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17.ディリ・ノクサルナ

「そこの方、少々お尋ねしてもよろしいですか」


 ルッカは道行く人々のうちの一組に声をかけた。


「……ああ、はい。なんでしょうか」


 酷くしわがれた声が返ってくる。振り返った男は奴隷を従えているが、到底金持ちには見えない。重そうな荷物を背負っており体格もいいが、汚らしく汚れた顔をしていて猫背で髪もぼさぼさだった。

 奴隷もがりがりに痩せている。引き継いだはいいが養う金もなく、痩せすぎて売ることもできないといったふうに見える。


「美しい剣を背負った男を見ませんでしたか。背が高くて体の大きい武人です」

「……さあ。そのような傭兵はたくさん見ますが」

「このあたりでは珍しい黒髪に青い目の男です。見ていませんか」


 対する男の髪は黒くはない。薄灰色といった感じで、顔の皺も相まって老齢であろうことが推測できる。


「黒髪に青目なんて、珍しいですね。もし見たら忘れないはずです。覚えていない私は見ていないのでしょう」

「そうですか。すみません。ありがとうございます」


 ルッカは途方に暮れた。あり得ないとは思うが、団長の予測が外れたとしか考えられない。昼を過ぎても、例の男が門に現れないのである。

 団長と副団長はそれぞれ街の中を探しているが、まだ彼は見つかっていない。


「本当にディリ・ノクサールナに来るのかな……」


 ここはノクサルナ王国首都のディリ・ノクサールナである。三人の騎士は遅れを取り戻すため、ディヴァスの北門を出て山道を走った。

 あの男――副団長によればイェルドという名らしい――は、自分らを撒くためか西門を出て険しい山間を進んだ。しかし団長によると、どちらにせよディリ・ノクサールナの飛行船で遠くへ逃げるために都に行くだろうということだ。






 ◆






「いいか、ここから絶対に動くな。お前の安全のためだ」


 少女はイェルドの言葉に小さく頷いた。

 昨日、街に入る前にイェルドは川へ降りていった。そして髪の色を変え、顔全体に泥を塗って帰ってきた。続いて外套を脱ぎ、上質なものは全て鞄の中にしまった。

 イェルドは少女にも同じようなことをさせ、二人はみすぼらしい格好になった。イェルドは少女に言った。

 

「俺の後ろをついてくるだけでいい。何も余計なことをするな」


 門よりも少し前のところで、一人の男が声をかけてきた。思った通り、先回りされていたらしい。

 イェルドは肩を縮こまらせ、猫背の姿勢を作っていた。毒草の抽出液を薄めたものを飲んで喉を壊し、声も変えた。実際よりもかなり老いた印象を受けるはずだ。馬も近くの路村の預り所に預け、徒歩で都へ向かっていた。

 彼の代わりにナルフィーネが居れば変装は意味をなさなかっただろう。しかし、運のいいことにその男は見逃してくれた。


(白紋騎士ではあるはずだが……)


 街に入ってしまえば襲撃の心配はない。

 イェルドがひとまず難所をくぐり抜けたかと安堵しかけたその時、聞き覚えのある女の声が聞こえた。


「そこのお方、少々よろしいですか」

「…………なんでしょう」


 振り返ると、案の定彼女だった。イェルドは冷静に状況を見た。まだ新しい剣を手に入れていないので、戦いになれば徒手での応戦になるだろうがここは門のすぐ近くだ。戦いが大きくなれば護領士が止めに来る。それまで耐えることぐらいはできる。あとはこの少女をどう守るかだが――


「あなたの……奴隷を、少し見せてもらえませんか」

「……はあ。どうぞ。粗末なもんですが。飯をやる金もなくてねえ。売ってもいいが――」

「この娘、よくないものがついていますね。非常によくない」


 ナルフィーネは顔を強張らせている。やはりある程度の強者ならば分かるらしい。だが、今は知らぬふりをせねばならない。


「なんだって――」


 イェルドが彼女を上手くかわす方法を考えながら答えたその時、誰かが叫んだ。


「おい!……あれは……赤槍鳥だ!」

「なんだって!」

「本当だ! 早く逃げろ! 急げ、門の中へ!」


 空を見上げると、槍のように鋭い赤い嘴を持った鳥が三羽、まさに投擲槍のように突っ込んでくる。


(なんだ、魔力を抑えているせいか?)


「ルッカ!」

「はいッ! わかっています」


 門前は一気に大恐慌に陥った。けたたましい鐘の音が鳴り響き、門の内側へと人々が殺到する。イェルドと少女は流れに身を任せて城壁に向かって走った。


「セレール・サギッタ」


 後方に魔力の破裂とそこから起きる波を感じた。

 後ろをちらりと見ると、あのエルフの女――ナルフィーネが弓を引いていた。三羽の強力な魔物を前にして一歩も引かず、寧ろ堂々と背筋を伸ばして眼前の獲物に狙いを定めている。

 弦が力強く戻った瞬間、先頭の一頭の頭が射貫かれた。魔物は力なく地面に落下していく。

 一方、もう一匹がルッカへと襲いかかる。彼は赤槍鳥の爪による攻撃を躱すと同時にその脚を切りつけた。


「浅いか」


 赤い血がほとばしり、魔物は耳障りに甲高く鳴く。ルッカは地に叩き落された魔物に相対する。

 赤槍鳥は巨大だ。ルッカは普通くらいの体格だが、その彼よりも一回りも二回りも大きい。

 赤槍鳥はゆっくりと起き上がり、鈍い橙色の斑模様の羽を広げて彼を威嚇する。すでに赤槍鳥の間合いである。恐ろしい速さで繰り出される嘴の猛襲。

 しかし、ルッカは右へ左へと跳んでそれを全て避けた。


「終わりだ、獣め」


 嘴の突きによって体勢を崩した赤槍鳥の首を一刀のもとに切断する。

 他方、最後の一羽は門へ雪崩れ込む民衆の中へと突っ込んだ。そして門へと走るイェルドと少女の前に立ちはだかる。


「離れるなよ」


 少女はイェルドの足元で縮こまる。


(どうする……こんなところで戦えば確実に見つかってしまう。追手に助けを請うことになるとは)


 少女は、目の前の魔物が自分を見ているように感じた。いや、気のせいではない。確かに見つめられている。だが、獲物を見る目ではない。

 イェルドもその赤槍鳥がいつまで経っても襲って来ないことに違和感を覚えた。


(恐れているのか……? 一体何を――)


『キエエエ!』


 魔物は全身の毛を逆立て、絶叫とも取れる叫び声を上げるとひとりでに暴れ出した。

 奇妙な光景だった。まるで狂いの瘴気にあてられたかのように我を忘れている。


「撃てッ!」


 怒声のような声が聞こえ、弩の重い音がした。城壁の弩部隊の用意が整ったのだ。矢の一本は地面に、もう一本は赤槍鳥の胴を背から貫いた。

 イェルドは魔物が崩れる落ちるのを見届けると、すぐに傍らの少女の手を引いて走り出した。

 血の匂いがする。獣の血と人の血の匂いが混じり合って、気味が悪い匂いを醸している。


「行くぞ。手を」


 あたりは魔物の羽撃きと戦いで土埃が舞っていた。イェルドはまたよろよろとした足取りを演じながら、死体の合間を塗って走った。門を通り抜けると歩みを遅くし、群衆に溶け込んだ。


「あの二人は……行ってしまいましたか」


 エルフの女は相変わらず頭巾を深く被ったままだ。再び弓を背負うとルッカへと歩み寄った。


「ルッカ。時間をかけすぎです。あなたなら脚への一撃のあとにすぐに仕留められたはず」

「……はい、その通りです」

「ですが、あなたの慎重さは悪いことではありません。修練を怠らないように」






「どうした。気分が悪いのか」


 少女は首を横に振りはするものの、明らかに顔色が悪い。無理もない。目の前で人が死んだ。殺されたのだ。

 突っ込んできた赤槍鳥は勢いのままに一人の男を串刺しにし、その巨体で数人を押し潰した。それに、魔物とはいえ太い鉄杭に貫かれる生き物を見るのは辛いだろう。


(一度、どこかで休むべきか……いや)


 背に荷物を背負っているので、イェルドは振り返って跪いた。


「ほら、来い」


 軽々と少女の身体を持ち上げ、横抱きに抱いた。少女は戸惑う様子も見せず、苦しそうに息をするばかりだ。

 イェルドは分からなかった。


(クソッ、どうしたらいいんだ)


 ただ、血を見たから気分が悪くなっただけのようには見えない。その間にも彼女は辛そうに目を瞑って、呼吸がだんだん早くなっている。

 ふとイェルドは少女の額に手を当てた。


「……熱い」


 子どもの体温にしても熱すぎる。尋常ではない。


「おい、おっさん。どうしたんだよ。こんなとこで立ち止まってちゃ、邪魔んなるぜ」


 背後から若い声が聞こえた。振り返ると、茶色の髪に青い目をした活発そうな少年が立っていた。背には薪をたくさん背負っている。


「ん、その子……どうしたんだい。ちょっと見せなよ」


 少年は有無を言わさぬ様子でぐいぐいと詰め寄る。


「うわあ、きれいな子だなあ。でも、すごく顔色が悪い。風邪かな? おい、おっさん.

ぼおっとしてちゃあ駄目じゃないか。早くこっち来なよ! 着いてきて!」

「あ、ああ……」


 イェルドは言われるがままに少年に着いて路地の奥に入っていった。

 お読みくださりありがとうございます。

 よければ評価・感想等よろしくお願いします。

 20話までの毎日投稿終了後は毎週末投稿になる予定です。私の暇次第ではありますが。

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