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ひきがえるのビート

作者: いりいゆうん
掲載日:2022/05/05

ようこそ、いらっしゃいませ。

ひきがえるのビートは、人間の王様と入れ替わりたい!?

謎の人語をしゃべるひきがえるは人間になりたいのです。

でも人間って、いいもの?

これは、ひきがえるが人間になるための物語り。

少しだけ、彼のがんばりにお付き合いくださいませ…

 プロローグ

  

 昔々、ある山に自称『魔法使い』、本当のところはシケた「錬金屋」という男がおりました。

 彼は来る日も来る日も、薄汚い石ころを黄金に変える錬金術の研究にばかり没頭しておりました。

 村人との付き合いも殆どなく、唯一、七日に一度、玄関先に野菜を置いていく農夫だけが外との繋がりでした。

 農夫も彼を変人だと思っていましたから、代金さえちゃんと貰えれば文句がなかったのです。

 ふとしたある日、野菜が玄関先に置かれたままになっていました。代金入れの袋も空っぽで、あきれた農夫は二度と野菜を置かなくなりました。

 それ以来、農夫も村人も錬金屋のことをすっかり忘れてしまったのでした。




 1.王様、ひきがえるになる!?


「あ~あ。ふう~。」

「あ~あ。ふう~う。」

 王様は真っ暗な空を見上げて、何度も深いため息を吐きました。今年21歳になったばかりの王様は、その若さに似合わず、裏庭の噴水の縁に座り込むと老人のように大息をついていました。

「あ~あ。」

 王様が何度目かのため息を吐いたとき、王宮の庭園で大きな花火が打ち上げられました。花火は耳を塞ぎたくなるくらい大きな音を立てて空に舞い上がり、赤や黄色に輝いて夜空を滝のように流れていきました。

 花火の光が王様を照らし出しました。王様は白い婚礼の衣装に身を包み、頭には戴冠式以来の宝冠が戴せられていました。そう、今夜は王様の婚礼の祝宴だったのです。

「あ~あ。」

 今度はとても大きなため息が噴水に響きました。王様は、どきりとして辺りを見回しました。そして、自分の真横に一匹の大きなひきがえるを見つけたのでした。

 大きさは、王様の宝冠ぐらいあるでしょうか。背中じゅうがイボだらけで、お世辞にも美しいとはいえません。王様は、込み上げてきた酸っぱいものをどうにか飲み込んで少し後ずさりしました。

 ひきがえるは、そんな王様を気にも留めず、身体半分まで開けた大口でため息を続けました。

 どうやら、ひきがえるは王様に危害を加える様子はないようです。王様は恐る恐るひきがえるに話しかけました。

「どうして、そんなに大きなため息をついているんだい?」

 ひきがえるは、横目で王様を見上げました。

「人が、いい気持ちで眠ってたのに、誰かさんのため息で目が覚めたのさ。」

「え?」

「アンタのだよ!」

 ひきがえるがあまりにもはっきりと人間の言葉をしゃべったので、逆に王様のほうが口をつぐんでしまいました。

「まあ、かれこれ長いこと眠ってたし、まっ、いいか。」

 ひきがえるは、身体ごと王様のほうに向き直りました。横広の顔は醜いを通り越して、滑稽な造りです。王様の顔に笑みが浮かびました。

「何だよ。人の顔が可笑しいか。失敬な奴だ。」

「い、いや。何だか、親しみを感じて。」

「親しみねぇ…。皆、そう言いやがる。

 ところで、俺がしゃべること、気持ち悪くないのか?」

「あっ。」

 王様は改めて、ひきがえるが人間の言葉をしゃべっていることに気づきました。でも、何となく、このひきがえるには人間の言葉の方が似合っている気がしました。

「世の中には、不思議なことがあってもいいんじゃないかな。」

 王様は穏やかに言いました。

「アンタ、話のわかる奴だねぇ。」

「い、いや…。ところで、君には名前があるのかい?」

「人に尋ねるときは、自分から名乗りな。」

「これは失礼した。私はこの国の王で、フランツ・クライフ・ローター・ジョルディ=リトル・オブ・ビショップキングIII世というんだ。」

「長い名前だな。」

「皆、フランツIII世というよ。」

「じゃ、フランツだな。俺はビート。今のところ、ひきがえるをやっている。よろしく。」

 ビートが笑ったような気がしました。

「それにしちゃ、賑やかな夜だな。なんかのお祭りかい?」

「私の結婚を国中で祝ってくれているんだ。」

「そりゃ、めでたい。ご馳走もたんまりあるんだろうな。」

 ビートが舌なめずりしました。

「あ~あ。」

 王様がまたため息をつきます。

「どうしたっていうんだ? 嫁さんを貰ったんだろ。今夜は楽しい『初夜』じゃないか。こんなところで遊んでいていいのか。」

「な、何をいうんだ!」

 真っ赤になった王様の声が裏返りました。

「ため息ばっかりついて。おい、『初夜』を怖がるのは女のほうだろうが。」

「…」

「それとも、『男』として自信ない?」

「だ、だまれ! ひきがえる!」

 王様が怒りで立ち上がります。

「お前に何がわかる!」

「俺には何にも関係ないさ。知ったことじゃない。

 ただ、無理矢理、起こされて機嫌が悪いだけさ。」

 ビートはそっぽを向いてしまいました。

「あ、」

 王様は急に心細くなってしまいました。王様から笑顔を引き出して、婚礼の緊張をほぐしてくれたのは、このひきがえるだったのです。なんだか、見捨てられたような気がしてきました。

「ああ、済まない。気を悪くしたなら、謝るよ。」

 ビートは王様を無視していました。でも、どこかに立ち去るわけでもなく、ひきがえるは噴水の縁に居たままでした。王様は、再び、噴水の縁に座りました。ビートは相変わらず王様を見ません。王様は、静かに話し出しました。

「私は小さい頃に父も母も亡くしてしまったんだ。王になったのも5歳の時で、それからずっと、ひとりぼっちだった。」

「お~!」

 ひときわ大きな花火にビートが感嘆の声を上げました。

「だから、『結婚』というのを楽しみにしてた。だって、私は一人ぼっちじゃなくなるんだから。」

 王様は、軽くため息をつきました。

「でも、花嫁を選ぶことさえできずに結婚式をあげてしまった。」

「王様なのに、女を選べなかったって?」

 ビートは呆れた顔を王様に向けました。

「王様だからだよ、ビート。私の国は大国じゃない。国を守るために他の国と同盟を結ばなくちゃいけない。王の結婚もそのためだ。」

「他に好きな女、いたのか?」

「いいや。」

「じゃ、国を守る立派な王様でいいじゃないか。」

「相手によりけりだよ。」

「?」

「彼女は、私より6歳も年上で、前に何度も結婚している。」

「ほう。」

「彼女の夫達は、皆、婚礼の後、早死にしているんだ。そして、その領地は、彼女の母国の領地になっている。」

「偶然だろ。」

「心無い者は、彼女が、」

「殺したって?」

「そうまでは…」

「アンタ、それを心配してるのかい、小心者。本当に嫁さんがそんなことをしてると?

 だったら、聞いてみりゃいいじゃないか。」

「それは…」

「顔を合わせたんだろ。」

「結婚式の時にね。その時、初めて会った。」

「おやおや。」

「彼女もそうだと思う。お互い、絵姿で確かめることもなしで結婚したから。」

「初対面で『初夜』か…。」ビートが呟く。

「不安なのは、彼女の噂のせいじゃない。」

「じゃ、何だ?」

「うまくやっていく自信がないんだ。私は『家庭』を知らない…」

 王様は口を噤んでしまいました。

 そして、大きくて長いため息をついたのは、ひきがえるのビートでした。

「もっと崇高な悩みかと聞いてりゃ、くだらねぇ。甘ちゃんの戯れ言じゃねえか。」

「戯れ言…なんて、酷いよ!」

「結局は、自分の思う通りにならなかったっていじけてるだけだろ。」

 王様は、返す言葉がありません。

「何一つ不自由することなく、安穏に暮らしていて、わがまま言ってるだけじゃないか。馬鹿らしい。」

 ビートが鼻で笑ったように見えました。王様は俯いて話し出しました。

「…確かに、私は恵まれているんだろうと思う。だけど、私には自由がなかったんだよ。いつも王様の仕事に追われて、友人もなく、王宮の外に出ることもなく。」

 ビートは、王様の顔を覗き込みました。青年の目が潤んでいます。

(こいつは、いいカモかもしれない…)

 ビートは、イボイボの背中を王様にすり寄せました。

「おい、いい大人が泣くなよ。」

「泣いてなんか…」

 王様は、礼服の袖で目を拭いました。

「どうだ、ひとつ俺と取り引きしないか?」

「?」

 王様は怪訝な顔でひきがえるを見ました。

「アンタは自由が欲しいんだろ。」

「…」

「俺は、ひきがえるじゃない生活ってのを送ってみたいと常日頃から思ってた。そこでだ、俺とアンタが入れ替わるってのはどうだ?」

「入れ替わるって?」

「俺がアンタになり、アンタがひきがえるの俺になるのさ。」

「…」

「確かにひきがえるは醜い。だが、誰に監視されることもなく、仕事を押し付けられることもなく、好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時にメシを食って、好きな所にいく。全てが、自由に暮らせるわけさ。」

「ちょっと待って。私は、ひきがえるになるわけにいかないよ。」

「なぁに、ずっと、というわけじゃない。二、三日のことさ。なら、二日でいい。二日たったら、また元通りに戻るのさ。」

 王様の心が少し揺れました。何もかも投げ出したい気持ちも心の奥にあったのです。ひきがえるは甘えるように王様に懇願しました。

「フランツ、俺達は友達だろう。その友達の願いなんだ。二日でいい。俺は『人間』というものになってみたいんだ。」

 王様は、ひきがえるの顔をじっと見ました。空にはまた大きな花火があがり、赤や青の光りが王様とビートを照らしました。王様には、ビートの顔が輝いて見えたのでした。王様が口を開きました。

「どうすればいい?」

 ビートは、花火の消えた闇のなかで、ニヤリと笑いました。

「呪文を唱えるんだよ。」

「呪文?」

「ああ、俺のいう通りに。『ルナニツン ラフノルエ カキヒ』」

 王様はビートの言葉を繰り返しました。

「ルナニツン ラフノルエ カキヒ!」

 王様が唱え終わると同時に花火の音が鳴り響きました。そして、王様は視界が平たくなったような気がしました。さっきよりずっと低い位置から空を見上げているようです。花火が遠くに見えます。王様の目の前を白い服が通り過ぎました。それは王様の姿でした。

「よう、気分はどうだい?」

 王様はひきがえるを見下ろしていました。

「私は、本当にひきがえるになったんだね!これは凄い!」

 フランツの声は興奮気味でした。それに対して、王様になったビートは落ち着いています。姿や声はフランツ三世のままですが、口調はビートのままでした。

「全く、あきれたお人好しだ。」ビートは口の中で呟きました。

「よかったな、フランツ。じゃ、楽しくやれよ。」

「え、ビート、どこへ行くんだい?」

「王様の部屋へ帰るのさ。」

「あ、私も。」

「冗談だろ。アンタはひきがえるだぜ。ひきがえるにはひきがえるの生活ってのがある。

ひきがえるは庭で暮らすものさ。なあに二日間のことじゃないか。」

「ああ、そうか… あ!」

「どうした?」

「部屋には、花嫁がいる。」

「いいじゃないか。」

「彼女に変なことしないでくれ、頼むよ。」

「はいはい。じゃあな、フランツ。」

 王様になったビートは振り返りもせず王宮に戻っていきました。



「ああ! 陛下!」

 白髪頭を振り乱した大臣が王様の側に駆けよってきました。フランツ王になったビートは、王宮の廊下をふらふらと歩いていたのでした。人間になったものの、ビートは肝心の王様の私生活については全く聞いてこなかったので、王様の部屋さえ知らなかったのです。

「お前、大臣か?」

 王様姿のビートの間抜けな質問は、老大臣の目をぱちくりさせました。

「は、はい。内大臣のエーリクでございます。陛下、左様でございますね?」

 内大臣の語尾が心配そうに小さくなりました。

(助かった…。もうちょっとで迷子だった。)

「お探ししておりました。どうぞ、ご寝所のほうへ。お妃様がお待ちでございます、です。」

「…そうだったな。 じゃ、案内しろ。」

「は? はい。」

 老大臣は、王様の変な態度に小首をかしげながらも王宮の奥へ案内しました。花嫁を迎えた初夜だというのに王様がいなくなって、大臣達は青い顔で探し回っていたのでした。王様の花嫁は、東の国の姫君でした。姫君の国は、この辺りで一番、力のある国です。彼の国と争って滅ぼされた小国はいくつもありました。フランツ王の国も彼の国から狙われていましたが、王は争いを好まない性格だったので、東の国の無理じいを力で跳ね除けることはできなかったのです。ですから、東の国の王様から、妹君をぜひ花嫁にと言われたときも嫌とはいえなかったのでした。その花嫁に恥をかかせたと分かればどんな難題を持ち掛けられるかわかりません。大臣達は、ひたすら、王様と花嫁が仲良くしてくれることを願っていたのでした。

 王様とお妃様の新しい部屋は、噴水のある奥庭の近くでした。さっき見つからずにすんだのが不思議なくらいです。寝室は、甘い花の香がしました。花嫁のためにたくさんの花が飾られているのです。王様は、その匂いにむせて、ひとつ咳をしました。王様の咳音に窓際にいた女性が振り返りました。部屋の真ん中にある天蓋つきのベッドの向こうに花嫁はいました。もう王様のそばに大臣の姿はありません。

 花嫁は、透けるような白い寝衣を纏い、肩にはショールをかけていました。栗色の髪が腰まで波打っています。細い胴は王様の両手で挟めそうです。緑色の瞳が不安げな表情を作っています。

(美人だ…)

 王様ことビートは、思わず花嫁に見とれてしまいました。

 花嫁も王様を見ていました。彼女は目を伏せ、王様の前に進み出ると膝をついて頭を垂れたのでした。

「アイネと申します。よろしくお願いいたします。」

 花嫁の言葉にビートは、我に帰りました。

 彼女がフランツの言った6歳年上のお妃様です。落ち着いた物腰は年上を思わせますが、何人もの夫を亡き者にした女性には見えません。

(女だ…)

 ビートはどきどきし始めました。ひきがえるになる前も後も、女性にはそう縁がなかったので嬉しい反面、緊張もあります。

「せっかくの機会だからな。」

 ビートは小さくそう呟くとお妃様のほうに歩み寄りました。

 王様は手をお妃様の肩に添え、彼女を立たせました。お妃様は何も言わず王様に身体を寄せました。王様の鼻にお妃様のいい香りがします。王様は、彼女の髪に触れ、首筋にも触れてみました。指先が感じたのは彼女の緊張です。お妃様の身体はとても硬くなっていました。ビートは、お妃様の身体をそっと自分から離しました。

「悪いが、やっぱり駄目だ。」

 お妃様の表情が強張りました。言葉はありません。

「その気になれない。」

 王様は自嘲気味に笑いました。お妃様が俯きます。

「アンタの亭主だった男が何人も死んでることぐらい知ってる。俺はまだ死にたくない。だから、アンタとは寝ない。」

「…」お妃様の肩が震えました。

「でも、アンタはお妃様でいてもらわないと困る。それなりの待遇は約束しよう。だが…」

 王様は言葉を切りました。お妃様の顔がすっかり青ざめていることに気づいたからです。

「まあ、いい。アンタも疲れただろう。ゆっくり休め。」

 その言い方はとても優しく感じられました。お妃様の瞳が大きくなりました。緑色が透き通るように。そこに王様の姿が映っていました。

「あ、あの、陛下は?」

「その辺で寝る。野宿には慣れてる。」

 ビートは、次の間に出ました。火の気がない部屋は少し寒い気がしましたが、ひきがえるの時に比べれば屋根も壁もある立派な寝床でした。ビートは長椅子で横になりました。

「別に、お前のためじゃないからな、フランツ坊や。」


 

 2.ひきがえる王様を演じる?


 新婚の王様は、周りの者のために夫らしく振る舞うことは忘れませんでした。お妃様もお妃様らしく振る舞うように努力していました。王様は、しばらく政務から解放されてお妃様と過ごす時間を作ってもらえたのですが、ビートには退屈なだけでした。お妃様と話すこともなく、王様っていうのは退屈な稼業だと実感したのでした。ひきがえるになったフランツとの約束の時間は今夜と迫ってきましたが、もちろん、ひきがえるに戻る気は毛頭ありませんでした。

「王様のお宝を頂いて、どこかにトンずらする。」のがビートの魂胆です。しかし、この王宮にはどこを探してもお宝らしいものはありません。お妃様の所には高価な宝石もあるのでしょうが、彼女に会うのは面倒です。こうなればやはり、あの人のいいフランツをそそのかして宝の在処を聞く方が早そうです。ビートは夜を待つことにしました。

 三日目の夜も王様はお妃様を拒みました。お妃様は、何も言わず与えられた居室に戻りました。この二日というもの、お妃様は誰とも会わず、日なが一日、空を見て過ごしていました。ビートは少しばかりかわいそうな気もしたのですが、仕方がありません。

「さて、フランツに会いにいくか。」

 ビートはそっと部屋を抜け出しました。

 深夜の後宮は静まりかえっています。ビートは黒っぽい服装を身にまとい、マントを頭からすっぽりと被っています。今夜、フランツから宝の在処を聞き出したら、その足でこの国を出るつもりでした。彼は衛兵に見つからないように用心していましたが、庭の見回りが歩いてきたのに、慌てて植え込みの陰に隠れました。見回りの二人はビートが隠れた植え込みの側で話を始めました。

「いよいよ決行だそうだ。」

「本国から連絡がきたのか。」

「ああ、明日、姫様に本国から見舞いの使者が見えられる。その間、王と引き離す事ができるからな。」

「で、どのような?」

「王は若いから、病死にはできん。落馬していただくことになるだろう。」

(落馬だって?)

 ビートは唾を飲み込みました。

(奴ら、王様を殺そうってか。)

「馬から落ちて打ち所が悪いというのは良くある話だ。」

「なるほど。」

「でも、よくわからんな。こんなちっぽけな国に何の価値があるんだ?」

「この国の北の山で取れる石に価値があるそうだ。」

「石?」

「ああ、本国の偉い方が『黒い金剛石』と呼んでおられる。」

(黒い金剛石?)

 ビートの目がキラリと光りました。

「さ、馬屋へ行くぞ。」

「ああ。」

(何だか、面白くなってきたな。)

 不謹慎にもビートの口元は楽しそうに緩んでしまったのでした。



 たった二日間の事だったにも関わらず、ひきがえるになったフランツは泥のように疲れきっていました。ひきがえるになって自由を満喫できると思ったものの、食事にありつけなくて、城の台所に忍び込むと女中に箒で追い掛け回されるわ、庭師には追い立てられるわ、で背中のイボイボは傷だらけ、本当のひきがえるのように虫を捕ろうと思ったら、ハエにすら逃げられるわで、ひもじい思いをした二日間だったのでした。やっと、今夜はビートとの約束の夜です。フランツは重くなった身体を引きずって、噴水の縁にやってきました。そして、ずいぶんと待たされたような感じがしました。

 やっと、芝を踏む音が聞こえました。

「ビート!」

 つい嬉しくて大きな声が出ます。ですが、答えたのは知らない声の主でした。

「誰かそこに居るの?」

 ひきがえるの前に現れたのは、手に小さなランタンを下げた、栗色の髪の女性でした。ひきがえるのフランツには見覚えがあります。

「陛下でいらっしゃいますか?」

 お妃様は、暗闇の中で目を凝らしました。

見えたのは、噴水の縁に陣取るひきがえるの姿でした。お妃様はひきがえるの姿に思わず後ずさりしました。もちろん、フランツはしゃべることができません。お互いに動けなくなってしまいました。

 お妃様は、ひきがえるの背中が傷だらけになっているのを見ました。イボイボには擦り切れたところもあります。痛々しい姿にお妃様はひきがえるがかわいそうになってしまったのです。

「あなただったの?」

 お妃様は、ひきがえるの側に来ました。ランタンを置くと噴水の水で袖口を濡らしそっとひきがえるの背中を冷やしました。傷口に少し染みたものの、冷やっとした感触がひきがえるには心地よく思えました。

「可哀相に酷い怪我をしたのね。」

 ひきがえるはお妃様を見上げました。目の前のお妃様は優しそうです。ひきがえるは優しい手にうっとりと目を細めました。とてもいい気持ちです。

 再び、植え込みの向こうで音がしました。ランタンの火を吹き消して、お妃様が植え込みに近づきます。ひきがえるは大きな目でお妃様を追いました。お妃様は植え込みの向こうを伺っているようです。ひきがえるのフランツは、ぶよぶよした身体を引きずるように噴水の縁から飛び降りました。身体が重くて跳ぶことができぬものの、這いずるように植え込みの下を通り抜けると、王宮の馬屋が見えました。星明かりの下、馬屋のほうで男の声がしました。

「これが、そうか。」

「ああ…。」

(何者だ…)ひきがえるが目を凝らします。

 カサッと小枝を踏む音がしました。

「シッ、誰か居るぞ。」

「あ、」ひきがえるは振り返りました。

 お妃様が植え込みから身を乗り出していたのです。

「何者ですか!」

 お妃様は、気丈にも曲者に声をあげました。

 馬屋から出て来たのは二人の男でした。

「しまった、見られた。」

「殺ってしまえ!」

 曲者は、剣を抜きながらお妃様に迫って来ました。ひきがえるがありったけの力で叫びます。

「お妃様! 危ない!」

「お妃様だって!」

 男は剣を抜く手を止めるとお妃様を羽交い締めにし、もう一人がお妃様に当て身を食らわせました。お妃様の身体が芝に崩れ落ちました。

「お妃様~!」

 男達は逃げ出し、残ったのはひきがえるの絶叫だけでした。そして、その絶叫を聞きつけたのは王様の姿をしたビートでした。怪しげな男達の後を追ってきたものの、暗闇の中で見失っていたのです。ひきがえるの絶叫で駆けつけた場所にはお妃様が倒れていました。

「ビート、ビート、早く彼女を助けて!」

「慌てるな。」

 ビートはお妃様を抱き起こしました。

「しっかりしろ、アイネ殿。」

 二、三度、揺り動かすとお妃様が目を覚ましました。

「陛下…」

 かすれた声がお妃様の口から漏れました。唇が小刻みに震えています。

「大丈夫か。」

 お妃様は、返事をする替りに王様の袖を力一杯握り締めました。その指が震えています。

 ビートはお妃様を抱き上げました。

「大丈夫だ。」

 彼女の耳元で安心させるように声を掛けました。

 お妃様は、思わず、王様の胸に顔を埋めました。ビートは彼女の肩が震えているのを感じていました。



 ビートが椅子に腰を落ち着けたのは、部屋に戻ってお妃様を寝台に休ませてからでした。あの男達は、お妃様に危害を加えませんでした。あの話のとおり、奴らは東の国の手先なのかもしれません。ふと、ビートは足元にぬるっとしたものを感じました。視線を下に向けるとどこから入ってきたのか、醜いひきがえるが一匹、彼を見上げていました。

「うっ。」ビートは顔をしかめました。すっかり、ひきがえるのことを忘れていたのです。

「酷いよ。私のことを忘れてしまったのかい。」

(ああ、そうだよ。)

「約束の夜だよ。元に戻ろう。」

「約束? 何だ、それ?」

 王様の姿のビートは、とぼけた口調で続けました。

「生憎と覚えがないなぁ。」

「ビート! 二日間だけ入れ替わろうって、話だったじゃないか。私には、国を治める仕事もある。ずっと、ひきがえるでいるわけにはいかない。」

 ビートは、ひきがえるを蹴飛ばしました。

「何をするんだ!」

「あんたみたいなのを『お人好し』というんだよ。」

「…」

「誰が好き好んでひきがえるになりたい?

 人の姿を手に入れるためなら、嘘だって何だって吐くさ。せっかく手に入れた人の姿だ。おいそれと返すわけないだろ。」

「…」

「アンタも誰かお人好しを見つけて、呪文を唱えさせるんだな。

 人に戻りたいなら、選り好みせず相手を見つけてな。」

 王様の姿をしたビートは、口を歪めて笑いました。笑い声こそ立てませんでしたが、ひきがえるを嘲っているのには違いありません。

「わかったよ。」

 ひきがえるは、力なく言いました。

「私は愚かだった。一時の感傷で取り返しのつかないことをしてしまった。」

「物分かりがいいじゃないか。」

 ひきがえるは、王様を見上げました。その平たい目が潤んでいます。

「君を責めたりしない。」

(当たり前だろ。)

「でも、頼みがある。私の姿でこの城にいる限り、良き王としてこの国を治めてくれ。そして、彼女も幸せにしてやって欲しい。」

「…」

「約束してくれ。」

「…」

 ビートの答えはありませんでした。ひきがえるのフランツは、ゆっくりと向こうをむきました。ぶよぶよの腹を床にこすり付けるようにして歩き出しました。あまりにも情けない姿です。王様のビートは、その動きに吐き気すら感じたのでした。ビートは、ひきがえるを持ち上げました。

「ああ!」

 ひきがえるが驚きの声をあげます。ビートは、ひきがえるをテラスから庭へ放り出しました。

「ひきがえるらしい人生を送りな。」

 ひきがえるは、痛む身体を引きずりながら庭の暗闇に消えていきました。



 ひきがえるを追い出したビートは、そのまま長椅子で眠ってしまいました。お妃様の一件で、フランツに宝のありかを聞くことをすっかり忘れたことを後悔しましたが、取りあえず、王様でいる限り、食いっぱぐれがないようなのでよしとしたのです。

 王様の眠りを覚ましたのは、けたたましい内大臣の声でした。

「陛下!陛下!陛下!」

「何だ、騒々しい。」

「た、大変でございます!」

「何が。」

「う、馬屋の方へ。く、曲者を捕らえましてございます!」

「曲者?」

 内大臣に急き立てられて王様は、馬屋へやってきました。城の衛兵たちが輪を作っています。王様は、輪の中に入りました。中には、部屋にいるはずのお妃様が青い顔をしてしゃがみこんでいました。腕には腹帯の切れた王様専用の鞍がありました。

「朝一番の見回りの兵が捕らえました。陛下の鞍の腹帯に切り込みを入れていたのです。」

「なぜ、そんなことを?」

「本日、陛下はお妃様お見舞いの使者殿と狩りのご予定でございました。何も気づかず馬に乗られましたら、鞍の腹帯が切れて陛下のお命に関わる事態に。」

「…」

「やはり、噂どおりの。

 ですから、この婚儀は!」

「この女を牢に入れておけ。見舞いの使者は追い返せ。」

 そういった瞬間、お妃様の顔に安堵の色が浮かびました。そして、それを見たのは、草の中に身を潜めていたひきがえるだけだったのでした。



 お妃様が入れられたのは、城の北側にある牢屋でした。簡単には逃げられないように、半分地下に埋まっている部屋です。手を伸ばせば指先が届くかどうかというところに小さな窓がありました。窓といってもただの穴です。穴にも鉄格子がはまっていました。部屋の灯りは、この穴から差し込む光だけです。

 お妃様は、毛布一枚を渡されただけで牢に入れられたのでした。王様の暗殺という嫌疑では、その場で成敗されてもおかしくありません。

 ひきがえるは、やっとお妃様の牢の窓に辿り着きました。

「お妃様!」

 鉄格子の隙間から、ひきがえるは呼びかけました。お妃様が顔を上げ、不思議そうに辺りを見回しました。

「お妃様! ここです!」

 お妃様は、窓を見上げました。光の中にひきがえるの姿が影になっています。お妃様は、窓の下に歩み寄りました。

「あなた… 」

「私がお呼びしました。」

「かえるが… しゃべってる?」

 お妃様の顔がこわばっていきます。

「脅えないで。これにはちょっとした理由があるんです。

 私はもともと、人だったんです。」

「…」

「今はこんなナリですが、貴女を助けたいんです。」

「私を?」

 お妃様が不思議そうな顔をしました。

「私は貴方に助けていただくようなことはなにもないと思うのですが。」

「貴女は、昨日の夜、私の傷を癒して下さいました。それでは、理由になりませんか。」

「昨日の…。」

「あっ」とお妃様が口元を押さえました。

「お妃様のいきさつは、知っているつもりです。」

「私は、王様を殺めようとしたのよ。」

「殺めるなんて、貴女の手ではできません!あの鞍だって、奴等がやったことでしょう。なのに、なぜ!」

「あの人たちに命じたのは、私の兄なの。だから、私も同罪なのよ。」

「そんな。

 王様は貴女の夫でしょう。貴女のお兄さんにとっては、義理の弟じゃないですか。貴女の夫を殺めようなんて酷い。」

「兄は… 兄様も自分の国のことを思っているの。」

「…」

「私たち、小さいときに両親を亡くしたの。兄様は王位継承者だったから、周りの大人たちに後押しされて、王位に就きました。でも、国の実権は大人達に取られて、私達はお飾りでした。大人達に逆らえば殺されるかもしれないって、本当に恐れていたの。そんな中で、兄様はいつも私を守ってくれました。

 兄は力を欲しがったの。力があれば、横暴な大人達を追い出して、国を取り戻せると考えていたの。私はずっと兄様に守られていたから、力になりたかった。」

「…」

「最初の結婚は、自分からお願いしたの。女の私が役に立てることといえば、嫁いで姻戚関係を作ることだったから。兄は大人達に対抗するために北の王様の力を必要としていたわ。

 北の王様は、お爺さんって言えるくらい年の離れた人だったわ。でも、兄の役に立つならと喜んで行ったのよ。もちろん、いい妻になろうと努力するつもりでした。」

 お妃様は寂しそうに笑いました。

「結婚式の翌日に北の王様は倒れてしまって、あっという間に亡くなったの。」

「…」

「喪に服していた私のところに兄がやってきて、北の王様の後継者は王の妻がなるべきだって言って。無理矢理、北の国を自分の国にしてしまった。」

「…」

「兄はその力で大人達を追い出して、自分の国を取り戻したの。」

「そんな…」

「私は兄の役に立ったと思って、それで終わりだと思っていたら… 兄にはそうではなかった。私はまた別の国へ嫁ぎ、次の夫は一週間とたたずに亡くなりました。」

「一度目は本当の出来事だったけれど、二度目は違います。私でも悪い意図を感じました。ですが、兄には逆らえない。

 それから何度も…」

 ひきがえるは、お妃様の涙を感じました。お妃様は涙をぬぐうと言葉をつづけます。

「今度も…、

 でも最初の夜にね、拒まれたの。

 そうよね…いやよね、こんな女…。

 だけど… 王様に言われたの。『疲れただろう』『ゆっくり休め』って。」

(ビートが?)ひきがえるは驚きました。

「無理強いは、なさらなかったの。」

「…」

「そのあとも…。

 初めてでした… 酷い目に合わなかったの… 」

 (え?)

「もしかしたら… ここで、穏やかに…。そうね、もう、終わりにできるのかしらって。」

「でも、間違いだった。私が許されるわけないのに… 夢を見るなんて!」

 お妃様が俯きました。髪が震えています。

 ひきがえるはお妃様にかける言葉が見つかりませんでした。



 王様になっているビートは、イライラしていました。大臣達は先ほどから彼の前で話し合いを続けています。お妃様が王様を殺めようとした件で、お妃様を裁こうという者とそんなことをしてお妃様の母国と戦争になったら負けてしまうから駄目だという者とが、言い合いを続けていて埒があきません。

 ビートは、いい加減うんざりしてきました。こんな国、彼にとってはどうでもいいことだったのです。

(王様ってのも、面倒臭いものなんだな。)

「いい加減にしろ。」

 大臣達を止めたのは、ビートのけだるい声でした。

「殺られたくなかったら、先に殺っちまったらいいんだよ。」

 ビートの言葉に皆が目をぱちくりしました。

「そ、それは…」

「戦争やって、国、ぶんどってしまえば?」

「へ、陛下!」内大臣が卒倒した。

「へ、陛下、ご冗談ですよね?」軍を預かる大臣が恐る恐る尋ねた。

「冗談だと?」ビートが眉をしかめます。

「…東の国は、兵力も国力も我が国の何倍も上なのですぞ。まともに戦さなどしたら、たちまち、滅ぼされてしまいます!」

「だから、陛下! あのお妃様をお迎えになったのではありませんか!」

(ああ、政略結婚だったけ。)

「そうだったか? 忘れてた。」

 ビートは、大声で笑いました。大臣達が青い顔をしています。ビートは大臣たちをぐるりと見回すと、笑うのをやめて言いました。

「『逃げる』じゃなくて、お前たちもやり返すことぐらい考えろよ。」

「我々にも手はあるだろう?」

 呆気に取られた大臣たちを置いて、ビートは部屋を出て行きました。


「話がややこしくなってきたな。このままじゃ、逃げられない。」

 顎に手を当てて、ビートは私室の中を歩き回っていました。ですから、足元に何があったのか気づかなかったのです。

「痛い!」誰かが叫びました。

 なにか、柔らかいものを踏んだようです。いい感触ではありません。ビートは慌てて足を引っ込めました。よろけそうになり、大きく跳びました。

「な、なんだ?」

「『なんだ?』って、酷い言い方だ。それに、僕を踏んだ。」

「!」

 ビートは床を見ました。醜いひきがえるが半ば潰れかけた形で腹ばいになっていました。思い出したくなかった相手です。

「なんでお前がここにいる?」

「君に頼みがあって来た。」

 ひきがえるは、やっとの思いで頭を上げました。

「はぁん?」

「アイネ殿を助けて欲しい。」

 ビートは眉間に皺を寄せました。何言ってんだ、コイツ。

「お前を殺そうとした女だぞ。」

「正確には、『君』をだ。」

 ひきがえるが平たい目で睨みつけました。その迫力にビートは思わず後ずさりするとソファの端にぶつかって、座り込んでしまいました。

「ど、どうやって助けろと?」

「『戦争』。」

「バカ! そんなこと出来ないって、お前の大臣達が言ってたぞ。」

「東の国が私の国と婚姻関係を結ぼうとしたのは、彼らにないものを私が持っていたからだ。」

「へぇ?」

「我が国の鉱山からは、『燃える石』が採れる。」

「『燃える石』? それって、『石炭』のことか!」

「知ってるのか?」

「ま、まあな。」

「火をつけると長い時間燃え続け、鉄をも溶かすぐらい熱くなる。」

 ひきがえるが息継ぎをして、続けました。

「近隣の国は、我が国から『石炭』を買わなければいけないんだ。」

「じゃ、結構、ここ、金持ちの国じゃないか。」

「そうでもないよ。『石炭』が採掘できても、麦は獲れない。買わなくちゃ。それで、入ってきた分が出て行き、我が国は貧乏のままだ。」

「…」

 ひきがえるが目を細めて遠くを見るように顔を上げました。

「東の国は、『石炭』を欲しがった。その東の国は、たくさん麦が獲れるんだ。

 私は、たくさんの麦が欲しかった。」

 ビートはひきがえるが泣いてると思いました。

「ああ、済まない。感傷的になった。

 そこで、本題だが、」

「なんだったっけ?」

「『戦争』だよ。」

「ああ。でも、アンタんとこ、兵力がないだろうが。」

「『石炭』を武器に使う。」

「へ?」

「前から考えていたことがあるんだ。兵力が少ない分、投石器の改良で武器にならないかなって。」

「…。

 まさか、火のついた石でも投げようってことか?」

「そんなところだ。」

「そんなこと!」

 と、王様姿のビートが声をあげようとした時、足音が響いてきました。

「陛下!」

 飛び込んできたのは、内大臣でした。転げ込んできた彼は上着が身体に巻き付いて解けません。そのもがいている間にビートはひきがえるを長椅子の下に隠しました。

「なんだ、騒がしい。」

「た、大変でございます。陛下暗殺の容疑でお妃様を捕らえたことで、東の国より大変な抗議が参りました。使者が書状を持ってきたのです。」

 内大臣は上着の間から丸められた羊皮紙を取り出しました。

「何が書いてあった?」

「はい。

『友好を願って嫁がれたお妃様がそのようなことをなさるわけはなく、我が国への言いがかりである。そのような態度を取られると、両国の信頼関係もないものと考え、我が国は自国を守るために相応の用意をするであろう。』と。

 それで、使者にお妃様をお返しせよ、とのことでございます。」

「早いな。」

「は?」

「妃を捕らえたのは今朝だろ? なのに、もう知られている。内通者がいるのか。」

「陛下!」

 いっそう内大臣の顔が青ざめました。椅子の下のひきがえるは、汗が噴出してくる感じがしました。王様のビートはどうするのだろう。

 王様は、少し考えてから内大臣に顔を向けました。真顔で低い声で言います。

「返書を出してやろう。『こちらも容赦しない。いつでも受けて立つ。』」

「本当に! でございますか!」

「急ぎ、文書を作れ。」

「はっ!」

「それから、国境の探索だ。おそらく、出兵しているだろう。兵の集結地点を報告しろ。」

 内大臣は飛ぶように部屋を出ていきました。



「さてと、アンタの言う『戦争』になったがどうする?」

 王様姿のビートは、長椅子の下からひきがえるのフランツをひっぱりだしました。ぶよぶよの首をつかんで、テーブルの上に乗せます。

 ひきがえるのフランツは、二、三度、咳き込みましたが、一つ唾を飲み込むとビートを見上げました。

「兵の数は多くないが、我が方には投てき部隊がいる。」

「石、投げるやつ?」

「そうだ。」

「本当に石を投げる?」

「正確には『石炭』」

「へ?」

「少し砕いて加工して、火の付きやすいようにする。油をしみこませた網に入れて投てきする。」

「それじゃ、ただの石投げと一緒だ。」

「そうだよ。石が飛んできたところでびっくりするだけだ。」

「蹴っ飛ばして、終わりじゃないのか。」

「そこに火矢を射る。」

「?」

「油に引火して、燃える。」

「…。」

「なかなか消えないからね、あの火は。

 後方で延焼すれば、前方の兵は?」

「混乱するな。」

「兵が隊をなさねば、攻め込まれない。

 こちらは遠くで、巻き込まれずに済む。」

「で、そのあと、どうする?」

「和睦する。」

「何で!」

「『戦争』が嫌いだから。」

 呆れた顔でビートがひきがえるを見下ろしました。

 ひきがえるはビートから視線を外すと小さく息をついて、もう一度、王様を見上げました。

「軍大臣と将軍たちを呼んで話をしてくれ。」



 少し時間がたってから、ビートは軍大臣や将軍たちと地図を広げて頭を突き合わせていました。

 若い兵士が国境線の上を指しています。

「この辺りに兵が集結しています。」

「王都に近いな。」王様が顎に手を当てます。

「一気になだれ込むということでは?」軍大臣が返します。

「でも、お妃様を返せと使者が。」内大臣が心配そうです。

「返したと同時に侵攻だ。」

「困ったな。」長椅子の下でひきがえるが呟きました。その姿は皆からは見えません。

「…当方の配備は?」

「投てき部隊が集結地点への投てき可能距離にいます。歩兵は国境の森を挟んだ位置、相手方と対峙するところです。」

「投てき部隊は、もう少し前に出そう。石を相手の陣、後方に落としたい。準備を頼む。」

 ビートの言葉に若い兵士が部屋を飛び出していました。

(間抜けな臣下ばかりかと思ったら、意外と早く動きやがる。)

「内大臣、返書は?」

「これに。」

 巻かれた羊皮紙が差し出されます。ビートが広げて一読です。

「追記を頼む。」

「はい?」

「『貴国の姫をお返しする。王、自ら迎えに来られよ。』」

「…よろしいので?」

「ああ。

 では、諸君、出陣だ!」

 大臣たちも将軍たちも大きくうなずくと足早に部屋を出て行きました。

 彼らを見送って、ビートは長椅子の下のひきがえるを取り出しました。

「これでいいか?」

「ああ。」

「…お妃様を返すのか?」ビートがフランツに尋ねました。

「彼女は無実なのに、処罰するわけにはいかないよ。」

「王が迎えに来ると思うか?」

「妹だよ。」

「だが、妹を、こんな婚姻と暗殺の繰り返しに使う奴だぞ?」

「いちばん信頼しているから、させたんだよ。」

「彼らの味方は、彼らだけだったんだ。」

「わからんな…」

 ビートは部屋の中で何かを探しています。

「ああ、これならいいな。」

 ビートが見つけたのは、狩用の雑納袋でした。革でできた蓋つきの袋です。ビートは、ひきがえるを掴むと雑納袋に押し込みました。

「何するんだ!」

「付き合え、フランツ坊や。」


 

3.王様、戦う!?

 

 半日もすると、王様の軍は敵に見えないほどのところで、陣を張り、準備を終えていました。投石器は目いっぱい倒され、綱を切る時を待っています。

 ビートは、王様の臣下のきびきびとした働きに感心していました。簡単に騙せるような連中だと思っていたのですが、それはとても失敬な事でした。

 ビートも王様らしく、鋼の胸当てをつけ、立派な軍装に赤のマントをまとっていました。婚礼の礼服の時よりもフランツの姿は凛々しく見えました。鏡の前で、『いい男』だと自分に酔ってしまったのはひきがえるには内緒です。

 王様の天幕には、お妃様が連れてこられていました。母国に帰されるためです。旅装に着替えをされ、栗色の髪は一束に編まれて毛先を白いリボンで結ばれていました。降伏を意味する色です。味方の兵から彼女を守るためのものでした。お妃様は、数人の兵に監視を受けていました。王様は、彼女のために侍女を伴おうとしたのですが、お妃様には断られてしまいました。『もう、帰るのだから世話は不要です』と。

 ひきがえるのフランツは、そのやりとりを袋のなかから見ていました。お妃様が自害してしまうのではないかと心配もしたのですが、ビートに臆することもなく答える彼女の強さに自分もかくありたい、などど思ったのでした。

 ビートは、天幕を気にしつつも、空を見上げていました。空は夕刻の赤に染まってきました。ひきがえるのフランツからは、夕焼け空の赤の時間に投石を開始するように指示されていたのでした。

「そろそろ、時間だと思う。」

 袋の中で、フランツが言いました。ビートは頷くと王剣を掲げました。

 軍用ラッパが高らかに鳴り、宣戦布告を示します。

「撃て!」

 フランツの号令とともにきゅるきゅると空を裂く音を立てながら、『石』が飛んでいきました。順々に、です。四度目の音が国境の先の人々の声と混じりあいました。六度目の投てきのあと、ビートたちの陣は静かになり、敵方が騒がしくなっていました。

「陛下、そろそろご準備を。」

 一人の将軍が、ビートに並んだ大弩を示しました。弦は、彼の両腕を広げたよりもずっと長いようです。

「は?」ビートの顔が凍り付きました。

「な、なんだ!この弩!」袋の中に言います。

「火矢を射るのは、私の役目なんだ。」ひきがえるの答えは冷静でした。

「国で一番の射手だから。」

「俺にはできん!」

「大丈夫だよ、『私』の身体なんだし。」

「よ、よせ!」

「陛下?」

 将軍がビートを覗き込んだ。

「ま、待て、よ、用意してくる!」

「陛下?」

「す、すぐ戻る!」

 王様のビートは、ひきがえるの袋を抱えて近くの天幕に駆け込みました。

 弓矢が並んでいる武器用の天幕でした。幸いなことに人はいません。

「あんなごつい弩、無理だ!」

「地面に座って構えて、角度をつけるんだ。引金は多少重いけど、角度を間違えなければ投石のそばに落ちる。」

「無理だよ…」ビートの声が苦しそうです。

「王様の務めだよ、ビート。国を守るためにはやらなくちゃいけない。」

「俺は、国なんかどうでもいい! 楽して暮らしたいだけだ!」

「泣き言を言うな。」フランツは冷静でした。

「『私』になるとはこういうことなんだよ。」語尾は諭すように聞こえました。

 王様のビートは、大きく息を吸って吐いてを何度か繰り返しました。そして、静かに言いました。

「わかった。」

 ビートは袋から、ひきがえるを取り出して目の前に置きました。

「ビート?」

「『ルナニトー ヒノルエ カキヒ』!」王様のビートが叫びました。

「うわっ!」

 フランツの目の前が真っ白になりました。眩んでよく見えません。なんだか頭もぐるぐるして、少し気持ち悪くなっています。じっとして落ち着くのを待ちました。

「ゆっくり目を開けろ。」ビートの声でした。フランツは言われた通り、ゆっくりと目を開けました。

「あれっ?」

 いままでより地面が下に見えます。

 そして、彼が見たのは、彼を見上げているひきがえるの姿でした。

「ええっと!」

「早く、弩を引いてこい、フランツ!」

 ビートの叱責にフランツは天幕を飛び出しました。

「陛下!」将軍の呼ぶ声がします。

「一体、どちらに!」

「準備は?」

「いつでも!」

 矢をつがえた弩が何基か並んだそばで兵士が叫びました。フランツは最初の弩の後ろに座り込み、引金に両手を掛けました。身体を後ろに倒し、矢の先を上に向けました。彼の知っている正確に飛ばせる角度です。

「火をつけよ。」フランツが命じます。

 兵士が松明で矢の先に火をつけました。朱色の炎が上がります。フランツは引金を力いっぱい引きました。

 甲高い音を立てて、火矢が飛び出します。矢は鋭い弧を描いて姿を消しました。

 フランツは二矢、三矢と火矢を放ちました。矢が飛び去った自陣は静けさを取り戻します。

 やがて、火矢が着弾したと思われる場所から煙が上がり、そのあと、炎が明るく宙を照らしました。同時に人の騒ぐ声が広がります。消火に走り回っているのでしょうか。

「陛下、いかがしますか。」

「待っていればいい。」

 フランツはそういうと立ち上がって、軍装の汚れを払いました。

「将軍、ここを任せる。」

「はっ!」

 フランツは、さっきの天幕に戻りました。

「ビート、どこだい?」

 ひきがえるを探します。

「オレのことはほっとけ。」

 ビートの声がしました。少し、いじけてる感じがします。

「見つけた。」

 フランツは、矢立の陰にいたひきがえるを捕まえました。そっと大事に懐に抱えます。

「な、何する!」ビートが慌てます。

「お礼を言わなきゃ。」フランツが微笑みました。

「もとに戻してくれて、ありがとう。」

「知るか…」ビートはいじけます。

「ビート?」

「さっさと逃げときゃよかったよ!面倒くさいことに巻き込みやがって!」

「逃げ損ねた自分に腹を立てているんだ、よ!」

(それから、お前よりも『お人好し』の自分にな!)

「ビート…」

「で、うまくやれたんだろうな、せっかく元に戻してやったんだから!」

「ああ。」

「なら、よかったな。」

「ビート、まだ、終わっていないことがあるんだ。

 アイネ殿のことだ。」

「返すんだろう?」

「…帰っても、また同じことの繰り返しなら…」フランツの顔が曇ります。

「また、嫁がされて… 酷い目に合う…」

(ああ、あの硬さか…)ビートが思い出します。

「…お前に、何がしてやれるんだ?」

 ビートはフランツに言いました。

「殺されかけたんだよ、フランツ坊や…」

 王様は、ひきがえるを胸当ての隙間に押し込みました。

「最後まで、付き合ってほしい。」



 4.ひきがえる、笑う?


 敵陣の炎が消え、かわりに穏やかな朝日が照らし始めました。

 国境の向こうとこちらで、双方の王が向き合っています。

 東の国の王は、妹君を迎えるためにきているのでしょう。フランツ王は、兵士に囲まれたお妃様を伴って国境そばまで歩いていきました。もう少しで国境を越えられるところで足を止めると、お妃様に向き直りました。

「お国へお帰りなさい、アイネ殿。」

「…。」お妃様はうなだれていました。

「兄君がおいでになります。」

 お妃様は、遠くの兄王の姿を見ました。

「『王、自ら迎えに来られよ。』と文書をお送りしました。」

「…。」

「兄君もお待ちでしょう。」

 フランツの声は穏やかでした。

「国境まで、兵が付き添います。あちらの護衛に貴女をお預けするまでが、私の責任ですから。」

 お妃様は、フランツに一礼すると、兄王のほうへゆっくり歩き出しました。国境を超えるまであと数歩のところで、お妃様は突然、片膝をつきました。慌てた護衛が彼女に近寄ります。それを待っていたかのように、お妃様は、護衛兵の帯剣を両手で引き抜きました。皆があっけにとられて固まります。彼女を刺激しないように遠巻きになってしまいました。お妃様は、剣をまっすぐ突き出して、フランツのもとに戻ってきました。胸に切っ先を向けられてフランツも動けません。胸当てから覗いていたビートものけぞってしまいました。

「私は、王様を殺そうとしています!

 鞍の細工も、すべて私の一存でしたことです!

 早く、私を切り捨てなさい!」

 お妃様の、アイネの悲痛な叫び声でした。

「終わりにしてください… 陛下。」

 彼女の懇願でした。

 剣を抜いた衛兵が彼女に迫っています。フランツはその動きを片手で制しました。その片手はそのまま、目の前の剣先を掴みました。

 驚いたのはアイネでした。握られた手から血がにじんでいます。

「王様に剣を向けるのは死罪に値します!衛兵、何をしていますか!私を切り捨てなさい!」

「衛兵、聞く必要はないからね。」

 フランツは穏やかにつづけました。

「終わりにしましょうか。」

「陛下?」

 驚いているアイネの手が剣から離れました。持手が落ちていくと同時にフランツも剣先を放しました。剣が地面に落ちてカツンと音を立てます。

 その音で、アイネは我に返りました。目の前には手のひらを血でにじませたフランツがいます。

「やっぱり… 痛いものですね。」

 彼は苦笑を浮かべていました。

 アイネは慌てて自分の服を触ると血止めに使う何かを探しました。髪のリボンに触れるとほどいて、それをフランツの手にきつく巻き付けます。白い布が赤くなりました。フランツは、アイネの手を掴みました。

 周りがざわざわしています。

 フランツはお妃様に微笑みました。そして次に大声で叫びました。

「私は、皆に謝罪しなければいけない!」

「!」皆が驚きます。

 フランツは続けました。

「私達の『夫婦喧嘩』に巻き込んでしまって申し訳ない!」

 一瞬、全員が凍り付きました。フランツ王はなにを言ったのだと?

 一番近くで聞いていたビートですら固まっています。アイネも動けません。

「軍を動かしたり、義兄上の国も巻き込んで、本当に済まない!」

 フランツの謝罪が響きます。

「『夫婦喧嘩』って… 何言ってんだ、フランツ?」

 やっとビートが口を開きました。

「れっきとした、暗殺…」

「『夫婦喧嘩』だよ。罪人は誰もいない。」

 フランツの返事は、ビートだけでなくアイネにも向けられていました。

「貴女に謝ります。剣を向けさせるようなことをさせて。最初の夜に、ちゃんとしていれば普通の穏やかな『夫婦』でしたからね。」

 アイネはフランツの手を握り返していました。俯いた嗚咽で背中が上下します。

「『夫婦喧嘩』ね、この状況、どこをどういったらそうできるんだ!馬鹿馬鹿しい!」

 ビートはひとしきり腹を立ててから、こみ上げてきた笑いを止めることができませんでした。隠すことなく、大声で笑い始めます。その笑い声は宙に響き、どんどんほかの者たちの笑い声も誘います。いつしか互いの国の者たちが大声で笑っていました。



 後日、フランツ王は内大臣や軍大臣にこってりと叱られました。

「夫婦喧嘩」ごときでどれだけの費用を無駄にしたか、この国にそんな余裕がないことを一番知っているのが王様でしょうと。もちろん、アイネ王妃様も一緒に叱られています。年下の王様を諌めるのが貴女のお役目だと。

 お妃様は、母国に帰ることはありませんでした。彼女に兄王から届いた私信には「思慮深く、フランツ王に仕えよ」とあり、その追伸には謝罪の言葉が綴られていました。フランツ王への親書では、妹君の一連の事柄へのお詫びが述べられ、改めて婚儀の祝いとして今年の収穫麦の優先譲渡の約束が記されていました。

 ところで、ひきがえるのビートはというと、フランツにすっかり足止めされていましたが、やっと自由の身になれるようです。



 エピローグ


 王都のはずれ、荷馬車の中継駅にフランツがいました。一介の騎士の扮装で朝もやに紛れ込んでいます。その手には小さな箱がありました。

「本当にいいのかい、ビート。」

 フランツが箱の中を覗き込みます。ひきがえるがため息をついてから頷きました。

「王宮に住居を用意するのに。」

「窮屈なのは嫌だ!

 お前にいちゃいちゃを見せつけられるのも、もっと嫌だ!」

 フランツが苦笑します。

「この荷馬車は、湾岸ギルドの都市に向かう。海がいいっていったから。」

「ああ、海は悪くない。」

 荷馬車の馬が嘶きました。

「時間だ。」

 フランツは箱を荷物の上に乗せました。その中に小さな金袋も入れます。

「おい!」

「少しばかりの金貨だよ。ないよりいいだろう?」

「ま、まあな。」

 荷馬車が動き始めました。

「じゃ、元気で。」

 フランツが遠くになります。

「お前もな…」

 ビートは、箱の底に顔を伏せました。

「別に、寂しいわけじゃない。」

 ひきがえるは自分に言い聞かせるように、そっと目を閉じたのでした。

すごく毎日が忙しくて、心が動かなくなったことがありました。

道端のカエルの置物を見て、あんなふうにじっとしていたいと思うぐらい。

そんなカエルの姿に浮かんだ名前が「ビート」。

ビートのことを考え始めると、彼が勝手に物語りを作り始めました。

これはそんなビートのお話。

ビートはいろんなところにいます。

それはあなたの隣かもしれません。

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