焼くことになった。南の特産は米だが、水がないので小麦のパンが主食となる。

 野営の準備をするティンバーの横で、イェルドは竹を削り出した串に刺した肉を焼きながら彼に尋ねた。


「あとどのくらいで着くんだ?」

「十日はかかりますね。目的地のノクサールナはロワルスを越えたさらに先です。正直、今回の荷はかなりの量なので厳しい道程になりそうです」


 ティンバーは剣に油を塗りながら話している。と、そこにシオが割り込んできた。


「といっても、途中でこの奴隷たちは鉱山に置いていくから多少荷は減るぞ」

「なるほど、鉱山奴隷ですか。この奴隷たちは戦争奴隷か何かなのですか?」


 ティンバーが尋ねると、シオはあたりを窺って他に聞いている者が居ないことを確認すると、話し始めた。


「お主らは口が硬そうだから話すがな――」


 彼の話を要約するとこうだ。

 サヴィル王国内のある街にいたとき、彼の商館を訪ねてきた男がいた。男は彼自身も見知らぬ男にシオに依頼するよう頼まれたのだと言い、数人の奴隷をシオに引き渡した。それが隊列の二番目の車にいる奴隷たちだ。

 依頼は奴隷たちをディヴァス鉄山まで送り届けること。依頼に何らおかしなところはない。報酬が破格だという点を除いては。

 しかし、戦争奴隷を取引する組織など二つほどしかない。一つは戦争で傭兵を派遣する傭兵組合。もう一つは軍を組織する国――この場合はサヴィル王国ということになる――である。


「それは……サヴィルもしくはティグリデ傭兵組合、あるいはサイカリス傭兵組合が関わっている可能性が高そうですね」


 ティンバーが挙げたのはどちらも規模の大きい傭兵組合だ。二つの傭兵組合は多くの傭兵団を抱えているが、ティンバーやリドは団には所属せず個人として活動している。


「サイカリスというのは、俺たちが会った組合の名前か?」

「そうですね。私は長い間利用していますが、そういう黒い噂は聞いたことがありません」

「だが、大きな組織ほど腐敗は見えにくいものだろう」


 ティンバーは意外だとでもいうようにイェルドの方を向いた。


「確かに、それも一理ありますね。あなたは案外慎重派のようだ」

「逆に聞くが、俺のどこに大胆さを見出したんだ?」


 ティンバーは串をくるくると回して肉の焼け具合を確認しながら、少し考えて言った。


「なんとなく、一度剣を交えたときにそう感じました」

「ああ……」


 イェルドはなんとなく居た堪れない気分になった。よく手入れされた金属の兜は黒油の火を反射するばかりで、ティンバーの表情は少しも分からない。


「あれは、なんというか…………」


 あの積極的で隙だらけな攻撃は明らかにティンバーの反撃を誘ったものだと、彼自身も気づいているはずだ。

 イェルドには、彼のような名のある傭兵を利用したことを大胆と評したように聞こえた。


「ははっ、冗談ですよ。あのことなら、私はまったく気にしていません」

「……すまない。そういう意図はなかったんだ」

「もちろん、分かっていますよ。ただし、いつかまたの機会に、お願いしますよ」


 侮辱した訳では無いと分かって貰えていたらしい。つくづく度量の大きい武者だ。

 イェルドは心中で感謝しつつ、いずれまた剣を交えることになるであろう相手を見据えて答えた。


「ああ、もちろんだ」


 一方シオはよく分からないといった様子だったが、途中で興味をなくして肉の見張りにいそしんでいた。

 しばらくして、あたりに香ばしい匂いが漂い始める。


「そろそろ良さそうだな。おーい!」


 シオが大声で他の傭兵や商人たちを呼んだ。

 傭兵たちは夜の間交代で見張りをする。そして翌日もまた険しい山路を歩き続けなければならない。だからこそ、食事は隊商においてとても重要だ。

 各々が自分のパンと肉の塊をナイフで取り、円形に座って食べる。道具の損耗や道程の確認をみんな一緒になってするためだ。

 イェルドがちらりと隣の様子を伺うと、ティンバーは頭の鎧をほんの少し上げて差し込むように肉を食っていた。


(……なるほどな)


 もはや感心の域である。イェルドは彼の徹底ぶりに嘆息しつつ、自分に割り当てられた分を片付けにかかるのだった。




 ◆




 イェルドは夕食後少しの間仮眠を取った後、見張り役を引き受けた。

 いつの間にか雲は晴れ、白い砂をばら撒いたような星空が見える。体にマントを巻きつけるようにして座っても、自然と体が震えてしまう程に風は冷たい。


「寒いのは苦手ではなかった筈なんだがな……」

「イェルドは、北の出なんだろー」


 隣に座って共に星を眺めるのは巨人族のリド。見張りは二人ずつと決まっている。


「ああ、一応はそうだな」

「北の国ってえと、あれか? ノクサルナとかか?」

「ノクサルナではないが――」


 言いかけたその時、イェルドは声を聞いた。


(なんだ――この感じは)


 ほんの小さなか細い声だった。だが、その小さな声にイェルドは尋常ではない胸騒ぎを感じた。

 急に立ち上がったイェルドを見て、リドは尋ねた。


「おぅい、どこ行くんだー?」

「何か……聞こえなかったか?」

「何も聞こえなかったぞー。おかしいな、耳には自信があるのに……」

「ちょっと見てくる」


 イェルドは少し歩いて、件の奴隷輸送車のところまでやってきた。壁に囲まれているとはいえ、お世辞にも丁寧とは言えない造りで中はさぞ寒いことだろう。

 少し背伸びをし、格子窓から内側を覗き込む。


 赤い双眸が、こちらを見つめていた。

 しばしの沈黙が二人の間に落ちる。

 お互いに見ているものは相手の目のはずなのに、イェルドはそうは感じなかった。

 相手の目には、自分の姿など映っていないような気がしたのだ。


 イェルドはすぐに、それが昨日見た金の髪を持つ少女だということを悟った。

 なぜ彼女が、その瞳が、その細い声が彼をこんなにも動揺させるのか、イェルドには分からなかった。


「…………」


 あの細い声は、何だったのだろう。母親の名でも呼んでいたのだろうか。

 何か声をかけてみようかと思ったが、結局そうはしなかった。そしてそのままリドのところに戻った。


「––気のせいだったらしい」

「そうか、何事もなくてよかった」


 イェルドはそれ以上は何も言わず、再びリドの隣に腰を降ろす。しばらくして、リドが口を開いた。


「あー、さっきの話なんだが……」

「なんだ」


 リドは言い出し辛そうに身を揺する。そうして少しの間逡巡した後、言った。


「…………もしや、と思ったんだ。イェルドの出身はアルリーム王国なんじゃあないかー?」


 イェルドは思わず口を噤んだ。ここで黙れば肯定と捉えられてしまうだろうことは分かり切っていたが。


「……安心してくれえ。たとえあんたがアルリーム人だろうと誰にも言ったりしねえよ」


 アルリーム王国。それは、少し前に王都が陥落して亡んだ国だ。今はサヴィル王国の統治下にある。

 イェルドはそれでもはっきりと答える。


「アルリーム人ではない。リドは今回の戦争には参加しなかったのか?」

「道理のない侵略戦争に加担するのは、性に合わない」


 その表情の意味するところは何か。侮蔑――あるいは怒りにも見えた。

 巨人族は特にどこかの国に属することはないが、彼ら自身の王は存在する。自由奔放といえばそうだが、一度身を固めれば家族を最も大切なものとして家族の為に生きるようになる。イェルドは巨人族についてそういう話を何度か聞いたことがあった。

 彼ら自身、しっかりした信条をもっているのだろう。侵略を良しとしないのは確かだ。


「……なるほどな、あなたは――」


 イェルドが言いかけた瞬間、リドはそれを手の動きで静止した。ゆっくりと立ち上がり、あたりを窺うように見回す。

 つられてイェルドも立ち上がり、あらゆる感覚を研ぎ澄ませる。風の音、旗がばたばたとはためく音、木製の馬車が軋む音――――その中に、彼もまたリドと同じものを見つけた。


「……イェルド」

「ああ、まずいな。囲まれてる」

「クソ、この霧のせいか、まったく気付かなかった」

「俺もだ」


 小さく悪態をつくが、その目は暗闇の中の一点に据えられている。


「イェルド、傭兵を全員起こしてきてくれ」

「了解」


(なぜだ……? こんなところで……)


 イェルドがティンバーや他の傭兵達を起こして戻ると、リドと姿の見えない魔物たちはまだにらみ合っていた。


「……なるほど。刺激しすぎてしまったようだ」

「ティンバーか。数が多かったから、おかしいとは思ったが……まさか岩狼が群れを成すとは」


 リドはティンバーが来たことで少し緊張が緩んだようだ。本当にいい相棒同士だ、とイェルドは思った。


「食い物か、それとも縄張りを侵したことへの制裁か。どちらにせよ見逃してはくれなさそうだ」


 他の個体より一回り大きな岩狼が、小高い岩場に登り出る。その姿が、ティンバー達が持ってきた黒油の松明によって明明と照らし出された。

 その、群れの長と見える狼が短く一声、二声吠える。


 開戦の合図だった。

 お読みくださりありがとうございます。

 昨日、投稿したつもりが忘れていたようですすみません。よって今日2話投稿しました。

 よければ評価・感想等よろしくお願いします。

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