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11.護領士と火消し

 街は火に包まれた。イェルド、リド、ティンバーは共に火蜥蜴を打ち倒した。三人は街の住民に深く感謝されることとなった。しかし、そのときにはもう遅かったのだ。 

 火蜥蜴が振り撒いた火の種があちこちで火災を成し、あっという間に人が収束させられる範疇を越えてしまった。


 それでも、民は必死に火消しに当たった。水が手に入りにくい山間の街であり、水魔術を頼みにするしかなかった。

 ところで、ノクサルナ王国の街であるこのディヴァスには、ノクサルナ王の命でディヴァスの守りを任される護領士ガラフがいた。

 運の悪いことに、この日彼は王都ノクサルナからディヴァスへの帰途にあった。ディヴァスまであと少しというところで彼が目にしたのは燃え盛る街であった。

 彼の青い瞳がその様子を捉える。


「ガラフ様! 街が!」

「火事……寄りにもよって私がいないときに……? 敵襲か?」

「わかりません。いずれにせよ、急ぐべきです。民は貴方の帰りを待っている」

「分かっている。急ぐぞ!」


 災害を収めるのに護領士の力は欠かせない。ことに、民の不安を鎮めるには彼の力がなくてはならない。

 それほどに慕われ、また頼られているのが彼という存在であった。街の民は皆、彼の下で生きている。それだけに、街の結束は強い。それこそ、ノクサルナ王国の支配を揺るがす程に。


 角笛が鳴る。今度は先程よりも低い音で鳴った。

 ガラフの帰還を知らせる音である。


「なんと……」


 城門の外には逃げ出した人々がそれぞれに集まって寒さを凌ごうとしていた。街はいまだ燃え盛っている。

 ガラフは人々の様子を見、胸が締め付けられる思いだった。彼は人一倍民を愛していたのだ。だからこそ、動揺を見せないよう堂々と街へ入った。

 一人の兵士が駆け寄ってくる。


「ガラフ様! よくぞお戻りになられました」

「ああ。状況は?」


 彼が見たのは、色の薄い髪を振り乱して汗で額に貼り付けた壮年の男の姿だった。口調こそ落ち着いているものの、まだ肩が上下している。街の様子に気づくやいなや全力で馬を走らせたのだろう。そう思うと、それだけでも彼は感激せずにはいられなかった。


「はい。火事の原因となった巨大化した火蜥蜴はちょうど街に滞在していた傭兵たちと弩部隊の協力によって仕留められたようです」

「火蜥蜴……いや、いい。続けろ」

「はい。――しかし、火蜥蜴の振り撒いた鱗片によって家々に火がついてしまい、もはや制御できない状態になってしまいました」


 ガラフは難しい顔をして少しの間考え込んでいたが、やがて顔を上げる。手を拱いている間にも街は灰になっていく。水魔術を得意とする大魔術師でもいない限りは火の勢いは止められそうにない。


「だれか、水魔術を使える者は?」

「は、確か火蜥蜴を退治した傭兵の一人にかなり高度な水魔術を使う者がいたかと。しかし――」

「連れて来い」

「っ了解しました」


 兵士は少しするとすぐに戻って来た。


「こちらがその、イェルド殿でございます」

「イェルドだ」

「護領士のガラフだ。よろしく頼む」


 彼の後ろには、見上げるほどの大男が立っていた。背が高く、肩幅も広い。巨人族とは比べ物にならないが、自身の体格を誇りに思っていたガラフとしてはなんとなく負けたような気分になった。


「ふむ、魔術よりも剣術槍術の方が得意そうに見えるが」

「……ご明察のとおりだ。して、俺に何の用だ?」


 彼は厄介なモノに捕まったとでも言いたげな様子である。ガラフはこれっぽっちもこちらを敬う様子を見せない彼をかえって好ましく思った。異邦人ならばそれもまたよくあることだ。


「火消しに苦労していてな。力を貸してもらいたい。私と――」

「生憎だが」


 イェルドはガラフの言葉を遮って言った。


「もう魔力が残っていない」


 ガラフはもう一度イェルドという男を見つめた。

 ――護領士とは、その領を一人で治めることができる者を言う。王直属の黒紋騎士に次ぐガラフほどの実力があれば、眼の前の男の実力を見抜くことができた。

 この男の言は偽りだ。


「…………そうか」


 同時に、悟った。己がどちら側なのかを。

 少なくとも、命令するなど以ての外。下手に出て助けを請う他ない。

 ガラフは先程とは打って変わって抑えた低い声で言った。


「イェルド。もう一度頼もう。力を貸してはくれないか。代わりと言ってはなんだが、出来る限り貴方の望みを聞くと約束しよう」


 イェルドはガラフの意図を悟ったらしく、今度はさっきよりも興味を示した様子で彼の言葉に耳を傾けた。


「恥ずかしながら、ここまで火が広がってしまっては私一人の力で炎を静めることが出来ない」

「…………ふん」


 衆目がある中だ。頼みこそすれ、護領士がこのような粗野な身なりの傭兵に頭を下げるわけにはいかないことをイェルドは分かっていた。そしてそれは、無闇に目立つことを避けたいイェルドとしても好都合だった。故に、好条件を提示して協力を願うというのは考えうる限りでは最良の選択だっただろう。

 傾きつつあるとはいえ、大国の護領士に一つ恩を売ることが出来るというのはイェルドにしても魅力的であった。大勢の前での言ならば反故にもできまい。


「……分かった。多少無理をすることにはなるだろうが……生命を削る程にやるつもりはない」

「当然だ。貴方にそこまでのことを要求するつもりは無い」


 ガラフは終始蛇に睨まれた蛙のような心地がしていた。しかし、話すうちに段々とイェルドの威圧感が鳴りを潜めていくように感じた。


「では急ごう。こうしている間にも火が広がってしまう」

「ああ。どうすれば?」

「あの丘の上へ。見渡せる場所のほうがいい」









 少女は項垂れたまま、息を吸ったり吐いたりしていた。体は冷たい空気を受け入れるとそれだけで刺されたように痛んだ。

 体の芯が発熱し、その「何か」の侵入に抵抗している。以前は皮膚の表面がぴりぴりと痛いだけだったのに、段々と内側に深く痛みが入り込んできているような感じがしていた。


「ぁあ…………ああっ!」


 一際鋭く冷たい痛みが入り込むように全身を刺す。身体はぶるぶると震え、熱を発して抵抗するがそれももはや無意味なように思えた。

 その苦痛の波が終わると、身体の震えはぴたりと収まった。

 くすんだ金の髪にぽつりと一滴の雨が落ちた。

 やがて雨は激しく降り出す。彼女は項垂れたまま、全身がびしょ濡れになるのも構わず雨に打たれていた。

 どんどん体温が下がっていくが、動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。先程の正体不明の痛みは彼女の体力を大きく奪っていった。

 意識も朧気な中、少女は水溜りを打つ慌てた足音を聞いた。


「どうした。おい、大丈夫か」


 聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。虚ろな目で声の主を探そうとするが、今は頭を少し持ち上げることすら億劫だった。


「おい! 返事をしろ!」


 声の主はさっきより慌てた声で呼びかける。返事はない。

 男は手袋を外し、少女の腕に触れた。


「――冷たい。急がなければ」


 彼はぼろ切れのように力無い少女の体を慎重に持ち上げ、彼女が強く握りしめていた胸の前に抱えた。彼女の体は腕にすっぽりと収まってしまうほど小さい。或いはその男が普通よりも大柄だからかもしれないが、それにしても彼女の体は小さかった。

 胸に抱えたまま顔を近づけて呼吸を確かめると、弱々しいが確かな生命の存在を感じた。

 お読みくださりありがとうございます。

 すみません。昨日は忙しすぎて投稿できませんでした。明日2話分上げるかもしれないし、上げないかもしれない。

 よければ評価・感想等よろしくお願いします。

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