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28.呼ぶ声

 少女は眠っていた。闇の中に居た。このごろ、ずっと暗闇の中にいる気がする。たまに目を開けて、あたりを見回しても何も分からない。

 目を覚ますたびに周りの景色が変わっているが、そんなことにすら気づかないほど彼女は疲れ切っていた。大きな胸に抱かれて、運ばれているときもとにかく体が怠くて力が入らない。

 呪いは少女の小さな体を蝕み続けていた。

 目を覚まして、誰もいないととても不安な気持ちになった。心臓がきゅうっと縮こまるような感じがした。


 ある時、なんの前触れもなく急に右腕が疼くような鈍い痛みに苛まれた。どうして、そんなことが起こっているのか彼女にはまったく分からなかった。

 ふと痛む腕を見ると、おぞましく恐ろしい黒い模様が腕を覆っていた。ものすごくぞっとして、それ以来は見ないようにしていたが、それで模様が消えるわけではない。


「これは……呪いだね」


 聞き覚えのない声が聞こえる。この腕の模様は、呪いと呼ばれるらしい。呪われるなんて、何か悪いことをしてしまったのだろうか。少女にはそんな覚えはなかった。


 ふと、誰かが呼ぶ声を聞いた。

 遠く、下の方からその声が響いてくる。助けを求めるかのように叫んでいる。

 目を開け、窓を見ると一面の星空だった。しかし、声は下から聞こえる。苦しそうな声だ。


(わたしを、呼んでるんだ……)


 少女にははっきりと分かった。居ても立っても居られず、寝台から身を起こした。つま先立ちになってせいいっぱい手をのばし、なんとか窓を開ける。

 急に支えがなくなって、すごくひやっとした。頭から真っ逆さまに落ちてしまったけれど、どうやらちょうど枯れ草が積んであったようで、幸い頭を強く打たずにすんだ。

 早く下に行かなければ。彼女はそれしか頭になかった。でも、どうすればいいのだろう。街を遠くから眺めたときに見えた大きな谷。きっと、そこで誰かが呼んでいる。


(はやく、いかなきゃ)


 耳を澄ませると、少し声が聞こえる方向が分かった。少女はそうとは知らず街の外周へ向かって歩き出した。小さな足で土で固められた狭い路地を歩く。

 歩いているうちに、だんだんと家々が古くなっていくようだった。くらっとするようなお酒のにおいがする。騒がしい場所には近付かないように歩くけれど、ふらふらとした足取りの男数人とすれ違った。


「お? なんだー、ありゃ? なんであんな……ちっこいのがこんな夜中に?」


 少女はどきっとして、思わず振り返ってしまった。心臓が早鐘を打ち始める。脚が、手が震えて動けない。

 男は千鳥足で彼女に近付いてくる。


「おーい、だめじゃないかあ。こんな夜に子どもひとりで出歩いちゃあ」


 怖い。どうしてかわからないけど、怖い。

 男の手が少女に届く寸前、彼女はぱっと走り出した。無我夢中で走った。引き返したかった。戻って、あの人――イェルドの近くに行きたかった。いつの間にか、あの男と居ることに慣れていたのだ。けれどもう戻れない。


(早く、助けなきゃ。私が、助けに行かなきゃ!)


 いろいろな気持ちがないまぜになって、涙が出てきてしまった。でも、確かに自分を呼ぶ声は聞こえた。それも、だんだん近づいている。

 大きな建物が見えた。ぎいー、ごとん、と重たげな音を立てて何かが動いている。少女は恐る恐る近づき、建物の内側を見た。

 上を見ると大きな滑車が回っていて、下の方から吊るされた木の板が上がってくる。それを見送ったあとで彼女は理解した。なるほど、あれは下に降りるための足場らしい。

 滑車のところを過ぎると、今度は足場が降りてきた。恐る恐る乗ってみると、足場は苔でぬるぬるしていて転びそうになる。彼女にとっては高すぎる手すりをやっとのことで握りながら、足場が下に降りていくのを待った。

 その時突然、足場ががたんと揺れる。


(――あっ)


 その拍子に少女は手すりの下の隙間から滑り落ちてしまった。心臓がどくんと大きく拍を打つ。次の瞬間、彼女は冷たい水に沈んだ。必死にもがいて、何か木の根のようなものを手に掴む。


「う、げほっ――」


 細い根のようなものを握って、なんとか近くの岩場に上ることができた。実のところ、水場はそれほど深くはなかったが、彼女が溺れるには十分な深さだった。

 掴んでいた根のようなものは実際、木の根だったようだ。背は高くないが、垂れた枝先についた花の中がほんの微かに光って見えた。辺りを見渡すと、同じような木がいくつもある。

 少女はあたりをきょろきょろと見回しつつ歩き始める。彼女の歩くすぐ下には水に棲む魔物が幾匹も眠っていたが、足音が小さかったので彼らを眠りから覚まさずに済んだ。

 彼女は気づかなかったが、水面に鼻を出して眠る魔物もたくさんいた。

 やがて、頭の中に直接響くような声を辿っていくと、大きめの洞穴に辿り着いた。

 恐ろしい。眼の前に、底しれぬ闇がぽっかりと口を開けている。足が竦み、今すぐにでも引き返したくなる。

 しかし、悲鳴が彼女を駆り立てた。勇気を振り絞って一歩、踏み出す。

 洞窟の中は、夜光茸と呼ばれる菌類のお陰で足元が辛うじて見えるくらいの明るさがあった。奥の方から唸り声が聞こえる。それと同時に助けを求める声も強くなった。

 ついに彼女は、少し開けた場所に出た。

 そこには二つの異形の存在があった。

 一つは彼女が見たこともないような形をしていた。魚のような鱗。トカゲのような脚。鋭い爪と牙。名前は分からずとも、狩る側だということはすぐにわかった。

 もう一つは、人間の女性ような形だが人間離れした美しさであった。全身に青白い魚のヒレのようなものがついていて、水の中でもないのにひらひらと揺れている。青い髪は長く伸び、これまた水中に広がるかのように宙を舞っていた。そして彼女は酷く傷ついていた。

 状況を見るに、彼女が少女をここに呼んだ張本人だろう。


『ああ……なんて、こと…………こんな小さい子が来てしまうなんて……ごめんなさい』


 彼女は今にも消え入りそうな声でそう言った。


「せめて…………生きてここから出られるよう、祈ります」


 そう呟くと、彼女は最後の力を振り絞って不思議な現象を起こした。彼女が踊るように美しく腕を振ると、少女は自分まで足元から水の中に沈んでいくような感覚に陥った。思わず息を止めてしまう。


「んっ……んん!」


 すぐに限界が来て、口を開けて思いっきり水を飲み込む――かと思ったがいつも通り息ができた。水に流されるように体が宙を漂っていく。ゆらゆらと揺れる水の中おぼろげに見えたのは、トカゲのような魔物があの美しい女の人をその鋭い爪で引き裂く姿だった。

 お読みくださりありがとうございます。

 本ッッッッ当に申し訳ないです!前回投稿からかなり空いてしまいました。理由は想像よりずっと忙しかったからです(まだ忙しいです)。来週も投稿は厳しいので再来週から毎週投稿再開できればいいなと思っております。ただ、本当に書けていないので感覚を取り戻しながら書いていきます。どうぞよろしくお願いします。

 よければ評価・感想等よろしくお願いします。

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