4.二人の傭兵
やはりというべきか、イェルドの魂胆はティンバーには見え透いたものだったらしい。
注目を避け、都合よく仕事を手に入れるための出しに使われただけならまだしも、本来全力で行うはずの傭兵同士の一騎打ちで手を抜かれ、誇りを踏みにじられた。そう思われても仕方がない。
間違いなく、あのティンバールートという傭兵からの印象は良くないだろう。
(すまないな、ティンバールート。埋め合わせは必ずする)
イェルドはサヴィル銅貨五枚の安宿に荷物を置いた。
「…………たった一日でこんなにも変わるものか」
イェルドは部屋に下ろした荷物を眺めながら呟いた。ぼろぼろに擦り切れた外套と、崖から落ちる以前からつけていた腰鞄と軽装の鎖鎧。それに、預かった剣。彼の荷物はたったのそれだけだった。
「鎖鎧は……不要だな。外套は新調する必要がありそうだ」
少ない荷を見ていると、失ったものがいかに大きいかを実感せずにはいられなかった。執着を持っている意識はなかったが、喪失感は否応無しに襲ってくる。
彼は大きなため息をつくと、すぐに計画を立て始めた。
「預りものの剣を使うわけにはいかないから、新しい剣が要る。それに……食料は隊商の護衛なら不要か」
どんな状況下でも冷静さを崩さない。それが、彼が王国兵士として培った精神だった。
都市が亡びようと、彼の兵士としての役割は消えない。彼の主が生きている限りは。そう、主が生きている限りは国は滅びない。
「よし、行くか」
大切な剣だけを背に括り付け、イェルドは宿を出た。
待ち合わせ場所に行くと、ティンバールートは既にそこにいた。或いはずっと待っていたのかも知れない。だとすれば、律儀なものだ。自分は敬意を払うに値しないと思われても不思議ではないところだが。
「待たせてしまったらしいな。すまない」
「いえ、こちらが早く来すぎただけですので」
そうは言うものの、彼が動いた足跡もなく、後ろの巨人族の彼に至っては額に汗が浮かんでいる。ティンバールートも出会ったときからずっと全身に鎧を着込んでいるが、暑くはないのだろうか。
「いや、申し訳ない。随分と待たせてしまったようだ」
「ふふ、やはり見透かされているようですね。どうです、リド。私の言った通りでしょう」
ティンバールートは後ろを振り返って巨人族を仰ぎ見る。
つられてイェルドも彼を改めて眺めた。
当然のことながら、巨人族は大きい。比較的大柄なイェルドと比べても、肩幅は倍ほど、背丈は倍と少しはあるか。肌は赤褐色に近く、目は黄色い。長く黒い髪を後ろで結んでいる。
巨人族は皮膚が頑丈なため、あたりを歩くどの傭兵よりも軽装でありながら守りの達人である。
長い間待っていたことにイェルドが気付くか気付かないか、という賭けでもしていたのだろう。
「はっはっは。こりゃあ、参ったなあ。やっぱティンバーには、敵わねえなあ。しかし、こんなところで待ってるなんてなんて、間抜けだと思われても仕方ないぞー」
「ああ、紹介が遅れました。彼は私の相棒のリド。見ての通り、巨人族です」
「おう。俺ぁ、リドっつうんだ。よろしくなー」
「イェルドだ。よろしく」
でかい声で、のんびりと喋る。巨人族はこういうものが多い。寿命が長く、多くは故郷でのんびりと暮らす彼ららしい性格だ。彼とは気が合わなそうだ。イェルドはそう思いつつ、二人にひとまず歩こうと言った。
イェルドは歩きながら少しずつティンバーの人となりを探ってみることにした。
「あなたはどうしてそのような丁寧な口調で話すんだ? 傭兵はみな互いに敬語を使わないものだと思っていたが」
「ああ、これですか。癖みたいなものですよ。もう直る気がしません」
そういうものかと思い、それ以上尋ねることもせずイェルドは話を変えた。
「今回の隊商はロワルス山脈越えらしいが、何が要るんだ?」
「――ご存知だとは思いますが、ロワルスは本当に恐ろしい場所です」
道のりについて尋ねると、ティンバーは急に声音を変えて話し始めた。
「山々は急峻を極め、その高度故に草の一本も生えない。しかし、幸いというべきか、今は夏です。なので比較的楽だとは思います。油断は出来ませんが」
「ロワルスはな、とにかく、飛ぶ魔物が多いんだよ。だからー、弓か魔術が使えると、たすかるぜえー」
リドは頭の後ろで腕を組んで歩きながら、相変わらずゆっくりと喋る。それを見て、イェルドは昔本で読んだ話を思い出した。
巨人族は自然物に因んだ名前をつけるらしい。木やら動物やらを組み合わせた名前をつけるので、とても長くなる。彼らのようにのんびりと喋る種族には些か不便な名前になってしまうわけだ。
そういうわけでリドのように最初の二音をとって呼ぶことが多いのだとか。
「魔術は少し使えるが、剣は無くても問題ないのか?」
「いえ、そうでもありませんよ。稀ですが、竜種が出ることもありますし、地上にも魔物はいます。剣が無いと何かと不便です」
「ふむ、困ったな」
イェルドの言葉にリドは首を傾げてみせた。
「どうしてだー? おまえは背中に大層なもん、背負ってるじゃねえかー」
「ああ、これは……預かりものでな。届けなければならない人がいるんだ。それを俺が使うことは出来ん」
「ふーん……なら、しょうがねえなあ。ティンバーよお、確か、あれがあったよなー?」
「ええ。応急処置にはなりますが、ここの組合は剣の貸し出しも行っているのでそれを利用すればよいかと」
「ではそこで借りることにしよう」
やがて武具店に向かった三人は、イェルドの外套を選んでいたのだが、ここで問題が起きた。
「そっちだと、薄すぎるだろー。ロワルスの寒さは、凌げ無いと思うぜー」
「いやいや、いくらなんでもそちらは地味過ぎます。それに、今は冬が来ていないのでこのぐらいの薄さで十分です」
「でも、その先さらに北に行くんならー、こっちのがいいだろー」
「見栄えというのは大事です。傭兵は服装で印象が変わるのだから――」
「…………」
どうやら二人は、両方とも武具にうるさいらしい。こうなってしまうと厄介だが、重要なことでもある。
外套は必需品だ。寒さや暑さ、砂塵や氷雪を凌いだり、寝具の代用として用いたりと多くの役割を果たす。傭兵として拘りたい気持ちはイェルドにも理解できた。
しかし、ティンバーが今持っている外套は赤く染色された植物繊維がつかわれているようだ。赤は派手すぎる。貴族でもあるまいに。
「イェルド殿はどちらが良いと思いますか?」
「おう、そうだー。イェルドに決めて貰えばいいんだったあな」
結局そうなるのかと思いつつ、イェルドは少し考えてから答えた。
「リドが持っているほうにしよう。もっと北に行く予定があるんだ」
「それなら仕方ないですね。似合うと思ったのですが……」
ティンバーは少し残念そうにしつつ、持っていた外套を元の場所に戻した。取り敢えず二人はかなり仲が良いのだということが分かった。
「おい、店主。これを買いたいんだが」
「おう。ちょっと待ちな」
店の奥から威勢のいい声が聞こえてくる。
視界の端ではティンバーが何やら漁っている。と思ったら、山の中からまた何か取り出した。
「イェルド殿! どうですか、これは! これなら先程より派手ではないでしょう。如何でしょうか!?」
イェルドはそれを見て硬直した。考え得る限り最悪の色だったからだ。というより、無色。白だったのだ。
「おいおい、ティンバー。イェルドが困ってるじゃーねえか。冗談はその辺に、しておきな」
「……私と同じ苦しみを味わわせて差し上げようと思っただけなのに」
ティンバーは何やらぶつぶつと不穏なことを呟く。
「ああ、こいつが傭兵稼業を、始めたころの話なんだがな。見た目が気に入ったのか、白い外套を買いやがったんだーよ。そんでもって、最初の仕事の時にぬかるみで派手にこけて……ふっ、それはもう……ひでえ有様に……ふはっ! 思い出しただけで、笑いが……ひーひっひっひ!」
「あーもう! なんで言うんですか!」
「いでっ! いや、言えって言ってるようなもんだったろ!」
何やら勝手にじゃれ合い始めた二人を横目に、イェルドは外套を取りに店の奥へと向かった。あの仮面の下の表情が今どうなっているのか非常に気になりはしたが、不躾に外して見せろというわけにもいかない。
少しは楽しい旅になりそうだ、そう思いながらイェルドは次の店に向かうのだった。
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